教育虐待を防ぐには?悩む親 そして子どもたちへ
「勉強しなさい!あなたのためよ! おまえのためだよ!」
先の見えない時代、親は子どもの教育について、ついつい厳しくなりがち。
でも、親は「教育熱心」だと思っていても、子どもにとっては「教育虐待」となってしまっているかもしれません。今回お話を聞いたのは、日本で初めて教育虐待という概念を学会で提唱した武田信子さん。臨床心理士として長年、教育に悩む親子に寄り添ってきた武田さんに、「やりすぎかも」と不安に思う親、そして今苦しんでいる子どもたちにアドバイスを頂きました。
(クローズアップ現代取材班)
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「教育虐待」と「教育熱心」の違い
―「成績のことで厳しく叱りすぎたかな」「自分の教育の仕方はやりすぎかな」と気になる親は多いと思います。まずは、教育熱心と教育虐待の違いを教えていただけますか?
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武田さん
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親は本当に大変ですよね。「やりすぎかも」と心配している親御さんは、まずは下の図でチェックしてみてください。ポイントは「子どもを尊重することの大切さを知っているか」、「子どもに共感する力があるか」です。
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武田さん
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私は教育虐待を「親(※)が子どもの心身が耐えられる限界を超えて教育を強制すること」と定義しています。教育にはスポーツや音楽などの習いごとも含まれます。教育熱心か教育虐待かは、子どもの側の苦しさで決まります。それは親が子どもを、どうとらえているかに左右されます。親が子どもによかれと思って提案したことに対して、きちんと子どもの意見を聞くのか、それとも、親の提案を押し付けてもいいと考えるのかの違いです。
子どもが嫌だと思った場合に、親の機嫌をうかがうことなく「ノー」と言える信頼関係が必要です。つまり、子どもであっても「自分のことは自分で決める」のが原則です。「うちの子にそんな判断力はない」と思って無理強いしている場合は、そこから見直しが必要かもしれません。
ノーの理由を聞いた親は、まずそれをしっかりと受け止めます。子どもが気づかない情報を親が持っている場合は、それを補足情報として提供した上で、再び子どもの率直な気持ちや考えをじっくり聞きます。その対話を繰り返して、お互いに納得のいく合意に至ることを目指します。このとき、親の意見が通らないことがあります。子どもの言うなりになるということでもありません。大切なのは、状況が変わったら、また一緒に考え直して、よりよい道を見つける工夫を続けることです。こういった対等な対話が継続的にできる関係性がある場合は教育熱心、ない場合は教育虐待の可能性があると言えます。
※教育産業も含めた社会全体による教育偏重の状況を「エデュケーショナル・マルトリートメント(武田,2020)」 、学校で起きる教育虐待を「教室マルトリートメント(川上,2021)」と言います。
教育虐待をしてしまう親 7つの特徴
武田さんは教育虐待をしてしまう親には以下の7つの特徴があると言います。
7つの特徴の何が問題か
―「教育虐待をしてしまう親の特徴」として7つあげていただきました。それぞれの問題点を教えてください。
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武田さん
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1~3に共通するのは「子どもをリスペクトできない」ということです。親の気持ち「私の挫折」「私の務め」「私の有能さ」は、親の人生に起きていることであって、親とは別の人格を持つ子どもの人生には関係ありません。子どもは生まれ落ちたときから、自らの意思や人格を持った親とは違う一人の人間です。
「親の方が世の中やものごとをよく知っている」「子どもに決めさせたらとんでもないことになる」と考えるのは間違いのもとだと思います。あなたの夫や妻、パートナーに「あなたはよく判断を間違えるから」という理由で、自分の習いごとを全て決められて、毎週通うように指示されたら嫌ですよね!? 自分の自由時間の過ごし方を決められたら、苦しくはありませんか?
子どもは、親よりは経験や知識が少ないので、判断を間違えることもあります。でも間違いや失敗をたくさんする中で人は賢くなっていくものです。子どもの考えを尊重し、間違えたときにはさりげなくフォローするのが親の役割だと思います。
そもそも子どもは親の教育だけで育つものでもありません。保育園や学校、近所の公園など、見るもの聞くもの全てから情報を得て、自分の中で統合しながら成長していきます。そうすると、子どもの考えは親とは違ってくるのです。むしろ親を反面教師にしているかもしれません。(笑)「一人の子どもが育つには一つの村が必要」(※)と言われるように、教育や子育ては親だけでできるものではないのです。
※ヒラリー・クリントンが著作で引用したアフリカのことわざ
―「一つの村」は「地域社会」とも読みかえることができると思います。一方で今、日本の地域社会は様変わりしています。親は、どうすればよいでしょうか?
