長引くコロナ禍。
外食を控え、家での晩酌を楽しむ人も多いのではないでしょうか。
日本酒、ビール、ワイン、どれも魅力的ですが、「どぶろく」はいかがでしょう。
今、各地で"農家が造るどぶろく"が次々と生まれています。
自慢の米で造るどぶろく、造り手はどんな思いで取り組んでいるのか。
お酒好きの記者が取材しました。
2月16日、愛知県の大府市役所の1室。
ここに集められたのは...
全国各地で造られる「どぶろく」。
東北から中国・四国まで、82銘柄を集めた、どぶろくの全国コンテストです。
岐阜県と愛知県からも11銘柄が出品されました。
さっぱりとして癖がなく、糖度と酸味の低い「淡麗の部」。
深みとコクがあり、糖度と酸味の高い「濃芳じゅんの部」。
2つの部門で、色や香り、味わいなどが審査されました。
※気になる審査結果は、本記事の末尾でご紹介します...。
実は、これらのどぶろく、酒造メーカーのものではありません。
各地の農家などが自分たちの米で造った、自家製のどぶろくなんです。
「どぶろく」は、日本酒と同じように「米・米こうじ・水」を原料に造られます。
違いは、もろみを搾るかどうか。
もろみを搾って、「こす」作業を経たものが、日本酒。
もろみを搾らずに、濁った状態のまま楽しむのが、どぶろくになります。
名城大学農学部の加藤雅士教授によると、どぶろくのおいしさの秘密は「もろみ」にあるといいます。
米の粒感がそのまま残り、とろりとした舌触りで、甘みやうまみが特徴。
澄んだ日本酒に比べると、もろみ由来のタンパク質や食物繊維のほか、こうじ菌・酵母・乳酸菌などがより多く含まれ、健康効果も期待できるそうです。
ただし「飲み過ぎには注意」とのこと...。
通常、酒造りの免許を得るには「最低製造数量」というものが定められています。
どぶろくの場合、年間6000リットルの製造ができないと免許が得られないのです。
農家が自慢の米で酒造りをしたいと思っても、なかなか簡単に造れる量ではありません。
そこで活用されているのが、「どぶろく特区」という国の規制緩和の制度です。
特区に認定された自治体では、農園レストランなどを営む農家が、自家産米を使うなどの条件を満たせば、小規模でも酒造りの免許を受けることができるのです。
これによって各地では、どぶろく造りに挑戦する農家が年々増加。
冒頭で紹介したコンテストのどぶろくもすべて「特区」で誕生したもので、観光資源として、地域の活性化に役立てられているんです。
生産者はどんな思いで、どぶろく造りに取り組んでいるのでしょう。
コンテストにも出品した愛知県大府市の農家、青木政人さんと杉山修一さんに話を聞いてみました。
2人はそれぞれ、10年ほど前に脱サラをして、大府市で農業を始めました。
取り組んでいるのは、農薬や肥料を使わない自然栽培による野菜や米作り。
同じ農法に取り組んでいた縁から情報交換を続けていた2人が、3年前から共同で始めたのがどぶろく造りでした。
"なぜどぶろくを?"と尋ねると...。
青木政人さん
「単純にお酒が好きだったので自然な流れというか、米を作ったら酒もやりたくなって。自分たちの米で造った酒、飲みてーなって。笑」
生産者ならではの純粋な動機がスタートだったそうです。
酒造りが行われているのは、2人が営む農園カフェの一角。
こじんまりとしたスペースに、米を炊く釜や仕込み用のタンクが並びます。
1回の仕込みで使うタンクは30リットルのものが2つと、小規模。
9月から3月ごろまでの期間に製造を続けています。
話を聞いてみるとこのどぶろく、かなり珍しい造り方に挑戦しているそうです。
米は「ササシグレ」という、知る人ぞ知る食用米の希少品種。
杉山さんによると、「ごく一部の水田でしか作られなくなっているけど、おいしい」「作っているのは変わり者が多いかも...」とのこと。
