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2024年4月2日(火)

“プーチンの戦争”あらがう女性たち ロシア・銃後の社会で何が

“プーチンの戦争”あらがう女性たち ロシア・銃後の社会で何が

「夫を返して」「軍事作戦をやめ交渉の席についてください」。ロシアで軍事侵攻に公然と異を唱え始めた動員兵の妻たち。「プーチ・ダモイ」と呼ばれるネットワークに、沈黙を強いられてきた市民の間で静かに共感が広がっています。一方のプーチン政権側は、国家に尽くすのが理想の家族だとし、当局が圧力を強めています。「愛する家族とともに生きたい」という女性たちの願いはロシアを変えるのか?知られざる闘いに、独自取材で迫りました。

出演者

  • 奈倉 有里さん (ロシア文学研究者)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

ロシアで異変が? “戦争”にあらがう女性たち

桑子 真帆キャスター:
侵攻開始以来、ロシアでは反戦の訴えが徹底的に封じ込められてきました。反戦集会の参加者は次々と拘束され、人権団体によると、侵攻に反対して訴追されるなどしたケースは900件以上に上っているということです。そんな中、2023年8月の活動開始以来、厳しい取締りを受けることなく、公然と声を上げているのが、動員兵の妻や母らのネットワーク「プーチ・ダモイ」です。こんな言葉をプーチン大統領に突きつけたこともあります。


“特別軍事作戦を終わらせ、交渉のテーブルについてください”
“もしくは、みずから前線に出て死んでください”

女性たちは、なぜ声を上げ続けられるのでしょうか。取材から、今のロシアが抱える矛盾が見えてきました。

ロシア 声上げる女性たち 「プーチ・ダモイ」とは?

クレムリンの近くに現れたプーチ・ダモイのメンバーたち。毎週末、無名戦士の墓に花を手向け、無言の抗議を行ってきました。

警察官
「そこの君、こちらに来なさい」

当局から警戒されながらも活動を続けるプーチ・ダモイ。この日も多くの警察官の姿がありました。

警察官
「(内務省関連の)敷地で活動することは禁じられています」
プーチ・ダモイのメンバー
「花を手向けるのもいけないのですか?」

中心メンバーの1人が私たちの取材に応じました。小児科医のマリア・アンドレエワさんです。学生時代に出会い、20年近く共に過ごしてきた夫。2022年の10月、突然、軍に動員されました。

プーチ・ダモイのメンバー マリア・アンドレエワさん
「ぼう然として招集令状を見ました。こんなふうに言うのは、よくないですが、まるで戦死の知らせを受け取ったような気持ちでした。たくさん泣いたことしか覚えていません」

2歳になる娘と暮らすアンドレエワさん。夫は動員されたとき、長くて半年との説明を受けていましたが、その約束は守られませんでした。

はじめは当局が話し合いに応じてくれると考えていたアンドレエワさん。2023年9月、同じ境遇の女性たちと始めたのが、動員兵を一定期間で交代させてほしいと求めることでした。ところが。


州知事
動員兵の交代は、大統領の命令でしかできない

プーチ・ダモイのテレグラムより

要求が一向に聞き入れられない中、その後、ある行動に出ました。


私たちはプーチ・ダモイ。なんとしてでも夫を取り戻す

プーチ・ダモイのテレグラムより

SNSで動画を公開し、民間人の動員そのものをやめることや、動員兵の権利の尊重などを公に呼びかけたのです。訴えは徐々に共感を呼び、当初、数千人だったSNSの登録者数は6万人を超えました。
プーチ・ダモイに加わった1人、クセニア・ワラビヨーワさんです。夫は心臓に持病がありますが、十分な検査を受けることもなく前線に送られたといいます。

プーチ・ダモイのメンバー クセニア・ワラビヨーワさん
「ビデオ通話をすると、彼は、ぼう然自失で疲弊しています。常に左右に体を揺らし、話に集中していません。視線も定まりません。命の危険と隣り合わせなのだから当然です」

人命の損失をかえりみずに攻勢を強めているとされるロシア軍。2023年2月には、死傷する兵士の数は、1日1,000人近くに上ったとも指摘されています(イギリス国防省・3月発表)。

侵攻には、以前から疑問を抱いていたというワラビヨーワさん。夫がその最前線で戦っていることに、やりきれなさを感じています。

クセニア・ワラビヨーワさん
「何があっても必ずあなたをサポートします。生きて無事に帰ってきて。愛しています。早く会いたい」

侵攻が長期化する中、アンドレエワさんたちは夫の帰還だけではなく、軍事作戦そのものの中止まで求めていきます。この日、訪れたのは、プーチン大統領の選挙事務所。動員兵の状況を理解しようとしない女性と激しい口論になりました。

