"サルしかいない"動物園 70年間やってます
片山 晏友子(記者)
2022年07月26日 (火)
1種類の動物しかいないという珍しい動物園が大分県にあります。
ニホンザルだけ。しかも野生。そんな動物園が70年間、県民に愛され続けてきました。
そのなが~い歴史を支えてきたのが、サルの魅力を伝えるガイドたちです。
サルに関する豊富な知識と深い愛情に裏打ちされた“スゴ技”のガイド術で、多くの来園者を引きつけてきました。
どんなスゴ技なのか、サルだけの動物園の奥深い世界を一緒にのぞいてみませんか。
野生のサルだけ?飼育員はいない?珍しい動物園
今年度で開園70周年を迎える大分市の高崎山自然動物園。
大分駅から車で15分ほど走った別府湾沿いにある高崎山にあります。
標高628メートルの山に住む野生のサルたちを餌付けし、中腹にある園内に集めて来園者に見せています。当然、柵やおりはありません。動物を“飼育しないスタイル”の全国でも珍しい動物園です。
なので、園内に飼育員はいません。代わり働いているのは、サルの生態を解説しながら魅力を伝える5人のガイドたちです。
その1人が、この道30年のベテランガイド、下村忠俊さんです。
サルの顔と名前がわかる!?
下村さんたちガイドの仕事は毎日16回、園内の寄せ場にエサをまいてサルたちを呼び寄せ、来園者たちに解説すること。
「B群で6番目にえらいハトムギ。体が大きいのでボスですかとよく聞かれますが見かけ倒しです。若い頃に左目をケガしています。左目がよく開きません。目を見ればハトムギさんとわかりますよ」
「こちらはB群の3番目、名前はハジメと言います。1番年寄りのサル。ここに36年居て、人間だと100歳を超えます。30年生きられるサルはほとんどいませんから、長生きです。体を見ると筋肉も落ちてきていて見た目でもお年寄りなのがわかってもらえるかと思います」
目の前に来たサルたち1匹1匹の名前を呼びながら、性格や特徴をコメントします。
まず1つ目のスゴ技は、このサルの顔を見分けて名前を当てることができるのという技術です。
実は、高崎山では一部のサルに名前が付けられています。例えば、7年前には、その年に最初に生まれた赤ちゃんザルに、イギリスの王女と同じ「シャーロット」という名前が付けられ、ニュースで話題となりました。
高崎山には1000匹近い野生のサルが2つの群れに分かれて暮らしていますが、この中で、シャーロットのように名前の付いたサルは、何匹ぐらいいると思いますか?
なんと400匹です。
ガイドたちは、そのすべてを見分けることができます。まさにスゴ技です。
下村さんによると、この名前を付けて呼ぶという行為が、サルとガイドの距離を縮めてきたと言います。
「やっぱり入りたてのころは全然分からなかったです。最初は入場券売り場の担当だったのですが、毎日昼休みに30分、持ち場を抜けてサルを見に行っていました。見ていくうちにサルの顔の違いや名前が分かるようになって、親近感がわくというか思い入れができていくんです。それぞれ個性があることが分かって、“もっと見ていたい”ってのめり込んでいく魅力があるんです」
実は、高崎山は70年前に世界で初めて野生のサルに名前を付けて観察を始めたと言われています。それまで野生の生き物には番号などを付けるのが一般的でした。高崎山のサルの生態を研究していた京都大学の伊谷純一郎教授(故人)が名前を付けて学会で発表した際には世界中が驚いたと言われています。
この名付け方には工夫があります。例えば、初めてメスで群れのトップになった「ヤケイ」の場合…
母親は「ビケイ」。2人の姉は「フウケイ」と「ゼッケイ」です。お気づきのように、皆「○○ケイ」です。
親子や兄弟姉妹で似た名前を付けるのは人間の世界と同じです。こうした名づけが家族構成や群れでの力関係を把握しやすくして、サルの世界に入り込むことにつながっています。
「番号だけっていうのとは違って、人間的に捉えられる。誰が何をしたって、すごくわかりやすい。誰と誰が仲いいとか、ケンカしたとか、ガイド同士で話します。エサを譲っている姿を見て、群れの中の順位を確認したりとか。野生生物の観察というより、人間の世界を見ているような感覚で誰かのうわさ話をしているのに近いかな」
サルとコミュニケーションが取れる!?
