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日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年06月06日 (月)

"定常型社会"の時代へ⑤【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】

"定常型社会"の時代へ④、はこちらからお読みください
かつての高度成長期の思想「成長がすべての問題を解決してくれる」という意識であったり、つながりや連帯意識が希薄になり社会的孤立度が高くなってきたりしていることから、日本は“資金の再分配”への抵抗が強いと言われています。
ですが、日本にはもともと個別の集団を超えてつながるような、相互扶助ネットワーク的な伝統があったということから、そのポテンシャルを信じ、例えば「高齢者から子ども・若者へ」「首都圏から地方へ」“年金マネー”の再分配の実現を検討することが重要な意味があると、広井さんは説きます。


--再分配のあり方と同時に、産業自体もこれまでのようなモノを大量に作って売るという拡大・成長の路線から変わっていかなければならないと感じますが。
広井氏  これはまさに、「労働生産性」から「環境効率性」へという話です。結局、労働生産性が上がれば上がるほど、少ない労働でたくさんの生産ができて需要が満たされることになります。皮肉なことに、労働生産性が上がれば上がるほど、失業が増えるという状況がいま出てきているのです。そこで労働生産性ではなくて「環境効率性」、つまり、人材を積極的に使って資源は使わないという生産性の物差しに転換していく必要があるということです。福祉とか教育といった分野は労働集約的と言われますが、裏返して言えば、人をたくさん使うということですから、雇用を生み出しやすいということでもあるわけですね。これはむしろ、いまのような状況においてはプラスなのです。そういう意味では、「サービサイズ」という環境政策で言われているような発想と非常に重なり合ってくる。ものを売るビジネスからサービスを売るビジネスに。これが「サービサイズ」ですね。わかりやすい例をあげると、農薬というモノを売るビジネスを害虫駆除サービスとしてとらえれば、できるだけ農薬は使わないで害虫駆除ができればいいわけですから、むしろ人手を大事にするようになるわけですね。

私もまだ模索中なのですけれど、こうした発想は先ほどの“ケアの6次産業化”というような話と、いろいろつながってくるのかなと見ています。ケアの6次産業化というのも、ケアというのはかなり対人サービスと重なり合っているので。そういう方向にうまく誘導していくことが大事ですね。ただしその実現のためには、やっぱり政策が大事です。介護保険の介護報酬の問題とか、賃金の問題にしても、公的な政策がやっぱり重要になってくると思います。北欧などでは、そういう労働集約的な産業に誘導することで失業率も減るし、全体の満足度も高まっているのですね。「恋する豚研究所」でケアの6次産業化に取り組む飯田さんもおっしゃっているのですけれど、実は6次産業化というのは特別に新しいことではないのです。例えば、むかしは農業をやっている人が、それで何かをつくったり、売りに出たりとか、いろいろな分野が混ざり合っていたのですね。高度成長期のときにどんどん分化していったわけですが、それをもう1度戻していく。それも、今度はケアとかサービスを起点にしていくような形で進めていく。そもそもいまの産業分類自体が工業化時代につくられたものなので、産業分類自体を少し見直すような発想というか、検討が必要ではないかと。そういう視点も含めての、地域循環経済のあり方ですね。

--広井さんは、もうひとつの新たな地域コミュニティづくりとして、「鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ構想」を提唱していますね。これはどんな構想なのですか。
広井氏  「鎮守の森コミュニティ研究所」というのをやっています。全国の神社の数、お寺の数は、どちらも8万数千ずつあって、これはコンビニの数が5万あるいは中学校の数が1万ということに比べて、ずっと多い数の神社やお寺が全国にあるということです。単純に平均すると、中学校区あたり8つずつ神社とお寺がある。また神社やお寺は狭い意味の宗教施設ということではなくて、お祭りが行われたり、市(いち)が開かれるような経済機能とか寺子屋のような教育機能といった具合に、コミュニティの中心的な役割を担っていたわけです。この鎮守の森、お寺も神仏習合ですから同じように考えていいと思ってるのですが、これを地域コミュニティのひとつの拠点として積極的に活用できないかということです。いくつか進めているうちの柱のひとつが、「鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ構想」。「鎮守の森コミュニティ研究所」のホームページもささやかながらつくっていますのでよろしかったらご覧いただければと思うのですが、わかりやすく言うと、神社の脇に水車が回っていて小水力発電を起こしているというような例で、こういった自然エネルギーの分散的な整備と鎮守の森を組み合わせていってはどうかというものです。
先行事例としては岐阜県郡上市の石徹白(いとしろ)地区という福井県との県境のところで、NPOの地域再生機構の平野彰秀さんという岐阜県出身で東京の外資系コンサルティング会社に勤めていた方が、半Uターンのようなかたちで来られて、小水力発電をベースにして限界集落になっている石徹白地区のエネルギーを自給すると。石徹白地区は、白山がすぐ脇にあって、白山信仰の拠点として栄えた場所で、わりと大きな神社があったりするのです。


