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2023年10月11日(水)

大規模攻撃の“深層” ハマスとイスラエル・激突の行方

大規模攻撃の“深層” ハマスとイスラエル・激突の行方

「今までには全く考えられなかったことだ…」。中東情勢を長年見つめてきた専門家たちでさえ目を疑ったイスラエルへの大規模攻撃。イスラム組織ハマスは、イスラエルに侵入する戦闘員の映像を公開。「100人以上のイスラエル人を人質にしている」と声明を出し世界に衝撃が広がりました。事態の長期化が懸念される中、欧米や周辺の中東諸国は、どう動くのか。現地からの最新報告を交え、今後の国際情勢を展望しました。

出演者

  • 立山 良司さん (防衛大学校名誉教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

大規模攻撃はなぜ? ハマスとイスラエル

桑子 真帆キャスター:

世界に衝撃を与えた突然の大規模攻撃。それを行ったイスラム組織ハマスが実効支配するのが、ガザ地区です。もともとは、この地域一帯に多くのパレスチナ人が住んでいましたが、イスラエルが建国され、衝突を繰り返す中で領土を奪われ、現在パレスチナ人が住んでいるのはヨルダン川西岸とガザ地区、主にこの2つの地域です。

ガザ地区をハマスが事実上支配するようになった2007年以降、イスラエルはガザの封鎖を強化。日本の種子島ほどの面積で暮らすおよそ200万人の住民は外に出られず、たびたびイスラエルからの攻撃を受けながら国連などからの援助物資で命をつないできました。

今回、自分たちを取り囲んできた壁を壊し、イスラエル側に攻め込んだハマス。背景に何があったのでしょうか。

ハマスの“目的”とは

イスラエル南部の町、スデロット。隣接するガザとの間は、防衛目的の高い壁で区切られています。

それは、10月7日の早朝のことでした。

壁を越えてハマスの戦闘員がやってきたのです。

住民
「車が襲われて道路は遺体だらけです。本当の悲劇です」

イスラエル側の死者は少なくとも1,200人(10月11日13時時点)。さらに、100人以上が人質として捕らえられたとされます。

戦闘員が自宅に侵入してきて、11時間、身を潜めていたという男性が取材に答えてくれました。

自宅が襲撃された男性
「彼らは銃を撃ちながら家の中に入ってきました。よく訓練されていて、何をすべきか把握していて、計画的で冷静でした。悪夢でした」

ガザを本拠地とするイスラム組織ハマス。住民に対する福祉活動を行う一方、イスラエル打倒を掲げ、自爆テロや武装攻撃を繰り返してきました。しかし専門家は、今回の攻撃はこれまでとは次元が異なると指摘しています。

中東情勢が専門 東京大学大学院 鈴木啓之 特任准教授
「今回のハマスの攻撃の特殊性として2つ挙げられる。1つめは規模の大きさ。2つめが計画性。陸、海、空、それぞれ侵入を試みていることは過去に例がない」

鈴木さんが分析したのは、ハマスの軍事部門が公開した映像。作戦開始と同時に、5,000発といわれるロケット弾を一斉に発射しています。

鈴木啓之 特任准教授
「イスラエルにはロケット弾に対する迎撃システム『アイアンドーム』がある。その上限を超える数を撃つと。つまりイスラエルの防衛システムを、まひさせるのが狙いであろう」

その後、混乱に乗じて戦闘員が陸路でイスラエル領内に次々と侵入。海からはゴムボートで。空からはパラグライダーを駆使する戦闘員たちが映されています。

ハマスは、境界線の少なくとも7か所を突破。1,000人に上るとされる戦闘員が壁を越えてイスラエル側に侵入していきました。鈴木さんが特に衝撃を受けたのが「壁」が突破される映像でした。

鈴木啓之 特任准教授
「ガザ地区とイスラエルの間の壁は物理的に1つの壁があるだけではなくて、緩衝地帯を含めて100~200mくらいのバッファーゾーンがある。そこに立ち入ると銃撃を受けたり拘束される危険性がある。そこを車両、人、徒歩などで次々と突破していく。これは前例のないこと。(イスラエルは)あくまでガザ地区の中に抑え込んでいる自信があったと思う。この事態を想定していなかった」