「おーーーーい」「おーーーーい」
早朝の高崎山には、「おーーーーい」という声が響き渡ります。
サルを呼ぶガイドたちの声です。
2つ目のスゴ技は、ずばり、サルとコミュニケーションがとれることです。
サルたちは野生。当たり前ですが、自然に山から下りてきてくれるわけではありません。動物園が観光施設として成り立つには、サルたちを営業時間に合わせて寄せ場に集めなければなりません。
そこで、サルたちを呼び寄せるコミュニケーション力が必要になります。
意思疎通に使うのは「おい」という一言だけ。声のトーンなどを変えることで意味を使い分けています。
山の中など遠くにいるサルを大勢呼ぶ時には、高い声を長く伸ばします。
「おーーーーい、おーーーーい」。
「山から下りてきて。近くに来て」といった意味です。
一方、近くにいるサルに声をかける時は、低い声で短く感情を乗せます。
「おい、おい、おい」
「こっちを向いて。付いてきて」といった意味になります。
私が取材に訪れた時も、下村さんが「園に行こうかね、おい、おい、おい」と声をかけると、サルたちがゾロゾロと付いていきました。
ただ、この技ですが、習得するのは決して簡単ではありません。サルが振り向いてくれるようになるだけで数か月はかかると言います。
「サルも顔も知らないような人の言うことは聞かないので、まずは顔を覚えてもらう。はじめのうちは私なんかが呼んでも反応がよくなかった。それがだんだん変わって、近くに来てもらえたりとか。そういうことがあると、自分もちょっとは認められたのかなっていう感じが昔はありました。私からするとやっぱりサルたちは仕事仲間ですよね」
経営難に後継者不足…高崎山ピンチ
こうしたスゴ技のガイドたちに支えられてきた高崎山自然動物園ですが、今、大きな岐路に立たされています。観光客の減少による経営難です。
動物園の開園は1953年。当時の上田保市長が高崎山周辺の農家に危害を与えていたサルを集め、猿山として観光地化できないかと考えたのがきっかけでした。1960年代には、大分の一大観光スポットとして人気を集めるようになります。
ところが、入園者は昭和40(1965)年度のおよそ190万人をピークに減り続け、コロナ禍の影響を受けた昨年度は、15万人近くにとどまりました。
経営が悪化したことで、ここ数年は新人ガイドを採用できていません。ガイドの技術を持った職員の人数は20年前の半分以下まで減り、ほとんどが40歳以上。長年培ってきた技術や知識の継承が危ぶまれる事態になっています。
このため市は、開園70周年の節目となる今年度、経営を立て直そうと、これまでの外郭団体による運営をやめて直営に切り替えました。新たな体制で再出発を図ろうとしています。
“サルの個性”で立て直せ!
来園者を増やすためには、どうすればよいのか。下村さんたちガイドが考えたのは、「サルの個性」と「ガイドのスゴ技」を生かし、高崎山でしかできない体験を提供することです。
そこで、5月の大型連休に行われたイベント。その名も「あいつを探せ」です。
ガイドが1匹のサルの写真を見せてヒントとなる特徴を説明。
客はそれを頼りに見つけるというゲームです。
目当ての1匹を探すために多くのサルを観察することで、個性豊かなサルの魅力に気づいてもらいたいと考えました。
「ネウタ、きのう赤ちゃんを産んだばかりのおかあさんです。目の下にしわが結構入って、毛並みが白っぽい。よーいスタート、探してください」
下村さんの説明を聞いた参加者たちは園内に散らばってサルを探し、スマートフォンで写真を撮ります。
生まれたばかりの赤ちゃんをだっこしているという大きなヒントがあったものの、苦戦する参加者が続出。
例えばこちらのサル。子ザルをだっこしていますが、別のサルです。
参加者たちも観察を続けるうちに、サルたちの違いが少しずつ分かった様子でした。
「サルはそれぞれ耳とか顔の形とか体の大きさが違う」
「サルをよく見ると毛の色が微妙に違ったりして、個体ごとの違いを感じました」
参加者の様子を見て、下村さんも手ごたえを感じたようです。
「みなさん一生懸命探してくれました。サルだからわかんないやじゃなくて、”サルってみんな違うんだよね”っていうのを知っていただくことでもっともっと魅力を感じてもらえればと思います。”おもしろそうなサルがいるから見に行こう”とかそういうふうに思ってもらってより親しみやすい楽しんでもらえる施設にしていきたい」
野生のサルとともに70年間歩み続けてきた高崎山自然動物園。
サルだけ、だからこそ、こんなにも奥深いんです。まだ行ったことがない人も、ある人も、この世界に浸ってみませんか。