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佐賀 直木賞作家・今村翔吾さん “駅の書店”を復活!

ニュースただいま佐賀
  • 2023年12月14日

 

みなさんは最近、どこで本を買いましたか?

12月、JR佐賀駅で長らく姿を消していた書店が復活。
オーナーを務めるのは、直木賞作家の今村翔吾さんです。

なぜいま、佐賀で書店なのか。今村さんの熱い思いを取材しました。
(NHK佐賀放送局 藤岡信介記者)

真夜中の開店準備

12月2日、書店のオープン前日。

午後10時を過ぎた佐賀駅前は、家路を急ぐ人の姿が目立っていました。

 

この時間はすでに駅の東側にある土産物売り場や飲食店などは閉まっています。

許可を得て、照明が落ちた佐賀駅の構内へと入っていくと。

 

ひとつだけ明かりがついている店がありました。

平積みの台の上や新しい本棚に、スタッフが黙々と本を並べていきます。

静かな熱気に包まれて、本屋の開業準備が急ピッチで進んでいました。

 

作家 今村翔吾さん

そこに現れたのが、今村翔吾さんです。

午後11時10分到着の電車で、佐賀に駆けつけました。実際に店を訪れるのは初めてです。

温かみのある関西のことばでスタッフと打ち合わせします。

 

最終盤のチェックとあって、店の全体に目を通していきます。

本棚や台の配置、本の並び。

それに、最もこだわったという、正面の天井付近にある「飾り棚」の見え方を確かめていました。

 

2022年1月 直木賞を受賞

滋賀県大津市在住の今村さん。

去年、城の石垣作りに命をかける職人集団「穴太衆」の頭目を主人公に、
戦国時代の大津城の攻防を描く歴史小説「塞王の楯」で直木賞を受賞しました。

佐賀駅の書店では、経営者として代表を務めます。

 

 いよいよやなあっていう感じですね。
 明日にならないとわからない、ちょっと怖さもありつつ、楽しみもありつつですけど、
 ここで出会う縁みたいなものがこれからきっとあるんだろうなって、
 そのことに思いをはせると、やっぱ楽しみの方がおっきいかなって思います。
(今村翔吾さん)

姿を消した駅の書店

 

4年前の2019年8月、記録的大雨のため佐賀県の広い範囲が浸水。

佐賀駅も例外ではなく、構内が水につかり、駅に唯一あった書店も被害を受けます。

 

その後、駅の書店は閉店を余儀なくされました。

駅や周辺の再開発が行われ、おしゃれな飲食店が並んでも、書店は戻ってきませんでした。

私を含めて駅を利用する多くの人たちから、復活が待ち望まれていました。

“佐賀に、僕は恩がある”

 

12月3日 トークショーにて

その書店を新たに開業することになった今村さん。

背景には、佐賀との深い縁がありました。

 佐賀に、僕はすごく恩がある。本来ならばデビューできなかったんです。

 2018年まで「九州さが大衆文学賞」という地方文学賞がありました。駆け出しのころ、賞の区別がわからずに佐賀の地方文学賞に応募して、受賞しました。

 僕はいま歴史小説を書いていますが、実は30歳までは小説を書いたことなかったんです。もともとダンスを教える仕事をしていて、家出を繰り返すような、やんちゃな子たちに指導していました。

 「夢なんか、叶わない」。
 ある時、そんなことを言ってきた子どもに対して、ドラマの「金八先生」みたいに、「夢を諦めるなよ。逃げてるだけやんか」と言ったんです。そうしたら、「翔吾君だって、夢を諦めているくせに」って返されたんです。ショックでした。本当にそうだなと思ったからです。

 そこから締め切りが近い地方文学賞から順番に、小説を書いて応募していこうと考えました。初めて書いたものは静岡県の地方文学賞に応募しました。次に書いたものを、佐賀に応募しました。これが受賞したんですよ。
(今村翔吾さん)

地方文学賞の受賞だけでは、作家としての世に出ることは困難です。

ところが、この賞で選考委員を務めていた唐津市出身の作家、
北方謙三さんが今村さんの才能に目を留めます。

「この人は長編の小説が書ける」と出版社に推薦し、デビューを後押ししました。

 

「いつか佐賀に恩返しをしたい」

その思いが、巡り巡って書店の復活につながりました。

いよいよ、書店オープン!

 

開業初日。風は少し冷えていましたが、冬晴れの朝を迎えました。

日曜日の駅前ではイベントも開かれ、構内にも楽しそうな声が響きます。

 

午前9時半、開店時刻の前からすでに行列ができていました。

 

列の先頭に並んでいた男性

書店がまた、こうやってできるっていうのはうれしいですね。

 

午前10時ちょうど、シャッターが開きます。

およそ3年8か月ぶりに書店がオープンしました。

 

店名は、「佐賀之書店」(さがのしょてん)です。

200ほどの案の中から思案を重ねて、県外の人にもすぐに伝わるよう選んだそうです。

開店と同時に多くの人が本を買い求めていきました。

 

