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2016年05月26日 (木)
獣害に負けない! 両合棚田の再生(大分県宇佐市)(第1回)
「私たちはこの棚田を何とか再生したいのです。でも今はおよそ8割が耕作放棄状態です」
と、残念そうな面持ちで地区の区長である石井一男さん(75)は言います。今年2月の冷たい雨の日のことでした。
ここは世界農業遺産に認定されている大分県宇佐市の両合(りょうあい)地区。江戸時代に造られた石垣の棚田が両合川を挟んで両側の斜面に広がっています。およそ7ヘクタールの棚田に150ほどの田んぼが広がり、1999年には「日本の棚田百選にも選ばれました。川には小さなかわいい石橋がかかっています。かつては秋になればはさ掛けした稲穂や色づいた柿の葉などが美しい人気の撮影ポイントだったそうです。
現在の両合棚田(2016年2月20日撮影)
10年前、実りの頃
それが、今では8割の棚田で耕作ができない状況だというのです。地区の住民は11世帯26人(平均年齢62歳)と人口が減り、高齢化が進んでいることも原因の一つですが、最大の理由は“獣害”です。
「獣害がひどくてね、耕作してもシカやイノシシに皆食べられてしまうんですよ。シカはシイタケだって食べますよ。だからもうあきらめかけていたんです。でも2013年5月に、宇佐市も世界農業遺産に認定されて、やっぱりなんとか自分たちの祖先が残してくれた、この両合棚田を再生させたいと思うようになったんです。力を貸してください」と石井さん。
地元の人たちの熱い思いを応援するぞ!と、市の担当者である今仁(いまに)眞史さん(46)はがぜん張り切り、昨年夏から関係者らを何度も訪問し、「両合棚田再生協議会」の設立を準備してきました。
東京などの都市部ではビルや住宅、商店街などが多く、多少大きな公園があってもシカもイノシシも見かけることはありませんが、全国の中山間地域で“獣害”は深刻です。
農水省によれば鳥獣による平成25年度の農作物被害は、被害金額が199億 円。被害面積は7万9千haにのぼります。
サル、シカ、イノシシ、クマ、カラス・・・ 鳥獣の種類は地域や地区によって異なりますので、対策もそれぞれです。
両合棚田を再生させるには、まずは獣害対策を行わないとダメなのです。いくら何を植えても、例え実りの時まで辿りついても、さあ収穫というときに食べられてしまうのです。もちろん、これまでも住民の皆さんは、それぞれ自分の田んぼや畑の周りに電気柵や網を巡らせるなどして防衛してきましたが、中々抜本的な対策とはならず、年々耕作意欲が失われていたところでした。特にシカによる被害が大きく、農作業の手伝いに訪れている大分大学の学生たちが植えたサツマイモも、昨年は全滅だったそうです。
シイタケのほだ場。二重に網を張って防護
そこで、獣害対策のスペシャリストとして三重県農業研究所の主任研究員の山端直人さんの力を借りることにしました。山端さんは、地域住民が主体となった獣害対策を、主に三重県内で指導するとともに、全国各地で助言・指導をされています。
いよいよ5月19日、19時から地元の集会所で「両合棚田発足協議会」の発足総会が開かれました。地区の住民や、市や県の関係者の皆さまなど約30人が集まりました。
協議会の会長に指名された石井区長からは「両合棚田に来た人が『昔は良かったなあ』と10人中10人が言って帰っていくのです。寂しいことです。もう少し早く地元を考えておけば良かったなあと思っているところですが、このたび再生協議会を発足させることができ、まことに嬉しく思っています。一日も早く“再生”という言葉が消えるように、私たちもがんばってまいります。」と決意を表明。
私からは改めて「世界農業遺産」(FAO)のこと、国東半島・宇佐地域の世界農業遺産の特徴、そして両合棚田の再生への応援メッセージをお伝えしました。
2013年5月に「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」というシステムで世界農業遺産に認定されました。降水量が少なく、火山性の土地であるこの地域には沢山のため池があります。またクヌギ林に降る雨はクヌギの落ち葉が堆積した土にしみこみ有機物などを含んだ湧水となります。日本一の蓄積量であるクヌギ林と複数のため池が連携したシステムは、原木シイタケ生産、国内唯一のシチトウイ精算など多様な農林水産業を支えるとともに、多様な生態系を保全しています。
※詳しくは「世界農業遺産『クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環』」を検索ください。
今年から「日本農業遺産」(農水省)制度が始まることもあり、認定されるとどのように地域は元気になるのか?全国各地から認定されている地域への注目が高まっています。
そして、続いて獣害の専門家である三重県の山端さんから、「ここに棚田があること自体が財産です。獣害対策はマイナスをゼロにする仕事。けれど、柵を皆で張ったり、点検したり、まさに地域づくりです。」
集落全体を柵で囲い、一部に捕獲檻を設置してシカを捕獲することにより、長年悩まされていたサルやシカの害が無くなり、再び耕作意欲を取り戻した地域の事例をお話いただきました。地区の皆さんは大いに勇気づけられたのでした。
今年は6月5日に田植え、9月24日が稲刈り。そのほか、両合棚田の真ん中を流れる両合川にかかる石橋でのライブや、写真コンテストなども計画されています。
明日(20日)はフィールドワークです。地区の皆さん、地域おこしグループ、獣害専門家、クリエイター、市長や市役所の皆さん、県庁の皆さんと一緒に棚田や周辺地域を歩きます。地域の魅力を再発見するとともに、獣害の現状を把握します。
ため池とクヌギ林
※「両合棚田再生プロジェクト報告(第2回) ―フィールドワークでお宝ザクザク―」に続きます。