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手塚治虫「どろろ」を縦読み漫画に 手塚るみ子さんに聞く

  • 2022年12月16日

手塚治虫さんの作品「どろろ」が、ウェブトゥーンと呼ばれる縦スクロールの漫画にリメークされ、今月末に公開されることになりました。舞台を戦国時代から現代に移し、絵柄も一新されます。いまなぜ、手塚作品を縦読み漫画にリメークするのでしょうか。その背景には、手塚さんが生前、家族にもらしたある“不安”がありました。
(首都圏局/ディレクター 千葉柚子)

“誰も自分の漫画を読まなくなる”父の不安を払しょくしたい

55年前に発表された「どろろ」は、戦国時代を舞台に、妖怪に自分の体を奪われた少年・百鬼丸が、盗賊の子ども・どろろと共に、妖怪と闘いながら旅をするストーリーです。

リメーク版の「どろろ」は舞台を現代に移し、百鬼丸の名前は「ハッキー」に変更。キャラクターのデザインも大きく変わります。

さらに、原作と大きく異なるのは、スクロールで縦方向に読み進める、縦読み漫画になることです。

制作中の縦読み漫画版「どろろ」

縦読み漫画は「スマホで読みやすい」と、近年、世界で急速に人気が拡大しています。縦読み漫画の世界の市場規模は6年後に約3.7兆円になると予測されていて、これは現在の日本の国内漫画市場の5倍以上にあたります。

手塚治虫さんの長女で、今回リメークすることを決めたるみ子さんは、その背景に、手塚治虫さんが生前に語っていた“不安”があるといいます。

手塚プロダクション取締役 手塚るみ子さん
「手塚治虫が亡くなる前に、『自分が亡くなっても3年は内緒にしとけ』と家族に話していました。手塚がいちばん気にしていたのは、『自分が亡くなったら自分の漫画を誰も読まなくなる』というこということでした。

新しい作品が出てくると、古い漫画はピンとこないとか、絵が古いと思われてしまう。手塚自身もそういうふうに言われて読者が離れた時期もありましたので、不安を持っていたんだと思います。

そうしたこともあり、手塚治虫をリアルタイムで知らない世代の人にも、作品に関心を持ってもらうきっかけづくりを、手塚が亡くなってから30数年、使命としてやってきました。世代ごとにさまざまな流行がありますので、その流行に合わせたかたちで手塚治虫の作品を見せていこうと。

もう手塚治虫の新しい作品は生まれないとしても、その遺伝子を受け継いだ後輩の作家さんたちが新しい作品を作ってくれれば、手塚の遺伝子は永遠に受け継がれていくので、それがいちばん大事だと思っています」

手塚治虫さんは生前、読者が何に関心を持っているか常に意識を研ぎ澄ませ、時代に合った新たな表現に挑戦してきました。もし現在も生きていたら、きっと縦読み漫画に挑戦していたのではないかと、るみ子さんは語ります。

手塚るみ子さん
「手塚治虫は、『漫画ってこういうもんだよね』と言われても、『いや、そんなことはない、こういうこともできるだろう』と、新たな扉を開けてきました。いろいろな作家さんが次々と登場すると、『俺だってそれは描けるんだ』とライバル心を燃やして、新しい表現を追求してきたんですね。

いま、縦読み漫画の作家さんがどんどん出てきて、それが若い人たちにとても人気があることを手塚が知ったら、『俺にも縦の表現ができるんだ』と絶対にチャレンジしていると思います。そういう意味でも、今の時代に合ったかたちで手塚作品を発表していけたらと思っています」

リメークを担うのは手塚漫画を読んで育った韓国のクリエーター

縦読み化にあたり、協力を呼びかけたのは韓国の漫画制作会社です。韓国では、およそ20年前に縦読み漫画の制作が始まり、世界をリードしてきました。

この現状について、るみ子さんはどうとらえているのでしょうか。

手塚るみ子さん
「私の子ども時代は、電車の中でみんなが週刊誌を広げて漫画を読んでいました。でもスマホの時代になると、みんな電車の中でスマホを見ている。漫画を読む人がいなくなってしまうのではという不安がしばらくありました。

でも韓国で、スマホで読むのに適した縦読み漫画がはやっていると聞いて、面白いことだなと思いました。若い世代は、本当にちょっとした時間に、スマホで漫画を楽しんでいる。漫画文化が終わってしまうわけではなく、メディアが変わっただけなんだなと。

