愛知にも「こどもホスピス」を
- 2023年05月12日
命に関わる病気や障害のある子どもが病院などを離れ、家族と過ごす施設「こどもホスピス」。
病気で亡くした娘との思い出を胸に、開設を目指す母親の決意を取材しました。
(NHK名古屋 記者 豊嶋真太郎)
満天の星空を見上げて
「おぉー!」。
「えーっ、すごい、すごい!めっちゃすごい!」。
球体のテントに映し出された満天の星空を見上げて、歓声を上げる子どもたち。
4月22日、名古屋市の金城学院大学の講堂を貸し切り、「出張プラネタリウム」が開かれました。
参加したのは、小児がんや医療的ケア児など、命に関わる病気や障害のある子どもたちとその家族、そして、こうした病気などで子どもを亡くした親やきょうだいも参加しました。
「きれいだった」
「長女が生きていたときに、やっぱり一緒に見たかったなとか、これを見たらこう言うだろうなとか、そういうことを想像しながら見ていました。病気があると行ける場所にも制限がある、でも、楽しめる場所、思い出が紡げる場所があるのはすばらしいことだと思います」
「出張プラネタリウム」を企画したのは「愛知こどもホスピスプロジェクト」です。
命に関わる病気や障害のある子どもが病院などを離れ、家族と時間を過ごせる施設「こどもホスピス」を愛知県内で開設することを目指しています。今回、病気や障害の有無にかかわらず、子どもらしく楽しく時間を過ごしてもらうという、こどもホスピスの理念を知ってもらおうと、イベントを企画しました。
娘に強いた“我慢”
活動に加わっている、安藤晃子さんです。
安藤さんは、2021年5月に長女の佐知さんを白血病で亡くしました。わずか9歳でした。
「雑誌を見て服装を研究したり、スーパーに行ってかわいい髪留めを買ってもらったり、おしゃれが好きでした。砂場で遊ぶのも好きで、家に帰って靴を裏返したら砂がしゃーって出てくることもあって」
佐知さんの病気が分かったのは、小学校に入学する直前の2018年1月のこと。
入院して治療を受け、およそ半年で症状がよくなり退院したものの、その後も検査などのために、入退院を繰り返しました。
2020年1月には、骨髄移植に伴う合併症で4回目の入院をすることに。
ちょうどこのころ、国内では、新型コロナウイルスの流行が始まっていました。
大好きだった砂場遊びはもちろん、院内のコンビニエンスストアに立ち寄ることも禁止され、行動が大きく制限されることになってしまいました。
病室にこもりきりの日々に、佐知さんも元気を失っている様子だったといいます。
そして2020年9月、医師から白血病の再発を告げられました。
合併症の影響で体力が落ちていたことも重なり、これ以上の治療は難しい状態になっていました。
安藤さんは治療のためとはいえ、佐知さんに我慢ばかりを強いてきたことを強く後悔したといいます。
「だいぶ薬も減らして、そろそろ家に帰って外来で様子を見ようかというときに、念のために骨髄検査をしましょうと言われたんです。そうしたら、再発していると言われて。もう、この世が終わった感覚でした。今までは治るため、元の生活に戻るために、本人も家族も一生懸命やってきて、例えば水族館に行きたいとか、ディズニーランドに行きたいっていうのも、元気になったら思いっきり楽しもうねって言ってきたものが全部壊れちゃって。もう本当にどうしようっていう申し訳ない気持ちでいっぱいになりました」
安藤さんは佐知さんに再発のことを伝え、2人で泣いたといいます。
ひとしきり泣いたあと、佐知さんが口にしたのは「やりたいことをやりたい」ということばでした。
やりたいことをやる
再発がわかってすぐに一時退院し、真っ先に向かったのは駄菓子屋でした。
脇目も振らず、好きな駄菓子を選んだ佐知さん。名古屋発祥の喫茶店でお子様プレートも食べました。
亡くなる1か月半前には、自宅でカラオケもしました。
「傷ついても 傷ついても 立ち上がるしかない どんなにうちのめされても 守るものがある」
そして2021年5月19日。
自宅で家族に見守られながら、佐知さんは静かに息を引き取りました。
白血病が再発してから、およそ8か月間という短い期間だったものの、佐知さんにやりたいことを思う存分させてあげられた時間は、安藤さんにとってかけがえのないものになったと言います。
「やりたいことを存分にできて存分に生きる時間になったと思います。その時間がなかったら、これだけしか生きられなかったのに、世の中に楽しい事がいっぱいあるのに、どうしてなにもさせてあげられなかったんだろうって、すごい後悔したと思います」
「最後の方は医師たちにも相談して、ほんの少しだけ外の空気を吸うことも許されたりして、本当にありがたい経験でした。佐知が、空気が美味しいって言ってて、空気が美味しいって、普通思わないですよね。当たり前すぎて思わないんですけど、佐知はその限られた時間、外に出たことがすごく嬉しくって。病気があったけど、普通の子と同じ経験ができた時間になりました」
佐知さんが亡くなった1年半後、安藤さんは入院していた病院のチャイルド・ライフ・スペシャリスト(通称「CLS」。入院中の子どもや家族などに心理的・社会的な支援を行う専門職)に誘われ、こどもホスピス設立に向けた活動に加わりました。
全国に数か所しかないこどもホスピス
佐知さんのように、命に関わる病気や障害のある子どもは、日本におよそ2万人いると推定されています。
一方、こどもホスピスは全国でも数か所。病院に併設しないものとしては、大阪にある「TSURUMIこどもホスピス」と横浜市の「横浜こどもホスピス うみとそらのおうち」の2か所にとどまっています。
横浜市のこどもホスピスは、2021年11月に開設されました。
施設には、一般の病院にはない大きなキッチンやお風呂、家族で横になれる個室などがあり、看護師や保育士などのサポートを受けながら、病院ではかなわなかった体験や時間を家族とともにすることができます。
最近は、政府や国会でも、施設の開設や運営を後押しする動きが出てきています。こどもホスピスの議員連盟が発足し、去年11月の初会合には小倉こども政策担当大臣も出席。 「こども家庭庁」を中心に、普及に向けた支援のあり方を検討していく考えを示しました。
安藤さんたちの団体は、去年10月に活動を始めたばかり。目指すのは、病気や障害の有無にかかわらず、子どもが楽しく時間を過ごすことができ、家族にとってもよりどころになる場所です。
「病気になったお子さんが、少しでもわくわくする時間や楽しいと思える時間が、こどもホスピスでできるといいなと思います。きょうだいやご家族にとって、第二の居場所というか、ここに来れば心が落ち着いたり、ほっとできたり泣けたりできる場所。胸が張り裂けそうになることもすごくあるんですけど、何かそれがちょっと緩和されるような場所になるといいなと思います」
開設する場所や資金など、解決しなければならない課題が多くあるのが現状です。
ただ、開設が実現するまでの間に、病気などで命を落としていく子どももいます。
「1人でも多くの子どもに、子どもらしく楽しい時間を過ごしてもらいたい」
安藤さんは、佐知さんとの思い出を胸に、これからも活動を続けていくつもりだと言います。
※「愛知こどもホスピスプロジェクト」の活動は、以下のURLから確認できます。
https://www.achp.jp/ NHKサイトを離れます