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武田さん
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かつて地域社会にあった子育て機能は、確かに今は弱くなっています。それでも地域には、つながりを求めている家族や、つながりを作っている団体が何かしら存在しています。自分に興味があるテーマでつながっているグループにアクセスしてみるのはどうでしょうか。
お子さんが乳幼児であれば、子育てひろばや子育てネットワーク、お子さんが小学生位の年齢であれば、学校内のグループにつながるか、地域の冒険遊び場(プレーパーク)を検索して見学に行き、そこにいるスタッフの中で声をかけやすそうな人に話しかけて、また来られるようにつながりを作るのが一つの方策です。中学生以降であれば、そろそろ子離れして、むしろ親自身が興味関心を持てるテーマにつながっているグループの中で、話せる人を見つけるのもよいと思います。
―4~6の「誰かと比較してしまう」「他人の評価が気になる」「環境に巻き込まれて不安になる」は、ほとんどの人に心当たりがあると思います。どう対処したらよいでしょうか。
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武田さん
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共通しているのは「視野が狭くなっているのではないか」ということです。実は子どもを比較する思考は、決して世界共通のものではありません。4~6の対処法は7の「幅広い視野や情報を持っていない」と密接に関係しています。
―どういうことでしょうか。
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武田さん
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レゴブロックで有名なレゴ(LEGO)の本社がある北欧の国デンマークは、2022年、2023年と2年連続で世界競争力ランキングで1位になっています(※)。ちなみに日本は36位と37位です。するとデンマークでは、どんな教育をしているか気になりますよね。なんとデンマークには日本のような宿題や通知表がないんです。点数で優劣をつけるような筆記テストも、日本の小・中9年間の最終学年である9年生まで実施されません。
デンマークなど北欧の社会では、そもそも子どもたちを比較して評価することは子どもの成長にとってよくないと考えられています。教育の目的が、進学のための勉強をさせることではなく、将来その子どもがどういう仕事をして、社会の中でどう生きていくかをしっかりと考えて見極めるためです。学校では暗記よりも、新しい知識や情報をどう使っていくことができるか、学んだことを仲間と共有してどう新しいアイデアを生み出していくかを大切にして学んでいきます。
こういう知識や情報を得ると、自分の大事な子どもを日本の教育の型にはめ込んで適応させるよりも、伸び伸びと育てた方が幸せになれるように思いませんか!? 実は、もしかしたらこういう新しい情報を得るために必死で勉強しなければならないのは、親の方かもしれません。インターネット上で検索すればたくさんの情報が簡単に得られる今、子どものドリルにつきあって時間を浪費するより、親が勉強する時間が必要ではないでしょうか。人生100年、生涯学習の時代です。今から大学や大学院に行ってもいいですね。親が楽しそうに勉強していれば、子どもも真似し始めるかもしれません。一石二鳥です!
※スイスに拠点をおく国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表しているランキング
まず取り組むべきは「子どもに信頼される親」になること
―教育虐待をしないために「子どもをリスペクトする」「視野を広げる」以外に、今から取り組めることはありますか?
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武田さん
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何より子どもに信頼される親になることです。子どもは親に愛されたいし、経済的にも精神的にも依存していて、親の機嫌を損ねたら生きていけないので、親の感情に敏感で、忖度することさえあります。親の方をいつもちらちら見て気にしている子どもがいたら心配です。
でも、いつもちゃんと話を聞いてくれるという体験が積み重なって、脳に「安心だ」という感覚ができれば、信頼して本音を話してくれるようになり、対話が成立するようになります。
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武田さん
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一方、要注意なのは、大人による「洗脳状態」です。ケアをしてくれる大人にとっての「よい子」の思考が身についてしまうのです。強すぎる超自我です。子どもは、大人から得た情報で、大人に教わった言葉と価値観の範囲内で考えるので、大人がいいと思うことに「本音で」賛同するのです。ですから、実際の教育虐待の事例には「子どもが自分から塾に行きたい、受験したいと言った」という事例が多くあります。
親が話しているのを聞いて興味を持ったとか、友だちが行くから一緒にとか、最初は物珍しさもあって行き始めるのです。もちろんその塾がその子に合っていればいいのですが、通い始めたら思っていたのとは違うからやめたい・・・でも、親に高い月謝を払わせたし、親が喜んでいるし、今さら言えない・・・ということになる可能性もあります。
たとえ「行きたくない」と言えたとしても、親に「最初あなたが行きたいと言ったんでしょ」「あと一か月は行きなさい」などと言われるので、抵抗もできなくなります。親の方が弁は立ちますから、多くの子どもはあきらめます。そもそも極端な場合、親の価値観に飲みこまれて、自分がノーであるということにさえ気づかない子どももいるのです。
―正しい子どもの本音を引き出すためには、どうすればいいでしょうか?
