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2023年8月28日(月)

処理水放出 中国への対応は?漁業者は?

処理水放出 中国への対応は?漁業者は?

「破られてはいないが、果たされてもいない」。8年前の“約束”について全漁連のトップが語ったことば。政府は“約束”にどのように向き合い、なぜそれは「果たされていない」のか。そして、この間、漁業者たちはどんな現実に直面してきたのか。番組では“すれ違い”の8年を多角的に検証。さらに、“約束”を守るためのさらなる壁も見えてきました。今回の放出をどう受け止め、未来へとつなげていけばいいのか、掘り下げました。

出演者

  • 開沼 博さん (東京大学大学院情報学環 准教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

中国“嫌がらせ”横行 処理水放出で何が

桑子 真帆キャスター:

福島第一原発で放出された処理水。

国と東京電力は、原発で発生した汚染水からほとんどの放射性物質を取り除いたうえで海水で濃度を薄めて放出することで、トリチウムに関しても国の基準を大幅に下回るとしています。

IAEA=国際原子力機関は、人体や環境への影響は無視できる程度とし、これまでのモニタリングでもトリチウムは検出下限値を下回っています。

一方、中国は科学的根拠のない情報を挙げ、激しく反発し、日本からの水産物の輸入を全面停止。さらに、日本に対する嫌がらせの電話も相次いでいます。この事態にどう対処していけばいいのでしょうか。

中国からの激しい批判 対応は

処理水放出の翌日に中国を訪れていた男性。現地では異変が起きていました。

処理水の危険性を不当にあおる動画が大量に出回っていたのです。

仕事で中国を行き来している会社員 西尾宗哲さん
「中国の知人だったりとか妻が香港人なんですけど、周囲からこれに対する意見を求められたりだったとか、話題としてかなり持ちきりな状態なのかな」

処理水の放出決定後、中国メディアは「核汚染水」という表現を使い、日本政府に対する激しい批判を展開しています。

中国のSNS「Weibo(ウェイボー)」では、処理水の放出開始から僅か3時間で関連するハッシュタグをつけた投稿が13億回以上も閲覧され、アクセス数トップに。

ユーザーから多くの反応を集めた上位20の投稿の大半は、国営の中国中央テレビや中国共産党の機関紙など、政府や党直属のメディアのアカウントでした。

さらに、個人アカウントでは日本人が動画サイトなどに投稿したとみられる一部の批判的なコメントだけが引用され、拡散されていました。

調査会社 テリロジーワークス 陶山航さん
「一人(処理水について)悪いことを言う方がいたら、その悪いことを言った方のコメントを持ってきて『ほら、日本人もこういうことを言っている』と。なので『処理水放出は悪いことなんだ』というふうに結論づけてしまいます」

影響は一般の市民にも及んでいます。

北京

「憤りを感じる。日本政府の行動が理解できない」
「健康上の問題が心配だ。海鮮など、わが国に流通したら、ずっと先の世代にまで大きな影響が及んでしまう。私は食べない」

一方的な情報発信を行う中国。そのねらいはどこにあるのか。

東京大学大学院 川島真教授
「おそらく中国としては外交的に日本との取引材料をつくるとか、あるいは国際的に日本に対してネガティブなイメージをつくる。これは明らかに宣伝政策として進められている。加えて書き込みの内容を見てもほぼ同じ方向の内容になっているので、おそらくはそうしたキャンペーンを張りつつ、同時にそうした中国共産党の意見に反対するものを消していく。そういうこともやっていると思います」

こうした中国の動きは、処理水放出に対する国際社会の反応とは大きく異なっています。

原発事故を受け、最も多い時点で55の国と地域が日本産食品の輸入規制を行っていましたが、年を追うごとに緩和の動きが広がっていました。そして7月、IAEAが報告書を発表すると、EUとその周辺の国々も規制を撤廃しました。ところが8月、香港は10都県からの水産物の輸入禁止を発表し、その後、中国は日本の水産物の輸入を全面的に停止したのです。

中国と香港への水産物の輸出額は合わせて全体のおよそ4割。日本の水産業にとっては大きな痛手となります。

宮城県で水産加工会社を営む髙田慎司さんです。

2023年、初めて本格的に香港向けに輸出するはずだった「かき」。3年以上研究を重ね、現地の人たちに好まれるよう、あえて小ぶりのサイズに育てていました。しかし計画は中止になり、およそ8トン500万円相当のかきの出荷のめどがたっていません。

水産加工会社 代表 髙田慎司さん
「正しい認識を、知識をしっかり海外のみなさんに伝えていく、消費者レベルにどうやって伝えていくのか。正しいことをそのままどうしたら伝わるのかというところは常に考えていますね」

