クローズアップ現代

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2019年3月4日(月)
“フェイクニュース”暴走の果てに ~ある外交官の死~

“フェイクニュース”暴走の果てに ~ある外交官の死~

日本との親善に尽くした台湾の外交官が、去年9月、自ら命を断った。発端は、関西地方を襲った台風21号。空港で孤立した旅行者への対応を巡って、ある“情報”がネットに書き込まれ、SNSを通じて拡散。それを基に台湾の市民やメディア、政治家による厳しい批判にさらされたのだ。ところが、亡くなった翌日、拡散した情報は“フェイクニュース”であったことが公になった。外交官の死が、私たちに訴えかけるものを徹底取材した。

出演者

  • 森達也さん (映画監督)
  • 笹原和俊さん (名古屋大学大学院 講師)
  • NHK記者
  • 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)

台風21号の裏で 外交官に何が?

ネット上を駆け巡った“フェイクニュース”が、1人の外交官の命を奪いました。大阪にある台湾事務所のトップだった、蘇啓誠さんです。

きっかけは、半年前関西地方を襲った台風21号でした。関西空港の連絡橋にタンカーが衝突し、多くの外国人旅行客らが空港内で孤立。このときの対応を巡って、蘇さんは激しい批判にさらされました。

“台湾の外交官はクズばかり。”

“駐日事務所なんか無くしてしまえ。”

野党の議員
「担当者の対応を調べて、責任を追及する。」

蘇さんは、台風から10日後、自ら命を絶ちました。
この間、一体何が起きていたのか。取材すると、ネット社会に生きる私たちにとって、重い教訓が浮かび上がってきました。

日本を愛した外交官に何が?

台湾のベテラン外交官だった蘇啓誠さん。去年(2018年)6月まで、沖縄にある台湾事務所の代表を務めていました。地元の交流イベントで乾杯の音頭を取る蘇さんです。

台湾 沖縄事務所 蘇啓誠代表(当時)
「本当は痛風なんですが、乾杯をおおせつかった以上は飲み干しましょう。ではみなさん、乾杯!」

蘇さんは、大阪大学の大学院を卒業したあと、台湾と日本の懸け橋になりたいと外交官の道に進みました。最も長く駐在した沖縄では、地元の人たちと積極的に友好を深め、気さくな人柄で慕われていました。

那覇日台親善協会 伊藝美智子会長
「外交官といったら、ちょっと離れた存在だが、それが自分から近寄って皆さんと交流する。沖縄の言葉で『いちゃりばちょーでー』。『いちゃりば』は出会うという方言、『ちょーでー』は兄弟。出会った人はみんな兄弟で、もう身内なのよって。私どもから見たら、そういう方だなって。」

台風21号 拡散した投稿 実は…

沖縄での実績を買われた蘇さんは、去年7月、大阪事務所のトップに就任します。悲劇が起きたのは、その2か月後でした。
9月4日、台風で孤立した関西空港には、およそ3,000人の旅行者が取り残されました。その3分の1が、外国人でした。日本での観光を終えて台湾に帰るところだった、汪さん親子です。当時の様子を撮影していました。

“大変、危険な状態です。避難をお願いします。”

汪さん親子
「屋根のガラスが風で割れて、上から降ってきました。とても怖かった。暴風で建物も倒れそうな感じでした。何より怖かったのは、まったく知らない場所にいたことです。何も情報を得ることができませんでした。」

翌5日の午前9時。複数のバスが空港に到着し、旅行者の救出が始まりました。その後、SNS上に、ある投稿が出回ります。

“中国の大使館が専用のバスを手配し、空港から連れ出してくれた。”

バスの中から撮った動画も投稿され、中国を称賛する書き込みが瞬く間に拡散しました。

“強い中国に『いいね!』”

救出の順番を待っていた汪さん親子。近くにいた中国人から、その情報を耳にします。そして、バスに乗ったあと「中国の大使館がみんなを助け出してくれた」とSNSに書き込みました。

