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長崎県 普賢岳災害「現状」と「制度」の差を可視化せよ!

  • 2023年01月10日

1990年に噴火した雲仙・普賢岳。この災害では「個人の復興は自助努力」が国の基本的な姿勢でした。そこから、多くの人たちが奮闘し、災害時の公的支援の在り方は少しずつ変わっていきました。そのことが、今の制度に幅広く反映されていると指摘する専門家は少なくありません。

どのようにして「行政の常識」の厚い壁に風穴を開けたのか。関係者の証言から紐解くシリーズの3回目です。(1回目はこちら

今回は、「現場を歩いて被害の実態を具体的に集めることの大切さ」に焦点を当てます。

NHK長崎放送局アナウンサー 野村優夫

「個人補償」をめぐる 当時の国の「常識」

島原半島の町を火砕流や土石流で飲み込んだ雲仙・普賢岳。島原市出身の福﨑博孝弁護士が、消防団の遺族の次に力を入れたのが、被災した住民の生活再建への支援でした。

福﨑博孝 弁護士

当時、家や畑、店舗など、生活の基盤を根こそぎ奪われた人たちは、再建のための資金に大変困っていました。福﨑さんは、「被災者に対し行政が補償を行うこと」が不可欠だと考えていましたが、当時の国の考えは、違っていました。

福﨑博孝 弁護士
「『自力救済、自らで助けよ。自助努力である』と。要するに『災害は誰の責任でもないんだから、自分で何とかするのが、日本の法制度の原則だ』という話なんです」

「『公的なお金を個人に支給するっていうのは、個人の資産の形成に資する』っていうんです。『個人の資産形成に資するような公金の支出っていうのはありえない』というのが、行政側の考え方でした」

一方、福﨑さんは「被災者の生活再建を公の資金で支えなければ、地域の復興はない」と考えていました。

福﨑博孝 弁護士
「『中間層の救済をしなければ、地域が崩壊する』ということです。『生活保護のような、社会保障制度があるのだから、それでやればいいじゃないか』という意見もあったんですが、『生活保護を受ける人たちだけの地域ってありえないだろう』と」

「やっぱり『地域を再生するためには、そこを担っていた中間層を浮上させないと、絶対復興なんて無理だ』と。そうだとすると、『個人を公金で支えることは公共性が高いし、公共の福祉に資するし、これは憲法上当然許されているはずだ』というのが、私たちの考え方でした」

どうしたら、行政からの個人補償が実現するのか。

福﨑さんは、被災者の実情を細かく把握することから始めました。自身の事務所のある長崎市から、週3日~4日、島原に通い、被災者の声に耳を傾け続けました。

福﨑博孝 弁護士
「被災者っていうのは、色々な顔があります。農業者もいれば、商業をやっている人もいるし、漁業者もいるし、年金生活者もいる。そういう人たちが何を求めているかを把握していこうと」

「それを知れば知るほど、『じゃあ、どうやって救済する方法があるのか』っていったら、法律や制度がない。そこで『法律がないことがおかしい』ということを、まずきちんと自覚しないといけないと思ったんです」

一人一人の困窮する状況を明らかにしていきながら、どのような支援制度が足りないのか、具体的にあぶりだそうとしたのです。

福﨑さんは、直接被災者の話を聞くのに加えて、住民と協力しアンケート調査を行うなどして、情報を集めました。

*経営する養鶏場に近寄れなくなり、48000羽の鶏が餓死し、7000万円に及ぶ被害を受けた人
*縫製工場で購入したばかりの2億円の機械を運び出せず、土石流で流されてしまった人
*ホテルが警戒区域に入ったことにより、土地の担保価値が下がり、銀行の融資を受けられなくなった人・・・

