盲学校が教えてくれた“1票”の意味

記事のタイトル点字投票する生徒

視覚障害のある人が投票に行こうとするとき、どんな課題があるのか?
11月に行われた愛媛県知事選挙にあわせて、
私は、県内唯一の盲学校に通う生徒や教員のみなさんから、
ふだん“選挙とどう向き合っているのか”とことん話を聞きました。
そこで見えてきたのは、誰もが平等な“1票”の意味でした。
(的場恵理子)

当たり前ではなかった点字投票の歩み

「愛媛県知事選挙にあわせて授業を行おうと思います」
そう教えてくれたのは、松山市にある県立松山盲学校の教員、阿部暁子さんです。

松山盲学校阿部暁子教員

松山盲学校では視覚に障害がある20人が学んでいます。主権者教育を担当する阿部さんは、実際の選挙があるタイミングをとらえて、投票の大切さを学んでもらおうと考えたのです。
11月8日に阿部さんが行った授業は、「点字投票の歴史」でした。日本の点字投票の歴史は古く、今から100年以上前の1913年、岡山市議会議員選挙で点字投票が行 われたという記録があります。その後、1925年に法律によって、点字投票が正式に認められました。これは世界でも初めてのことと見られ、画期的なことだったといいます。

松山盲学校の授業


その実現にあたっては、自身も視覚に障害があった長﨑照義氏の存在が大きかったと言われています。政治家らに強く働きかけ、点字投票を認めさせたのです。
「点字投票の父」、長﨑照義氏の記事はこちら

その後も、新聞「点字大阪毎日」の編集長・中村京太郎氏が、全国各地で、点字投票の講習会を行い普及に努めました。こうした人たちの努力や活動によって、点字投票は確立していったといいます。

阿部さんは、授業の最後に、とっておきのエピソードを披露しました。
実は県立松山盲学校の創始者、森恒太郎氏が点字投票の実現に尽力したというのです。
(森氏は、俳人としても知られ、森盲天外(もりもうてんがい)とも呼ばれる)
1864年に生まれた森氏は20代半ばで愛媛県議会議員になりますが、32歳の時に病気で失明しました。しかし、その後、いまの松山市の一部である「余土村」の村長 となります。視覚障害がある村長の就任は全国で初めてでした。

森恒太郎胸像

森氏は、1909年、視覚障害のある代議士などとともに、国へ点字投票を認める請願を行いました。点字投票の歴史に詳しい専門家によりますと、当時「点字は文字ではない」と見なされ、森氏らの請願は各省をたらいまわしにされ、結局実を結ばなかったということです。
この活動は、点字投票が法律で認められる1925年から16年も前のことで、点字投票の実現を求める運動としては先駆けでした。

森氏などが出した請願


阿部さんは、「選挙というものに対して、不安感を感じている生徒も結構何人もいる。 投票でうまくいかないことがあって、 傷つくのが怖いということを言っていた生徒もいます。 しかし、いま、点字投票ができるということは、多くの人たちの思いや情熱によって 成し遂げられたことなので、そうした歴史を知ることで、投票を前向きにとらえるひとつのきっかけになればいいと思います」と話していました。

授業を受けた2年生の女子生徒は、「わたしも点字じゃないと投票ができないので、 もし点字投票がなかったら 自分の意思を伝えられないなと思い、改めて昔の人に感謝しました。 点字投票がうまくできるのかなという不安もあるんですけど、いろいろ調べて、投票に行きたいなと思います」と話していました。

2年生の女子生徒

点字投票の進化はいまも

「点字投票」はいまも改善が図られています。
ことし4月、これまでにない大きな動きがありました。
公職選挙法の施行令の一部が改正され、点字投票で使える文字の範囲が拡大されたのです。

点字はそもそも表音文字で、日本ではおよそ120年前の1901年に一覧表として定められました。その後、1950年に公職選挙法の施行令に点字投票で使える文字が明記されましたが、これまで、一度も変わることはありませんでした。

このため、例えば「ニーチェ」という名前の政党があった場合、「ニーチエ」と表記せざるを得ませんでした。

しかし、ここ最近、政党や候補者の名前にアルファベットなどが盛り込まれるケースも増えてきたことから、今回の改正で、アルファベットのほか、「ヴァ」や「チェ」などの読み方の点字も認められるようになったのです。

点字表記のルールを決めている日本点字委員会によりますと、これまで実例は確認されていないものの正確に政党や候補者の名前を表現できず、1票を投じても無効票となるのではないかというおそれがいつもつきまとっていたと指摘します。

日本点字委員会の渡辺昭一会長は
「今回の改正で点字を利用する人たちが、一般的な文字を書く人とほぼ同じような表記で投票できるようになりました。およそ120年の時間を経て、ようやく実現でき感慨深いものがあります」と話していました。

まだまだある情報の壁

視覚障害のある人たちが選挙と向き合う際、越えなければない壁があります。
それは、選挙に関する情報をどうやって得るかということです。
今回の愛媛県知事選挙では、候補者の経歴や主張などを紹介する点字版の「選挙公報」が発行されました。

