群馬 ウイスキー蒸留所を長野原町に バーテンダーと二刀流で
- 2023年12月26日
ここ最近、日本産のウイスキーが特に海外で高く評価されています。2023年11月にイギリスで行われたオークションでは、長野県で製造されたウイスキー1本が日本円でなんと5500万円あまりで落札されました。ことしは、日本初の本格的なウイスキー蒸留所の建設開始からちょうど100年です。その記念の年に、長野原町に新たな蒸留所を誕生させたのが、東京・銀座の現役バーテンダー。「二刀流」での挑戦です。
(前橋放送局 記者 兼清光太郎/2023年12月取材)
バーテンダーの「夢」
長野原町にできた新たな蒸留所。そのあるじが、ウイスキーをこよなく愛す51歳、坂本龍彦さんです。2023年10月に本格的な製造を始め、今は蒸留した原酒を熟成樽に詰める日々です。
坂本龍彦さん
「雑味無し、クリアでこうばしい香り。次の蒸留から樽詰めで、お客さまのもとに届くのが楽しみです」
樽と向き合う坂本さん。そのもう1つの顔が、東京・銀座のバーテンダーです。
高校を卒業後、六本木や赤坂のバーでの修行を経て、14年前、店のオープンにこぎつけました。バーテンダーとして、ウイスキーの奥深さなどに強くひかれたという坂本さん。その「ウイスキー愛」から育まれたのが「作り手」になりたいという夢でした。
坂本龍彦さん
「バーテンダーだからできるお酒づくりがあると思って。“これは自分の出来ることだ”と思いました」
すぐに動き出し、国内外の蒸留所をめぐりました。そして、スコッチの聖地、スコットランド・アイラ島のラフロイグ、アードベッグ、そして、ラガヴーリン。世界的な名酒で知られる蒸留所に飛び込み、ウイスキー作りの土台を築いていったのです。
危機を救った ウイスキー愛あふれる仲間たち
ただ、蒸留所の建設へと徐々に近づく中で直面したのが、1億数千万円が必要だという資金面の課題でした。
その危機を救ったのは、同じくウイスキーを愛する人たちの存在でした。常連客などがウイスキーの樽のオーナーになる代わりに資金を拠出してくれたのです。
「ちゃんと勉強して形にするってすごいなと思いました。(坂本さんの蒸留所のウイスキーは)そりゃ楽しみです。絶対おいしいに決まっていると思っています」
「すごいなという、まずね。応援したいなと思っていますね」
坂本龍彦さん
「とにかく感謝ですよね、そんなおことばをいただけるとは。あとは全力でお応えすることですね」
夢をかなえる場所「北軽井沢」
最大の悩みは、どこに蒸留所を作るのかでした。東京・港区出身の坂本さん。長野県なども含めて数多くの候補地に何度も足を運びたどり着いたのが…。
深い縁がなかった群馬の地。中でも長野原町北軽井沢を選んだ理由は豊かな自然に加えて、ウイスキー仲間たちも足を運びやすいアクセスのよさでした。
坂本龍彦さん
「結局、樽詰めから熟成を(ウイスキー仲間と)一緒に過ごしたいので、あんまり急に山奥というよりは、ある程度、来て、見て、触れやすい場所でここを選んだつもりです」
もちろん自然の条件も、蒸留にはうってつけの場所でした。浅間山の麓の標高およそ1100メートルのこの場所では、沸点が通常より数度低いため、長時間、低温でじっくり蒸留することができ、味わいに深みが出ることを期待しているのです。
「ここの土地に近づくときに、空気がふっと変わるんですよね。涼しい、いい空気。これがウイスキーの味になる」
“とにかく最高のものを”
坂本さんは、熟成したウイスキーの販売を来年夏から始める予定です。これを前に、熟成される前の原酒も味わってもらいたいと、一足先に販売に乗り出しました。
12月上旬のこの日は、高崎市の卸会社の担当者ができたての商品を受け取りに来ていました。
「新しいことにチャレンジしている会社なので、一緒になって応援して、うちも何かやっていければなという風に思っています」
メードイン群馬のウイスキーづくりへ、バーテンダーとの「二刀流」で踏み出した坂本さん。開拓者精神を強く持ち、新たな歴史を作っていきます。
坂本龍彦さん
「とにかくおいしいもの、最高のものをつくりたいと思います。この熟成の時を一緒に過ごすというのが僕のやりたかったことなので、変化をずっと一緒に楽しんでいきたいと思います」
そして最後に。
「ウイスキー、好きですね」
群馬発のウイスキー いつか海外で
長野原町の蒸留所で私(記者)が坂本さんと最初に出会ったのは、11月28日のことでした。その時の会話で印象に残っているやりとりがあります。「なぜウイスキーの生産にみずから乗り出そうと考えたのか」と、私が尋ねた時の、坂本さんのことばです。
「まずバーテンダーという仕事が大好きなんですよ。バーカウンターには、本当に何時間でも立っていられます。そしてウイスキーは、お客さまと自分を結んでくれる大切な存在です」
「自分の蒸留所で生産したウイスキーを店で提供したり、熟成のときをお客さまとともに過ごせたりしたら、最高に楽しいだろうと思ったんです」
こう語る坂本さんの表情はとても晴れやかでした。バーテンダーという仕事、客、そしてウイスキーへの人一倍強い「愛」が、坂本さんの原動力になっているのだと感じました。
坂本さんのような現役のバーテンダーが蒸留所を建設してウイスキー作りを始めたことについて、ウイスキー文化研究所の土屋守代表に尋ねたところ、「全国で初めてではないか」と話していました。
日本のウイスキーの海外への輸出額は去年、560億円あまりと、ここ10年で10倍以上に増えています。群馬発の坂本さんのウイスキーが海外で飲まれる日が来ることにも期待したいと思います。