およそ25坪と、決して広くはない店内には、
児童向けの図鑑や小説、ビジネス本などさまざまな分野の本が並びます。

午後になっても、訪れる客が途切れることはありませんでした。

 

たくさんの人が行き交う「駅の本屋さん」の光景が戻ってきました。

 

ここ(駅)を通る機会が多いので、家族ともども喜んでいます。

 

(本屋は)大切な感じがあるので、もっとたくさん本を読んで勉強していきたいです。

佐賀だけでなく、全国的にも数が減りつつある書店。

今村さんはこれからもその姿を残していけるよう、佐賀から盛りあげていきたいと意気込みます。

 

 別の地域から来て、書店や本、文化のつながりがあるだけでもありがたいと思います。
 何度か泣きそうになりました。
 地方で本屋が復活していくパターンがあるというのを見てもらいたい。
 皆さんと一緒に一歩、歩み出せたのはうれしいです。
(今村翔吾さん) 

書店、出版業界への熱い思い

取材を通じて一貫して伝わってきたのは、
今村さんの抱いている書店、ひいては出版業界全体への熱い思いです。

オープン後の店内で、胸の内や今後の目標について尋ねました。
 

記者)佐賀駅の書店をオープンしたいまの気持ちはいかがですか?

今村さん)
1番多く聞いた言葉が「ありがとう」だったんですよね。
お店を出して、こちらこそ、ありがとうなのに。ありがとうの言葉の意味っていうのをかみしめてやっていきたいなっていうふうに思いましたね。

そして、やっぱり駅に本屋があるのはいいなって思ったかな。電車に乗る時、ひと回りぼ〜っと本屋を見て回っている時の自分の思い出が浮かんできて、よかったなって思います。

記者)そもそも、なぜ書店のオーナーを引き受けたのですか?

今村さん)
僕はよく出版不況と言われていた時に「作家はいい作品を書くことしかできないから」って、言いながらやってきたんですよね。でも、果たしてそうなのかって気付いてしまった。いい作品を書くのはスタートラインとして当たり前の話です。例えば、スポーツでも、プロ野球選手が活躍するのは当たり前の話で、プラスアルファで何をできるかっていうのを考えている。

僕は、書くのは当たり前でやっていく作家でありたいです。その1つが書店です。
簡単に「書店って大変だから」とかって言っちゃうんですけど、じゃあ何が大変だって聞かれたときに、2、3個で言葉が尽きちゃう自分に気付いちゃったんですよね。
それじゃいけないって思って、もうちょっと知る必要があるかなって書店を始めたんです。僕は幸いにも書き手として情報を発信できるので、経験したことを広めていくため、やる意味はあると思っています。

記者)今村さんは大阪府でも書店を事業継承し、オーナーを務めています。書店の厳しい現状をどう見ていますか?

今村さん)
結論でいうと、現状が厳しいのは書店だけの問題じゃないんです。出版社だけの問題でもないし、取次(注:本の流通業者)だけの問題でもない。業界自体が金属疲労にで、崩れ落ちる状態に近くなっています。ちょっと厳しいことを言うと、いずれも自分のところからは動けずに、みんなで一緒に沈んでいっている状態に近いんです。

僕は書店の立場だから、書店の大変なとこを見てほしいこともあるけど、書店も譲って、出版社も譲り、取次も譲って、僕たちはどこかでいったん歯止めをかけて、それから次にどうやって反転攻勢していくのか考えたい。雪崩をうって、沈んでいくのだけは防がなきゃいかんので。

業界で協議をして、どこに着地させるのかを考える時期に来ています。その中で、自分たちの厳しい状況も言ったらいいんです。発言して、決まった方向に全員で向かっていく時期で、自助努力だけじゃなくて、業界全体で考える時期に来ているのかなと思いますね。

記者)ほかの地域でも、書店を開くことは考えていますか?

今村さん)
書店って大変ですよ。1店舗作るのに、なんぼお金がかかるかっていうことなんです。だからスモールスタートが非常に切りにくいビジネスで、経営をやりたい人たちの弊害になってるんです。

僕1人でやれることにも限界があります。だから僕が全国47都道府県で出来るかとなると正直、厳しい。希望があるかなと考えるのは、例えば企業の社長さんとか、本の大切さを理解して、書店に恩を返ししたいとか、盛り上げたいという人たちと、僕がその間をつなぐパイプみたいなことはできるかな。

いま僕は、恥ずかしげもなく、力を貸してくれっていうフェーズに来てると思っています。その力を貸してくれって言ってるやつが、「お前、何もしてへんやろ」って言われてたら駄目やと思ってるんで。僕は自分で歩きつつ、みなさんに「ここから先は力を貸してほしい」ということを言いながら、みんなでやろうということを呼びかける段階に、次は進むのかなって思います。

記者)佐賀駅の書店は、どのような店として運営していきたいですか?