「兵士は祖国を守っている。問題はありません」
マリア・アンドレエワさん
「その見返りに私たちは何を受け取るの?手足を失った夫?」
「どうしてそんなに怖いことを言うの?」
マリア・アンドレエワさん
「あなたに何がわかるというの?現実を知らないくせに」
マリア・アンドレエワさん
「命を落としている動員兵も民間人です。民間人が犠牲になる戦争は終わるべきです。なんとしても終わらせなければなりません。いますぐにです」

軍事侵攻に異を唱え始めたプーチ・ダモイ。この日、アンドレエワさんはモスクワ中心部でプラカードを掲げ、抗議活動をしました。

マリア・アンドレエワさん
「動員兵の妻を拘束しようとしている。みんな見て!」

警察は、アンドレエワさんをその場から排除しました。しかし、拘束はしませんでした。
ほかの抗議活動とは異なる当局の対応には、どんな意味があるのか。かつてプーチン氏のスピーチライターを務めた政治アナリストのアッバス・ガリャモフさんは、兵士の妻に、当局は手荒な対応をできないと指摘します。

政治アナリスト アッバス・ガリャモフさん
「兵士である夫は、前線でプーチンのために戦っています。妻たちへの圧力を彼らは好まないでしょう。夫たちは武器を持っているうえ(反乱を起こした)プリゴジンが示したように、前線からモスクワまでの道のりは遠くはありません。すぐに帰ってこられます。軍の中でも現状への不満は明らかに高まっています。当局は、非常に慎重にならざるをえないのです」

さらに、プーチ・ダモイの主張そのものが、政権の急所をついていると指摘する人もいます。ロシア人の政治学者、エカテリーナ・シュリマンさん。現在はドイツからロシア政治に関する分析を発信しています。シュリマンさんが着目するのは、プーチン大統領自身が、これまで家族の絆を強調してきたことです。

プーチン大統領
「いま、家族、友情、相互扶助、慈愛、団結がわれわれの最重要課題だ」

その家族を返してと訴えるプーチ・ダモイを厳しく弾圧すれば、政権が抱える矛盾を浮き彫りにしかねないといいます。

政治学者 エカテリーナ・シュリマンさん
「プーチ・ダモイの要求は(市民から)“正当”であると受け止められています。彼女たちは自分のためではなく、夫のために訴えているからです。これまでナワリヌイ氏の支持者や、ほかのデモの参加者にやってきたように、彼女たちを殴って逮捕することは躊躇(ちゅうちょ)せざるをえないのです」

こうした女性たちの正当な要求は、市民も共感しやすく、政権にとって無視できない危険性をはらんでいるといいます。

エカテリーナ・シュリマンさん
「一見小さな運動に見えても、プーチ・ダモイは政権にとって危険です。権利や法の概念をよく知らない人たちにも“正当さ”という概念は響きやすく、理解しやすいからです。政権は人々のことなど気にかけておらず、その声に耳を貸そうともしないと落胆が広がっています。これは重要です」

プーチ・ダモイの活動は、従来の反戦の訴えに限界を感じてきた人にも注目されています。ダリア・セレンコさんです。ロシアから隣国ジョージアに逃れ、侵攻を批判してきました。

フェミニスト反戦レジスタンス ダリア・セレンコさん
「マリア・アンドレエワさんのインタビューです」

みずから発行する新聞でプーチ・ダモイの活動を紹介し、ロシアの人々に広く知らせようとしています。セレンコさんたち、反戦を訴える人々は、スパイを意味する「外国の代理人」に指定され、“国民の裏切り者”というレッテルを貼られてきました。プーチ・ダモイの声を通してならば、この戦争が、いかに国民に負担を強いているか伝えることができると考えています。

ダリア・セレンコさん
「侵攻について、賛否のどちらも示していない人たちにとっては、私たちの訴えより、彼女たちの物語のほうが重要なのかもしれません。私は、この目で、今とは違うロシアを見たい。別の未来を、ともに作りたいのです」

プーチン政権にとって危険もはらむプーチ・ダモイの訴え。政権側は今、国家に尽くすことこそが家族の役割だと主張して抑え込もうとしています。

プーチン大統領
「ロシアは家族が集まった“大きな家族”のようなものだ」

SNSなどで政権側の主張を広めているのが、カチューシャ運動と名乗る女性たちです。第2次世界大戦中に歌われた「カチューシャ」。兵士となった恋人の帰りを辛抱強く待つ女性の姿を歌っています。