なぜ、これだけの規模の攻撃を実行できたのか。これまでハマスを支持してきたイランの軍事組織の元幹部が取材に応じました。

イラン 革命防衛隊元司令官 キャナニモガダム氏
「われわれはガザに直接行くことはできません。ですので、オンラインを通じて技術や財政を支え、彼ら自身でミサイルや無人機を作れるようにしてきました」

一方で、今回の攻撃にイランは関わっているのかという問いには。

キャナニモガダム氏
「今回の攻撃は私たちにとっても驚きでした。私たちは指示も手助けもしていません。彼ら自身で決断したのです」

ハマスの目的はどこにあるのか。攻撃開始の2日後、私たちが接触したハマスの報道官は攻撃の成果を次のように語りました。

ハマス レバノン事務所 アブドルハディ報道官
「イスラエルは建国以来、経験したことのない衝撃にさらされています。イスラエルは苦境に立たされており、何がどのように起こったのか、死者や捕虜の数さえ把握できていません」

そして、異例の攻撃に踏み切った理由を語りました。

アブドルハディ報道官
「パレスチナ人は土地を失い、平和もありません。わたしたちはガザの現状に、もう耐えられなくなったのです。作戦に伴う最悪のシナリオや損害などもすべて分かった上で実行したのです」

ハマスが実効支配するガザ地区。イスラエルが建設した壁に囲まれ、“天井のない監獄”と呼ばれてきました。

3重にわたる検問所が設置され、人や物の往来が厳しく制限されてきました。経済的に困窮した人々は地下にトンネルを掘り、外から物資を運んできました。

一方でイスラエルは管理を強化。2021年、地上だけでなく、地下にも届く新たなフェンスを導入し、人々の動きをより強く制限しました。

さらに、ガザの孤立化は国際社会でも。これまでパレスチナの後ろ盾となってきたアラブ諸国が、今、イスラエルとの関係の見直しを始めています。アラブの盟主サウジアラビアも、今、国交正常化へ向けた動きを見せています。

こうした中、攻撃の準備を進めてきたハマス。

ハマスは今回、長年、自分たちを孤立させてきた壁や検問所を破壊。イスラエル側になだれ込んでいったのです。

長年、パレスチナ問題を研究してきた専門家は、今回の攻撃を非難しつつも、国際社会の責任が問われているといいます。

放送大学 高橋和夫 名誉教授
「(ガザは)生活環境がどんどん悪くなっていく。壁があってその向こうにイスラエルの美しい風景が広がっている。本当に天国と地獄ですよね。本当にひどい状況が広がっていて、世界はそれを見捨てている。国際社会に対する深い失望感というのは、ずっとありますよね」

ハマスとガザの現状

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、イスラエル・パレスチナ情勢を長年、研究してこられた、立山良司さんです。

まず一緒に見ていきたいのが、ハマスの今回の攻撃を過去と比べたものです。立山さんがまとめているものですが、イスラエル側の死者を見ても、これまでと比べて今回は桁違いに多くなっています。
ハマスが発射したロケット弾の数も、今回に関しては作戦開始からわずか20分間で5,000発ということで、かつてない攻撃になっていることが分かります。

今回、なぜこのような大規模攻撃に至ったのか。立山さんは大きく3つ背景にあるのではないかということです。

大規模攻撃 なぜいま?
・ガザの窮状
・緊張の高まり
・イスラエルとサウジアラビアの接近

まず1つ目。「ガザの窮状」ということですね。

スタジオゲスト
立山 良司さん (防衛大学校名誉教授)
イスラエル・パレスチナ情勢が専門

立山さん:
ガザは、2007年以来、16年以上イスラエルによって封鎖をされているわけです。ですから、たび重なる戦争にもかかわらず復興もままならない。経済状態は非常に悪い。若者の失業率は60%にも達している状態です。それで水も電気も不足している。そういうことですから220万人のガザのパレスチナ人、住民の怒りというのはもうずっと鬱積しているわけです。それが場合によっては支配しているハマスに向くかもしれないけど、それをイスラエルに向けようというのが、この作戦の1つの大きな目的だと思います。

