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中江有里ブックレビュー「常識を疑え」立ち止まって考える機会に読みたい4冊

  • 2023年11月6日

スポーツをめぐる「いま」をさまざまな視点から問い直す1冊。
日常がぐらりと揺らぐ瞬間を描いた、7つの短編集。
働く女性たちが日常の悩みや辛さを詠んだ短歌とエッセー。
ロンドンのシングルマザーたちが起こした事件を元に描いた生きる尊厳を考える物語。
「常識」と思っていたことがくつがえる昨今。一度立ち止まって考える機会に読みたい4冊です。

【番組で紹介した本】

『スポーツ3.0』
著者:平尾 剛
出版社:ミシマ社

健やかで楽しいはずのスポーツが、何かおかしい!?元ラグビー日本代表で現在は大学教授である著者が、スポーツをめぐる「いま」をさまざまな視点から問い直す一冊。

Yuri’s Point
私が子どもの頃は、部活の練習中に水を飲むと怒られたり、うさぎ跳びをやらされたりしたが、今はむしろ禁止事項になっている。むかしの「常識」が今の「非常識」。
著者は「根性」という言葉が誤解されハラスメントにつながる指導などにつながった過去から、その反動で科学に頼りすぎる現在のスポーツを超えて、これから目指したいスポーツを「3.0」とし、さまざまな角度から論じている。
私は野球観戦が好きだが「観るスポーツ」にもアップデートが必要だという。好きな選手やチームにヤジを飛ばす人が少なくないのはなぜかの考察が面白い。勝っても負けても必死に頑張る選手たちの姿に感動をもらっていることに敬意を持ちたい。

『獣の夜』
著者:森 絵都
出版社:朝日新聞出版

Yuri’s Point
日常がぐらりと揺らぐ瞬間を描く7編の物語。長期休暇中の中年男性を描いた「雨の中で踊る」は、ひとり旅を予定したのにコロナ禍でどこにも行けず、近所で偶然出会った孤独な男と身の上話を始める話。原因不明の歯の痛みを抱えた女性が主人公の「太陽」という物語では、一風変わった歯医者に行ったところ痛みの原因は心にあるという突飛な宣告をされ、不思議なやり取りがつづられる。どの主人公も自覚していない人には言いにくい悩みを抱えているが、誰かと話すことで心持ちが変わったり前向きになっていく。それって本当なの?と疑いたくなる中に真実が見えるような、ユーモラスでぬくもりある大人の寓話。

『うたわない女はいない』
著者:働く三十六歌仙
出版社:中央公論新社

Yuri’s Point
36人の働く女性たちによる短歌とエッセー。作者の多くは歌人でもあり会社員、医師、料理人、編集者、非常勤講師と別の顔も持っている。働く日常の悩みやつまづき、辛さなどを短歌にすると、こんなにも生々しく迫ってくるのかと驚かされる。
そのひとつ、派遣社員として働く女性が詠んだ、
「AIの翻訳、間違ってたよ」という人の顔はほんのり誇らしげであり
歌一つ一つから、その人がどのように仕事しているのか垣間見えるよう。当たり前と思っていたことがそうではないことに気づかされる、現代女性の声が詰まった一冊。

『リスペクト ―R・E・S・P・E・C・T』
著者:ブレイディみかこ
出版社:筑摩書房

ロンドンの都市再開発の影響で市内のホームレス・シェルターを追い出されたシングルマザーたちが、公営住宅占拠運動を起こしたという実話に着想を得た小説。なぜ彼女たちは立ち上がったのか?日本人の女性記者の視点を軸に描く。

Yuri’s Point
著者は、ノンフィクション作家として非常に声を上げづらい人たちに焦点を当てて書いている印象がある。2014年にロンドンで実際に起きた事件をモデルにしているが、イギリス在住の日本人女性記者から見た物語という形をとっているので、私たちも他の国の事件ではなく当事者意識を持って読み進めることができる。
「自分の生は自分自身のもの」…国や組織には見えない生活者の困難は、声を上げないと気づいてもらえない。主人公の女性記者が、行動を起こしたシングルマザーを取材しながら、自分自身も不満や矛盾を抱えて甘んじて生きるのではなく本当はどうしたいのかを見出していくという、心の変化も興味深い。

 

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11月6日に「ひるまえほっと」で放送。
NHKプラスはこちらから(放送から1週間ご視聴いただけます)


【案内人】
☆俳優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
数多くのTVドラマ、映画に出演。02年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞受賞。NHK-BS『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか!』ヒロイン、映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演。
近著に『万葉と沙羅』(文藝春秋)、『残りものには、過去がある』(新潮文庫)、『水の月』(潮出版社)など。
文化庁文化審議会委員。2019年より歌手活動再開。

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