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  • 2024年5月27日

元選手村「晴海フラッグ」は誰が買った?1089戸を徹底調査~そこから見えたものは

不動産のリアル(32)
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東京オリンピック・パラリンピックの選手村を改修した巨大マンション群「晴海フラッグ」。 
ここでは販売にあたって申し込みが殺到し、多額の投資マネーが入っているのではないかという指摘がありました。その実態はどうなっているのか。私たちは1000戸あまりの登記簿を取得し、すべての所有者を調べてみることにしました。その驚きの結果は…

※私たちは「不動産のリアル」と題して、各地の不動産事情を取材しています。ぜひ晴海フラッグに関する情報などもこちらまでお寄せください。 
(首都圏局 不動産のリアル取材班/記者 牧野慎太朗・竹岡直幸)

元選手村が新たな街に

今月(5月)26日、「晴海フラッグ」で開かれた「まちびらき」のイベントに足を運びました。イベントには、東京大会のオリンピアンも参加し、ここが選手村だったことを思い起こさせました。周囲には新たな商業施設もオープン。家族連れなどの姿も目につき、新たな街の誕生を感じさせました。

晴海フラッグとは

東京・中央区晴海にある「晴海フラッグ」は、選手村として活用された宿泊施設を2年あまりかけて改修したマンション群です。東京湾沿いの18ヘクタールの敷地には、17棟の分譲マンション(2690戸)と4棟の賃貸マンション(1487戸)が並び、ことし(2024年)1月からは住民の入居も始まりました。

私たちは、この晴海フラッグを長く取材し続けてきました。理由は販売時に明らかになった異常な高倍率です。東京都は「ファミリー層向けの分譲マンションを整備する」としていて、周辺相場より割安な価格で販売されていました。ところが、一般世帯だけでなく、投資家たちの申し込みも殺到して倍率が急騰。最終販売期には平均で71.1倍、最高で266倍にもなる事態になりました。

東京都の土地のはず

私たちが取材して違和感を覚えたのは、ここの分譲マンションの販売は申し込みの戸数に制限がなく、購入資金があれば何部屋でも申し込みが可能となっていたことでした。 
資金力がある投資家が一般世帯と比べて有利になるのではないかという声が上がっていたのです。しかも、晴海フラッグは通常の民間の物件ではありません。選手村だったことからもわかるように東京都の所有する土地です。疑問は募るばかりでした。

投資目的の購入 その実態は?

そこで実際の購入者の実態はどうなのか調べてみることにしました。まずは入居者に話を聞いてみると、すでに引き渡しが完了している棟でも「電気がついてない部屋が多い」「周囲の部屋から物音がしない」など、人の気配がしない部屋があるという証言が得られました。

こちらの画像は、今月(5月)現地で部屋の明かりがともる時間まで待って撮影したものです。やはり明かりはまばらでした。

これを検証する方法がないか…。 
考えた末に、私たちが目をつけたのが登記簿でした。 
登記簿とは土地や建物の所有者が分かる帳簿のことです。法務局などに行けば誰でも閲覧や取得ができる上、今ではインターネット上からも取得が可能です。

そこで、私たちは、部屋の引き渡しが終わったことし(2024年)4月から一斉に各部屋の登記簿を取り始めました。 
所有者の傾向を知ることが目的なので、調査の対象は分譲マンションが建つ3つの街区のうち、最も戸数の多い「サンビレッジ」に絞ることにしました。それでも1089戸あったので、取得と集計には2週間以上かかりました。

4分の1以上が法人名義

登記簿を1戸ずつ取得しながら気づいたのは「〇〇株式会社」や「合同会社△△」など法人名義の所有者が多いことでした。その数は全部で147社、戸数でみると292に上りました。

これはサンビレッジ全体の27%、実に4部屋に1部屋以上を法人が購入していたことになります。 
街区にある6棟ごとにも集計したところ、最も多い棟では法人名義の部屋が40%を超えるところもありました。