汪さん親子
「なぜ中国のバスだけが来たのか変だなとは思いましたが、少しでも早く家に帰りたかったので、あまり気にしませんでした。」

しかし、この情報は事実でなかったことが、あとになって分かります。バスはすべて、関西空港が手配したものだったのです。

SNSを調べると、中国の大使館がバスを手配したという投稿は、5日だけでおよそ500件に上りました。

翌6日、すべての旅行者が救出されたあとも投稿は増え続けます。その半数近くに、こんな書き込みが含まれていました。

“台湾の旅行者が『バスに乗れるか?』と尋ねると、『自分が中国人だと認めるならバスに乗ってもいい』と言われた。”

台湾の人に、「中国人」だと名乗るよう強いる言葉でした。これが、統一を掲げる中国との関係に揺れてきた台湾の人々の感情を逆なでしたのです。

まず火がついたのが、影響力のあるネットの掲示板でした。

“中国は積極的なのに、台湾ときたら…。”

“台湾の駐日事務所は、私たちのために何をしてくれた?”

“台湾の外交官はクズばかり。”

当時、ネットに書き込みをしたという男性が、匿名を条件に取材に応じました。

話:書き込みをした男性
“7~8人の友人がこの投稿を話題にしていたので、事実だと思いました。中国に関する話題には黙っていられないのです。”

このころ、大阪にある台湾事務所は旅行者からの問い合わせに追われ、蘇さんも宿の確保や航空券の手配に忙殺されていました。しかし、そのことが台湾の社会に広く伝わることはありませんでした。

メディアも議員も…批判の矢面に立った外交官

同じ日の夜。
台湾の大手メディアも、ネットの書き込みをもとに、駐日事務所の対応を一斉に批判し始めます。

テレビ番組で批判を展開したコメンテーターです。当時、ネットに遅れをとってはならないという空気に押され、事実を確かめずにコメントしたといいます。

コメンテーター 黃暐瀚さん
「テレビや新聞が半日や1日遅れで報道したら、視聴率や売り上げが下がってしまいます。事実かどうかは何より重要ですが、この点、ジレンマがありました。」

さらに翌7日になると、野党の議員からも責任を追及する声が上がります。

野党の議員
「台湾の人が海外で緊急事態に陥っているにもかかわらず、駐日事務所はまったく関心を示さず傍観していた。それに対し厳しく非難する。」

批判はその後も収まることはなく、蘇さんは矢面に立たされました。
そのころ、蘇さんとメールを交わしていた友人が見つかりました。滋賀県に暮らす台湾出身の医師、王輝生さんです。台風のあと、関西空港への道路が閉鎖されていたことから、中国の大使館はバスを派遣できなかったはずだと蘇さんに伝えました。

王輝生さん
「あのときは(空港に)車は入ることができなかった。だから中国側がバスを派遣して関空まで入る、これはフェイクニュースだと。」

いわれのない批判には反論するよう王さんが促すと、蘇さんは「それは容易ではない」と返信してきました。

王輝生さん
「“おっしゃったとおりで、同感です。しかし誰にも聞き入れてもらえなかった”。」

関係者によると、抗議の電話やメールは合わせて1,000件を超え、蘇さんは昼夜を問わず対応に追われていたといいます。

王輝生さん
「『百口莫辯』、口が100個あっても弁解することができない。もう力がない。弁解する方法をいくら考えても、いくらしゃべっても、誰も聞いてもらえなかった。もう絶望みたいな気持ち。」

王さんと最後のメールを交わした2日後。蘇さんは帰らぬ人となりました。

明らかになった事実 そのとき人々は…

中国が空港にバスを派遣したという情報がフェイクニュースだったことが広く知られるようになったのは、その翌日のことでした。事実を確認したのは、ネット情報の真偽を確かめる台湾のNPO・ファクトチェックセンターです。中国大使館ではなく、混乱を避けるために関西空港が独自にバスを手配していたことを突き止めたのです。

台湾ファクトチェックセンター 黃兆徽さん
「不正確な情報が瞬く間に100倍、1,000倍に拡散すると、みんな事実だと信じ始め、それをメディアも報道しました。世論の圧力が蘇さんにのしかかったのです。」

