WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 山梨 甲府 “人生の最期”をあなたらしく ~地域とつながる病院~

山梨 甲府 “人生の最期”をあなたらしく ~地域とつながる病院~

  • 2023年7月14日

あなたは人生の最期をどのように迎えたいですか?

「寝たきりのままでも少しは体を起こしたい」
「誤えんのおそれがあっても自分の口でごはんが食べたい」

そんな思いを伝えきれずに、最期を迎える人も少なくありません。

こうしたなか、その人らしい人生を最期まで歩んでもらおうと、山梨県甲府市に地域の高齢者と向き合う医療機関があります。
(甲府放送局/記者 木原規衣)

人生の最期には…

“ありがとう”と言えるように…。

そう語るのは、山梨県甲府市で1人暮らしをしている86歳の中村松子さんです。
手足が震えたり、体が動かなくなったりする難病「パーキンソン病」を患う中村さんは、1年ほど前から症状が表れています。

病気の進行に不安を感じつつも離れて暮らす子どもたちには迷惑をかけられないと、自分の最期について話を切り出せずにいました。

そんなときに出会ったのが、自分と家族にメッセージを書き込むことができる「○年後のお楽しみ帳」と題した冊子でした。

週2回デイサービスに通う甲府市内の城東病院が制作したもので、中村さんはここに自らの最期について「最後は『ありがとう』と言えるように・・・穏やかに『老衰』のように亡くなりたい」と書き記しました。

中村松子さん
「人生の最期はあすかもしれないから、その覚悟はできていると言いながらも『あれもしたい』『これもしたい』と考えてしまいます」

“延命治療やリハビリ”で家族が悩む

「○年後のお楽しみ帳」を制作した甲府市にある城東病院は、40年前から高齢者を専門に診療してきたため、入院患者は全員、60歳以上となっています。

このため、入院したときから重い認知症などで意思の疎通がとれず、そのまま人生の最期を迎える人も少なくありません。

こうした状況に危機感を感じているのが、この病院で働く作業療法士の石原光さんでした。

患者本人の意思が基本となる延命治療やリハビリなどをどのように進めるのか、患者の家族が悩むケースが少なくなかったと言います。

石原光さん
「人生の最終段階の選択を残された家族がするということは結構重いものです。本人がどういう人生を送ってきたかという情報が多ければ多いほど、病院の中でできることの選択肢は増えると思うんです」

「もっと本人のわがままを病院の生活に組み込んでいけたらいいなという思いをいつも持って仕事をしていました」

城東病院 佐藤仁美 院長
「今までは“病院は具合の悪い人が来るところだ”という意識が多かったと思います。でも、最後の最後に病院に来るまでの時間をどれくらい稼げるのか、もっと一人ひとりが元気にいきいきと住み慣れた地域で暮らせないか、そうした人たちを支えていくのも病院の役割でもあると思っています」

~その人らしい人生のために~

自分の意思を伝えきれないまま亡くなる患者が少なくないことに危機感を感じた城東病院は、石原さんを中心に「こちら琢美地区まるごと元気応援団」を立ち上げました。

通称「こちたく」

2022年から病院がある琢美地区の自治会と協力し、少しでも長く住み慣れた地域で暮らすことが大切だと考え、地元の高齢者に健康づくりの知識を伝えています。

~「フレイル」の早期発見 “介護予防へ”~
高齢化率がおよそ40%と甲府市内でも有数の高さの琢美地区。
石原さんたちが力を入れているのが、年齢を重ねる中で身体機能などが低下し、介護を必要とする一歩手前の「フレイル」と呼ばれる状態になっていないか、早めに気づいてもらうことです。

そこで使っているのは、介護の現場の声を取り入れて石原さんが制作した「○年後のお楽しみ帳」です。

その人の健康状態を確認するチェック表には「バスや電車で1人で外出していますか」「6か月で2~3キロ以上の体重減少がありましたか」「わけもなく疲れやすくなった」などを25の項目が設けられ、8つ以上あてはまると「フレイル」のおそれがあることが分かる仕組みです。

自らの健康状態を把握し、毎日の食事や運動などの生活習慣を見直してもらい、介護予防につなげていこうと考えています。

石原光さん
「フレイルに気付いたら、健康でいるために気をつけることが3つあります。こちたくでは『会おう・食べよう・ちょっと動こう』、この合言葉を覚えてもらうようにしています」

~人生の最期をどう迎えたいか?記す~

そして「お楽しみ帳」には、もう1つ大きな役目があります。

それが、人生の最期をどのように迎え、家族にどうして欲しいのか、残してもらうことです。このため、冊子の裏側には自分や家族へのメッセージを書き込めるようにしています。

参加者
「自分の最期のことはメモにしてちゃんと残しておかねばね。終活ってことなんです。真剣に考えて残しておかなきゃいけないと、しみじみ感じます」

“大好きな読書などを少しでも長く”

「お楽しみ帳」に自らの最期について書き記した中村さん。

「パーキンソン病」によって思うように体が動かせなくなる中、少しでも長く自分の力で読み書きが続けられるようリハビリに励みたいと言います。

中村松子さん
「体は不自由だらけになっても、心の世界を歩くのには支障はありません。よい書物、よい音楽に感動していたいです」

「なるべく人任せにしないで、どこまでやれるかは分かりませんが、頑張っていきたい

~中村さんが自分と家族にあてたメッセージです~

自分へのメッセージ
「死は、ある日、あのとき突然にくる。恐怖を抱くまいと、準備をしようと、しまいと、これ程にたしかな足どりでしっかりと人間をとらえにくるものはない。だから一日一日に感謝し、大切に生きる。

最後に言える言葉も「ありがとう」と言えるように

家族へのメッセージ
長生きして、自分の家(施設かも)で穏やかに「老衰」のように亡くなりたい。平服の子供達に囲まれて、お別れをすれば良い。晴れがましい葬儀はいらない。

~その人らしい人生をサポート~ 

病院から地域に飛び出して1年あまり。

人生の最期に向けてどのように歩み、そのときをどう迎えようと考えているのか。
石原さんはその思いをくみ取ることで最適なケアプランを作ることができ、その人らしい人生を歩むためのサポートにつながると考えています。

石原光さん
「ケアプランというのは今持っている課題の解決のための目標や手段というプロセスで書きやすいんですけど、本人が大事にしているものや人生観が入ると、より豊かな目標立てになる。人生の長い間の目標になるものがあると、ご本人も頑張り続けられるんです」

取材後記

石原さんは、ブログでも健康づくりの情報を発信しています。

最近のブログでは「あごを鍛える舌のトレーニング」や「たんぱく質がとれる缶詰料理」など、日常生活で取り入れることのできるフレイル予防の知識を、手書きのイラスト付きで紹介しています。

ご紹介した「こちたく」の活動は、病院経営に直接プラスになるものではありません。
ただ、高齢者に長年向き合ってきた病院だからこそ、コロナ禍で外出が減り、心身の衰えが進んでいる高齢者を見て、「患者が病院に来てからでは遅い」という思いを強くしたといいます。
1つの病院が始めた活動ですが、今後は他の病院での活動や、行政の支援などにもつながってほしいと思います。

  • 木原規衣

    甲府放送局 記者

    木原規衣

    2018年入局。ひきこもり・ヤングケアラーなど、医療・福祉・介護分野を中心に取材。

ページトップに戻る