この状況をどうするのか。政府はすでに用意していた風評被害の対策など総額800億円の基金に加え、追加の支援策を検討しています。

さらに、国際社会の理解をより一層進めていくための取り組みも。外務省はSNSを活用し、英語、中国語、韓国語など10か国語で情報を発信。さらに。

動画などで科学的な根拠に基づいた説明を続けていきたいとしています。

外務省国際原子力協力室 佐藤慎市室長
「福島の方々の生活と将来っていうのがかかっているんだというそういう意識、守っていくというのが僕らのミッション」

国の専門家会議の委員を務めた福島大学の小山教授は、処理水の安全性ばかりを強調するのではなく、廃炉に向けたあらゆる取り組みについて説明を尽くしていくべきだと指摘します。

福島大学 小山良太教授
「IAEAが安全性を確認してくれたと、十分基準を満たしていると。ここで説明はしているが、もっと説明することはいっぱいある。この10年間、試験操業をやってきたとか、農産物も含めてこういう検査体制を持っているとか、あるいは海洋放出を決めた時にどうしてもこの方法じゃないと廃炉が進まないとか。いかに理解してもらえる仲間を増やすか、理解者を増やすか、結局ここに尽きると思う」

“正しい情報”どう広げる 処理水放出の波紋

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、処理水に関する政府の有識者会議で委員も務められていた開沼博さん。それから、政治部の安藤記者です。

まず開沼さんに伺いますが、今の中国の反発をどうご覧になっていますか。

スタジオゲスト
開沼 博さん (東京大学大学院情報学環 准教授)
福島出身 政府の有識者会議の委員を務めた

開沼さん:
処理水放出において、ここまで急に具体的な動きが出ると専門家・実務家ずっと関わっていてもイメージはできていなかったというのは大いにあると思っています。
一方で、中国の今の政策として常とう手段である部分があるんです。例えば、近年だと台湾に対して政治的な葛藤の中でパイナップルを輸入規制するとか、あとフィリピンのバナナを輸入規制したこともありました。ノルウェーとかオーストラリアに対しても政治の葛藤を「輸入規制」という形で実現しようとする。そういう規制も徐々に解除されるような動きもあります。そういった意味では冷静に見る必要もあるのかなと思っています。

桑子:
こうした今の状況に日本はどう対応していくのか。安藤さん、今の最新の動きはどうなっているのでしょうか。

安藤 和馬記者(政治部):
政府は、この事態を深刻に受け止めています。岸田総理大臣は28日に記者団の取材に応じまして、今回の対応は「遺憾だと言わざるを得ない」と述べました。そして、中国による輸入停止措置から日本の漁業者を断固守るとして、今週中に支援策の内容を整理して公表する考えを示しました。

また、外務省は28日午後、事務次官が中国の駐日大使を外務省に呼んで抗議をしまして、冷静な対応を中国国民に呼びかけるとともに正確な情報発信をするよう求めました。今後もあらゆるレベルで中国に働きかけを続けていく考えです。

桑子:
具体的にどう動こうとしているのでしょうか。

安藤:
政府としては、これで日中関係全体を悪化させたくないというのが本音です。28日に取材した外務省幹部は、中国と同じように熱くならず冷静に対応していくと話していました。
ただ、与野党の議員の間では今後の中国の出方次第ではWTO=世界貿易機関に提訴するなど、きぜんと対応すべきだという意見も出始めていまして政府は難しい対応を迫られそうです。

桑子:
そして中国も含めた国際社会に対してはどう対応していこうとしているのでしょうか。

安藤:
処理水の放出に反発しているのは今のところ中国をはじめ一部の国に限られています。それだけに政府としては、この国際社会全体に科学的根拠に基づく情報発信を続けて理解を広げることで中国が国際的に孤立するような状況を作り出し、中国の態度を軟化させたいというのがねらいです。

桑子:
こうした中で私たちは安全性だけではなく、そもそも福島がどんな復興の道のりをたどっていくのか、これを正しく理解する必要があります。

この復興を進めるための廃炉ですが、最長で40年かかるとされています。
国と東京電力は、「使用済核燃料」の取り出し開始までの第1期、そして「核燃料デブリ」の取り出しを開始するまでの第2期、それから廃炉が完了するまでの第3期に分けて計画を進めるとしています。今はこの第2期の途中です。

