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日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年06月06日 (月)

"定常型社会"の時代へ⑥【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】

"定常型社会"の時代へ⑤、はこちらからお読みください

産業は「労働生産性」から「環境効率性」へ。
労働生産性が上がれば上がるほど失業が増える仕組みから、「人材を積極的に使い資源は使わない」という生産性の物差しに転換していく必要があるのではないか?
広井さんは、「拡大・成長」の時代から「定常化・循環」の時代への転換の重要さを説きます。
ここからは、これからの時代を生きていく中で“希望のある社会”を感じられるヒントをお話しいただきます。

--いろいろなものが大きく変わり始めている。その先に希望のある社会を見出していけるよう、前向きにとらえていくことも大切ですね。
広井氏  それに関して最近思うのは、“ポジティブ心理学”ってご存じですか?まあ賛否両論あるんですけれど、ここ十年来、非常に大きな潮流になっています。要するにいままでの心理学はとにかくネガティブなものに注目してきていたと。うつにしても何にしても。もちろんそれは大事なことなのですけれど、もう少し人間のポジティブな可能性に注目することが重要だということで、これがいまかなり広がってきているのです。

「なぜこういうものが出てくるのか?」と考えてみると、さっきのお話ともつながっていて、拡大・成長の時代には放っておいても新しいものがどんどん出たりして、そのままでも自然にポジティブという感じだった。ところがいまはそういう時代じゃないので、放っておくと何でもネガティブ一辺倒になってしまう。私も今の日本社会を見ていると、足の引っ張り合いみたいな話ばっかりになっていて、プラスの価値をつくっていくようなことをやっていかないと、どんどんドツボにはまっていくみたいな。それでこういうのが出てきているのかなと思ったり、少し前に福祉の分野でも「ポジティブ・ウェルフェア」(Positive welfare)という考えが提唱されましたが、そうした共通の時代的背景があるのかなと思ったりしています。地域づくりが「ないものねだりではなくなくて、あるもの探し」というのも同じような話で、プラスの価値をつくっていく、あるいは発見していくというようなことが、いろいろなところで重要になってきているような感じがあります

--そういうことに気づき動き始めている人は、実はすごく多いような印象があります。
広井氏  日本は、世代間の世界観や価値観の格差が非常に大きな社会です。なぜかというと、急激な経済成長、急激な人口増加や高齢化をしてきて、変化のスピードが非常に大きく、言いかえるとそれは、世代によって生きてきた時代が全然違うということでもあるわけです。団塊世代の人たちはもうすべてどんどん成長で、“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と言われてそれに酔いしれたような時代だったので、その感覚がどうしてもしみついている。いまの安倍総理は、私から見ると、団塊世代に続く日本の成功体験を強く経験した世代の最後ぐらいなので、やっぱりアベノミクス的な成長を第一に考える発想、アベノミクスを一概に否定するわけではないですけれど、やっぱり「高度成長よ、もう一度」みたいな発想が強いですね。
今の若い世代とか、私なんかは――いまは死語になっていますが――新人類と呼ばれた世代で、だんだんそういう世代交代が進んでいくと、自ずと何でも成長すればいいという価値観からは、がらりと変わっていくと思うのです。結局、いま日本で起こっているマイナスのことは、ほとんどが高度成長期の負の遺産なのです。借金にしても、東京集中にしても、首都圏の高齢化にしても、全部、高度成長期に起こったことが負の遺産として時を超えて現出しているというか。今の時代というのは、高度成長期の負の遺産が、これまでのあり方を変えるべきものとして立ち現われ、新たな模索が始まっているということだと思います。その動き自体は、むしろ希望の持てるものではないかと思っています。



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ひとつ補足すると、私はよく「スロー・アンド・オープン」と言っているのですけれど、高度成長的なファストからスローへの移行というのは放っておいても進むだろうと思っています。それとは別に、クローズドからオープンへという、もうひとつの軸があると思っています。クローズドというのは非常に閉じた集団、オープンというのは、私は「都市型コミュニティ」という言い方もしているのですが、個人として集団から外に開いてつながるということです。再分配というのも、そういうものとつながる。さっき、家族や集団を超えたつながりと言いましたが、それがちゃんと進んでいくかは、日本社会はクローズドになりがちな傾向があるので、結構、意識してやっていかないといけないことかなと。いまでも若い世代のネットいじめなんかにしても、ネット村社会みたいな感じでどんどん閉じていっているようなところがあります。そうしたクローズドな状態から開いていって、個人を超えたつながりとか再分配みたいなことも含めて、「公共性」と言い換えてもいいと思いますが、そこをしっかり意識していくことが重要と思っていますね。