桑子:
そして「緊張の高まり」というのもあったのではないかと。

立山さん:
これは、別の占領地である東エルサレムとヨルダン川西岸で、イスラエルとパレスチナの間の衝突が2022年から増えていまして、特に2023年に入ってからは、その結果、死者が非常に増えているんです。その状態を見て、ハマスとしては手をこまねいているわけにはいかない、何らかの対応をしなければいけないというのが、この攻撃になったと思います。

桑子:
そして3つ目。「イスラエルとサウジアラビアの接近」ということで、図を見ながら解説をしていただきたいと思います。

立山さん:
サウジアラビアは、かつてパレスチナ独立国家を作ってパレスチナ問題を解決すべきだという提案をしているんです。しかし、一方でこの1年ほどの間にアメリカのバイデン政権の仲介を得て、イスラエルとサウジアラビアが国交を正常化して接近をしようという動きを非常に強めているわけです。それを見たハマスは、当然、パレスチナ問題が置き去りにされるのではないか。解決されないまま、イスラエルとアラブの盟主であるサウジアラビアが手を組んでいく。そうなればパレスチナ問題の解決はもうありえないということで「パレスチナ問題がまだあるんだ」ということを世界に訴える。さらにはイスラエルとサウジアラビアの接近を止めるということが、ねらいにあったと思います。

桑子:
攻撃から4日。イスラエルはこのあとどう動くのか。世界が注視しています。

イスラエルどう動く? 人質と地上戦の行方

突然の大規模攻撃にさらされたイスラエル。今、負傷者への輸血のために献血会場で長蛇の列ができています。

「国のために役立ちたい」
「多くの人が献血に集まったことはすばらしい。兵士はわれわれのために戦っている。」

実は、イスラエル社会では攻撃の前まで“分断”が広がっていました。民主主義を揺るがすような政策や、たび重なる汚職疑惑によってネタニヤフ政権への不満が噴出。内乱に陥りかねないとも言われていました。

イスラエルの政治を長年取材してきたヨニ・ベンメナヘムさんは、ハマスの攻撃は国内の状況を一変させたといいます。

イスラエルのジャーナリスト ヨニ・ベンメナヘムさん
「イスラエルの国民の総意はまとまっている。イスラエルの右派から左派までが、ハマスというテロ組織を一掃すべきだと。そういった空気が国民の間に広がっている」

イスラエルは報復として、ガザ地区への空爆を続けています。今焦点となっているのが、このあとイスラエルが地上戦に踏み切るかどうかです。

ヨニ・ベンメナヘムさん
「ハマスの軍事インフラを空から無力化することはできない。ほとんどは地下にあるからだ。トンネルや地下ごうの中にはハマスのロケット弾が隠され、兵士が潜んでいる。それを破壊するためにはガザ地区の中に入らなければならない」

しかし、地上戦には大きな懸念が。ハマスによって多数の人質が連れ去られているからです。100人以上がガザ地区で拘束されていると見られています。

アドバ・アダルさんは、ハマスの戦闘員に85歳の祖母を連れ去られました。

ガザで撮影されたとされる動画に、祖母の姿を見つけたアダルさん。無事救出してほしいと政府に求めています。

祖母を人質に取られた アドバ・アダルさん
「祖母は持病があるのに、薬を持っていません。無事でいてほしい。どうか人質を返してください」

ハマスの掃討作戦と、人質の救出というジレンマ。イスラエルの政府を取材してきたベンメナヘムさんは、人質の命は優先されるとしながらも地上戦は避けられないと見ています。

ヨニ・ベンメナヘムさん
「ハマスが人質を殺すとは思わない。人質は交渉の切り札だからだ。イスラエルにとって人質の問題はとても憂慮すべきことだが、軍の目標を変えることはできない」

現地から最新報告

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
イスラエルの最新の状況について、エルサレム支局の田村支局長に聞きます。田村さん、きょう(10月11日)は人通りはあるようですが、様子はどうでしょうか。

田村佑輔 支局長(エレサレム支局 中継):
私がいるのはエルサレムの中心部です。ふだんは多くの観光客でにぎわっているこちらの場所も、ハマスによる攻撃が始まった当初は閑散としていました。
ただ、エルサレムでは10日から防空警報が出ていないこともあり、少しずつ人出が戻ってきています。
一方、イスラエル南部では、けさもロケット弾による攻撃が続いており、エルサレム市内でも警察などのパトロールも増えて警戒が強まっています。