なぜ今、処理水の放出が必要とされるのかといいますと、最大の難関である「核燃料デブリ」の取り出しが実現した時にそれを保管するスペースが必要となるからなんです。

ただ、現状、敷地内には処理水をためるタンクが増え続けていることから、それを減らしてスペースを確保するために処理水を放出することになったわけなんです。

開沼さん、こうした経緯も含めて今、理解の現状というのはどう捉えていますか。

開沼さん:
理解が十分に進んできている部分もありますが、やはりまだ足りないというところもあるというのが現状だと思っております。福島の漁業という意味では水産物の価格が下がりっ放しになっているというところとか、一方で急激に世論がここ数年で処理水の放出に寛容になる、賛成するというような動きも出てきています。そういった事実の共有が進んできているというところもありますが、まさに今中国と問題になっているような想定外のことも起こるという意味では理解がまだ不十分な部分をどうしていくのかが大事だと思います。

桑子:
この理解について、私たちNHKも世論調査で放出前の8月中旬、処理水の海への放出について適切かどうか聞きました。

それによると、「適切だ」と回答したのが53%。「適切ではない」と回答したのが30%。「分からない」、「無回答」が17%ということで、理解が進んでいるとはいえ、半数近くが反対したり分からないとしているわけです。こうした中で放出が始まりました。風評被害を懸念する漁業者は、処理水の放出をどんな思いで受け止めているのでしょうか。

漁業者が求め続ける“国民の理解”とは

処理水の放出開始後、福島の漁業者たちが語ったのは複雑な思いでした。

漁業者
「おれはある程度理解していても、消費者はどう思っているのか。やはりまだ理解は得られていないと感じる。消費するのは国民だし」
漁業者
「一般の方々にも理解してもらったうえで、そこで処理水を放出するのであればちょっと納得がいった。みんながある程度納得いった形で放出はできたと思う」

漁業者が口々に語ったのは「国民の理解」。

政府との話し合いの最前線に立ってきた、福島県漁連のトップ、野﨑哲会長がその思いを語りました。

福島県漁業協同組合連合会 野﨑哲会長
「今こうやって私も取材を受けているが、海洋放出の話になると漁業者に聞くということになってくる。要するに漁業者だけ受けていいだけの話なのか。要するに福島の事故って一体どうなんだということを皆さんに問いたい」

安全性の説明には一定の理解を示しながらも、風評被害への懸念はぬぐえないとする野﨑さん。国民全体での議論がまだ足りないのではないかと訴えました。

野﨑哲会長
「われわれ何回も言うように、海を商売にしているので、なかなかわれわれが賛成という立ち位置には立てない。もっと掘り下げた話、議論があってもよかったかな」

処理水の放出を巡り、野﨑さんが最も大事にしてきた文書があります。

「関係者の理解なしにはいかなる処分も行いません」。8年前に政府と県漁連が交わした“約束”。

約束が交わされた当時、政府と東京電力は福島第一原発の原子炉建屋に流入する膨大な「地下水」の問題に直面していました。

山側から建屋に向かって流れ込む地下水。流入を放置すれば汚染水が増え続けてしまうため、地下水が建屋に入る前にサブドレンと呼ばれる井戸でくみ上げ、海に放出する計画を進めようとしていました。

2014年

漁業者
「風評被害は20年30年続くんだ。この責任をとってくれるのか、とってくれないのか」

この時、漁業者の意見を取りまとめ計画を受け入れた野﨑さん。しかし、その決断に「漁業者だけで決めるな」と批判の声が寄せられました。

こうした中、野﨑さんは処理水についてある要望を出します。「漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わない事」。漁業者だけでなく「国民全体で考えるべきだ」と強調したのです。

野﨑哲会長
「海のことなんだけど、福島県漁連だけで決められるのかという批判が相当あった。それに対応するのは国民的議論が必要なのではという意味合いが非常に強かった。やっぱりみんなに関わってもらいたいなと」

今回の処理水の放出について野﨑さんたちが求めた「国民の理解」はどこまで進んだといえるのか。

私たちは、経済産業省に理解を得るための取り組みは十分だったのか問いました。これに対し、「海洋放出を決定した2021年以降、福島県内で700回弱、県外で800回強の説明会や意見交換を重ねてきた」と説明。

さらに、さまざまな媒体を活用した全国規模の広報活動などに取り組んできたとしています。

また、IAEAの報告書などを通じて安全性への理解は深まったと漁業者から発言があったことなどを踏まえ、漁業者やその他事業者、自治体の方々からの一定の理解を得られていると考えるに至ったとしています。