彼は祖国の地を守り カチューシャは愛を貫く

カチューシャ運動のテレグラムより

その献身的な姿勢こそがロシア女性の理想だとし、動員に反対する活動は祖国に対する裏切りだと非難しています。


「敵国はあなたたちを利用しようとしているのです」

「反戦運動など存在しません」

カチューシャ運動のテレグラムより

家族は国家に尽くすべきという考えは、一般家庭にも広く浸透しています。シベリアの地方都市に住むマリーナ・マトベエワさんです。今の軍事作戦は自衛のためだと考えているマトベエワさん。ボランティアとして兵士の装備品を作っています。

マリーナ・マトベエワさん
「これを作っていると、誰かの命を救っていると思えて、自分が奮い立つのです」

マトベエワさんには7歳と4歳の孫がいます。

「戦争って何だと思う?」
「怖くて、悪いこと」

将来、必要な時には、祖国を守るために行動してほしいと伝えています。

マリーナ・マトベエワさん
「自分のことを後回しにして、祖国や社会に必要なことを最優先してね」
マリーナ・マトベエワさん
「(彼らが動員されれば)私は不安で泣いてしまうかもしれない。それでも母親のスカートに隠れることなく、祖国と家族を守る“本物の男”を育てたのだと誇りに思うでしょう」

戦争をやめ、夫を返して欲しいと訴えてきたアンドレエワさん。今、さらなる圧力にさらされています。自宅に当局者が現れ、活動をやめるよう繰り返し警告を受けるようになったのです。
大統領選挙の当日。それでもアンドレエワさんは投票所におもむき、隠すことなくプーチン氏以外の候補に票を投じました。家族と共に生きたい。その思いを訴え続けることは決してやめないといいます。

マリア・アンドレエワさん
「正直に言えば怖いです。でも、いつか良心と向き合い、自分が何もしなかったと自覚することのほうが怖い。娘から『お母さんは何をしたの?』と一生問われるのは、もっと怖いのです」

“戦争”にあらがう女性たち ロシア世論はいま?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは、多くのロシア文学の翻訳を手がけてこられた奈倉有里さんとお伝えします。奈倉さん、軍事侵攻のあとも、このプーチ・ダモイも含めた市民の声の収集に力を入れていらっしゃいますけれども、これまでの反戦の動きとはやはり異なるものを感じるプーチ・ダモイの活動。奈倉さんはどういうふうにご覧になっているのでしょうか?

スタジオゲスト
奈倉 有里さん(ロシア文学研究者)
多くのロシア文学を翻訳

奈倉さん:
やはり注目すべきは、これがすべての声が消されたのちに出てきた声だということです。これまで声を上げてきた人というのは、弾圧され、国外への出国や沈黙を余儀なくされてきました。私自身が翻訳してきた作家も、もう1人も国内に残っていないというような状況です。そんな中で、夫や息子が徴兵された妻たちというのは、外へ出ることもできない、そういった人たちです。彼女らの声は、一見素朴に見えるかもしれないんですけれども、彼女たち自身もこの活動の難しさについて理解しています。例えば、動員兵の妻の1人が言っていたんですけれども、“私たちは、国内の人からは、動員兵の家族は手当、お金をもらっているから黙っていなさいというふうに言われ、国外からはウクライナで人を殺している殺人犯集団の妻じゃないかと見られ、その上、政府からは無視されている”というようなことを言っていて。そんな中で、何もいらないから夫を返してくれというような声は弾圧されづらい、そういった抵抗の仕方を模索している状態だというふうに思います。

桑子:
プーチ・ダモイの主張は、正当性があるからこそ広く受け入れられているのだという指摘がありました。奈倉さん、この正当性というのは、なぜロシアでは重要だとされているのでしょうか?

奈倉さん:
ロシア語の“正当性”は“公平性”とも言い換えられるんですけれども、この言葉の背景にある歴史や文脈を考慮する必要があると思います。ロシアは歴史的に、たび重なる社会変動だとか、社会的な混乱、それから弾圧、戦争というものを繰り返すことによって、正当、公平の逆である、報われない、理不尽な目に遭ったという人たちが非常にたくさんいるわけです。例えば、スターリン時代に無実の罪で何十年も強制収容所に入れられていたりとか、だまされて戦争に行かされた若者だとか、そういった人たちがたくさんいる。だからこそ、多くの人が正しいことが正しくなされてほしいという正当性を求めるわけですけど、一方で、その正当性というのは1つにまとめあげることが難しい。そんな中で多くの人たちの同意を得やすいのが、やはりこの活動だと思います。

桑子:
大切な家族を返してほしいという訴えですよね。

桑子:
この正当性がある彼女たちの訴えは、実際にロシアではどう受け止められているのでしょうか。ここからは、モスクワ支局の野田支局長に聞きます。野田さん、実際のところ彼女たちへの受け止めはどうなのでしょうか?