--確かに。助け合うこと、再分配すること、人と人とがつながることが難しくなっていますね。
広井氏  やっぱり日本社会って、再分配ということには非常に抵抗を示しますよね。集団の中でならやりくりするけれど、個々の集団を超えて再分配ということには、非常に抵抗する。
そうした中で、これもずっと思ってきたことなんですけれど、特にいわゆるソーシャルビジネス(社会的な課題の解決への取り組みを、持続可能な事業として展開すること)みたいなことをやっている人たちの言葉を聞くと、実は先に申し上げた渋沢栄一とか、ああいうかつての企業家と非常によく似ているのですよね。回帰しているというか。「三方よし」とか、かつての資本主義化が進む前の経営者と非常によく似ていて。
結局、考えたらこういうことなのです。定常的な社会から、拡大を経て、今度は高いレベルで定常化しつつある。定常化という意味では、かつての渋沢栄一とか近江商人と非常に良く似た考えに戻ってきていて、ただ拡大成長すればいいというのではなく、社会性や持続可能性、あるいはオープンな相互扶助みたいなものを重視した方向になりつつある感じですね。これは希望が持てる。それにやっぱり、若い世代を中心に、東京の朝のあの乗車率300%で会社に行ったりとか、みんな同じスーツでバリバリ働くのがかっこいいとは、もうだんだん思わなくなってきていますしね。
それから、さっきから時々、日本はもともと分権的な国だと言ってきましたが、単純な言い方をすると、例えばフランスに行ってパリに行かない人って、まずいないと思います。イギリスに行ってロンドンに行かない人も、まずいない。けれどもドイツに行ってベルリンに行かない人なんていくらでもいますし、イタリアに行ったらローマに行く人は多いかもしれないですけれど、ミラノでもベネチアでもいいとなる。結局、資本主義にいち早く乗り出した国、つまりイギリスとフランスですが、どちらも非常に中央集権的ですよね。
そして実は、資本主義化におくれた国、ドイツ・イタリア・日本は、もともと分権的だった国なのです。もともと非常に地域の多様性が強かったことから、むしろもとに戻る兆しが出始めているように感じます。だいたい日本人は勤勉だとか会社人間だとか言われますが、それは決してもともとの属性じゃなくて、ある時代、高度成長の坂道を登った時代にできた資質なので、そういう意味では、大分イメージが違ってきますよね。様々なデータを見ても明治以降の百数十年が、やっぱり相当特殊な時代だったということです。

--そう考えると、これからは、新たな社会をつくり直していくチャレンジングでおもしろい時代とも言えますね。
広井氏  私はそう思います。これは多少意外かもしれませんが、例えば医療を見てみると、日本は医療費のGDP比は最も低くて、平均寿命は最も高い。ほかの国に比べたらとてもパフォーマンスが高いということで、医療政策の分野では非常にプラスに評価されています。


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その辺を考えれば、そんなに全体的にまずいだけの状況にあるわけではありません。長野県は平均寿命が男女とも、2010年以降一位で、これは世界一の長寿ということにもなると思いますが、高齢者が農業とか社会参加をして、食生活でも野菜をたくさん摂ってとか、こういうモデルはプラスの意味を持っているので、そういうところを見るとそれほど悲観ばかりする必要もないですからね。

今日は『定常型社会』の話から始めましたが、こうした長寿という点を含めて、これから日本はまさに人口減少・高齢化の世界のフロントランナーとして歩んでいきます。これまでのような「拡大・成長」一辺倒の考え方から発想を転換して、『定常型社会=持続可能な福祉社会』という真に豊かな社会を実現していく、そのちょうど出発点に私たちは立っていると思います。(終わり)



"定常型社会"の時代へ①、はこちらからお読みいただけます。

インタビュー・地域づくりへの提言

広井良典さん

961年、岡山市生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。公共政策および科学哲学専攻。東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、千葉大学法経学部教授などを歴任。環境・福祉・経済を統合した「定常型社会」(持続可能な福祉社会)を提唱し、コミュニティや社会保障のあり方から、哲学・資本主義の考察に至るまで幅広く研究を続ける。主な著書に『定常型社会』(岩波新書)、『日本の社会保障』(岩波新書・第40回エコノミスト賞・第34回山崎賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書・第9回大佛次郎論壇賞)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『ポスト資本主義』(岩波新書)。

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