ページの本文へ

徳島WEB特集

  1. NHK徳島
  2. 徳島WEB特集
  3. “未来を変える起業家に”徳島 神山まるごと高専がスタート

“未来を変える起業家に”徳島 神山まるごと高専がスタート

  • 2023年04月03日

ことし4月、ユニークな学校が徳島県神山町に開校しました。
掲げる目標は「卒業生の4割を起業家に育てる」。経済界からも熱い視線を集める学校とは。

夢を語った1期生たち

神山町に新たに創設された「神山まるごと高専」。起業家の育成を目指す私立の高等専門学校です。入学式には、1期生44人が出席。9倍の倍率を突破して全国から集まった若者たちです。

あいさつした高専の理事長で、自身も東京のIT企業社長である寺田親弘さんは新入生たちに熱いエールを送りました。

理事長 寺田親弘さん 
「彼ら、彼女らが日本を、社会を変えていく。それだけを夢見ます。みんながつくるプロダクトサービス。イノベーションを生み出していく。その光景を見たい。挑戦し続ける限り失敗はない。そこには学びしかありません。みんなには挑戦し続けてほしい」

これに対し、新入生が1人ひとり、それぞれの夢や目標を述べました。

ささいな困りごとを世界に発信できるアプリをつくりたい。困りごとから事業や商品を生み出します

AIやプログラミングでモノをつくる力で、ケアロボットを作りたい

完全に自然と共存できるエネルギーをつくりたい

新入生のひとり、地元徳島県出身の武田璃香さんは、けがで寝たきりになった祖母の介護を助けてきた経験から、将来は同じような人の役に立つことを目指して、神山まるごと高専で学ぶことを選びました。入学式で力強くその目標を語りました。

武田璃香さん 
「テクノロジーの力で商品やサービスのシステムを開発して、寝たきりの人に新たな革命を起こします!」

経済界も熱い視線

「神山まるごと高専」は、IT企業の社長などが設立した高等専門学校です。

設置場所に選ばれたのは、徳島県の山あいにある神山町。校舎は地元の木材がふんだんに使われ、ガラス張りの開放的なデザイン。全寮制で、緑に囲まれた自然豊かな環境の中、学生たちは5年間学びます。

(神山まるごと高専の校舎)

学校が掲げる目標が「卒業生の4割を起業家にする」こと。

就職や大学への進学が一般的な高専としては珍しい目標ですが、そこに経済界も注目。ソニーグループやソフトバンクなどから寄せられた100億円規模の基金の運用益で学生全員の学費を無償化します。

授業では、ビジネスの第一線で活躍するさまざまな分野の現役の経営者たちを講師に招きます。週1回の特別授業を担当してもらい、学生たちは直接「起業家精神」を教わります。

他にはみられない環境で学ぶ学生たちの中から、世界的なスタートアップ企業を立ち上げる人材が生まれるかもしれません。そこに大きな期待が寄せられているのです。

過疎の町をシリコンバレーに

夢を抱いているのは学生だけではありません。

「神山町をシリコンバレーにしたい」。

理事長の寺田さんが一番熱い夢を語っています。

神山町は人口約5000人。高齢化と過疎が進んでいますが、町全体に光ファイバー網を整備して、IT関連企業の誘致が進み、今では15社が町内にサテライトオフィスを置いています。

東京でクラウドサービスを展開する企業の社長でもある寺田さんは、2010年に神山町に第1号のサテライトオフィスを構え、神山町に企業が集積する流れをつくったひとりです。

今度は起業家育成を目指す学校を創設したのです。その場所に都会ではなく、なぜ地方の小さな町を選んだのか?

「人や情報が都会にいっぱいあるという考えは錯覚です。情報が多いというよりは、むしろノイズが多い。必要でないものもいっぱいあって、その中から何かを見いだそうとするのはすごく難しい。神山町のようなノイズのない場所で、本当に志を持った少年少女が集まって切磋琢磨していく。“奇跡の田舎”と呼ばれる神山町に奇跡の学校ができると、化学反応がもたらすものがとてつもないんじゃないかなと思いました」

「起業家を増やさないと日本の未来は明るくならない。右肩上がりの世の中が終わって久しいし、日本を前進させてよりよくしていこうと思うなら起業家育成だと。学校をつくることで起業家が増え、社会の変化をもたらし、いい循環を作っていけるんじゃないか」

(寺田理事長)

そうした寺田さんの構想に、経済界も賛同し、大手企業から多くの基金が寄せられました。

「この高専で学生と話すことを楽しみにしています。ふれあいながら学校のカルチャーを作り、学生を後押しできる存在になりたい」と語ります。

(大蔵学校長)

学校長も第一線のビジネスパーソンです。衣料品通販サイトの最高技術責任者を務めたエンジニアの大蔵峰樹さんは、「起業に必要なのは、社会のニーズを見極め、試行錯誤を繰り返すこと」だと語り、自身の経験から学んだことを学生たちに伝え、サポートしていきたいと考えています。

「社会情勢とかそのときの学生とか、条件によって学校自体がバージョンアップしていく。変化していく学校という仕組みができあがれば成功なんじゃないか」 

「彼ら彼女らのいろんな思いを聞いて、陰ながらサポートできるような存在になれればいい」

“わくわく”

桜が満開のなか、真新しい校舎の前でそろって記念撮影した1期生たち。一緒に過ごす仲間や教員と出会い、いよいよ夢に向かう道のスタートに立ったんだと実感して、興奮を抑えられないようでした。

「誰もが平等に笑顔になれる世界をつくるのが目標です。それをこの神山の5年間で模索していけたらいいなと思っています」

「人の役に立てるような会社を起業したい。この学校で経験やアドバイスをもらって自分の実践に役立てていきたいと思っています」

坂本龍一さんが校歌を作曲 生前最後の作品に

入学式が行われたその日、音楽家の坂本龍一さんが死去したことが公表されました。

式で、高専の伊藤直樹カリキュラムディレクターは、「神山まるごと高専」の校歌を坂本さんが作曲し、歌詞を歌手のUAさんが手がけていることを明らかにしました。「坂本さんは、頑張って作ってくれていたが、曲の完成には至っていない。ステージ4のがんと闘うギリギリの中で作ってもらった」と、ことばを詰まらせながら紹介しました。

坂本さんの所属事務所によりますと、校歌は、坂本さんが作曲した最後の曲だということです。

高専は今後、関係者と相談したうえで、校歌の完成を目指すことにしています。

取材後記

「学校教育にビジネスや実社会の第一線で活躍している人があまりにもいない」と話していた理事長の寺田さん。そうした現状を変えたいと神山まるごと高専を構想し、ついに実現にこぎ着けました。

現在活躍中のビジネスパーソンたちが講師に名を連ねているのも、日本を代表するトップ企業からサポートを得られたのも、そうした寺田さんの理念と情熱が支持された表れだと思いますし、ここまで取材してきた私も強く引きつけられたひとりです。

徳島の山あいの町から、日本を、世界をよりよいものに変えてくれる人材が羽ばたいてほしい。

これから本格的に学び始める若者たちや学校の挑戦を継続して取材したいと思っています。

  • 徳島局・記者

    有水 崇

    2017年入局
    北海道で勤務後、2021年から徳島局
    県政・経済取材を担当

ページトップに戻る