モスクワ支局 野田順子支局長(モスクワ中継):
妻たちのしごくまっとうな訴えに市民の間からも同情の声が聞かれます。ただ、3月、モスクワ郊外でテロ事件が起き、こちら市内では警備や取締りに当たる警察車両が増えるなど、緊張感も漂っています。今の生活を維持することを最優先させる多くの人たちにとって、当局ににらまれる危険を冒してまで、彼女たちの活動に加わることはしないというのが実情ではないでしょうか。

桑子:
少し距離を置いているということなんでしょうか。では、今後、プーチ・ダモイの訴えが広く受け入れられていく可能性はあるのでしょうか?

モスクワ支局 野田順子支局長(モスクワ中継):
戦争が日常に迫っているという危機感が広がるかどうかだと思います。今後、例えば、追加の動員が行われるなどして反対の声が広がった時などに、彼女たちがその受け皿になることがあるかもしれません。反体制派の多くが国外に逃れる中、彼女たちは国内で声を上げ続けています。プーチン政権にとって、その存在は今は小さくても、一気に抗議活動を拡大させかねない潜在的な脅威でもあり、圧力を強めていくと見られます。

ロシア 声上げる女性たち 状況を変える可能性は?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
政権にとっては潜在的な脅威という話もありましたけれども、この女性たちの声が大きなうねりになるかどうかの分かれ目は、奈倉さんどういうふうに見ていますか?

奈倉さん:
チェチェン戦争の時なんかに比べると、公式メディアが完全に掌握されているということからも分かるように、言論弾圧の側面が非常に目立つんですけれども、現在、だからこそできる動きもあって、例えば、声を上げた妻たちを守ってくれと、戦場から動員兵たちが、覆面でですけれども反論していたりとか。そういったことがすぐ分かるんです。たとえ公式メディアに出られなくてもやれることがある。その一方で、危機感が強まったとして彼女たちに賛同したいという人がいたとしても、彼女たちと同じようなことを、動員兵の妻ではない普通の人が言うと、これは捕まってしまう可能性が非常に高くなる。やはり現実的にすごく声が出しにくいということは言えると思います。

桑子:
小さい声ではありますけれども、こういった声に、私たちはどういうふうに向き合っていけばいいと考えていますか?

奈倉さん:
まず、私たち、大きい小さいというものを、権力の大きさ以外の要素で見ることも可能だと、理解することが大事だと思うんです。これはロシアに限らず、どの国においても、日本においてもそうなんですけれども、政治家はもともと権力があって、おのずと社会に対する影響力が多い。そういうことで注目されるわけですけれども、報道、それから、私たち自身というのは、そこから独立した意思と影響力を持てる存在であって、そうした権力者の声を相対化することは意識的にできるわけです。私たち一人一人としても、市民運動とかデモとか、それから社会をよりよくしようという一人一人の声を、決してわい小化したり冷笑的な態度で見ない、自分に引きつけて考え続けることが大事なんじゃないかなというふうに思います。

桑子:
私、小さな声と言いましたけれども、そもそもの大小の考え方ではなくて、一つ一つ自分たちから取りに行くという、この姿勢が大事ということでしょうか?

奈倉さん:
はい、そうだと思います。

桑子:
奈倉さんは、そういう意味では、今後どういうふうに向き合っていこうと思われますか?

奈倉さん:
やはり意識的に、そういった声を翻訳したりして紹介していきたいなと思っています。

桑子:
ありがとうございます。今、多くの犠牲を生み出し続けているロシアの軍事侵攻は、到底、受け入れられませんけれども、家族への思いが強いロシアの人たちだからこそ、それを失う痛みも大きいはずです。今、プーチ・ダモイに集まっている共感が状況を変えうるのか。私たち、注視していきたいと思います。

“戦場から帰ったら…” 銃後の人々はいま

当局の監視の中、今も声を上げ続けるプーチ・ダモイ。
婚約者が動員され、活動に加わった、この女性。戦場から帰ってきたら、結婚式を挙げる約束をしています。

「この指輪は彼の帰りを待っています。彼が戻ってきたら、はめるんです」

婚約者は、突撃部隊の一員として最前線に送られました。

「早く、生きて戻ってきてほしい。あなたは約束したでしょ。言いたいのは、それだけです」

戦争のない世の中で、共に家庭を築きたい。その願いは、いつかなえられるのでしょうか。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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