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2024年4月9日(火)

どうなる被災後の“お金” 能登半島地震 くらし再建の壁

どうなる被災後の“お金” 能登半島地震 くらし再建の壁

「補助金をもらうために、借金をしなければならない…」。能登半島地震から3か月、被災地では、“お金”にまつわる問題が深刻化。収入の道が閉ざされたものの、生活やなりわいの再建に必要なお金の工面ができません。自宅が「一部損壊」と判定されれば、支援金はゼロ、修理制度も対象外、仮設住宅にも入れなくなります。何が再建を阻むのか、どうすれば一刻も早く再建できるのか。災害に見舞われた時に直面する課題と解決策を考えました。

出演者

  • 岡本 正さん (弁護士)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

どうなる被災後のお金 くらし再建の壁

桑子 真帆キャスター:
突然、家も仕事も失って3か月。収入のない中で、あなたならどうやって暮らしていきますか。

家も仕事も失って… 収入ゼロの被災者は今

被災して、家も仕事も失ったとき、どんな日常が待ち受けているのか。
取材に応じてくれたのが塩山浩之さんです。毎日のように訪れるのは、火災で焼失した輪島朝市通り。

輪島塗漆器店 経営 塩山浩之さん
「なるべく見える位置を選びながら、住んでいた場所ですし」

輪島塗の店と自宅を兼ねていた、このビル。まだ多額のローンの返済が残っていました。商品や道具など、仕事に必要なものは、すべて燃えました。
今、仕事の収入はゼロ。それでも、毎日の生活費はかかっていきます。

塩山浩之さん
「(除菌シートは)必需品です。結構、ほこりだらけになる」
店員
「1,430円になります」

日々の食費も積み重なります。

塩山浩之さん
「下がのり弁当で、上が野菜の揚げたやつ。なるべくバランス考えながら」

3月に入居した、仮設住宅。冷蔵庫やエアコンなどは備え付けでしたが、家財道具の大半は買いそろえました。家賃はかかりませんが、光熱費や水道代は、自己負担。

塩山浩之さん
「生活の最低限度のものを購入したりすると、(お金が)なくなってきますよね。そのへんの兼ね合いがすごく神経は使います」

地震保険に入っていなかった塩山さん。

塩山浩之さん
「市役所に行ったときに、お聞きした、被災者の生活支援」

今の頼りは、行政から給付された100万円。しかし、すでに半分以上は生活費に消えています。

塩山浩之さん
「正直、あまり具体的に考えないようにしています。考え出すと、もうそれこそ、いろんなことが心配になるんですよね。とりあえず、あの時(被災直後)からは前に進んでいる」

家は“住めない”のに 支援金がもらえない?

生活を再建させようとしても、支援制度のハードルにつまずく人が出始めています。
避難所で暮らしている鮓井(すしい)さん夫婦。震災前は、夫が作った輪島塗の箸を妻が朝市で販売していました。

輪島塗箸店 店主 鮓井喜代美さん
「置いといたら、色がさえて、すごいきれいになるんですよ、漆って」
鮓井喜代美さん
「向かって左側に傾いている」

自宅は地盤沈下に見舞われ、危険度の判定は「要注意」とされています。裏山も、徐々に崩れてきています。

鮓井喜代美さん
「ひどくなっている。雨とか降るたびに」

家を元の状態に戻すための費用は、業者の見積もりによると1千万円以上。しかし、鮓井さんが受け取れた住宅への支援金は、ゼロ。

鮓井喜代美さん
「準半壊に至らない」

被害認定で「一部損壊」とされたからです。

国の制度では、住宅の損壊割合に応じて最大300万円の支援金が出ますが、鮓井さんの自宅は、一部損壊という判定。支援金はなし。仮設住宅に入ることもできません。

鮓井喜代美さん
「家は住めない、仮設の権利はない、何なんこれって」

国は支援金の追加を決めましたが、そこでも一部損壊は対象外。鮓井さんは、被害認定の再調査を求めていますが、順番待ちが続いています。同居していた子や孫たちは、県外に避難したままです。

