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遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)正しく知って予防・早期発見

  • 2023年10月18日

乳がんは日本人女性に最も多いがんで、その乳がんの5~10%は「HBOC=遺伝性乳がん卵巣がん」だとされています。遺伝子に変異があると、変異がない場合に比べて乳がんの発症リスクが6~12倍に高まるとも言われています。

遺伝子の検査をその後の予防や治療方針に活用し、患者の選択肢を増やしていく動きが、今、医療機関で広がっています。
(首都圏局/ディレクター 加野聡子)

遺伝性のがん…? 検査が急増

「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)」
生まれつき遺伝子に変異があり、乳がんや卵巣がんなどの発症リスクが高くなる体質を意味します。
その変異を調べるため、遺伝子の検査を受ける人が増加しています。2020年、乳がんや卵巣がんの患者を対象に、この遺伝子検査に公的な健康保険が適用されるようになったからです。

検査の結果HBOCと診断された場合、乳房や卵巣を予防的に切除する手術(リスク低減手術)や、早期発見のためのきめ細かい検査(サーベイランス)も保険適用で受けられるようになりました。

乳がん患者で遺伝子検査が保険適用となるのは、45歳以下で発症した人や、一定の範囲の血縁者が乳がんや卵巣がんにかかったという人など。十分に説明を受け、本人が希望する場合に行われます。

日本のがん診療をリードする国立がん研究センター中央病院では、2019年度、HBOCについて調べる遺伝子検査を受けた人は75人でした。保険が適用された2020年度以降は、毎年400人以上がこの遺伝子検査を受け、この3年で50人の女性が、がんのリスクを減らすために健康な乳房を摘出しました。この50人のうち2人は、手術前に発見できなかった早期乳がんが見つかったといいます。

この病院の乳腺外科では、乳がんの患者に遺伝子検査のメリットやデメリットを伝える外来を3年前に設けました。

10月上旬、相談に訪れていたのは、去年左胸にがんが見つかり、経過観察を続ける40代の女性。もしHBOCだとすると、今後反対側の乳房や卵巣でもがんを発症するリスクが高いことになります。

首藤昭彦 医師

乳がんに関する遺伝子の変異を受け継いでいる可能性が普通の人よりちょっと高い。
血液を調べれば遺伝子がわかります。知る権利がある一方、知らない権利というものもあります。

患者

検査をやりたいなって。自分の体のことですし。化学治療とかもつらかったから…。またがんになるのは嫌なので。

遺伝性ならではの悩みも 医療チーム一丸で寄り添う

もしHBOCだとわかったら、家族や親族にどう伝え、その後どのように健康管理をすればいいのか。この外来へやってくる人はさまざまな不安や悩みを抱えています。

そんな不安を和らげようと、この病院では医師と専門的な知識を持った遺伝カウンセラー、看護師が一緒になって患者に寄り添います。患者の気持ちや家族の状況を丁寧に聞き取り、疑問はひとつひとつ解消していきます。
大切なのは患者自身がしっかり理解し納得したうえで、よりよい選択ができること。そのためのサポートです。

30代で乳がんを発症した女性は、「自分のことを知りたい」と思う一方、HBOCだったらどうすればいいのか、たくさんの気になることを紙に書いて持ってきていました。

患者

卵巣がんについてはあまり知らなくて、予防的な切除が推奨されるというのはなぜですか?

首藤 医師

乳腺は触ってしこりに気付くことも多いんですが、卵巣は触れないので発見しにくいということがあります。

 

手術はなるべく、受けたくない。

遺伝
カウンセラー

お話しながら考えましょう。遺伝子の変異がわかったらすぐに手術を受けなさい、ということではないので。

 

遺伝子の変異が陽性だったときに、弟とか、いとことか、どこまでどういうふうに伝えたらいいのでしょうか。

看護師

遺伝子に変異を持たれていても、全員が発症するというわけではない。どうしていこうっていうのは一緒に考えていこうと思いますので。

診察だけでなく予防のための手術でも、心身の負担を軽くしようという取り組みが進んでいます。

乳がんの手術では傷が20センチ前後に及ぶこともありますが、健康な乳房の手術では4センチほどの小さな傷となるように内視鏡を取り入れています。乳房の脇から内視鏡を入れてリスクのある乳腺を取り除き、来年度からは最新のロボットを使った手術も導入する予定です。

国立がん研究センター中央病院 乳腺外科長 首藤昭彦さん
「正しく恐れるというのが一番大事です。遺伝子の検査をして、もし乳がんや卵巣がんになるリスクが高いとすれば、乳房や卵巣を切除して予防する選択肢が今の時代はある、ということを認識していただきたいと思います」

