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インタビュー・地域づくりへの提言

日本をリードする知の巨人たち。社会が大きく転換しつつあるいま、時代を拓くカギは地域にあると指摘します。持続可能な未来へのビジョンを語っていただきます。

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2016年05月30日 (月)

"定常型社会"の時代へ③【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】

"定常型社会"の時代へ②はこちらからお読みください

リーマンショック以降続くマイナス成長、指摘されている経済の“限界性”。そこから、経済指標や豊かさの指標を見直すような流れが広がってきています。
「経済とは?」と考えたときに、資本主義型の拡大・成長が不可避のものを考えますが、江戸時代にさかのぼってみるとそうではなく、もう少し相互扶助的で循環的な意味がありました。たとえば、二宮尊徳は「報徳思想」という経済思想を唱え、“地域再生コンサルタント”のような存在でした。かつての日本には、地域で循環する経済のような伝統や思想があったということでした。

広井氏  実は偶然ですけれど、1週間ほど前の日曜日に小田原で報徳思想と地域経済のシンポジウムみたいなのがありました。小田原は報徳思想の二宮尊徳の出身地ですね。それで、例えば「ほうとくエネルギー」といいまして、市民が出資して自然エネルギーをやっているんですね。「ほうとくエネルギー」が一番力を入れているのは、太陽光発電です。
小田原はかまぼこが有名で、かまぼこ会社の方とか地元の経営者の方などが出資して、太陽光発電に加え、これからは小水力発電とかそういうこともやろうとしている感じで、これは非常におもしろい試みだと思っています。その場には市長さん(加藤憲一市長)も来られたのですが、そういう地域循環経済みたいなことや報徳思想を重視されていました。
他にも「報徳農場」というのがあって、それは私がちょっとかかわりのあるワーカーズコープと連携してやっているのですけれど、「農福連携」という農業と福祉の連携ということで、普通に農業をやるのもあるんですけど、いわゆる障害者の人とか失業している若者とか、そういうようなところも巻き込んで、農業と雇用みたいなのをうまく福祉的なものも含めてというようなことをやっていたり、非常に注目すべき実例だと思います。小田原に限らず、いま全国各地でこういうものがいっぱい出てきているのです。


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神奈川県小田原市で“農福連携”の新たな試みに挑んでいる「報徳農場」

 

--「報徳農場」は、「福祉の6次産業化」とも言えるような非常に興味深い取り組みですね。
広井氏  まさにおっしゃるとおりで、「福祉の6次産業化」と言われましたけれど、千葉県の香取市で「恋する豚研究所」というのをやっておられる飯田大輔さんという方が、“ケアの6次産業化”というのを唱えておられます。私は、これはかなり革新的なアイデアだと思います。ケアを起点にいろんな産業を結びつけて6次産業化するということで、養豚農場も経営されていて、そこでハムなどもつくっているんです。障害者の方が働いておられるのですけれど、福祉でやっているということは販売上全く言っていなくて、もっぱら味で勝負するみたいな感じ。あとは、クリエイターといいますかデザイナーの人もいろいろかかわっていて、デザインや商品のオリジナルパッケージなどもやっていて、福祉と農業とアートといいますか、文化といいますか、これを組み合わせたものということで、いまかなり注目されてきています。厚生労働省の視察も来たとのことでした。


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千葉県香取市でケアの6次産業化に取り組む「恋する豚研究所」

 

よく地域づくりで大事なのは、“ないものねだりではなくてあるもの探しだ”といわれたりしますけれど、そのとおりだと思います。地域にある既存の資源とか、いろんな気づいていないものを生かしながら価値をつくっていくというようなことが、小田原でも、恋する豚研究所でも実践されていると思います。千葉はご存じの通り農産物生産額が全国3位、養豚数も2位か3位ぐらいでそういったものを生かしながら、ということですね。

その意味で考えると、日本はもともと分権的というか、地域の多様性が豊かな国ではないかと思います。わかりやすい例で言うと、駅弁ですね。ものすごく地域ごとに多様ですし、そんな国は世界を見渡してもちょっと珍しいんじゃないかというぐらい。このように地域の多様性がもともと結構豊かな国だったので、それがここ100年くらいの拡大・成長の時代において、1つの物差しというか、良くも悪くも中央集権的になっていましたけれど、またそれが緩んで、本来の地域の多様性みたいな方向が前面に出てくる時代が、いままたやってきつつあると思いますね。
そして、そうした時代の変化に、若い世代が反応し始めている。私のゼミの学生の中でも、そういうローカル、地域志向みたいなものへ非常に関心が強まっていて、静岡のある町の出身の学生は“自分の生まれた町を世界一住みやすい町にしたい”ということを自分のテーマと考えていたり、また他の女子学生は、もともとグローバルなことへの関心が強く1年間の予定でスウェーデンに留学していたのですが、半年で切り上げて戻ってきて「地元の活性化に取り組んでいきたい」ということを言っていたり。その女子学生は茨城県の石岡というところの出身で、石岡のお祭りというのが関東3大祭りとして有名なのだそうです。インターネットで見てみると確かにものすごくにぎやかで大規模なお祭りで、そういう地元の愛着のようなものが祭りと一体となっていて、やっぱりローカルなものにかかわっていきたいと思わせる力があるのですね。あるいは『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(ファッションも精神もマイルドな“新ヤンキー”層の生活ぶりや価値観、消費動向を解明した書籍・原田曜平著)という本がベストセラーになりましたけれど、あれは「木更津キャッツアイ」的な世界に近いかもしれないですが、また別の流れでの地元志向ですね。その辺はいろんなパターンがあると思いますけれども、全体的にそういう地域志向、ローカル志向みたいなものが高まっているのは確かです。いろんな統計とかを見ても、卒業後に地元の大学に行きたいという割合とか、あるいは、首都圏の大学に入る地方出身者の割合がどんどん減っていて、もう7割方は首都圏の大学は首都圏出身者という具合に、よくも悪くも、基本的に地元志向が高まっているというのは確かなことだと思いますね。