住民の窮状を記録したメモやアンケート用紙は、大きな段ボール箱・3箱分にもなりました。

福﨑さんは、こうした実例を県や市の職員に伝えながら、行政による個人補償の重要性を訴えていったのです。

「現場からの積み上げ」も消費者問題が原点

現場を徹底的に歩き、事実の積み上げから、制度の不備に迫り、改善を求める。福﨑さんのこの現場重視の原点も、豊田商事事件にありました。

当時をよく知る人に話を伺いました。

豊田商事事件で大阪の被害者弁護団の一員だった松葉知幸弁護士です。

松葉知幸 弁護士

松葉さんは、1970年代になって、先物取引で被害を受けたという相談が、増えていると感じていました。老後に不安を抱える高齢者などのいわゆる社会的弱者が、主なターゲットになっていました。

被害者が会社側と交わした契約書を見て、驚いたといいます。

松葉知幸 弁護士
「法律家である我々が当時読んでも、どういう取引しているのか、契約書では全然分からない。色々調査して、色んな研究をしている中で、ようやくリスクの非常に高い取引だと認識できました」

「でも、そのリスクをお客に全然告知していないわけです。しかも当時は、自分たちの仲間内で『市場』と称するものを作って、『そこで取引をしています』という形だけ作っている。まったくの詐欺だったんです」

しかし、当時、これを取り締まる法律はありませんでした。

松葉知幸 弁護士
「取引ですから、契約書が一応あるわけですね。被害者の方は、契約書にサインをしておられる。
こうした事態に対して、先物取引の仕組み関する法律である『商品取引所法』はありましたが、これは、一般の人が先物取引をやることを想定していない法律でした。『先物市場は、プロの投機をする人たちが利用する市場』ということを前提とした法律でしたので、一般の人がそこに勧誘されて入るなんてことを想定して、それをチェックするとか、被害救済を考えるなんていうことは、全然ない法律だったんです」

「ですから、被害救済をしようとすると、使う法律は民法しかなかったのです。民法は当事者が対等であることを前提にした契約自由の原則を基本としていますから、裁判所ですら『ハンコを押しているからしかたないんじゃないの?』という状況でした」

法律を改正するには、どうすればいいのか。

松葉さんたち有志の弁護士は、まず、被害の実態を明らかにする必要があると考えました。大阪の弁護士に対し、どのような相談事例があるのか、聞き取り調査を行いました。すると、わずか5日間の調査で、149人もの被害者の事例が集まりました。

こうして集めた事実が、法律改正の第一歩に繋がると松葉さんは考えていました。

松葉知幸 弁護士
「『世の中に起こっていること』と『法律』の間には、いつも解離があるんですね。これは、ない方がありえないので、常にあります。そこで、被害があるということを共通の認識にすることで、初めて法律や制度を変えていく、という議論ができるわけです」

「『私個人の被害ですよ』とか『ごくごく一部の特殊な人たちに起こっている被害なんだ』ではなくて、『社会構造として必然的に被害がたくさん生まれている。だからこそ法律なり制度が必要なんだ』と、こういう議論をする必要がある。その大前提として、広くどんな被害実態があるのかを知る。これをスタートにするのが絶対不可欠なんですね」

この調査の中には、豊田商事に関する相談も含まれていました。やがて多くの人がこの問題を認識するようになり、その後、法律の改正へと繋がっていきました。

松葉さんは、この構造は、災害にも当てはまると指摘します。

松葉知幸 弁護士
「災害も、特定の人の問題ではなくて、広く起こる問題です。残念ながら、日本では必ず起こる。しかも、数多くの人が深刻な被害を受けます。ところが、その被害に対して制度としてフォローできていない部分がある」

「それを踏まえて、社会の問題として、ルールや制度を整備していかなくてはいけないと。そのスタートとなるのは、どんな被害がどんな形で起こるのか。認識して訴えるということが大前提となります。そういう意味では、消費者問題と、構造は全く同じだと思います」

福﨑弁護士は、普賢岳災害でも、まさにこの精神に基づき、活動を行っていったのです。

  • 野村優夫

    NHK長崎放送局アナウンサー

    野村優夫

    1992年、長崎局に初任地として赴任。
    およそ30年ぶりに当時取材でお世話になった方々を再度訪れ、今だから話せる証言をいただきラジオドキュメンタリーを制作しました。

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