人生を詠む 歌会始入選の古橋正好さん
- 2024年02月28日
1月に皇居で行われた新春恒例の「歌会始」で、国内外から1万5000首を超える歌が寄せられるなか、宇都宮市に住む88歳の男性の歌が入選しました。
短歌にこめた思いをうかがいました。
(NHK宇都宮放送局キャスター 川島加奈代)
1万5000首を超える歌のなかから入選
皇居・宮殿で1月19日に行われた「歌会始」。
「和」というお題に対し、国内外から1万5000首を超える歌が寄せられました。
今回入選した10人のうち最年長は、宇都宮市に住む元教諭の古橋正好さん(88)。
天皇皇后両陛下や皇族方の前で、自作の歌が披露されました。
「己が手で漉きたる和紙の証書手に六年生は卒業となる」
小学校の卒業式で、自ら作った証書を手に旅立つ子どもたちの晴れやかな様子を思い浮かべて詠んだ一首です。
歌会始への参加を終えた古橋さんを訪ねました。
古橋正好さん
自分の歌が披露されたときは大変恐れ多くてですね、光栄に感じまして、歌を続けていてよかったなという思いもこみあげてまいりましたね。
母の思い出とともに刻まれる名歌
古橋さんが短歌に関心を持ち始めたのは、高校生の頃。
国語の先生から教わった万葉集の和歌などに感銘を受けたそうです。
なかでも特別な思い入れがあるのが、齋藤茂吉の短歌です。
「みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞただにいそげる」
臨終に近い母への思いが詠まれた名歌です。
古橋さんがこの歌に出会った高校3年生の頃、母親のシズさんは胃がんの手術を受けて入院していました。古橋さんは受験を控えるなか母を支え続けましたが、大学の合格通知を見せた2時間後に息を引き取ったといいます。
古橋正好さん
とにかく母に知らせることができたことは、よかったなという気持ちでしたね。齋藤茂吉先生の「母のいのちを一目見ん」、あの歌がやっぱり私の生涯忘れられない歌に残っているんです。
人生、生きざまを歌にするということ
大学を卒業した古橋さんは小中学校の教諭に。
60歳で定年退職した後も町の教育長を務め、50年にわたり教育に携わってきました。
退職して生活が落ち着いた80歳のとき、これまでの人生を振り返って心の整理をしたいという思いから短歌を本格的に詠み始めました。
新聞の文芸欄に投稿し、採用されることが励みになっているそうです。
歌を見せていただきました。
古橋正好さん
午前中は体調の良いかぎり家庭菜園的な野良仕事をやって、午後は自分のまさに黄金の時間ですよ。新聞に載ったときは仲間が「俺もおんなじ気持ちだぞ」って電話をくれました。
母との思い出をもとに詠んだ歌もあります。
古橋正好さん
いつも湯加減が一定ではないわけですよね。本当に母の心っていうのは、いつになってもありがたいと思っています。
古橋さんの人生がかいま見える歌ばかりです。
今回歌会始で入選した歌は、教員時代の経験を参考に詠みました。
古橋正好さん
栃木県にも烏山和紙という和紙がありますけれど、非常に優れた伝統文化、そういうものを引き継ぎながら日本を背負って立つ人間に成長してほしい。そういう思いをあの歌のなかには込めたつもりです。
こんなうれしい出来事もありました。
入選を知った元同僚や教え子たちから、お祝いの花が届いたそうです。
古橋正好さん
人間は決して自分ひとりで生きているわけではありません。大勢の人の支えを受けながら生きて、生かされている。これから、そういう思いを込めた歌が詠めればいいなと思っております。
個人の思いや経験を普遍化してくれる短歌。読ませていただいた歌はどれも光景が浮かび、古橋さんの人生はもちろん、お人柄がうかがえる素敵なものばかりでした。
古橋さんに「この歌はどんな気持ちで詠んだのですか」とたずねると、すぐにきっかけになった出来事などを話してくださいました。私も趣味で短歌を詠んでいますが、今回の取材で改めて、短歌は思い出に挟むしおりのような役割を果たしてくれるな、と実感しました。