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2023年9月19日(火)

ロシア“愛国教育”の内幕 戦場に導かれる子どもたち

ロシア“愛国教育”の内幕 戦場に導かれる子どもたち

少女が銃を…。今月、新学年を迎えたロシアの学校では無人機の操縦法などの軍事教練が義務化され、歴史教科書にはウクライナ侵攻を正当化するプーチン政権の主張が盛り込まれるなど、政権の意に沿った“愛国教育”が強化されています。さらに、同調しない生徒や保護者が学校側によって“密告”され、拘束までされるケースも相次ぎ、傷つく子どもたちの姿も。軍事侵攻が続く中、ロシアの子どもたちに何が起きているのか?内幕に迫りました。

出演者

  • 池田 嘉郎さん (東京大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

ロシア愛国教育の実態

桑子真帆キャスター:
9月新学年がスタートしたロシア。

全国の学校で新たに義務づけられたのが、今まさに続くウクライナ侵攻を正当化する記述が盛り込まれた新たな歴史教科書の使用。
そして銃の扱い方や軍事用無人機の操縦法をはじめとした基礎的な軍事教練です。こうした実技面の教育に先立ってプーチン政権は思想の面でも教育を強化してきました。

その象徴が2022年9月に導入された「大事な話をしよう」という名の授業です。日本の小中高校生にあたる生徒を対象に、週に1時間愛国心を育むことを目的とした授業の受講を義務づけたのです。

プーチン政権による愛国教育。子どもたちにどのような変化が起きているのでしょうか。

教室で子どもたちが銃を…

6月。交渉の末、撮影が許されたのはモスクワで開かれた子ども向けのイベントです。

会場で目にしたのは、軍の装備を身につける少年や、ウクライナ侵攻に加わる兵士に手紙をつづる少女たち。軍事侵攻についてどう思っているのか聞いてみました。

「祖国を守る人たちに感謝します」
「ロシアは団結して良い国になるんだ」

軍事侵攻への支持に向かう子どもたち。

プーチン政権はこの1年、巧妙な手法で子どもたちの心を誘導してきたと指摘する人がいます。元教師のナタリア・ソプルノワさんです。

長年ロシアの学校で数学教師として働いてきましたが、軍事侵攻のあと、国外に逃れました。

プーチン政権の思惑がかいま見えるというのが、2022年9月に導入された「大事な話をしよう」という授業。週の初め、月曜日の1時間目に行われています。テーマは「伝統的な家族の価値観」や「演劇」「音楽」など、一見、戦争とは関係のない内容です。
しかし、その中身はどれもロシアがほかの国より優れていると刷り込むためのものだと指摘します。

元教師 ナタリア・ソプルノワさん
「授業の狙いはロシアという国家や国民がいかに特別な存在か植え付けることです。愛国的な表現で『私たちは一番だ』と強調しています」

授業では、偉大な祖国に貢献してこそ人々が憧れる英雄になれると強調。さらに、巧みな構成でより踏み込んだ思想を植え付けようとしているといいます。

ナタリア・ソプルノワさん
「興味深い構成です。大祖国戦争、宇宙飛行士や医師の英雄的な行動、そこに突然ウクライナでの特別軍事作戦がでてきます」

身の危険を冒して祖国に尽くした宇宙飛行士やコロナ禍の医師たちと並べ、ウクライナで戦う兵士を紹介。英雄とは他人のために命をささげられる人間だとして、犠牲になることをたたえているというのです。

ナタリア・ソプルノワさん
「この授業を受けた子どもが戦争をどう考えるようになるかは明白です。力を行使してもいい。社会のために死ぬのは誇り高く大事なことだ。ロシアは非常に危険な方向に向かっていると思います」

こうした教育を受けた子どもたちの間からは、実際にウクライナで戦う兵士に憧れを持つ子も現れています。

モスクワで開かれたイベントでは、ウクライナへの軍事侵攻に参加した元兵士の体験談に数百人が真剣に耳を傾けていました。

元兵士
「私の部隊は勝利に貢献したいと願う志願兵で構成されていました。全力を尽くす人だけが英雄になれるのです」
「僕も軍の役に立ちたいと思っています。国家や世界の未来は僕たち次第です」