また販売期ごとにも集計してみました。「サンビレッジ」は2021年と2022年の2年間で4回に分けて販売されていましたが、販売を重ねるごとに法人名義の割合も高くなっていて、平均倍率が30.2倍に達した4回目の販売では、売り出された部屋のうち半数以上が法人によって購入されていたこともわかりました。

“業者”が買っていた

部屋を取得していたのはどんな法人なのでしょうか。ホームページが存在しない会社も多かったので、147社全ての法人登記を取りました。 
登記に記載されている「事業目的」をみると、「不動産」や「投資」などと記載されていて、多くが不動産業や投資業などを行う会社であることがわかりました。取材の中で幾度となく聞いた「多くの業者が買っている」という情報が実態と合致していたことが裏付けられたのです。

さらに、法人登記からもう1つ分かったのは、購入した部屋を事務所などとして使っている法人が少ないことでした。法人の住所が晴海フラッグ内にあった法人は5社の5部屋のみでした。

最多で38戸!? 複数部屋所有の法人も

さらに分析のなかで驚いたのが、同じ法人が多数の部屋を所有していたことです。 
最も多かったのは福岡市の投資会社で38戸持っていました。次いで、都内で不動産売買など行う会社が17戸、同業の都内の会社が10戸、都内の医療法人が7戸、札幌市の投資会社や千葉県船橋市の会社がそれぞれ6戸となっています。

法人ごとに集計した結果、2戸以上の部屋を持っていたのは合計45社。部屋数を合わせると190戸に上りました。

一方、個人の名義で複数の部屋を所有する人たちもいました。最も多い人で10戸、次いで6戸所有が2人など、あわせて27人が2戸以上買っていて、合計すると85戸になりました。

少し意外だったのは、所有者のほとんどが日本人だったことです。「海外の富裕層が買っている」という話もよく聞いていましたが、少なくとも今の時点で、サンビレッジは日本の法人や富裕層が多くを占めていたようです。

複数所有の法人代表に取材

複数の部屋を購入した人たちの目的は? 
私たちは作っリストをもとに、法人の代表たちに接触を試みることにしました。まず当たったのは、38戸所有していた福岡市の投資会社。この会社はホームページを見ると、晴海フラッグについて「価値上昇を予想し、分譲初期から積極的に参加。安定的な投資収益を確保」と記載していました。投資目的で購入したとみて間違いなさそうです。早速連絡を取りましたが、残念ながら取材に応じてもらうことはできませんでした。

その後も、法人の代表者への取材を試み続け、なんとか匿名を条件にインタビュー取材に協力してくれる人たちに出会うことができました。

取材に応じてくれたのは、法人代表のKさん。晴海フラッグを3部屋所有しています。その目的はやはり投資でした。Kさんは法人名義で晴海フラッグ以外にも、都内や横浜のタワーマンションをはじめ福岡や沖縄、そしてアメリカにも不動産を所有していて、その総額は30億円規模だといいます。

晴海フラッグに3部屋所有のKさん 
「もともと街ができていく再開発が好きで気に入ったタワマンを買っていたのですが、晴海フラッグのプロジェクトを見て、とても魅力的ですぐに欲しくなりました。最初に1戸買って、さらに欲しくて申し込みを入れてもう2戸購入できました。5戸くらい欲しいなと思って、その後もさらに申し込みを入れたのですが、過熱感が高まっていて落選しました。よい設備のマンションを安く買えたので、3部屋とも都内の他の物件より2倍近い6%ほどの利回りで貸せてます。知人の1人は購入価格の1.9倍で転売して利益を得ていましたね」

さらにもう1人、5戸以上を所有する法人の代表にも話を聞くことができました。代表の60代男性は「結果的に晴海フラッグは、どこの部屋を買っても大正解だった」と語りました。

