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2人乗りタンデム自転車 東京で公道走行可能に 視覚障害者は

  • 2023年7月21日

「タンデム自転車」をご存じでしょうか?サドルとペダルが前後2つある、2人乗り用の自転車のことです。安全上の理由で、これまで東京都の公道では原則、走れませんでしたが、7月から走れるようになりました。
タンデム自転車の“公道解禁”を楽しみにしていたのが、1人では自転車に乗れなかった視覚障害のある人たちです。家族などに前に乗ってもらうことで、日常生活に使ったり、サイクリングを楽しんだりできるようになったのです。待ちわびていた人たちの声や、普及に必要なことについてお伝えします。
(首都圏局/記者 鵜澤正貴)

「タンデム自転車」とは

「タンデム自転車」は、サドルとペダルが前後に2つある2人乗り自転車で、家族や友人、カップルなどが、一緒にサイクリングを楽しめます。公園などで乗ったことがある人もいるかと思います。

目の不自由な人も、「パイロット」と呼ばれる支援者に前に乗ってもらい、ハンドルやブレーキを操作してもらうことで、ペダルをこいで風を切って走る喜びを感じることができます。

走行できなかった東京の公道

タンデム自転車は、一般の自転車より大きいことや、2人の息が合う必要があることなど、安全面の観点から、東京ではこれまで一部の道路を除いて公道での走行が認められていませんでした。視覚障害者などからの要望を受けて、全国各地で徐々に解禁が進み、神奈川県でことし4月に走行が可能になり、全国で走行できないのは東京のみとなっていました。都内は交通量が多いこともあり、警視庁が検討に時間をかけていましたが、先行して解禁された都市部で事故が起きていないことなどから、東京でも、7月1日から公道での走行が可能となりました。

公道走行解禁を待っていた人は

解禁を心待ちにしていた東京・江戸川区に住む梅澤正道さん(71)です。網膜色素変性症で、20代後半から徐々に症状が進み、50歳を前に一気に悪化。今は全く目が見えません。

梅澤正道さん
「東京都は遅いなあと思っていましたが、交通量が多いですから、やむを得ないと感じていました。時間が解決するだろうと思っていましたが、公道を走行できるようになると聞いた時は、天地がひっくり返るほどうれしかったですね」

学生時代には、東北を自転車で回るほど、自転車旅行が好きだった梅澤さん。視力を失い、自転車からは離れざるを得ませんでしたが、10年ほど前、視覚障害者を対象にしたイベントで、タンデム自転車の存在を知りました。

「だんだん視野が狭くなってきた時に、もう自転車に乗るのをやめました。まったくあきらめていましたね。でも、タンデム自転車を知って、妻がパイロット役で、前のハンドルを握り、私が後ろのハンドルを握って、同時にペダルをこぐ。1、2、3って感じで、こいで前進するときの喜び、そして風を感じる、こういうことが、うわぁ素晴らしいなと。いいものに触れたなという思いでした」

公道を走ってサイクリングへ

待ち望んでいた公道走行解禁の7月1日。妻のみゆきさんと、さっそくサイクリングに出かける計画を立てました。

雨の予報でしたが、梅澤さんの思いが天に通じたのか、出発前にちょうど雨がやみ、時折、晴れ間も差すような天気になりました。自宅前から自転車に乗って出かけ、江戸川の土手の道で、1時間ほどのサイクリングを楽しみました。

梅澤みゆきさん
「夫はきょうは公道を走れるんだということで最初から楽しんでいましたね。うれしいですけど、車には気をつけないといけないなと感じました」

梅澤正道さん
「自宅を出て、すぐにペダルを踏むことができましたので、公道を走れているんだと実感しましたね。雨が上がって、風を全身に受けて、とても心地よい気分です。まず、行きたいのが、葛西臨海公園ですね。そちらへ行って、妻の作ったおにぎりなり何かをつまみながら、ゆっくり過ごしたいと思っています。これで全国どこでも行けますので、体力があれば、日本一周したいくらいです。バリア=障壁がひとつひとつ減ってきておりますので、それがますます盛んになっていくといいなと思っています。みんなと一緒にこの世の中を生きていけるんだというのをとてもよく感じています。将来は、成長した孫の後ろに乗って、サイクリングするのが夢になりました」

課題はパイロットの確保

タンデム自転車は、趣味だけでなく、買い物や通院など日常の移動手段としても期待されます。
しかし、解禁された地域でも、街なかで見かけることはほとんどありません。

視覚障害者の社会参加を支援するNPO法人の理事長を務め、自身も視覚障害者でタンデム自転車を趣味とする嶋垣謹哉さん(62)は、普及には、前に乗る「パイロット」の確保が課題だと指摘します。

嶋垣謹哉さん
「私も病気で視覚障害者になって、もう一生、自転車には乗れないなとあきらめていたのですけれども、タンデム自転車に出会って、乗れた時には、本当に人生観が変わるくらいに感動しました。ただ、パイロットとして一緒に乗ろうかという人はまだまだやっぱり少ないです」

パイロットに資格は必要ありませんが、慣れが必要です。嶋垣さんは、パイロットを買って出る人が増えてほしいと願い、7月上旬には、さいたま市浦和区でタンデム自転車の体験会を行いました。参加したのは、視覚障害者のガイドもしているヘルパーの女性。まず、後ろに乗って運転のコツなどを学んだあと、嶋垣さんを後ろに乗せて、パイロット役を務めました。

はじめは緊張した面持ちでしたが、慣れてくると、後ろの嶋垣さんに声をかけながら、安全にタンデム自転車を楽しむことができました。

参加した女性
「こぎ始めはゆらゆらして、怖かったですけど、一回、スピードが出てしまえば、けっこう安定して大丈夫で、すごく風が気持ちよかったです。左に曲がりますとか、止まりますという声かけがとても大事だなと感じました。ぜひ視覚障害がある方にも風を感じてもらいたいので、嶋垣さんのように希望してくださる方がいれば、パイロットをやりたいと思います」

嶋垣さんは、こうした取り組みを続け、タンデム自転車に関心を持つ視覚障害者とパイロットが、ともに増えてほしいと願っています。

嶋垣謹哉さん
「タンデム自転車がいい例だと思いますけど、障害があるからこれしかできないと思う必要はないです。障害がある方は、どちらかと言えばふさぎ込みがち、家の中に閉じこもりがちな方もいらっしゃると思いますけど、それはなぜかと言えば、やっぱり移動したり、どこかに出かけたりすることが非常におっくうになってしまう、まだまだそういうバリアがあるんだと思います。タンデム自転車はそういったバリアを切り開くと言いますか、変えていく。そのような大きな力を私は持っていると期待しています。ぜひ皆さんに利活用いただける形になっていけばいいと思います」

取材後記

今回の「タンデム自転車」の動きについては、以前に所属していた部署の視覚障害がある上司から話があり、取材を始めました。実のところ、私もタンデム自転車については詳しく知らず、視覚障害がある状態で、自転車に乗るのは難しいのではないかと思いましたが、私も嶋垣さんのパイロット役を体験させてもらい、可能なのだということを実感しました。もちろん、まわりの人も含めて、安全に十分に留意する必要はありますが、取材したお2人が話しているように、こうしたバリアが社会から少しずつでもなくなっていくとよいと感じました。

  • 鵜澤正貴

    首都圏局 記者

    鵜澤正貴

    2008年(平成20年)入局。秋田局、広島局、横浜局、報道局選挙プロジェクトを経て首都圏局。亡き祖母に視覚障害があったこともあり、障害者福祉の分野に関心。

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