避難情報どう伝える? 西日本豪雨の教訓いかせるか
- 2023年07月21日
西日本豪雨が残した教訓のひとつが「避難の呼びかけをどう確実に伝えるか」。
5年前のあの日、倉敷市は防災無線で繰り返し避難を呼びかけましたが、大雨の影響で放送が聞こえず結果として多くの住民が亡くなりました。
倉敷市ではいま従来の防災無線を見直し、より手元に届く情報発信に乗り出しています。
(岡山放送局 記者 内田知樹)
防災無線が聞こえない
平成30年7月に発生した西日本豪雨。岡山県内では災害関連死も含めて95人が亡くなりました。特に被害が大きかったのが52人が亡くなった倉敷市。市内の真備地区では3割近くが浸水。逃げ遅れた高齢者などが犠牲になったほか、多くの人が自衛隊や消防のヘリやボートで救助されました。
倉敷市は、危険が迫るなか、防災無線を通じて、住民に繰り返し避難を呼びかけていました。しかし、その呼びかけは雨の音でかき消され、十分に届きませんでした。
市には、防災無線で避難を呼びかけるたびに、住民から「放送がよく聞こえなかった」という指摘があるといいます。
(倉敷市危機管理課 平松良明主幹)
大雨や台風のときには、防災無線で放送をしています。しかし、放送自体が聞こえないとか、ハウリングして聞き取れないといった意見がよくあります。住宅の気密性があがっていることもあって、特に、雨や風の音がするときには、放送が聞こえにくい状況だと認識している
防災無線の運用廃止へ
防災無線が抱える問題は、ほかにもあります。
倉敷市では、およそ30年前から防災無線の運用を始め、現在、使っているものでも設置から15年以上がたっています。
こうしたなか、放送の音が聞こえくなってしまう故障が相次いでいるというのです。
市によると、防災無線は複雑な構造になっていて点検や修理ができる業者も限られるため故障がわかってから修理が済むまで半年ほどかかった場所もあるということです。
また、防災無線を維持し続けるには多額の費用がかかっています。
市によると、点検や修繕に年間で数千万円。
さらに老朽化した設備全体を更新すると少なくとも10億円かかるということです。
自治体にとって防災無線が重い負担になっていることがうかがえます。
住民に防災情報をしっかり伝えられなくなっている上に、費用負担も大きい。
倉敷市は、長年運用してきた防災無線を令和7年度末でやめることを決めました。
現在、市内に355か所設置されている屋外のスピーカーは撤去されます。
手元に届く情報発信
防災無線の運用廃止と同時に倉敷市が打ち出したのが、「緊急告知ラジオ」の利用者拡大です。
一般的なラジオのように見えますが、災害時には自動で電源が入り、最大音量で防災情報を放送します。
外から避難を呼びかける防災無線に対して、建物のなかで過ごしている人に直接、情報を伝えるねらいです。
直接、情報を伝える手段としては、緊急速報用のいわゆるエリアメールがあり、倉敷市でもメールを運用しています。
しかし、より早めの避難が求められる高齢者のなかには、スマートフォンを持たずメールを受信できない人もいます。こうした人の手元にも防災情報を届けなくてはいけません。
市は、ことし6月からラジオの購入費1万円のうち8割を助成し、実質2000円で購入できる制度を始めました。制度の開始から1か月ほどで、多くの市民から購入を検討したいという問合せが寄せられているということです。
(倉敷市危機管理課 平松良明主幹)
夜、ラジオの電源を切って寝ていても、大音量で鳴り出すので避難情報に気がついてもらえる。いち早く気がついて、避難することが期待できる。
市としても、ラジオの利用拡大を進めて、早めの避難につなげていきたい
住民の行動につながった例も
倉敷市と同じように手元に届く情報伝達の仕組みを導入し、住民の素早い行動につながった事例も生まれています。
兵庫県加古川市が去年4月、全国の自治体で初めて実用化したのが、テレビ放送の電波を利用した「戸別受信機」です。
山間部でも安定して受信できるテレビ放送の電波を利用し、市内の隅々まで確実に情報を伝えようというのです。情報を伝えるエリアを、パソコンで町名ごとにきめ細かく設定することもできます。
また、この受信機はテレビのアンテナ線に接続して利用するので、必ずテレビの近くに置くことになります。市の担当者は、災害時はテレビで情報収集する人が多いことからも情報を受け取ってもらえると期待しています。現在、市では、町内会長の自宅や公共施設などにあわせて600台、戸別受信機を配置しています。
(加古川市防災対策課 永吉正樹 係長)
家のなかにいる人に確実に情報を届けられる仕組みだと考えている。まさに、今、自分の身に危険が迫っていることを理解して行動してもらうことをねらいにしている
運用開始から半年ほどたった去年9月、台風の接近の際、戸別受信機が活用された機会がありました。
自宅に戸別受信機を置いていた町内会の会長の話です。
(加古川市 元町内会長 玉垣守利さん)
台風が近づいていたからテレビでニュースを見てました。
そうしたら、突然、テレビの横に置いてあった戸別受信機が鳴りだしました。
大きな音でびっくりしましたけど、自分の地区に高齢者等避難が出たから、すぐに町民会館に向かいました
戸別受信機の放送をきっかけに、地区内に住む自力での避難が難しい人たちに助けが必要か確認することができたということです。この時には、ほどなく高齢者等避難が解除されたため、実際に避難先に移動することはありませんでしたが、素早い行動に結びついたということで、加古川市では戸別受信機の効果がさっそく現れたケースだと受け止めています。
“手元に届く情報”課題も
倉敷市が拡大を進める「緊急告知ラジオ」や、加古川市が導入した「戸別受信機」。
どちらも自宅の中にいても、市からの防災情報をしっかり受け取ることができそうです。
ただ、普及に向けては課題もあります。
倉敷市が導入を進める緊急告知ラジオでは、助成を受けられるのは、スマートフォンを持っていない高齢者だけの世帯と、自力での避難が難しい「避難行動要支援者」だけとなっています。
本来であればすべての世帯、それが難しくても土砂災害警戒区域や浸水想定区域など災害の危険がある場所の住民には配るべきだと思いますが、費用の面から難しいのが実情で、防災無線のように多くの市民・世帯をカバーできるようになるのは時間がかかりそうです。
またテレビの電波を利用する戸別受信機も1台あたりの価格がおよそ5万円と、加古川市でも限定的な配布にとどまっています。
市によると、同様の仕組みを導入する自治体が増えて、生産台数が増えれば価格は低下していくことが期待できるということです。
地域の特性に応じた情報発信を
災害時の情報伝達手段に詳しい専門家は、「地域の特性に応じた手段の整備が必要だ」などと指摘しています。
(東洋大学社会学部 中村功教授)
・防災無線の屋外拡声塔からの呼びかけは地震津波など屋外に避難する場合には有効
・緊急告知ラジオ・戸別受信機は有効(特に荒天時)
・想定される災害と生活している人の属性を踏まえ手段の検討を
・住民だけではなく観光客など外から来る人にも情報を伝える必要あり
・複数の手段を組み合わせ災害の危険に直面するすべての人に情報を届ける必要あり
台風や大雨などのたびに出される避難情報。
いかに確実に伝え、逃げ遅れをなくすか。
5年間の教訓をいかすため、自治体には改めて情報伝達の仕組みの点検と整備が求められています。