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台風19号から3年 問われる避難確保計画の“実効性”

  • 2022年10月21日

3年前の台風19号では、各地で川の氾濫などが相次ぎ、厚生労働省によりますと障害者施設や保育所など、全国で250を超える福祉施設が被災しました。
こうした福祉施設は、法律で避難確保計画の作成が義務づけられています。しかし、計画を作っていても内容の検討が不十分で避難がうまくいかないケースもありました。こうした教訓から、計画に実効性を持たせるために模索を続けている自治体があります。
(さいたま放送局/記者 二宮舞子)

台風19号 “天井近くまで浸水”

埼玉県川越市の社会福祉法人「けやきの郷」が運営する入所施設やグループホームには、自閉症のある人たちなど70人あまりが生活しています。

3年前の台風19号で近くを流れる越辺川の堤防が決壊。
あふれた水が施設に流れ込んで2メートルほどの高さまで浸水しました。

「けやきの郷」では、それまでも浸水被害を受けていたことから平成30年に避難確保計画を作っていました。避難先として最寄りの中学校を選び、計画にも記載していました。

避難確保計画とは
平成28年に岩手県の高齢者の福祉施設が台風による大雨で被災し、9人が亡くなったことを受けて、大雨や津波などの災害で浸水や土砂災害が想定される地域にある高齢者施設や学校などで避難誘導の方法などを定めたもので、法律で施設ごとに作成することが義務づけられています。

計画の避難所へ “避難できず”

ところが、3年前、台風の接近に備えて避難の検討を始めた際、思わぬ事態に直面します。

避難しようとしていた中学校の1階は、すでに足腰の弱い地域の高齢者が利用していて、入所者がまとまって避難できるにはスペースがなかったのです。
4階の体育館は空いていましたが、エレベーターがありませんでした。車椅子が必要な人もいることから入所者にとって移動が難しく、中学校への避難を断念せざるを得ませんでした。

けやきの郷 内山智裕 総務部長
「避難先として使えないと分かったときは職員一同混乱をしました。すぐに別の避難先を探さなければならない状況になりました」

避難所を転々 “入所者への負担大”

3年前、入所者が避難した川越市総合福祉センターの体育室

その後、ほかの場所に避難することができました。
しかし、地域の人との調整などで1週間ほどの間に4つの避難所を次々と移らざるを得ませんでした。

入所者たちは、自閉症などの障害があるため、環境の変化に敏感です。
生活空間が変わったことでパニックを起こしたり不安を感じたりしたほか、体育館など広い空間が苦手な人もいて、およそ半年におよんだ避難生活は大きな負担になりました。

けやきの郷 内山智裕 総務部長
「あれだけの被災を想定していなかったという点では若干甘さもあったかなと思うんですけど、あくまでも計画なので、なんとかなるだろうと考えていました。
施設単独で、計画の段階で実効性があるかどうかという検証をするのは難しいのが実情です」

避難確保計画 “2つの課で管理”

台風19号の災害で明らかになった計画の実効性の課題。
計画の作成を促し、管理する行政も内容のチェックが十分にできていませんでした。

川越市では、福祉と防災の2つの課にまたがって計画を管理しています。

このうち、障害者施設から避難確保計画を受け取る窓口となっているのが障害者福祉課です。
当時、書類を受け取った際に記入漏れがないかなどを確認しましたが、計画の中身まで細かく検討することはなかったといいます。

川越市障害者福祉課 佐藤洋芳 主査
「チェックが十分だったとは言いづらいところがあると思います。特に避難所が適切か、避難ルートが適切かどうかの判断は、障害者福祉課だけでは難しいです」

一方、計画は複写され防災危機管理室にも共有されていました。
しかし、すでに障害者福祉課が目を通していたことや、計画についての相談や問い合わせもなかったことから、あえて内容に踏み込むことはありませんでした。
こうして、不十分な計画は見直されることのないまま、あの日を迎えました。

川越市防災危機管理室 山本毅 主査
「要配慮者の方を含めて大勢の方が被災されてしまったので、それぞれの施設の特性に応じた避難確保計画の作成や定期的な訓練を実施して、実際に避難できるのか検証を行っていく重要性を感じました」

避難確保計画見直し “2つの課 連携”

計画を作成していても、実効性が確保されなければ、また被害が繰り返される。
「けやきの郷」の計画が見直されることになり、障害者福祉課と危機管理防災室が連携して対応にあたることになりました。

まず、防災危機管理室が施設のそばにある学校や市民センターなど避難所の候補を提示します。
そして、障害者福祉課や施設の職員と一緒に現地を視察しました。
このとき、障害者福祉課が、入所者が横になって休むスペースが足りないことに気づきました。
環境の変化が苦手な障害者の特性を踏まえ、できるだけふだんと同じような生活環境を用意することが長期の避難に欠かせないという視点に立ってチェックしていたのです。

これを受けて、防災危機管理室は、入所者を集団で受け入れることが可能な場所がほかにないか、検討を始めました。そして、市の指定避難所となっている近くの小学校に掛け合い、体の不自由な入所者でも避難しやすい1階の教室を提供してもらえることになりました。
 

障害者福祉課と防災危機管理室の連携で確保した避難所

入所者とスタッフが専用で使えるようにしたことで、3年前のように、他に避難してきた人たちで使えなくなる心配もありません。
こうして、福祉と防災が力を合わせ、計画に実効性を持たせることができました。

川越市防災危機管理室 山本毅 主査
「施設の特性や環境の変化で落ち着きがなくなってしまうという利用者の方々の特性を把握している障害者福祉課と連携して、適切な避難所の選定や避難確保計画の修正ができたと思っています。
福祉部局では地域福祉を担っていて、要配慮者の情報などを持っているで、そういった情報を防災と共有してそれぞれの実情にあった避難先の選定に役立てていきたいと思います」

行政のチェック機能を

こうした取り組みについて、障害者の避難に詳しい同志社大学社会学部の立木茂雄教授は、市町村だけでは人手が足りないことも想定されるとして、県や国も協力してチェックするしくみを作る必要があると指摘しています。

同志社大学社会学部 立木茂雄 教授
「ただ計画を作ればよいだけではなくて、受け取った側の行政は、これが本当に実効性のあるものであるかチェックする人員や体制が必要だ。どんな時でも自分たちの機能を果たしていくぞと、施設も関わる行政も認識を強くしていただきたい。これだけ水害が頻発しているので、平時の福祉といざというときの防災を分けるのではなく、つなげて考えることが求められている」

福祉施設の避難確保計画が義務化されてから5年。国によりますと、全国の作成率は、ことしの3月末現在で80%あまりにとどまっています。まずは、すべての施設が1日も早く計画を作る必要があります。
それと並行して、計画を確かなものにしていくために、チェック機能をどう高めていくのか。対策が急がれます。

  • 二宮舞子

    さいたま放送局 記者

    二宮舞子

    2017年入局。愛媛県出身。 盛岡局で東日本大震災からの復興や障害者支援などを取材。 ことし8月からさいたま局に赴任し県政や福祉を担当。

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