点字版選挙公報

点字の印刷物は、点字が刻まれた金属の板に、手作業で1枚ずつ用紙をはさんで作ります。機械化が難しく、時間がかかる作業だといいます。

点字を印刷する作業


しかし、選挙には、それぞれ期間があり、制作を担当した愛媛県視聴覚福祉センターではボランティアも増やし作業に当たりました。

ただ、この点字版の「選挙公報」は、法律で作成が義務づけられたものではありません。
愛媛県内にある20の市と町に取材したところ、市や町単独で行う首長選挙や議員選挙で発行しているのは松山市だけでした。市や町単独の選挙は、告示から投票までが5日から7日程度しかなく、作成に時間がかかる点字版の「選挙公報」の発行は難しいというのです。

全国の自治体からの依頼で、視覚障害者向けの「選挙公報」を発行している日本盲人福祉委員会によりますと、ことし7月の参議院選挙では、点字版や音声版、拡大 文字版といった視覚障害者向けの「選挙公報」はあわせておよそ8万6000部発行されたということです。
しかし、国内の視覚障害者は30万人を超えていて、まだ十分に行き届いているとは言いがたい状況です。

「大人になってから病気や事故などで視覚に障害を負った人たちは、そもそも視覚障害者向けの『選挙公報』があることを知らないケースも多いです。発行する自治体が増えてほしいということはもちろんですが、利用者も、こうしたものがあることを知り、利用することも大事で、必要な人にきちんと届く仕組み作りも大事です」(日本盲人福祉委員会の担当者)

最新の機器では、デジタル技術によって読み取った情報を点字で浮かび上がらせることもできます。

点字を読み取る電子端末

取材した視覚障害者からは、「点字版の『選挙公報』は作成に時間がかかるので、データさえもらえれば時間をかけずに情報を知ることができる」という意見 もありました。しかし、まだ、この技術は活用されていません。

どうしたら情報の壁を越えられるのか。
一口に視覚障害といっても、見え方や障害の程度は人それぞれで、全員が点字を使えるわけでもありません。
取材を通して「スマートフォンなどでふだんから情報を得ているので、デジタル化した情報が充実してほしい」という声も聞かれ、それぞれのニーズにあった多様な情報ツールが求められています。

障害があってもなくてもできること

全国的に若い世代の投票率の低迷が⼤きな課題となっています。視覚障害がある若い世代は選挙とどう向き合っているのか。
率直な声を聞かせてくれたのは、県⽴松⼭盲学校の専攻科に通う松浦佑美さん(22)です。松浦さんは⼦どものころから重い視覚障害がありますが、18歳になって選挙権を得て以降、毎回⽋かさず投票に⾏っているといいます。
選挙に⾏く理由を尋ねると、松浦さんは、こう教えてくれました。

松浦佑美さん

「視覚障害があっても、『あ、できるんだなっ』って。⾃分にも普通にできることがあると分かって、また投票に来ようと思いました」

松浦さんは、選挙のたびに、⾃分にあったやり⽅を探しています。いま情報を得るために、よく利⽤するのはスマートフォンの⾳声読み上げ機能です。
候補者のホームページやSNSなどをこまめにチェックしどのようなことを訴えているのか確認するそうです。

スマホで情報をチェックしている松浦さん

さらに、投票に⾏く時も、⾃分なりの決めごとを作りました。
それは役場に事前に連絡をするということです。松浦さんが初めて投票に⾏ったの
は4年前の愛媛県知事選挙でした。
投票⽇当⽇、点字投票を希望しましたが松浦さんを案内する係の⼈がその場にいなかったため、⼿間取った経験があるからです。
これ以降、松浦さんは⽐較的混雑していない期⽇前投票を利⽤し、事前に連絡することにしています。

「少し⾯倒ではないですか?」と尋ねましたが、「お互いに⼼づもりができ、スムーズなのでいいことだと思います」という答えが返ってきました。

役場に事前連絡しなくても、投票で困ることはないという人もいますが、松浦さんにとってはこれが安⼼して投票できるやり⽅なのです。

県⽴松⼭盲学校の教員、阿部さんは、授業を通して「みんなが投票に⾏くことで投票所の⼈たちも点字投票があることを知ることができる。それもとても⼤事なことだ」と教えています。
好きなタイミングで、気軽に投票できる環境があればもっといいのでしょうが、いまはまだ、その環境づくりの途上にあります。

模擬投票

最後に、松浦さんの“ある思い”を紹介します。
これは、どの年代でもどのような状況でも忘れてはいけない思いだと感じました。
私⾃⾝も常に⼼にとめておこうと思います。

“どうしても、視覚障害やほかの障害があると、投票所に⾏きづらいという気持ちはわかるんだけど、票をいれることは、⾃分にもできる。
障害があってもなくても、できることだから、1⼈前にできることだから投票所に
⾏って票を⼊れてほしいなと思います”。

的場恵理子
松山局記者
的場 恵理子
徳島局を経て2019年から松山局勤務。県政キャップとして愛媛県知事選挙を取材。好きな食べ物は「から揚げ」。