今村さん)
地方の都市で書店が苦しいと言われもしているんですけど、地方でこういう形で本屋が残っていく、復活していくっていうのが、パターンとしてあるっていうのをみんなに見てもらいたいなっていうふうに思います。

たかが1店舗なんですけど、たかが1歩ということから歴史が全て進み出しているので、このたかが1歩を大切にしたい。きょうオープンしてみて、方向性は間違ってなかったと思うし、皆さんと一緒に歩み出せたことっていうのはうれしいことです。

本屋さんをやってみたい人って若い世代を中心にどんどん増えているんです。
ただ、なかなかいろんな面で難しいところがいっぱいある。今回、駅でこうやって新たに出店のノウハウや苦労を学べたので、これを次に佐賀から全国に広げていければなっていうのが今の思いです。

それと同時に、僕が次にやりたいって本気で思っているのは、書き手を育てつつ、読み手も育てていくことです。「九州さが大衆文学賞」。僕はこの文学賞によって、佐賀に縁を得た。だけど残念ながら諸般の事情があって、2018年から5年間、途絶えちゃってるんですね。これを、僕は復活させようと思ってます。復活させて、新しい書き手に興味を持ってもらい、巡り巡って佐賀県全体の書店にプラスになるようにならないかな。その方向で、頑張って動き出しちゃいますんで、恩返しはまだちょっと続きます。

記者)今村さんにとって、恩返しとは何でしょうか。

今村さん)
古くさいよな、恩返しって。考え方としては古いかもしれない。僕は直木賞を3回目の候補で取ったんですけど、落ちた時も佐賀では報道してくれていたんですよ、佐賀の出身でもないのに。空気も読まず、直木賞の選考を落ちた後、1分後ぐらいに電話かかってきて「今の気持ちは?」って聞いてきたんですよ。でもね、気にしてくれてるってことを、ずっと感じてました。

まだまだ僕も続けていきたいなって思います、恩返し。それはいずれ自分の身を助くじゃないですけど、こういうもんだと思うんです。「誰かのためにやること」って巡り巡って自分の生き方のためになってるなって気付いてるんで、そこにあまり迷いはないです。

記者)ダンスを習っていた教え子も駆けつけてくれていましたね。

今村さん)
子どもたちから教えてもらったことがあります。
いわゆる反抗をする子どもとかが、僕の前では優しくて、本当に少年みたいな顔をするんですよね。あの時、この人の前では頑張りたいって思えるような大人ばっかりになれば、子どもたちは全員が輝くんじゃないかなって、僕は思ったんです。だから、容姿とかじゃなくて生き方として「この人みたいにかっこよくなりたい」という大人でありたいとずっと思ってます。

教え子たちは僕の原点なんです。作品にもかなり生きてる部分はあると思います。
若い世代に、熱い大人がいるんや、かっこいい大人がいるんや、向こう見ずで何でも挑戦する大人がいるんやっていうのを、僕は背中で見せ続けたいなって思います。

でも、かっこいい大人って難しい。かっこいい大人になれてるのかなって、いつも考える。マイナスのことを言う大人もだいぶ増えてきたから、僕はあえて、プラスのこと、明るいことをやれる大人になりたい。この出版業界でも、そうありたいなって。出版業界がきついのは分かってる。分かってるけど明るく挑戦したいなって思ってます。

記者)歴史小説家として、自分を歴史上の人物に例えると誰でしょうか?

今村さん)
性格的には豊臣秀吉に似てるねん(笑)。めちゃくちゃ明るいし。

だけど今、こうやって1人でも動いてるっていう意味では、幕末の「志士たち」に気持ちが一番近いかもしれない。先行きは何も見えないし、どうなるか分からんし、あの時代もこの国がどうなるか分からんかったように、この出版業界はもうどうなるか分からんとこに来ている。

どうなるか分からんけど、おびえて日々を暮らしていくだけなのか、それとも誰かが続いてきてくれなくても1人で動き出すのか。気持ちは、その時の名もなき多くの志士たちと一緒じゃないかな。結果的に振り返って、坂本龍馬になり、江藤新平になりみたいなことができれば、あとはのちの人が決めること。まだ僕は何でもないただ一人の、出版業界を救いたいなって思う志士のひとりかな。

いま世の中が暗いし、出版業界はその中でも本当に暗いから。そこで、一筋の光というか、豆電球にでもなれたら、光は光。これって明るいって知ってもらえれば、また全国のどこかで、同じ光がともる時は来るはずだと僕は信じています。

取材後記

オープンから1週間後、ふらりと佐賀駅の書店に立ち寄ってみました。開業日ほどではありませんが、学生やビジネスマン、お年寄りと思い思いに本を眺めて、手に取った本をレジに持って行く人たちの姿がありました。

思えば自分も記憶の中にある書店の多くは、駅の近くにあった店です。でも、いつの間にか閉店してしまった店もあります。身近な場所に、ふつうの書店ができるのは初めての経験かもしれません。

書店や本の魅力について、たまたま出会った1冊の本が人生を変えることがあるというフレーズを耳にしますが、今村さんは「それだけでなく、まだ言語化できていない魅力が何かあるはず」と語っていました。

何が私たちを引きつけてきたのか。答えを探すため、また書店に行ってみたいと思います。

  • 藤岡 信介

    NHK佐賀放送局

    藤岡 信介

    青森、福井、科学文化部を経て2022年から現所属。
    歴史小説が好きです

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