そして、プーチン政権が9月から義務化したのが学校での軍事教練です。

日本の高校生にあたる生徒たちに、今後1年かけて銃の扱い方や軍事用の無人機の操縦法などを教えていきます。

ウクライナ侵攻が長期化し、兵士の不足が深刻化する中での、この決定。現地のメディアに出演したクラフツォフ教育相は、子どものうちから準備をさせておくことの重要性を強調しました。

ロシアメディア「NTV」1月放送

クラフツォフ教育相
「生徒たちが恐怖心を持たないように特別な教育が必要です。国家の将来は若い世代をどう教育するかによって決まります」

教育を通じて子どもたちの身近に迫る戦争。親たちの間では我が子が戦場に立つことになるのではないかと危機感も広がっています。

マリア・フォミナさんは、9歳の息子ステパンくんを連れ、2022年12月に隣国のラトビアに逃れました。マリアさんは愛国心を教えること自体は悪いことではないと考えていましたが、軍事教練までは受け入れられなかったといいます。

マリア・フォミナさん
「子どもに銃を持たせるというのは、つまり人殺しをさせようとしているようなものです。息子がそうした教育環境にいることが恐ろしくなりました」

マリアさんの脳裏にあるのは、18歳で兵士となった祖父の存在です。

マリア・フォミナさん
「これが祖父です。18歳で戦地に送られました」

第2次世界大戦中、旧ソビエトでは祖国防衛のためとして大勢の若者たちが戦場に送られました。前線での戦いに身を投じたマリアさんの祖父。“祖国の英雄”と呼ばれましたが、その代償はあまりに大きかったといいます。

マリア・フォミナさん
「祖父の頭には、取り除けなかった砲弾の破片が残っていました。遺体の上で眠った記憶も抱え続けていました。『戦争さえ起こらなければ…』その言葉を聞かされ続けてきたのです」

息子には同じ思いをさせまいと心に誓ってきたマリアさん。愛国の名の下に、再び子どもたちを戦争に駆り立てようとする政府に強い憤りを感じています。

マリア・フォミナさん
「『愛国主義は悪党たちの隠れ蓑(みの)』という言葉があります。ロシアではいまだ戦争が神聖なものとされているのです。(祖父たちの苦しみは)次の世代を戦いに駆り立てるためにあるわけではないのに」

プーチン政権のねらい

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、ロシアの近現代史が専門の池田嘉郎さんです。プーチン政権がここまで愛国教育に力を入れるねらいが大きく2つあるということで、それぞれどういうことでしょうか。

“愛国教育”のねらい
・動員しやすく
・“市民像”の立て直し
スタジオゲスト
池田 嘉郎さん (東京大学教授)
専門はロシアの近現代史

池田さん:
まず、短期的に子どもたちを戦争に慣れさせて動員しやすくするというねらいがあると思います。そのため、2022年と比べて愛国教育の予算も5倍増になっています。
ただ、VTRを見ると軍事教練の迫力にはですね、ここまで段階が上がったかと驚かされました。

長期的な目標も私は大事だと考えています。つまり、愛国的な市民像を立て直す。これがプーチンのねらいなのではないかと私は思います。ソ連が解体し、愛国的な市民像が失われてしまった。これをもう一度取り戻すというのが、プーチンが2000年以降ずっとやってきたことなので、そうした長期的な課題の中で今回の愛国教育は見るべきだと思います。

桑子:
むしろ、この軍事侵攻を利用する形で、そもそものねらいを達成しようとしているということですね。

池田さん:
今回の戦争を一つの大きなきっかけとしてプーチンはこれまでの教育をさらに段階を上げたんだと考えています。

桑子:
こうした愛国教育、国民はどう受け止めているのか。

9月、政府系の調査機関が発表した世論調査ですが、「大事な話をしよう」という授業について必要だと答えた人が74%、基礎的な軍事教練が必要だと答えた割合83%ということでいずれも高いように感じます。この数字はどう見たらいいでしょうか。

池田さん:
「大事な話をしよう」は、愛国的なこと、軍事的なことがもう少し広い道徳的なことの中に埋め込まれていますから、ある種、一般の親にとっては受け入れやすい面もある。
また、政権が決めたことだから一生懸命やらねばならないという受け止めもあると思います。いろんな受け止めの中での74%ではないかと思います。

桑子:
基礎的な軍事教練が必要だと答えた割合が高いんですよね。

池田さん:
こちらが高いのが印象的ですが、やはりロシアは「第2次世界大戦に勝った」ということが国民の記憶の非常に大事な部分を占めていますので、このような軍事教練に対するある種、心の向き合い方ができているのだろうと思います。