「中国の大使館に助けてもらった」とSNSに書き込んだ汪さん親子。

汪さん親子
「あの情報がウソだったなんて…。」

「本当かウソかを区別することはできませんでした。」

ネットの情報を信じて、テレビで蘇さんたちを批判したコメンテーターも、その後、自らのSNSで謝罪しました。

コメンテーター 黃暐瀚さん
「ツイッターやLINEなどで新しい情報が今や1分1秒ごとに流れます。スピードが速くて検証は難しい。それでも検証するしかありません。私は深く反省して、皆さんにお詫びしました。」

外交官 遺族からのメッセージ

武田:根拠のない情報がSNSによって広がり、マスコミや政治家までもが同調して、1人の外交官を追い詰めていった事態。最後の引き金が何だったのか、今も明らかになっていませんが、どこかで歯止めをかけることができなかったのか、やりきれない思いがします。
蘇さんの家族がNHKの取材に応じて、メッセージを寄せてくださいました。その内容です。

“真相が明らかになっていない状況のもとで、確かでない情報を簡単に信じたり、拡散したり、あるいはウソの情報を利用して自分の利益を追求するために、大衆をあおったりするようなことが二度とあってはいけません。私たちの家族の死を教訓に、政府や組織、マスコミやネットユーザー、それぞれが考えてくれることを切に願っています。もう二度と、罪のない人が犠牲にならないように。”

衝撃広がる台湾社会 現地では

武田:取材に当たった、台北支局の高田支局長に聞きます。蘇さんの死は、台湾社会ではどう受け止められているのでしょうか?

高田和加子支局長(台北支局):自殺の直接の引き金が何だったのか、真相はいまだ明らかではないものの、社会全体が事実でない情報に踊らされ、1人の外交官を追い詰めてしまったことに、半年がたった今も衝撃が広がっています。中国との関係という、台湾にとって最も敏感な問題だっただけに、不正確な情報が広まるスピードは速く、マスコミ、政界までもがこれに同調し、歯止めをかけられなかったことを、誰もが重苦しく受け止めています。

鎌倉:そもそも台湾ではフェイクニュースが大きな社会問題となっているようですけれども、どれほど深刻な問題なのでしょうか?

高田支局長:SNSの利用率が日本を上回る台湾では、気になる情報がありますと、真偽を確かめないまま友人や同僚に気軽に転送してしまう人も多く、事実に反する情報もたちまち広がってしまいます。さらに、中国がネットを通じて情報操作を行い、安全を脅かしているという警戒感も広がっています。このため、行政もネット上の言論に神経をすり減らすようになっています。

行政による“監視” 台湾の現実

朝6時前、日本の内閣府に当たる台湾の行政機関に職員が出勤してきます。2時間以上かけて行うのが、新聞やSNS、ネット掲示板に新たに掲載された情報の確認です。

当初は、世論の動向を調べるのが目的でした。しかし、ここ数年は、社会を混乱させるようなネット上の過った情報への対応にも追われています。

情報収集課 課長
「真偽不明の情報やフェイクニュースも増え、私たちの仕事は複雑になっています。」

これは、「バナナの価格が暴落している」というネットの記事。「値崩れを避けるため大量のバナナが捨てられている」と、写真付きで報じられていたのです。

グラス報道官
「農家から強い抗議が寄せられた。このようなニュースは早く処理しなければ。」

記事に載っていた写真は、12年前に撮影されたものでした。フェイクニュースだったのです。行政のホームページには、訂正情報が掲載されました。

行政が情報の訂正に乗り出す事態は、今年(2019年)に入ってすでに120件以上に上っています。

グラス報道官
「事実に反する情報は、数も種類も増えています。民主主義のもとで言論の自由と社会の秩序の折り合いを、どうつけるかが課題です。」

法律で規制!? 揺れる台湾

武田:蘇さんの死を受けて、何か新たな対策の動きは出ているのでしょうか?