鮓井喜代美さん
「(地震の)たった2分で、孫も離ればなれになってしまうって。こんなことが起こるって、誰も想像してへんやろけど」

仕事を再開したいのに… 被災者のジレンマ

さらに、鮓井さんは、事業の再建でも制度の壁にぶつかっています。

輪島塗箸店 店主 鮓井喜代美さん
「今回、なりわいのあれ(支援制度)をぜひ使って、工場再建っていうことで」

この日、相談したのは、事業再生の柱である、「なりわい再建支援補助金」という制度。しかし、申請の段階で壁がありました。

鮓井さんの工場は倒壊の恐れがありますが、制度を申請するには、中にある設備の被害を、みずから調べる必要があります。

金融機関 担当者
「機械が完全に動かないっていうのは、まだ見えていない状況?」
輪島塗 箸職人 鮓井辰也さん
「赤(危険判定)になってて、ウロウロ入るなって」
鮓井喜代美さん
「結構、難しいんですよ。修理不能であることの証明っていうのが」

申請が通ったあとも、壁が。

例えば4,000万円の再建計画の場合、最終的な自己負担額は1,000万円で済みます。しかし、まず、その4,000万円をいったん全額支払わないといけないのです。

金融機関 担当者
「補助金は後払いになるので、自己資金が足りない場合は、融資を受けて支払う」
鮓井辰也さん
「借金っていうたら、なんか臆病になって、年もいってきたら怖いもんでね」

事業の再建につまずく鮓井さん。当面の収入を得ようと、仮設住宅建設のアルバイトも考えましたが、持病もあり、踏み切れませんでした。

鮓井辰也さん
「(できる仕事が)あったら、すぐにでも飛びつきたい、稼ぎたいよね。きれいごとばっかり言っていても、お金が要るから。いろんなこと考えたら、一歩も踏み出せんようになるんやって」
「黙とう」

事業を再開したくてもできない状況は、今、被災地に広がっています。
輪島の事業者でつくる商工会議所。加盟する1,008の事業者のうち、営業再開を決めたのは、208にとどまっています(3月12日時点)。支援制度の壁に加え、水道など、インフラの復旧に時間がかかり、再建計画を立てられずにいるのです。

事業を再開したいのに… 思わぬ負担に直面

こうした状況は、事業者に思わぬ負担をもたらしています。輪島市内にある、この介護施設。

福祉の杜わじま 施設長
「利用者がいなくなってしまったので、空になっている状態」

入所者は全員避難し、2月から休業。事業収入が途絶えています。再開に備え、55人いる職員は、給与がない休職扱いにしています。そこに重くのしかかっているのが…

福祉の杜わじま 施設長
「1か月あたり430万円ぐらい請求がきている」

職員たちの社会保険料。制度上、震災前の基準で保険料を納めなければならないのです。市内で運営する、ほかの3つの施設も合わせると、全体では…

福祉の杜わじま 施設長
「(月)800万円ちかく負担がかかる。これがもし10か月なら8,000万円」

東日本大震災では、社会保険料の支払いが免除になる立法措置がありました。しかし、今回は現時点で免除はありません。国の担当者に掛け合いましたが、減免には慎重な検討が必要という回答でした。

社会福祉法人 寿福祉会 理事長 北野和彦さん
「当初、厚生労働省から“雇用の継続をしてほしい”という通達が来ていますので、措置をしていただければ、大変助かるかなと思うんですけど」

4万件の相談から くらし再建を提言

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは弁護士の岡本正さんとお伝えします。岡本さんは、東日本大震災や熊本地震の時に寄せられた4万件以上の法律相談の分析を行って、国に提言もされてきました。よろしくお願いいたします。今、見てきたように、さまざまな支援制度の課題があります。そして、さまざまな解決策の提言をしていただこうと思います。まずは、住まいへの支援が受けられない。鮓井さんのように自宅が地盤沈下しているのに、一部損壊という認定のために支援が受けられないという状況。何かできないかということで、まず1つ目。被害認定の再調査ということですね。

スタジオゲスト
岡本 正さん (弁護士)
被災地の相談支援から国に制度の改善を提言

岡本さん:
実は、り災証明書の認定は最初の一次認定、一次調査のみならず、二次調査や再調査など、納得いくまで実は調査を再度、お願いすることができるんです。ですので、諦めずに、被害、一部損壊に納得がいかない場合には、もう一度しっかりと再調査をお願いしていただきたい、まず、こういうのを知っていただきたいというのがあります。

桑子:
そうすると、判断が変わっていくかもしれないということになります。そして、岡本さんの考える解決策、2つ目、義援金。これは自治体に寄せられた義援金の傾斜配分ということですか?

