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小さな命を守る “予期せぬ妊娠”の最後のとりで

  • 2023年07月12日

自分の夢を追いかけ、勉強に励む日々。
ある日突然、妊娠に気づいたら、あなたは誰に相談しますか。

生まれたばかりとみられる赤ちゃんが遺棄される事件は、この3年間、NHKが報じただけでも全国で40件以上あります。
取材を進めると、予期せぬ妊娠とそれを相談できない“孤立”が背景にあることがわかりました。
(NHK名古屋放送局 武田菜々子)

小さい命がなぜ…

3年前の6月、愛知県西尾市の公園の植え込みでビニール袋に入れられた赤ちゃんの遺体が見つかりました。

母親は当時20歳の専門学校生。
保護責任者遺棄致死などの罪で有罪判決を受けました。

専門学校生は裁判の中で、「母親を悲しませたり心配させたりしたくなかった。誰かに相談して周りから自分が孤立するのが嫌だった」と話しました。

その後も赤ちゃんの遺棄事件は全国で相次ぎ、愛知県では去年、名古屋市のホテルで赤ちゃんを遺棄したとして20代の男女が逮捕されました。
男女はホテルを転々とし、逮捕されたときには所持金が数百円しかありませんでした。

予期せぬ妊娠 追い込まれる女性たち

「生理が2か月以上こない、体重が増えたなど、体調の変化を感じました。母と内科に行った際に妊娠していることを知りました。頭が真っ白になりました」

今回、取材に応じてくれた20代前半の女性の直筆の手紙です。

自分の夢を叶えるため大学院で勉強していた3年前、交際相手との子どもを妊娠しました。
もともと生理不順だったため異変に気付くのが遅れ、病院に行ったときには中絶可能な期間を1か月もすぎていました。

交際相手に打ち明けると突然、連絡が途絶え、SNSのアカウントも消されました。

学費や生活費を自分でアルバイトをしてまかないながら学んでいた女性。
周りに話すこともできず、思い描いていた人生の先行きも見えなくなり、絶望したといいます。

支援するクリニック “一様に追い詰められている”

さめじまボンディングクリニック

そのとき駆け込んだのが埼玉県にあったクリニックでした。
このクリニックでは予期せぬ妊娠をし、中絶可能な期間を過ぎてしまった女性の支援に長年、力を入れてきました。

全国20を超える産婦人科施設と連携して支援団体をつくり、全国からの相談者を受け入れています。

産んでも育てられないと悩む女性と、不妊治療に悩む夫婦。
双方の相談に乗る支援団体だからこそ、里親の紹介なども行っています。

予期せぬ妊娠をした女性たちの、いわば、最後のセーフティーネットのような存在です。

クリニックの鮫島浩二院長は、相談に訪れる女性の多くは一様に追い詰められているといいます。

さめじまボンディングクリニック 鮫島浩二 院長
「本当にせっぱ詰まって来られてる方が多いですよね。妊娠してどうしようかと、人にもしゃべれないで堕ろそうかどうしようか、赤ちゃんポストまで行っちゃおうかとかね、悩んでる方もいらっしゃいます」

“独りで苦しむ必要は無い”

取材に応じてくれた女性。
出産までの2か月半をクリニックで過ごし、無事に出産しました。

「それまで不安だった気持ちがなくなり、心の底から安心しました。一番は、お腹の赤ちゃんとこれからの自分について、自分が独りで解決しようと不安になったり、苦しむ必要がないと確信したことです」

クリニックで過ごす間、生まれてくる子のために名前を考えたり、よだれかけを作ったりしてきた女性は悩み抜いた末に、いまは1人で育てていくのは難しいと考え、赤ちゃんを里親に委ねることにしました。

経済的困窮で社会から孤立する若い女性の存在

7年前からこのクリニックなどで支援を続けてきた看護師の吉田知重子さんは、予期せぬ妊娠に戸惑う人は若い世代に多いと話します。

看護師 吉田知重子さん
「クリニックにつながってくる予期せぬ妊娠をした女性たちの3割は中学生と高校生、4割が10代なんですね。気づいているんだけどSOSを出せないままどうしようどうしようと思ってる間に週数が進んでしまってここにたどりつく女性が多いなと思います」

気がかりなのは、経済的に厳しい状況に追い込まれながら、社会から孤立し周りから見えにくくなっている若い女性たちの存在だといいます。

看護師 吉田知重子さん
「本当に経済困窮があってその日に食べるものとか、ライフラインも止まってしまった中で、食事をとれない、スマホとかも止められてしまって本当に緊急の連絡もつけることができない中でつながった子が最近いまして。その子たちのSOSをくみ取れるような仕組みももっと必要なんだと思います」

実際、病院につながれず、本当に身近な存在である家族からも孤立する女性や子どもたちが増えているといいます。

クリニックでは令和3年度に「妊婦健診」を1度も受けずに妊娠期間を過ごした女性を8人支援しましたが、このうち7人は10代。
この中には出産間近の妊娠35週や37週になっていた女性もいました。
7人とも親は妊娠に気づいていなかったということです。

看護師の吉田さんは、「関係性の貧困」を指摘します。
▼家族で集まってご飯を食べる習慣がなくなりつつあるとか、▼もしかして妊娠しているのかなと思っても踏み込んで聞けないなど、一緒に住んでいる家族でさえ妊娠に気づかない現状が浮き彫りになりました。

“支援なかったら最悪の事態も”

手紙で取材に応じてくれた女性。
当時を振り返って、こうつづりました。

「もし支援がなかったら、私も赤ちゃんも私の家族も想像できる最悪の事態が起こっていたと思います。現在は再び新しい自分の夢と目標に向かって生きることができて本当に幸せです。感謝の気持ちでいっぱいです」

取材を終えて

相次ぐ遺棄事件で亡くなった赤ちゃん。
周囲の誰かに相談できていたら、支援につながっていたら、救えた命だったかもしれません。

だからこそ、小さな変化やSOSを1人でも多くの人が感じ取れる社会にしていかなければいけないと、取材を通じて強く感じました。

この問題を引き続き、取材していきたいと思います。

  • 武田菜々子

    NHK名古屋放送局 記者

    武田菜々子

    2023年入局
    初任地の名古屋で、愛知県警担当として事件・事故の取材に駆け回る。

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