晴海フラッグに5戸以上所有の法人代表 60代男性 
「当初から目を付けていて販売期を重ねるごとに少しずつ買い増していきました。最初は少し心配な気持ちもありましたが、人気も高まっていたのでこれは間違いない物件だと確信を持てるようになった感じです。ただ、申し込みに戸数制限がないのは意外で、本当に実需向けなのかなという疑問は感じていました」

ただ、思わぬ誤算もあったようです。同じように法人などによって投資用で買われた大量の部屋が賃貸で出されたため、所有する半分ほどの部屋はまだ借り手が付いておらず、空室のままだそうです。いまは家賃を引き下げるなどして、借り手の募集を続けているといいます。

「おそらく300戸ほどが空室のまま賃貸募集が出ているようで、予想以上に多かったですね。まだ売り時だとは考えてないのでこのまま借り手を探そうと思っていますが、これだけ在庫があると時間がかかるのは仕方ないですね」

晴海フラッグにはこうした多数の部屋を所有する人たちがいる一方で、購入しようと申し込んでも落選し続けた一般の人も多くいます。 
都内のある60代の夫婦は、いまの自宅を売って予算として8000万円ほど捻出するつもりで抽選に参加したものの、これまで7回落選しました。それでも晴海フラッグに住みたいと、転売された部屋の内覧にも行ったそうですが、販売時は6000万円だった部屋が9000万円に値上げされていたため、諦めるしかなかったといいます。

7回落選した60代夫婦 
「実際の部屋を見るとやっぱりいいなと思ったのですが、予算的にも心情的にも手が出なくて。オリンピックのレガシーを資産運用とか投資とかに利用してほしくない、東京都民が安心して希望を持って暮らせるような街にやっぱりなってほしいと思うので、東京都も関わる開発であるならば、しっかりと住みたいと思う人に手が届くような形で販売してほしい」

東京都の見解は

こうした事態を東京都はどのように受け止めているのか。取材に応じたのは2019年の最初の販売当時に担当課長を務めていた都市整備局の井川武史部長です。 
井川部長は「2019年当時と比べて急激な変化が起きたのです」と切り出し、こう述べました。

東京都都市整備局 井川武史部長 
「販売当初は駅から遠い立地に大量の物件を供給することに懸念があり、しっかりと販売しきれるのか不安視されました。そのため特に販売の制限なども設けておらず、そこについて議論された記憶もありません。当時からすると、いまの状況は想像できず、急激な変化が起きたと認識しています」

この回答には正直納得できませんでした。 
確かに最初はいまほど販売は好調ではなかったのは事実のようです。しかし、これほど多数の法人などが所有している実態を見ると、早い段階から対策を講じる必要があったのではないかと思わずにはいられません。 
この点について問うと…

「さまざまな評価があると思いますが、東京都として投資目的の申し込みが多数あることを認識したのは販売が終わったあとでした。残念な思いをされていらっしゃる方には本当に申し訳ないと思いますが、急激に状況変化をしてきたという認識で、取り得る対策をそのタイミングで取らせていただいてきました。その結果、新たに販売したタワーマンションについては制限も設けられ、一定の成果があったと捉えています」

引き続き取材します

東京都が私たちに行った回答をみなさんはどう感じるでしょうか。 
今回の調査結果をある専門家に聞いたところ「これほどの割合で法人などに購入されているのは非常に驚き。実際に住みたい人に十分に届いていないのは問題だ」と話していました。私たちは複数の専門家、さらにそもそもこの再開発がどのような議論を経て実行されることになったのか、さらに取材しようと思っています。

<続報> 
晴海フラッグの分譲マンション 法人が多数購入 なぜ?申し込み7回落選した夫婦“ファミリー向けと聞いていたのに”
追跡 晴海フラッグ ファミリー向けマンションがなぜ投資の舞台に 東京都の回答は

※私たちは「不動産のリアル」と題して、各地の不動産事情を取材しています。ぜひ晴海フラッグに関する情報などもこちらまでお寄せください。

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