自分や家族を守るために まずは正しい理解を

遺伝性のがんと向き合うためには社会の理解も必要だと活動している人がいます。
HBOCの当事者会を設立した、太宰牧子さんです。

太宰さんは15年前、40歳だった姉・徳子さんを卵巣がんで失いました。
「生活習慣に気を付けていた姉が、がんになるのだから、自分だっていつなってもおかしくない」と怖くなり、それから毎日、乳房のセルフチェックを続けたといいます。

太宰さん(左)と姉の徳子さん(右)

そして12年前の2011年、太宰さん自身も左胸に乳がんを発症し、当時は全額自己負担だった遺伝子の検査を受け、HBOCだと診断されました。
2019年には予防のために卵巣と卵管を摘出。摘出した卵巣には、術前検査では確認できなかった小さながんができていました。自分の体質を知り、手術を受けたからこそ見つかったがんでした。

HBOCの当事者が、悩みや情報を共有する場所が必要だと考え、当事者会を作った太宰さん。
患者同士の交流を続けるほか、遺伝性のがんについて社会で正しい理解が広がってほしいと当事者たちの経験談を発信しています。

寄せられたHBOC当事者たちの声

NPO法人クラヴィスアルクス理事長 太宰牧子さん
「遺伝子の検査を受けてHBOCだと診断されていなければ、今、私は生きていなかったかもしれません。

遺伝というと悪いイメージを持たれがちで、結婚できないんじゃないか、就職できないんじゃないか、といった声を聞くこともあります。でも、正しく知ることでいいこともたくさんあります。
自分の体質を知ってきちんとみていくことができますし、家族や親族の健康管理にもつなげられます。

正しい認識が広がって、命を落とす人が減ってほしいと思っています」

検査を後押しする動きは加速   一方で保険適用の範囲に課題も

遺伝性乳がんについては、各地の病院でも対応が広がりつつあります。

東京・千代田区にある病院の乳腺外科では、外来診療の待合スペースにHBOCについて紹介するパンフレットを置いています。さらに、初めて受診するすべての人に、遺伝子の検査に関心があるかどうか、問診の段階で尋ねるようになったといいます。

四谷メディカルキューブ 乳腺外科 科長 林光博さん
「検査によって乳がんと診断されれば、治療法を選択したり、仕事や私生活の調整をしたりと、患者さんはたくさんの意思決定を比較的急いで求められることになります。病院側も、医師やスタッフが複数回の面談を重ねてより良い選択ができるよう努めていますが、迷っている間に病気が進行してしまうこともあります。

もし自分が乳がんにかかり、それが遺伝性かもしれないとなったら、遺伝子を調べたうえで治療を受けたいかどうか、今はがんにかかっていない人にも情報を知ってもらうことが大事だと思いますし、一度でも家族で話し合っておけば意思決定はよりスムーズになるのではないでしょうか」

一方で、HBOCの診療で保険適用の対象になるのは、がんを発症した人に限られるといった課題もあります。

親がHBOCの場合、子どもには男女ともに50%の確率で受け継がれます。男性でも乳がんや前立腺がん、膵臓がんの発症リスクが高まるとされています。ただ、そうした体質を抱えていても、まだがんを発症していない場合は遺伝子の検査や対策が自費診療となり、高額な費用がかかってしまうのが現状です。

昭和大学医学部乳腺外科特任教授
昭和大学臨床ゲノム研究所所長 中村清吾さん

「遺伝子に変異があり、将来乳がんや卵巣がんになる可能性が高いとわかっていても、『費用が高額だから』とリスク低減手術やサーベイランスに消極的になってしまう人たちもいます。

HBOCについては、専門の医師や遺伝カウンセラーが十分に対応できる医療施設もまだ限られているといえます。今後は診療体制の拡充に加え、HBOCと診断された患者さんの家族など、がんを発症していない人でも遺伝子の検査やその後の対策に臨みやすくなるよう、公的な健康保険の適用範囲が広がることを望んでいます」

【HBOCについての詳しい情報はこちらにも掲載されています】

日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)(NHKサイトから離れます)

NHK健康チャンネル 
   遺伝性乳がん卵巣がんの特徴などについて掲載しています。

  • 加野聡子

    首都圏局 ディレクター

    加野聡子

    新聞社勤務を経て2017年入局。制作局から2022年に首都圏局へ。女性のヘルスケアやライフスタイルを取材。

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