高田支局長:台湾では今、事実に反した情報を流すことに対して、規制を強化する、法律の修正案の審議が行われています。悪意を持って偽の情報を流し、損害を与えた場合は、厳しい罰金や懲役刑を科すという内容です。もし犠牲者が出た場合は、最高で無期懲役を科されます。ただ、その悪意の認定を当局の判断に任せるのは危険だとか、言論の自由が脅かされるといった懸念の声も上がっています。中国の言論統制に対して、台湾がことさら重視してきた言論の自由を守りながら、不正確な情報をいかに規制していくのか、大きなジレンマに直面しています。

“日本でも起こり得る” 問われているのは

フェイクニュースとどう向き合うか、私たちも当然、無縁ではありません。蘇さんの悲劇に衝撃を受けたという声が、日本でも広がっています。映画「FAKE」の監督で、事実でない情報が社会をゆがめる危険性を訴えている、森達也さんです。

映画『FAKE』製作 映画監督 森達也さん
「台湾と中国という、緊張関係みたいなものが今回の事件の背景にあったのは間違いない。それは特殊なことかといえば、全然そうではない。今の日本も韓国との関係はどうか、北朝鮮はどうか、中国はどうか。うそっていうのはある意味、誰かの願望に沿っている。こいつをおとしめたい、これを美談にしたい、自分がいい思いをしたい。さまざまだろうが、その願望っていうのは、みんなが共有できるものが多い。誰かが気持ちいいことは、他の人が聞いても気持ちいい。うその方が広がりやすい、事実よりも。」

武田:ネット上のデマやうそをどうチェックして、それに踊らされないようにするにはどうしたらいいのか。私たちも考えなければいけないと思いますが、一方で、その判断を行政に委ねるということの危うさも感じます。

鎌倉:森さんは、権力に頼ることなく、メディアの責任や、市民の自覚が問われていると指摘しています。

映画監督 森達也さん
「ファクトかフェイクか、見分けられる場合は見分けた方がいい。実は真偽の境界はとても曖昧で、簡単に二分できるものではない。行政的な権力が介入してきた場合は、絶対に区分しようとします。それは表現する側、報道する側にとって、非常に致命的な痛手になる可能性がある。メディアが、ネットも含めて自分たちでファクトチェックする。自分たちで呼びかける。それを見る人、読む人、聞く人たちも一緒に主体的に入ってファクトチェックに関わる。そうした動きがベストだと思う。」

拡散を防ぐ手立ては

武田:一方で、SNSを運営する側も、うそやデマの拡散を防ぐ手だてを講じるべき段階に来ているのではないかという気もしますよね。

鎌倉:今回の問題は、多くの人が深く考えることなしに「いいね」をしたり、リツイートをして拡散したことが問題の根本でした。それだけに、SNSの機能そのものに、何らかの制限を設けるべきだという意見もあります。

名古屋大学大学院 講師 笹原和俊さん
「デマそのものをなくすことは不可能だと思います。問題は、それが大規模に拡散して社会を混乱させたりとか、あるいは人が亡くなったり、そういう悲劇につながらないように食い止めるすべを我々が持つべきだ。リアルタイム性が高いことはソーシャルメディアの一番の特徴でもあるが、それが逆に不確かな状況を拡散させてしまう仕組みにもなっている。例えば、共有するのに不確かな情報は時差を設ける。あるいはリツイートできる数に上限を設ける。ブレーキをかける仕組みがないと、拡散はなかなか止まらない。その何秒かで考えを改めて、共有はやめようと思いいたるかもしれない。リアルタイム性を緩めてあげる、スローにしてあげることが重要。」

武田:今回、番組を通して感じたのは、1人のマスコミ人、そしてネットユーザーとして、情報を発信する責任の重さです。改めて蘇さんの家族のメッセージを、かみしめたいと思います。
「私たちの家族の死を教訓に、政府や組織、マスコミやネットユーザーそれぞれが考えてくれることを切に願っています。もう二度と、罪のない人が犠牲にならないように」。