佐賀 唐津 バドミントン “子ども思う心”繋ぐ 七山モンキーズ
- 2024年02月02日
ことしの国スポ・全障スポに向け、県内20市町の魅力を伝える「さがめぐりまるっと20」では、地域でスポーツに取り組む選手や支える人たちを取材しています。今回の舞台は、唐津市です。七山地区には、小中学生のバドミントンクラブ「七山モンキーズ」があります。ここで基礎を教わった子どもの中には、国体のみならず、オリンピックに出場した選手もいます。クラブは去年・2023年に、創立40年を迎えました。未来の国スポ選手も生まれるかもしれないクラブの支え手を取材しました。
元気が自慢!地域のバドミントンクラブ
唐津市七山地区のバドミントンクラブ「七山モンキーズ」です。社会体育(学校外の活動)として、いまは、唐津市内7つの小中学校から30人が通っています。
上は中学3年生、下は小学2年生。体験に来ている5歳の子も2人います。そんなみんなのスローガンは「ガッツ七山」。力強い声出しが持ち味で、取材に訪れた時も、元気いっぱいに挨拶をしてもらえました。
小学生の部のキャプテンに、どんなチームか聞いてみると。
「元気があるチーム。元気がスポーツとして大切だと思っている」。
兄弟キャプテンの兄、中学生の部のキャプテンは、その声出しで率いています。
「声を出して、みんなを引っ張っていくように頑張っていきたいと思う」。
子ども第一で指導 円城寺監督
そんなクラブの指導を続けてきたのは、円城寺文雄(えんじょうじ・ふみお)監督(68歳)です。もともと小学校の先生をして、いまは退職しています。現役の頃に立ち上げたクラブは、去年・2023年で、創立40年の節目を迎えました。
円城寺さん「一年一年、毎日毎日、一生懸命やっていたので、そんなに年がたったような気はしない。」
円城寺監督が育ててきた子どもたちは、クラブを卒業後、24人が国体に出場しました。また、東京オリンピック男子ダブルス・ベスト8の嘉村健士(かむら・たけし)選手も、小学2年生の頃から、円城寺監督に基礎を教わりました。多くのバドミントン選手の、競技の入り口になっているのです。
そんな監督自身も、バドミントンの選手として、国体9大会に出場。教師を務めながら競技に打ち込む姿に、当時の教え子が興味を持ったことが、クラブの始まりです。その頃は、唐津でバドミントンを指導する場はなく、監督は地域の学校などさまざまなところに交渉に訪れて、徐々に活動の幅を広げてきたと言います。
円城寺さん「私が七山小学校に勤めていた40年前に、担任した子が、バドミントンをしたいということで始まった。試合出て、最初は負けてばっかりだったが、勝ちたいという気持ちが出てきて、体育館も貸してもらえるようになり、コートも貸してもらえるようになり。だんだん、メンバーも増えてきた。」
数ある指導方針の中で、特に監督が大切にするのは「長い目」で育てることです。焦らず、基礎をじっくり固め、子どもの将来を考えた指導をしています。また、練習時間もできる限り短く済ませ、ケガを防ぐことを心掛けています。教師の頃、ほかの部活動などで疲れ切っている子どもを見たことがきっかけだということです。
円城寺さん「疲れ果てて夜遅くまで練習、毎日のように。それじゃ子供は駄目だと思っているので。子どもがふだんの学校生活をきちっとできる範囲内での練習だと思っている。」
練習外でも子どもに寄り添う監督
また、練習以外の時間も、子どもたちを気遣っています。例えば、練習の度に、家の遠い子どもたちを車で送迎。
自宅では、子どもたちのラケットのガットを張り替えます。ひとりひとりのスタイルに合わせて仕上げ、早く手元に返してあげます。選手だった頃に培ったメンテナンス技術が生きています。
円城寺さん「誰のラケットかわかるので、同じ中学生でも、力のある子は少し強めに張って、弱い子は少し弱めに張って。このガットで強くなってほしいと思って、丁寧に、気持ちを込めている。」
これまでの“卒業生”も支える
そんな監督を支えようと、かつての卒業生たちが力を貸しています。卒業した高校生から、子どもがいる社会人まで、学業や仕事の合間を縫って、練習に参加するということが伝統として受け継がれています。
卒業生たちは、後輩に対して本気でぶつかります。そうすることで、小中学生は、これまで勝てなかった相手にも互角に打ち合えるようになるということです。
中村さん「自分たちの時も、中学を卒業したOBの高校生、地元で農業してる先輩たちが練習相手をしてくれたのを覚えている。子どもたちにも、モンキーズでバドミントンはしていてよかったなというか、そういった気持ちを持ってもらえたらうれしいなとOBとして思う」。
卒業生たちは練習以外でも、それぞれクラブのために貢献。寄付を募ったり、農業をする卒業生は、子どもたちが大好きなイチゴを差し入れたり。実は、ログハウスの部室も、卒業生が手作りしたものです。
練習前の宿題やミーティングなど、子どもたちに欠かせない場所として使われています。監督の「子どもたちを大切にする」という思いは、40年間、ここ七山で引き継がれてきました。
伝わる“思い” 監督の指導はこれからも
その思いは、いまの子どもたちにも伝わっている。そう感じる時間に、取材中、たまたま立ち合いました。
この日は、円城寺先生の68歳の誕生日。ちゃんとその日を覚えていて、みんなが歌を歌って、祝いました。監督のことを、子どもたちの多くは「おっかない」と言いますが、それだけ、本気で子どもを思っていることは、きっと、子どもたちもわかっているんだろうと思います。
円城寺さん「何もないかと思ってたんですがうれしいです。全然、やめられません。来年もまた祝ってもらわないといけません」。
取材後記
いまは唐津に住んでいる円城寺監督ですが、実は、県外出身で、「モンキーズの指導は、かつて自分が七山や唐津の皆さんに受け入れてもらえたことの恩返しの気持ちもある」と話していました。少子化もあって、子どもの数が減るなか、モンキーズには、卒業生の子どもたちも親子2代にわたって通っていて、こうした場があることが地域の魅力そのものだとも感じました。
国スポ競技のバドミントンは、全種別とも、唐津市を会場に行われます。
2024年に佐賀で開かれる国スポ・全障スポに向けて、県内20市町のそれぞれ魅力を伝えるプロジェクト「さがめぐりまるっと20」。下記リンク先の特設サイトには、動画も掲載しています。
https://www.nhk.or.jp/saga/maruttosaga20/