乳がんと遺伝

最近では、乳がんは日本人女性に最も多いがんで、9人に1人がかかると報告されています。その乳がんの5%~10%は遺伝が原因と考えられています。遺伝性の乳がんにもいくつか種類がありますが、現在明らかになっている中で最も多いのが「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」です。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群とは、BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子という私たち誰もが持っている遺伝子に生まれつき変異がある状態をいいます。英語の頭文字をとってHBOC (Hereditary Breast and Ovarian Cancer) とも呼ばれます。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群の特徴

BRCA1またはBRCA2遺伝子に変異があると、変異がない場合にくらべて下記のようなリスクがあることが分かっています。
- 乳がんの発症リスクが6~12倍に高まる
- 若い年齢での発症(30代~40代前半での発症が多い)
- 両方の乳房にがんができやすい
- 卵巣がん(卵管がん・腹膜がんを含む)の発症リスクが高まる
- 男性乳がん、すい臓がん、前立腺がんの発症リスクが高まる
どのくらいの確率で遺伝する?

BRCA1/2遺伝子の変異は、性別に関係なく50%の確率で親から子に引き継がれます。もちろん生まれつき遺伝子の変異があっても、生涯乳がんや卵巣がんを発症しない人も大勢います。反対に、「うちは乳がんの家系だ」と思っていても、遺伝子に関係なくたまたま乳がんを発症した人が複数いる場合もたくさんあります。いずれにせよ、自分にどんなリスクがあるかを知って、それを将来の健康管理に生かしていくことが大切です。
遺伝性乳がんが気になる人は…30秒でできる!遺伝性乳がんの危険度チェック
遺伝性乳がん卵巣がん症候群の検査
遺伝学的検査

BRCA1/2遺伝子に変異があるかどうかを調べる検査を遺伝学的検査といいます。遺伝性乳がん卵巣がん症候群の診断には、この遺伝学的検査が必要です。これまでは全額自己負担で受けなくてはなりませんでしたが、2020年4月から一定の要件を満たせば、健康保険で遺伝学的検査を受けられることになりました。
遺伝学的検査に健康保険が適用されるのは、乳がんと診断された人のうち、
- 45歳以下
- 60歳以下でトリプルネガティブタイプの乳がんを発症
- 2個以上の原発性乳がん(再発は含めない)
- 男性乳がん
- 卵巣がん(卵管がん・腹膜がんを含む)
- 3親等以内に乳がんや卵巣がんを発症した血縁者がいる
こうした要件に1つでも当てはまる場合です。健康保険が適用されれば、遺伝学的検査を6万円程度で受けることができます(3割負担の場合)。乳がんと診断されていない場合は、保険の適用にはなりません。
将来の乳がん・卵巣がんを予防 リスク低減手術

遺伝性乳がん卵巣がん症候群の場合、将来的に再発や、反対側の乳房や卵巣にもがんができることが心配されます。そのため、仮に手術で乳房を温存できる大きさの乳がんであっても、再発を予防するために乳房の全摘を勧められる場合があります。
また、まだがんを発症していない反対側の乳房や卵巣も、手術で予防的に切除することも可能です。これをリスク低減手術といいます。アメリカのアンジェリーナ・ジョリーさんが受けたことで、日本でも大きな話題になりました。(ジョリーさんは、2013年に乳房の、2015年に卵巣・卵管のリスク低減手術を受けました。)
2020年4月からは、乳がんと診断された人で、BRCA1/2遺伝子に変異があることが検査で明らかになった場合、このリスク低減手術にも健康保険が適用されることになりました。日本でこうした予防的な手術に健康保険が適用されるのは、遺伝性乳がん卵巣がん症候群が初めてのことです。これにより、3割負担の場合、30万円程度でリスク低減手術を受けられるようになりました。高額療養費制度の対象にもなります。
遺伝について相談してみよう
遺伝学的検査やリスク低減手術に健康保険が適用されたことで、実際の診療でも医師から遺伝の可能性やリスクについて話される場面が増えているといいます。患者にとっては治療の選択肢が広がりましたが、一方で遺伝子変異の有無について知ることは、自分自身だけでなく家族や親戚にも影響を及ぼす大変デリケートな問題です。そのため、家族や医師、看護師、遺伝カウンセラーと事前によく相談することが大切です。
乳がんと遺伝の関係に詳しい医療機関は、日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構のホームページで検索することができます。