--そういう若い人たちが、地域で働き食べていけるようになっていけるか。地域の中でうまい循環が起きて経済的に回っていくようになればいいですけれど、今はまだその途上というところでしょうか。
広井氏  そうですね。私もそこは決して楽観できないと思っています。放っておいても地域志向、ローカル志向が順調に進んでいくとは言えないでしょう。いろんなサポートが必要になって、支援が必要になってくると思っています。
ただ、これはちょっと注目というか認識していい事実だと思うのですが、失業率のワーストを見ると、上位10位に東京も含めて、大阪とか、神奈川、埼玉とか、意外に大都市圏が並んでいるのですね。少なくとも、かつて地方の若者が“金の卵”と言われたような高度成長期のように、都会に出ていけば仕事があるという状況ではなくなっていて、非正規も増えていますよね。その辺の状況が結構変わってきている。


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それから、これがまた大事と思っているのは、よく地方では仕事がないから人が出ていくという言い方がされるのですけれど、同時に逆の面もあると思っていまして、人がどんどん出ていくから仕事がむしろなくなっていく。つまり、今は圧倒的にサービス業が中心の時代なので、人がいてこそ仕事がそこにできるという対人サービスがかなり多くなっている。だから、仕事がない、雇用がないから人が出ていくという面も確かにあるとは思いますが、人がどんどん出ていくから雇用が逆にその地域になくなってしまっているという面もあると思うので、その辺が、いまちょっと流れが変わってきているような状況があるのではないかと。
ただ、それでも、放っておくとやっぱりどんどん、大都市圏に流れていくという傾向はあると思いますので、いろんな政策的な支援が重要です。ちょっと理屈っぽい言い方をすると、都市と農村というのはわりと非対称的な関係にあるといいますか、ほっておくと都市のほうがどんどん有利に、安い値段で農村のものを買うことができて、都市のほうが圧倒的に取引上も有利な状況になる。だから放っておくと、どうしても農村や地方から都市のほうに人が流れていってしまうので、いろんな形での再分配が必要になってくるということです。ちょっと個別の話になりますけど、再生可能エネルギーの固定買い取り制度というのが3~4年前に導入されましたけど、あれなんかは価格を少し高めに再生可能エネルギーを買い取ることで、都市から農村や地方にお金を再分配するような、そういう意味合いもあると思いますし、農業なんかも私はある程度やっぱり支援というのは重要だと思います。それから、もうちょっと個別の例としては、若者の“地域おこし協力隊”ですね。いま1500人くらいですかね。これをもっと万単位の規模にしていってもいいんじゃないかと思っています。
それから、これはちょっと話を広げてしまうんですけれど、私は「人生前半の社会保障」ということを真剣に政策として検討すべきと思います。いま社会保障は全体で110兆円ぐらいで、そのうちの半分くらいの60兆円近い規模が年金なのですけれども、国際的に見ると、日本は全体的に高齢の世代のほうに偏っていて、いろいろ議論はありますけど、せめてその60兆円近い年金のうち高所得な高齢者に行っている部分の1~2兆円分でも、若者に再配分するようにすべきではないでしょうか。教育なんかも含めて、地域おこし協力隊を数万人にしたところで、ちょっと計算してみたことがありますけれど、せいぜい数百億円とか数千億円のレベルなので、高所得な高齢者の分をもうちょっと地方に行く若者のほうに回せば、いろんな意味でプラスの効果があるんじゃないかと私は思います。


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そういう、(若者への)“政策的な支援”がやっぱり重要になってくると思います。そこがなかなか日本では難しい面があるわけなのですけれども。特によく言われるのが、投票率も高齢者のほうがずっと高いとか。ただ今回、18歳からの選挙権という話もありますし、やっぱり再分配のあり方として何が望ましい形かをしっかり考えていくことがかなり重要かなと思っています。

"定常型社会"の時代へ④【京都大学こころの未来研究センター教授・広井良典さん】へ続く 

インタビュー・地域づくりへの提言

広井良典さん

1961年、岡山市生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。公共政策および科学哲学専攻。東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、千葉大学法経学部教授などを歴任。環境・福祉・経済を統合した「定常型社会」(持続可能な福祉社会)を提唱し、コミュニティや社会保障のあり方から、哲学・資本主義の考察に至るまで幅広く研究を続ける。主な著書に『定常型社会』(岩波新書)、『日本の社会保障』(岩波新書・第40回エコノミスト賞・第34回山崎賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書・第9回大佛次郎論壇賞)、『人口減少社会という希望』(朝日選書)、『ポスト資本主義』(岩波新書)。

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