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そして私がささやかながら関わって進行中なのは、埼玉県の越谷にある久伊豆神社という、久しい伊豆と書いてクイズとも読めるのでクイズの神様というふうにも言われているのですが、そこは、東日本大震災のときに神社の電気も停電してしまって地域に全く貢献できなかったということで宮司の方が反省されて、その反省も込めて太陽光パネルを取り付けることになりまして、3年ぐらい前ですけれど実現した。災害時の緊急対応用のような感じですね。

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また、歴史的街並みで有名な長野県の小布施町。小布施というのはふたつの川が合流するから逢瀬というのがなまって小布施となったわけですが、町の中心に逢瀬神社というのがあって、その周辺に小水力発電を導入する話とかですね。

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それから宮崎県の高原町という、天孫降臨の神話の里というような性格を持ったところには、これは「地球のへそ」というNPOが。地域おこし協力隊で横浜から奥さんと移った北原慎也さんという方が、やはり小水力導入ということで、鎮守の森コミュニティ研究所と千葉エコエネルギー株式会社という学生がスタートアップしたソーシャルベンチャーみたいなところ、それが公的資金も得てバックアップしながらプロジェクトとして進めています。

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鎮守の森と自然エネルギーを結びつけた地域活性化をささやかながらやりつつ、今年もうちょっと展開していければと思っているのが、「鎮守の森セラピー」です。これは気功とかヨガみたいなのを神社の境内でやるというそれだけのことなんですけれど、私のゼミの学生とで森林インストラクターを招いて何回かやってみまして、これを地域の高齢者の方とかが参加する形でやれれば、ひきこもりの防止などにも多少はなるのではないかなと考えています。



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この春から、私は京都大学こころの未来研究センターに在籍することになったこともあり、これを京都で一度できないかなと思っています。そういう伝統的な地域の拠点みたいなものとしての“鎮守の森”ということで、ジブリ映画的な世界でもありますけれど、自然信仰といいますか、そういった八百万の神様的な感覚もひとつ大事にしながら、広げていけないかなと思っているところです。

--新しい時代になるとコミュニティのあり方だけではなく、働き方も変わっていくのでしょうか。
広井氏  はじめに、拡大・成長とか資本主義という話が出てきましたが、それぞれの時代に合った組織の形態があるのであって、特に19世紀の終わりから20世紀にかけては株式会社というのがワーッと出てきて、すべてそういうふうになっていった。イギリスなどで産業革命が起こって、その中で一時期、共同組合とかいろいろな形態の組織が並立していた時代があったのですが、やがて株式会社に特化していった。それで特に20世紀後半以降は、金融経済が大きくなってまさに株式会社の時代となっていった。
ただ日本では、日本の株式会社というものは、株式会社といいながらも本当の意味での株式会社であるというよりは、良くも悪くも運命共同体といった側面が強かった。あと例えば、サントリーとか出光とか竹中工務店は“御三家”と言われたらしいですけれど、株式会社ではあるけれども上場はしない。結局、家族経営的だということでもあるのですが、しかし、それもまた変わっていって、純然たる株式会社みたいなものにどこもなっていった。
それがいま拡大・成長から定常化・循環の時代になってくると、株式会社で株主が会社を持っていて、ただ拡大していくことが会社を動かす力であるという姿自体が、時代と合わなくなってきている。「三方よし」とか「論語と算盤」、渋沢栄一なんかのあの時代には、株式会社という形ではなくて、むしろ、みんなが出資して仕事をしていくような共同組合的な姿がなじみやすかった。日本では、純粋な株式会社にはなかなかなっていかなかったことを考えても、前にも話した小田原のワーカーズコープのような形態は、わりとなじみやすい面もあるではないかと思います。
それで小田原のワーカーズコープでは、今回、二宮尊徳の「報徳思想」を取り上げた。私の中ではこれかなりシンボリックな意味があって、ものすごく単純な言い方をすると、ワーカーズコープはどちらかというと左派で二宮尊徳は右派。これが結びつくというのは、やっぱり相互扶助の経済というものがキーワードで、拡大・成長が第一のときには株式会社が非常に機能するわけですけれど、定常化・ポスト成長となってくると、相互扶助の経済で二宮尊徳とワーカーズコープが結びつくような組織が現れてくるということですね。これは去年の11月から話があって、かなり重要な節目になるんじゃないかなと思っています。

"定常型社会"の時代へ⑥【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】へ続く

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インタビュー・地域づくりへの提言

広井良典さん

1961年、岡山市生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。公共政策および科学哲学専攻。東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、千葉大学法経学部教授などを歴任。環境・福祉・経済を統合した「定常型社会」(持続可能な福祉社会)を提唱し、コミュニティや社会保障のあり方から、哲学・資本主義の考察に至るまで幅広く研究を続ける。主な著書に『定常型社会』(岩波新書)、『日本の社会保障』(岩波新書・第40回エコノミスト賞・第34回山崎賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書・第9回大佛次郎論壇賞)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『ポスト資本主義』(岩波新書)。

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