桑子:
今後、イスラエルがどう動くのか。現地で取材をしていてどう感じますか。

田村:
連日、犠牲者や人質の家族の悲痛な声が大きく伝えられる中、事態を打開しなければというプレッシャーをネタニヤフ政権は感じていると思います。すでに過去50年で最大規模の30万人の予備役を動員したと発表しており、地上侵攻の可能性も視野に、さらに大規模な作戦を進めていくと見られます。

一方で、ガザ地区の犠牲者が増えるにつれてパレスチナの人々の感情も高まっています。13日には、ハマスがヨルダン川西岸のパレスチナ人などにも抗議行動を呼びかけており、衝突がガザ地区以外の場所にも広がりかねないと警戒感が高まっています。

桑子:
このあとの事態が本当に心配されるわけですが、立山さんはこれからのイスラエルの動きについてどんなところに注目されていますか。

立山さん:
先ほどもありましたが、今イスラエルの国民は“分断”されていたのが“統一”したわけですね。その原因は大きなショックと、それから怒りだと思うんです。そうすると、その怒りをどうやって収めるのかというと、イスラエル政府としては30万人も動員しているわけですから、地上戦に突入する可能性、地上軍を投入する可能性はかなりあると思うんです。

桑子:
かなりあると見ていらっしゃる。

立山さん:
ただ、それは非常に危険な選択であって、まず第一に戦闘が拡大をすれば人質の生命に危険が及ぶ可能性は高いわけです。
それから2番目に戦闘が拡大すれば、イスラエル軍の側にも犠牲者が多数出るし、もちろんパレスチナ人の側にはもっと多くの犠牲者が出る。よって、たくさんの犠牲者を生み出すであろうということです。

でも、それ以上に大きな問題は「なんのために戦闘を拡大して何を達成しようとするのか」という戦争目的が分からない。今のところ、ただリアクションとしてやっているわけです。

イスラエルはこれまでも16年間、今回を含めて5回、大規模な軍事衝突がイスラエルとガザの間であったわけです。その度に多数の犠牲者を出し、結局ハマスをせん滅することもできないし、弱体化することもできない。そのまま同じことが繰り返されている。では、今回は何を目的としているのか。そこは今、われわれには分かりません。

桑子:
イスラエルとすると、これまで経験したことのないことが今起きているわけですよね。怒りもショックも最大限になっている。ただ、これをいち早く収める、鎮めていく必要がありますよね。そのために必要なことはどういうことでしょうか。

立山さん:
まず第1にやるべきは、16年間封鎖されていたガザの住民の人道的な危機、人道的な問題、これを少しでも和らげる必要があると思うんです。ガザの住民の怒りというのは非常に鬱積しているわけですが、それは何よりも屋根のない世界最大の刑務所と言われて、その中で例えばガザの子どもたちに絵を描かせるとイスラエルが監視のために飛ばしているドローンを描くという、非常に精神的にも非常に苦しい状態に子どもたちは置かれているわけです。

桑子:
それが日常になっているわけですよね。

立山さん:
このような不条理が16年間も続いていて、加えて、それをもちろんイスラエルがやっているわけですが、国際社会もそれをやめるようにという働きかけを強くはしてこなかった。これが大きな問題だと思いますので、まずそういう働きかけをしていくことが必要だと思います。

桑子:
国際社会が今、これまでの責任をしっかりと感じて行動に移すべきだということですね。

立山さん:
そうですね。ですから、今回のようにもちろん一般市民を殺りくすることは全く許せませんけれども、同じく国際法に反するような封鎖とか、そういうものを続けて人道的な危機を継続していく、これも許されないことで、同じような問題であるわけです。

ですから、それを少しでも和らげる。もちろん封鎖を一遍に解除するというのは無理だと思うのですが、例えば電気とか水道とかガスとか、そういうのを少しでも中に入れて、子どもたちの生活がよくなるよう、そういう働きかけを国際社会はして、イスラエルにも圧力をかける、支援もするということが必要だと思います。

桑子:
ガザでは、この16年間狭い世界に閉じ込められてきた、このことに思いをいたす必要があります。

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