コンパクトにはなりましたけれど、このメディアを使ってどういう表現ができるか、クリエーターの人たちが挑戦していることは、これまでと変わらないと思っています」

韓国のクリエーターの手を借りて「どろろ」を縦読み漫画にリメークすることは、世界中の人が手塚治虫さんの作品に関心を持つ大きなきっかけになるのではないかと、るみ子さんは期待しています。

制作中の縦読み漫画版「どろろ」

手塚るみ子さん
「今回のリメークに関わる韓国の作家さんたちは、『手塚治虫の漫画を読んで育ってきました。自分の中に手塚の遺伝子があります。今まで大切に育ててきた遺伝子をどこかで発表したかった』と言ってくださっています。

そうした作家さんと一緒に作品をつくることによって、今までにない創作物として、手塚治虫の魅力を発信できるのではないかと期待しています。手塚の漫画を読みたいという人が、世界で一気に広がってくれるとうれしいです。

おそらく日本の読者の方の中には、もしかしたら最初は、このキャラクターが原作と違うとか、どこが『どろろ』なのかな?と感じるところもあるかと思うのですが、きっと読み進めていくうちに、あ、こういうところが原作の『どろろ』で手塚が伝えようとしていたところだなとか、原作の一番の見どころがこういうふうに表現されているんだなという、原作とのすり合わせという楽しみが、生まれてくるだろうと思うんです」

手塚治虫を超える作品が生まれてほしい

縦読み漫画の制作は、手塚治虫さんが情熱を注いだアニメにも通じるところがあるといいます。

日本の漫画は一般的に、ストーリーやキャラクターデザイン、コマ割などを考える「ネーム」といった工程を1人の漫画家が担い、それをアシスタントが支えます。

手塚治虫さんが使っていた書斎

一方、韓国の制作会社の多くが、「分業」で縦読み漫画を制作しています。ストーリー・作画・色塗りなど、それぞれの工程に特化した担当者が分業して制作することで、短時間で多くの作品を世に出すことができるのです。

手塚るみ子さん
「縦読み漫画はアニメーションと同様に、チームの方々がそれぞれの才能をぶつけ合って、1つのすばらしい作品を作っていく。手塚治虫はアニメをやってきたので、その工程すらも、天国から楽しんで見ているんじゃないかなと思います。

縦読み漫画はフルカラーで、読者が指でスクロールをしてテンポを作って見ていく。まるでアニメの絵コンテのような印象を持ちました。

絵コンテがカラーということはほとんど無いので、それがカラーになって迫力のあるシーンを見せていくというのは、すごく熱量が伝わってくる表現方法だと思います」

今回のリメークをきっかけに、手塚治虫を超える作品が生まれてほしい。るみ子さんはそう願っています。

「どろろ」の原画。何度も修正した跡が随所に見られる

手塚るみ子さん
「『止まることなかれ、自分が死ぬまで新しいものに向かって新しいやり方を発見していく』という文化を、父は後輩のクリエーターたちに手渡してきました。

手塚自身は、もうこの世にいないので、自分で新しい漫画や新しい作品をつくり出すことがかなわない。この30数年間、悔しがっていると思うんですよね。本当は俺がやりたかった、という思いがあると思うんです。

だけど、自分が影響を与えてきた後輩の漫画家、映画監督、いろいろなジャンルの方が、手塚治虫の遺伝子を次の世代に受け継いで渡してくれているところを見て、少し満足しているんじゃないかなと思います。もう後輩の時代なんだと。そこには俺がまいた種があるんだと。

手塚治虫ができなかったことを、今回はやっていただきたいと思います。手塚漫画を超えるからこそ、手塚がいない時代にやる意味があると思うので。

そうなれば、本当に手塚は本望だと思うんです。『よくここまでできた、よく俺を超えていった』と。そのために山ほど漫画を描いて、そのためにいろんな人に影響を与えてきている作家ですから。それで初めて、『俺が生きた意味がある』って思うんじゃないですかね」

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  • 千葉柚子

    首都圏局 ディレクター

    千葉柚子

    2017年入局。鹿児島局を経て2021年から首都圏局。文化や教育、防災などのテーマに関心を持ち取材。

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