岡本さん:
今回の公的な支援金や独自の県の支援金もそうですが、なかなか住宅の被害が大きい場合にしか配られないということですので、そうではない世帯、一部損壊などの世帯にこそ、むしろ義援金を配分することも考えていただきたいなと考えています。

桑子:
なるほど。その配分のしかたというのは、自治体の判断によって変えられるということなんですね。

岡本さん:
財源に応じて、二次配分、三次配分などありますので、ぜひ検討していただきたいと考えます。

桑子:
そして、住まいへの支援が受けられないほかに、なりわいの再建についても課題が見えてきています。例えば、小規模ななりわいに対して給付支援がない。また、補助金も後払いなので、まずは借金をするなどして、大きなお金を用意しないといけないということがありました。これに対して解決策。岡本さんは、なりわい再建にも現金給付を、という提言をされています。

岡本さん:
やはり個人の事業主の方は、働いてこそ再生ができます。そういう時に、やはり給付支援がないということが今の制度なんです。ですので、ぜひ国には現金給付の支援も検討していただきたいと考えています。

桑子:
そのための制度を変える必要もあると思うのですが、なかなか時間がかかりますよね?

岡本さん:
ですので、例えば、先ほど申しましたように、県などが義援金の配分を、次の配分の時になりわいの業者の方にも配分するなど、そういう工夫ができるのではないかなと考えます。

桑子:
そして、震災前のローンが残っていて返せないという悩みも被災地では多いです。こうしたケースに対して、岡本さんは、これを知っておいてほしいとおっしゃっています。被災ローン減免制度ですね。

岡本さん:
「被災ローン減免制度(自然災害債務整理ガイドライン)」は、個人の方が借金で返せないという時に、破産ではなくて、破産すると不利益になるブラックリストの登録などもされませんし、また、手元に最大500万円の預貯金を残せるという非常に大きなメリットのある制度です。この被災ローン減免制度を借金に困っている方は、まず利用していただきたいと私は考えていますが、恐らく、なかなか知られていないのではないかと思いますので、ぜひ大規模災害の時には、この被災ローン減免制度を思い出していただきたいなと。非常に大事だと思っております。

桑子:
これは個人、そして、個人事業主に限る制度となっています。
支援制度の壁に直面している被災者たち。今、企業や行政の力をうまく活用して、お金を生み出し始めているんです。

涙と笑顔の朝市復活 後押ししたのは…?

3月23日。金沢市の漁港に大勢の人が詰めかけていました。

「買ってください」

行われたのは、出張輪島朝市。

「よかった、元気でよかった」

参加するのは、各地でバラバラに避難する輪島で朝市をしていたメンバーたちです。メンバーの多くは、避難先で生活再建する厳しさに直面してきました。

海産物加工販売店 店主 南谷良枝さん
「金沢の町を運転したことがなくて、輪島にこんな広い道ないから」

金沢に避難する、南谷良枝さん。震災前は、親子3代で手作りの水産加工品を朝市で売っていました。

南谷良枝さん
「加工場です」

自宅は無事でしたが、6年前に建てた加工場は倒壊。数千万円の事業ローンが残っています。

南谷良枝さん
「本当はもちろん輪島に戻ってやりたいんですけど、今、輪島に戻っても仕事ができない状況なので」

南谷さんは、事業の再開を目指すものの、今、さまざまな壁にぶつかっています。ようやく加工場を借りられても、隣の富山県。取引先も一から開拓しなければなりません。さらに避難生活は、家族の心にも影を落としています。

南谷良枝さん
「(母は)物忘れがすごい多くなったし、(朝市とか)自分の居場所がないでしょ、心がたぶん落ち着かないっていうか。本当に踏んだり蹴ったりですよね」

生活を1人で再建するには限界がある。そこで、南谷さんなど避難するメンバーたちが出張朝市を立ち上げようと動きだしました。

出張輪島朝市 事務局 橋本三奈子さん
「失ったのは、家もですけれど、仕事場、それが一番大きいので、何か仕事ができる場所があれば、希望になるし」
「(南谷)良枝ちゃん、良枝ちゃん」

