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盲ろうの高校生 自転車でレインボーブリッジに挑む 「扉が開かれた思い」

  • 2023年12月8日

東京湾にかかるレインボーブリッジをおよそ5000人が自転車で走り抜ける大会が11月23日に行われました。自転車をより身近なものにしようというイベントの一環として行われたこの大会に、全盲で耳が聞こえない、東京・文京区の盲学校に通う高校生が挑戦しました。挑戦を支えたのは、母親と伴走者の男性でした。
(首都圏局/記者 喜多美結)

レインボーブリッジを「封鎖」 自転車で走る!

11月23日、東京の臨海部、東京湾にかかるレインボーブリッジの自動車専用道路が封鎖されました。およそ5000人が参加する自転車のライドイベントを行うためでした。
参加者たちは、8キロから32キロまでの3つのコースにわかれて、ふだん自転車で通行できないレインボーブリッジの最上部の道路を走り抜けました。

盲ろうの高校生の自転車挑戦 支える伴走者

参加者の中に、生まれた時から全盲で耳が聞こえない17歳の高校生がいました。

8キロのコースに挑戦した、文京区の盲学校に通う齊藤健豊さんです。盲ろう者の齊藤さんが使ったのが、サドルとペダルが前後に2つあり、前に乗る伴走者と2人1組でこぐことができるタンデム自転車です。齊藤さんは、2年前からタンデム自転車の練習を始め、今回のイベントに向けて練習を積み重ねてきました。

タンデム自転車は、ことし(2023)7月から都内でも公道走行が可能になりました。齊藤さんにとっては、まさに追い風でした。タンデム自転車を乗りこなすには、伴走者と一緒に乗ればいいというものではありません。目が見えない、耳が聞こえない人たちにとって、バランスを取るということは、健常者が考える以上に難しいことなのです。さらにスムーズにカーブを曲がる際には重心を曲がる側に傾けるといったことも必要ですが、盲ろうの齊藤さんは、こうした状況を自分で確認して判断することができません。

こうした状況をどうやって知らせればいいのか。齊藤さんは、いつもは手話の形を手で触って読み取る『触手話』で人とコミュニケーションを取っています。しかし、自転車ではハンドルを握るため、両手は使えません。そこで伴走者を務める米山爾さんが考えたのが、デバイスを使って“手元と背中で会話”する方法です。

米山爾さん
「このデバイスで、健豊くんの背中に振動を送っています。右に曲がるときは、右肩に振動を送り、『右に行くね』。左に曲がるときは、左肩。止まるときは両肩に振動を送って、『止まるね』の合図。こういった見通しを指示すると、体幹をコントロールして自転車に乗れるようになるんです」

デバイスは、頭や腕、手首に付けるタイプなどがありますが、背中に背負えるリュック型にしました。齊藤さんが幼いころから使うことが多く、違和感を感じることなく身につけられるからです。伴走者との意思疎通の問題が解決し、齊藤さんは今回のイベントに向けてタンデム自転車の練習を積み重ねることができました。

まさか自転車に乗れるなんて~母の思い

母親の治子さんは、息子が自転車に乗れるようになるとは思ってもいなかったと話します。

齊藤健豊さんの母 治子さん
「盲ろうの健豊にとって、手はいろんな所を触って周りの状況を確認したり、自分の体を支えたりするために大切です。コミュニケーションを取りながら移動するのは難しいんです。でも5年前に米山さんと出会い、デバイスのおかげで両手を自由に使うことができるようになりました。両手が空くことで体幹も鍛えられ、そこから経験を積み重ねてできることが増えていきました」

一緒に練習を重ねてきた米山さんは、齊藤さんの優れた感覚にさまざまな可能性を感じるようになったと言います。

米山さん
「振動で指示を送ると、右に行くんだな、左に行くんだな、と見通しが立てられるので、見えない、聞こえない人でも、体幹をコントロールして自転車を楽しめるんです。 
ただそれだけでなく、健豊くんは平均台のようなくねくねしている所をスイスイと歩いたり、足の感覚が優れている。自転車での体幹維持も、私よりすごく優れていると感じる。盲ろう者はスポーツができないと思われるかもしれないが、見通しやヒントがあって分かるようになると、すぐできるようになるんです」

レインボーブリッジを走って

この日、東京は時折晴れ間ものぞき、気温は21度を超えていました。齊藤さんは、伴走者の米山さん、そして併走した母の治子さんとレインボーブリッジのコースを完走しました。

ゴール後、触手話で、「きょうは頑張りました。もっと自転車に乗りたいです」と話した齊藤さん。「もっとサイクリングしたい?」との母の問いかけに、「はい」と答えていました。

治子さん
「諦めていたこともあったけれど、いろんな自転車でいろんな人が参加していて、その中で健豊も一緒に楽しめたというのがとてもよかったです。
盲ろうの子が参加すること自体が危ないと心配される方もいると思いますが、周りの理解やサポートしてくれる人がいることによって新しい経験ができました。今まで無理だなと思っていたことが開かれたような、ドアが開いたなという感じがします」

米山さん
「障害があると、自宅にこもりがちになってしまう事もあるかもしれません。でも、ほかの感覚を生かして、豊かな経験を諦めないでできるということを追求して、より多くの障害がある人に『大丈夫なんだ。自分もやってみたい』と感じてもらえたらと思います」

取材後記

スタートを待っていた時、齊藤さんたちが乗った自転車がバランスを崩して傾き、齊藤さんが自転車から地面に倒れかけてしまいました。その時、母親の治子さんが「もともと健豊は、失敗の経験が少ないんです。こうやってどんどん新しいことに取り組む中で経験できる失敗も、大事な経験なんです」と話してくれました。

障害がある人にとっては、挑戦したくても周りから「危ない」と言われたり、サポートが足りなかったりといった理由で、経験できないことが多いことに気づかされました。

できないことを前提とするのではなく、どうすればみんなで一緒に取り組み楽しめるか、その方法を考えていくことが大切だと強く感じました。

  • 喜多美結

    首都圏局 記者

    喜多美結

    2023年(令和5年)入局。共生社会やスポーツ、教育に関心があります。

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