特徴は、「菩提(ぼだい)もと」という、室町時代から続くとされる製法。
材料は「米」と「水」のみ。
乳酸菌や酵母は添加せずに、自然の中に存在する菌の働きだけで酒造りを行います。
微生物の働き方は予測ができないため、造るたびに味わいが変わりますが、そうしたコントロールできない部分こそがおもしろいんだとか。
杉山修一さん
「米自体が"自然栽培"という今の主流とは大きく違うやり方で作っているので、それに沿ったこだわりを持ってやるなら、酒造りも昔ながらの造り方でやりたいと思いました」
青木政人さん
「その季節、その時々によって出る味わいの違いを、僕らが楽しんで造っているっていう感じですよね。飲んでくださる方々もそこに共感して、同じような楽しさが届いたらいいなと思います」
手間も時間もかかる、チャレンジングな酒造り。
効率や採算を重視したらなかなか採用できなさそうですが、農家による小規模な製造だからこそ、失敗を恐れずに個性的な酒造りに挑戦できるのかもしれません。
2人はどぶろくを通じて、農業のおもしろさを知ってもらいたいと言います。
青木政人さん
「どぶろくって、みんなそんなに知らないんですけど、本当に数多くの農家さんが全国で造っているんですよね。農家がそれぞれの思いで、小規模で個性豊かに造っているっていうのが、どぶろくの魅力じゃないかな」
杉山修一さん
「どぶろくをきっかけに、農業やお米作り、畑に興味を持ってもらうとか、食べ物に関心を持つきっかけになってくれればいいですよね。より多くの人に畑にも来てもらって、農業の魅力を伝えられればいいなと思います」
生産者のこだわりを聞いて、やはり気になってしまうのはその味...。
私(記者)も、取材期間中、晩酌でどぶろくを楽しんでみました。
いただいたのは、愛知県内の特区で造られている2つのどぶろくです。
1つ目は、日進市で造られている「ENCORE TSUBAKI」。
まずは見た目、真っ白です。純白できれい。
もろみがすりつぶされているのでしょうか、米粒感はなく、飲み口はクリーミーです。
ほどほどの甘みと上品な香りで、すっきりとした味わいでクセが少ない印象。
飲みやすいので、あっという間にいただいてしまいました。
2つ目は、取材した大府市の青木さんと杉山さんによる「食べるどぶろく」。
見た目は、はっきりと米粒感が残っています。
米を食べる感覚で味わってほしいと、精米歩合は90%(10%しか磨かない)。
口当たりはとろっとしていて、個性的な酸味と米のうまみがじんわりと広がります。
パンチのある味わいがくせになり、こちらもあっという間になくなってしまいました。
どちらも異なる個性があって、とてもおいしくいただきました。
ごちそうさまでした。
さて、冒頭に紹介したコンテスト。
審査の結果、最優秀賞に輝いたのはこちらのどぶろくでした。
《淡麗の部》 「榮壽(えいじゅ)(黒)」(高知県香南市)
《濃芳じゅんの部》 「和(なごみ)」(高知県奈半利町)
高知県のどぶろくが両部門を制する結果となりました!
特区で造られる農家のどぶろくは、一部はインターネットでも販売されていますが、その土地でしか飲むことができないものが数多くあります。
旅先で、地元のどぶろくをその土地の食べ物と一緒にいただく。
コロナ禍が明けたら、ぜひとも、そんなぜいたくをしてみたいと思いました。
河合哲朗 記者(NHK名古屋放送局)
2010年入局。前橋局・千葉局を経て、2015年からは科学文化部で文化取材を担当。
文学、音楽や映画、囲碁・将棋などを取材。2021年から名古屋局。
趣味はアナログレコード収集で、泊まり勤務明けに名古屋市内のレコード屋の入荷状況をパトロールしています。
審査員長 藤田大輔さん
「コロナ禍でどぶろく造りの環境にもさまざまな影響が出たと思いますが、それにも関わらず非常に甲乙付けがたい、すばらしいお酒がそろっています」