桑子:
こうして見ていきますと、ひとたび戦争が始まると愛国心を子どもも高めようとする動きというのはロシアだけではないのかなとも思うのですが、どうでしょうか。

池田さん:
ロシアでこのような愛国教育が高まると、当然連鎖的に周辺諸国でもいろいろな軍事訓練に向けた動きが高まっていく可能性はある。そうした話を若干聞くこともあります。
愛国心自体は、ロシアのものも含めて私は別に悪いこととは全然思いません。ただ独善的、排他的な愛国心、愛国教育がロシアによって始まってしまったことがほかの国にも悪影響を及ぼしていると。全体として憂慮すべき状態ではないかなと、将来の懸念ですけれども思います。

桑子:
子どもが命をささげてもいいんだと思ってしまう。これはあってはならないことですよね。

池田さん:
はい。子どもは純真で教えられたことを素直に受け入れますから、それはやはり残念なことですね。

桑子:
こうした中でロシアで今急速に広がっているのが、市民が市民を告発する“密告”です。

市民が市民を監視 ロシアで広がる“密告”

私たちは、密告で傷ついた親子がいると聞き、イギリスに向かいました。

長女のワルワラちゃんと、次女のソフィアちゃんです。母親のエレーナさんは姉妹をモスクワの学校に通わせていましたが、2022年10月、一枚の文書をきっかけに警察に身柄を拘束されました。

見せてくれたのは、学校の校長が警察に送ったという密告文書です。問題だとされていたのは「大事な話をしよう」の授業に出席していないこと。

ワルワラちゃんが、SNSのアイコンにウクライナへの共感を示すイラストを使っていたこと。

その上で、警察に「家庭環境を調査し、原因を明らかにしてほしい」とエレーナさんを取り調べるよう要請していたのです。

エレーナさん
「校長はすべての教師たちに『大事な話をしよう』を欠席した生徒をリスト化して伝えるよう指示していました。驚きと困惑しかありません」
ワルワラちゃん
「(警察が来て)怖かったです。何かされるかもしれない、ママが連れて行かれたらどうしようと、とても怖かったです」

この出来事のあと、ワルワラちゃんにはある変化が表れていました。インタビュー中、ウクライナにまつわるイラストを使った理由を尋ねた時のことです。

ワルワラちゃん
「きれいなイラストだし、色もすてきだし…」

本心を口にすることをためらうようになっていたのです。

エレーナさん
「ウクライナや戦争、大統領に関する話題は気をつけるよう娘と話しました。また同じことが起きる気がして」

本来ならば、子どもを守る立場であるはずの教師による“密告”。この校長は、SNSに自らの教育方針を次のようにつづっていました。


立派な人間になるには同じ考えを持つ人々の輪に入ることが重要だ
子どもたちが道に迷うなら愛を注ぎサポートしよう

校長のSNSより

その後、この校長はプーチン政権の与党、統一ロシアの推薦を受けて市議会議員に当選していました。

ワルワラちゃんたちの相談に乗ってきた人権団体には、今、学校などでの密告に関する相談が相次いで寄せられています。背景にあると見ているのが、政権に協力することで出世のチャンスをつかみたいという思いです。

人権団体「OVD-info」マリア・チャシノワさん
「私たちの分析では密告を行う人の多くが出世を目的としていました。自分には力があると実感でき、昇進にもつながります。」

さらに、戦時下の閉塞した空気の中で密告が不安や不満のはけ口になっていると指摘する人もいます。

元教師のタチアナ・チェルベンコさんは、プーチン政権の教育方針に従わない人は社会の規範を乱す存在と見なされ、敵意を向けやすい相手となっているといいます。

元教師 タチアナ・チェルベンコさん
「ロシア社会は病んでいて、人々は恐怖と圧力の下で生きています。その中で政権側につけば何をしても許されます。(密告で)簡単に鬱憤(うっぷん)を解決できるのです」

チェルベンコさん自身も軍事侵攻を正当化する政権の教育方針に異を唱え、同僚からの密告で職を追われました。

国家による“統制強化”ロシアの今後は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
不安や不満のはけ口にもなっているという“密告”ですが、どれくらい広がっていると見ていますか。