その思いに応えたのは、金沢の漁協や企業。場所や設備を無償で貸してくれることに。

南谷良枝さん
「こんだけキッチンあれば、いろんなことできるね」

石川県の支援制度にも申請。合計300万円の補助金が活用できました。南谷さんも、本格的に商品作りの再開に動き出しました。

箸作りの再開の見通しが立っていない鮓井さん夫婦も、出張朝市に参加することにしました。

輪島塗 箸職人 鮓井辰也さん
「もう1回、輪島朝市とともに何とか復興させたいし、みんなで力を合わせてやっていこう」

出張朝市、本番。金沢に避難する南谷さん。3か月ぶりに飾る、のれんです。

南谷良枝さん
「一生懸命、仕込んできました」

この日は、かつて観光客でにぎわっていたころの売り上げがありました。

南谷良枝さん
「母もやっぱり楽しそうでしたね、いきいきしとったし。お釣り間違えとったけどね。1,000円と5,000円を間違えて、お客さんから『あんた、お釣り多いがいね』って言って返されとったけど。お金もうけだけではない、人とのつながりとか、仕事するって大事ねんね」

鮓井さん夫婦の箸も次々に売れていきます。自分の手で稼ぐ喜びをかみしめていました。

輪島塗箸店 店主 鮓井喜代美さん
「やっぱり楽しいね、笑うっていうのがね。こんな日がね、ずっと続いたらいいけどね」

被災後のくらし再建 「人・生活」の視点

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
本当にいい表情をされて、なりわい再建って生きがいを取り戻すことだよなと強く感じましたけれども、今の出張朝市の取り組みは、輪島朝市の人々が企画をして、それを金沢の企業や団体が会場や設備を提供。そして、石川県が補助金を採択することで実現しました。いわば公助と共助が自助を支えるという仕組みでしたけれども、岡本さん、こうした支援作りが今後の鍵になっていくのでしょうか?

岡本さん:
まさに今回の出張朝市のような取り組みが持続して、支援になることを望みたいと思います。しかしながら、今の制度は、例えば、元の場所で元の設備を現状復旧することに重きを置いた補助金などが多いです。やはり避難している中でも、働きたいという思いを支援するためには、例えば、仮設の設備などについても公的な支援をするであるとか、あるいは、いろいろな仕入れだとか、人の段取りなんかも含めた公助というものも、より一層、手厚くやってもいいんじゃないかなというふうには考えられます。

桑子:
生活再建につまずいてしまう制度もある中で、つまずかない制度の在り方というのは、どういうものなんだろうと思うんですけれども。

岡本さん:
私は、やはり今の制度に必要なのは、人や生活を中心に置いた復興制度の在り方、復興支援の法律の制度の在り方だと思っています。どうしても、ハード、建物などの被害に寄った制度設計を作ってしまうところなんですけれども、私も東日本大震災を契機として、災害復興法学を立ち上げましたけども、そこで提唱しているのは、「生活復興基本法」という概念かなと考えています。やはり、人の復興に重きを置いた生活復興というところに、しっかりとお金が入る、こういう仕組みをぜひ作ってほしい。そういうふうに考えております。

桑子:
人の復興ということを考えると、それに伴って出てくる制度というのも変わっていきそうですね。

岡本さん:
なかなか制度を変えるのは難しいように思われるかもしれませんが、今回のように、制度のはざまに落ちてしまったような被災された方々の声は、過去にも、実は制度を変えてきたという実績があるんです。例えば、今日、ご紹介させていただいたような被災ローン減免制度。これは東日本大震災の後になって、被災された方の破産できないという声、借金が返せないという声から新たに作られた制度なんです。やはり、被災者の一人一人の声から、実は制度が変わる、法律を新たに作る、あるいは現状の運用をより柔軟にする。いろいろな解決を導き出すことができると考えています。ぜひ制度を変えていくことの原動力に被災者の声もぜひ耳を傾けてほしいなと思っています。

桑子:
その声を私たちもしっかりと拾いあげていきたいなと思います。被災地には、今も自分たちの手で、生活再建を模索し続ける人たちの姿があります。

箸づくり 事業再開へ 小さな一歩

工場が全壊した箸職人の鮓井さん。この日、訪れたのは、探し回った末に借りられた空き倉庫。

輪島塗箸店 店主 鮓井喜代美さん
「電気はここか」

持ち込んだのは、工場から唯一、取り出せた切断機です。震災後、初めて行う箸づくり。事業の立て直しには、まだいくつものハードルがあります。

鮓井喜代美さん
「久しぶりに見ました、真剣な」
輪島塗 箸職人 鮓井辰也さん
「今まいた種が、1年か2年か後に、少しでも実ってくれることを期待するしかない。頑張るしかないです」
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