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武田さん
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まず「引き出す」と思った時点でアウトです。あなたの夫や妻、パートナーがカウンセリングの技術で自分の本音を引き出そうとしたら、どう感じますか。もし「聞いてほしいな」と思う関係性や甘えられる状況があれば、つまり、0歳の赤ちゃんのときからの長年の経験上、親が自分の話をちゃんと聞いてくれると信頼していれば、子どもは自分から話し出すでしょう。
逆に言えば、赤ちゃんのときから「聞いてもらえない」「勝手に決められる」体験を繰り返してきてしまうと、マイナスからのスタートなので時間がかかります。でも、いつからでも間に合います。しっかりと子どもの立場に立って話を聞く姿勢を見せ続けていれば、そして、強引に相手を変えようとするのでなく、自分が変わろうとし続ければ、信頼を取り戻すことは可能ですから、決して親の方があきらめないでください。
今、悩んでいる子どもたちへ
続いては、武田さんから今悩んでいる子どもたちへのメッセージです。
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武田さん
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まず伝えたいのは「あなたは悪くない」ということです。
教育虐待はこれまでも存在していたのですが、特別な家庭に起きるひどい親による特別な事件とみなされてきました。教育の強制は「親が子どもの将来を思って勉強させて何が悪いのか」「我慢して勉強しなければ社会に出て困るのは子どもだから、親は責任をもって子どもを勉強させなければならない」「親に強制されたからこそ今の自分があると感謝している」と肯定されてきたのです。心を壊す子どもたちがいることにはあまり着目されず、我慢に価値があるとされてきました。その結果、子どもが苦しくても、大人になったときに精神的な問題を抱えたとしても、それが大きな社会問題であることに気づかれないできました。
競争的な日本社会では、勝ち組になった人たちはヒエラルキーの上の方にいることで精神状態を保っていますが、その何倍もの人たちが受験戦争で「落ちた」体験をして痛手を負ってきました。受験がない国もありますから、それは社会的な構造の中で起きることに過ぎないのですが、本人の個人的問題とされ、自分でもそう思っていることが多いのです。文化の中で起きるので、加害者も被害者も問題に気づきにくかったのです。繰り返します。「あなたは悪くない」。
以下は、武田さんが作成した子ども目線のチェックリストです。○○には、勉強、スポーツ、音楽、習いごとなどを入れてください。
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武田さん
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このリストは診断基準ではないので、何項目にチェックがあったら「教育虐待に該当する」というものではありません。チェックをしてみて、もし自分が被害者であるかもしれないと強く感じたら、勇気をもって親以外の大人や相談機関に話してみてください。次の項目で紹介しますが、こども家庭庁では児童相談所虐待対応ダイヤル「189」を無料で設置しています。
ー最後に教育虐待について伝えたいことはありますか?
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武田さん
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今、日本では、教育虐待の予防と対応が必要です。社会的には、教育に対する価値観の見直しや教育のあり方の検討が、加害者には学びの機会が、被害者には心のケアと親子関係の修復が必要です。長い間放置されてきた問題です。
対応はまだ始まったばかりですが、渦中の子どもたちを救い、これから起きる教育虐待を予防し、これまでに起きた教育虐待を認識して対処する必要があります。かつて教育虐待をしていた・されていた親子で、加害者である親が気づいて、今はよい関係を築いている例もあります。修復は可能です。希望は皆さんの力です。力を合わせて取り組んでいきましょう。
ー貴重なお話、ありがとうございました。
子どもの相談OK 「189(いちはやく)」児童相談所虐待対応ダイヤル
子ども家庭庁では「虐待かも」と思ったときなど、すぐに児童相談所に相談・通告ができる全国共通の電話番号として「189(いちはやく)」を設けています。通話料はかからず、子ども自らの相談も、もちろん受け付けています。「189」にかけると近くの児童相談所につながり、相談や通告は匿名で行うこともでき、相談・通告した人、その内容に関する秘密は守られます。その他、詳細は以下のリンクから、お確かめください。
こども家庭庁児童相談所虐待対応ダイヤル189について(※NHKサイトを離れます)
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