一方で、放出に懸念を示す漁業者に対して国内でも批判の声があがっています。

漁業者 石橋正裕さん
「漁業者が反対というのは処理水が危ないとかそういった問題の反対ではなくて、(これまでに)福島の魚を受け入れてもらえなかった事実があるから、そういうことを起こしたくないからこそ反対と言っているので、まだ漁業者の気持ちも理解してもらってなかった」

8年前、野﨑さんたちが求めた「国民の理解」。政府と交わした「関係者の理解なしに処分しない」という約束について西村経済産業大臣は、こう答えました。

西村 経済産業相
「私たち政府は約束を果たしていかなければならないと思っているが、いまの時点で破られているわけではないということでお話をいただているので。漁業者の皆さんからすると、やっぱり自分がとったものが売れるのが大事なので、全責任を国で負って、漁業者の皆さんがなりわいを継続していけるように取り組んでいく」

今後30年程度続くとされる処理水の放出。野﨑さんは、放出が終わり、子や孫が福島で漁業を続けられていたときに初めて約束は果たされると考えています。

野﨑哲会長
「数十年の間に何事も起こらないのか、ミスとかそういったものが起こらないのか。それをちゃんとやっていけるかどうか、われわれは見届けなければいけない。決定してやるという以上は、その責任だけはずっと持ってもらいたい」

処理水放出と どう向き合っていくか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
8年前の約束について、福島県漁連の野﨑会長は現時点では「約束は果たされていないが破られてもいない」と話していました。まさに複雑な胸中がうかがえますが、漁業者の抱える葛藤というのを開沼さんはどう見ていますか。

開沼さん:
まず「破られていない」という部分については、やはり国民的な理解が高まってきた部分がある。政治も基金を用意したり、一定の対応をしてきたというところでの約束が守られてきている部分があるのではないかというところがありますが、しかし「果たされていない」ということは何なのか。これは、これからこの問題が30年40年単位で続いていく、それが終わる時に何が残っているのかということに対しての「果たされていない」ということだと思っています。

具体的に言うと、そもそも日本の漁業は弱ってきていたわけです。そういうところに震災原発事故があって、風評の問題が起こった。例えば海外に日本の水産物を輸出するというようなこともしてきている、そういう中でこの問題が起こっていると考えた時、20年後30年後、日本の漁業は本当に成り立っているのか。これは非常に重要な問題だという漁業者たちの強い思いがそこに表れていると思います。

桑子:
先週、一気に決定から放出まで進みましたが、理解が追いつかずに不安が膨らんでいく、そういう構図にもなっているのかなと思うのですが、この国民の理解についてはどう思っていますか。

開沼さん:
今、外交問題化している部分もありますが、まずは国内での理解、事実の共有というところはまだまだ進めていく必要があると思います。今からがスタートぐらいに思ったほうがいいと思います。そのために政治的な情報の量を増やしていくということも重要です。私たち自身も無関心になりがちですので、そういった意味ではメディアの役割とか、SNSでの発信とかも含めて、一方でフェイクなどに私たちが取り込まれていかないよう、見極める力は重要なのかなと思います。

桑子:
私たち自身が見極める力、それからできること、どういうことがありますか。

開沼さん:
いろいろあります。まず事実は知っていこう。それ自身も福島の復興に漁業を支えるということにもつながっていきますが、例えば具体的な話をしますと、2022年、中国に日本の水産物がどれだけ輸出していたかというと、1,600億円規模、1,700億円ぐらいですね、大きい額だなと。それが途絶えようとしているという捉え方もできますが、例えば日本国民、住んでいる人1億人ぐらいが1年間で水産物をどれだけ食べればいいのか。1億人が1,600円、1,700円を1年間です。1年間で食べ増やせばいいわけですよね。日本の魚食文化は衰退しているという話もありますが、今こういう問題が起こっている。私たちが支えること、できる部分もあるわけです。

桑子:
決して難しいことではないですよね。あと、やはりその先に福島の復興支援というものがあるということも認識しないといけないですよね。

開沼さん:
おっしゃるとおりです。この問題は非常に長く続きます。この問題、ここから多分1週間、数か月話題になるかもしれないけれども、そのあともずっと続いていくわけです。その中でこういう問題が起こっていく。だから今何が起こっているのか、その時々のことをずっと関心を持つのは厳しいかもしれないですが、注目していっていただくということ自体がこれを支える、こういう問題を見ていくうえで重要になるかと思います。

桑子:
そのためにメディアが求められることも大きいなと強く感じています。発信することしっかりとしていきたいと思います。

処理水放出は漁業者だけの問題にしてはいけません。消費者の理解が漁業者のこれからに直結していることをもっと知る必要があります。
そのために飛び交う真偽不明の情報に動じないこと。これが大切ではないでしょうか。

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