池田さん:
かなり広いのではないかと思います。私が個人的に聞いているのは小学校の先生ですが、この人は先生の方が密告の対象になっています。つまり、戦争に批判的なことを言うと子どもたちから親に、そして親から学校の校長先生に伝わってくるといったことです。
ですから、子どもも見られているけれど、先生も見られている。お互いに“密告”の対象になっている。

桑子:
お互いに監視し合っているような状況ですよね。

池田さん:
また、特に職場では昇進上のライバルを蹴落とすために密告するとか、人間関係で親子だとか、関係のもつれた相手に意趣返しするために密告するとか、さまざまな形で密告が広まってしまっているのが現状です。

桑子:
ウクライナ侵攻以降、国家による思想のコントロールが強まっている中で、この先、ロシア社会というのはどうなっていくと見ていますか。

池田さん:
一つは、お互いに自分のことを語れない、相手が信用できない。相互不信ですよね。そうした分断が広まっていると思います。
他方では、つい先日ちょっと気になることがあったのですが、モスクワの治安警察の建物の敷地内に元ソ連治安警察の長官の像が建てられました。もともとソ連解体の時に倒されたもののレプリカが別の場所に、やはりモスクワ市内に建てられた。治安警察の関係者がずらっと並んで誇らしげに写真を撮ってるのですが、まるで権力に近い側の人間はもう武力を誇ってもいい。そうした印象を得たんです。

ですから、弱い人はお互い相手に不信感を抱いて分断されていくが、他方で権力に近い、強い人々は弱い人間を踏みにじっても構わないといった意識が強まっているのではないか。そうしたことを私は非常に懸念しています。

桑子:
それはつまり、社会の空気としてはプーチン大統領が望んでいる空気ということですね。

池田さん:
はい。本来市民同士助け合うとか、連帯し合うことが大事だと思うのですが、それができない状態になっている。これはプーチンにとっては社会全体をコントロールしやすいわけですから、望ましい状態になっていると言えます。

桑子:
愛国教育と密告の実態を見てきたわけですが、ロシアで起きている現実が投げかけていることはどういうことだと思いますか。

池田さん:
VTRを見てきて、子どもたちが愛国教育を熱心に受け入れているさまはある種ぎょっとするわけですが、ただ彼らは受け入れている側ですから、ある種、犠牲者ということでもあるんだと思うんです。

桑子:
教育を受けさせられているという。

池田さん:
そうです。だから子どもたちの現状を、彼らはある意味で犠牲者だということも含め、全体を見据えていくことが一つ大事だと思うんです。

もう一つ私が前から感じていることは、こうした状況の中でもロシアの国内でも国外でも、やはり自分たちは、この現状はおかしいんじゃないかと思うと言って、声なき声を上げている人たち、あるいは静かに耐えている人たちがそれなりにいます。僅かですけどいます。

ですから、私たちは彼らのことも決して忘れてはいけない。そしてロシア全体がおかしいんだと考えるよりは、現状を注視しながらも、そうした人たちのことも忘れないというメッセージも発することが大事なのではないかと私は考えています。

桑子:
ありがとうございます。一度刷り込まれたものを変えるのは難しいです。だからこそ傷つき、追い詰められた子どもをどう支えるのか模索も始まっています。

子どもたちに自由な意思を

バルカン半島のモンテネグロにある学校です。

300人いる生徒のおよそ8割が、プーチン政権の意に沿った教育や密告を理由にロシアから逃れてきた子どもたち。ロシアの学校で地理を教えていたマリコ・モナホワさんが、2022年9月設立しました。

マリコ・モナホワさん
「ここに通う生徒は教育の軍事化に直面し、トラウマを負い、(国を出る)決断を余儀なくされた子どもたちです。傷ついていない子など1人もいません。この学校は、その傷を癒やすためにあります」

モナホワさんは子どもたちと接する時、ささいなことでも彼ら自身の意見を聞くようにしています。自由に話すことをためらわないでほしいと思っているからです。

愛国教育の名の下、子どもたちの心を変えてまで軍事侵攻を続けようとする祖国ロシア。モナホワさんは、せめて目の前にいる子どもたちには互いを認め合うことの大切さを伝えたいと考えています。

マリコ・モナホワさん
「『“本当に”大事な話をしよう』という授業を始めました。世界を信用することの大切さや、人にはそれぞれの価値があり、それがこの先の社会を作るのだと教える授業です。いつもみんなのそばにいて支えると伝えたいのです」
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