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鹿革×本藍染め 信州の職人たちの挑戦

  • 2023年11月29日

 

野生の鹿

農作物への食害などを理由に駆除の対象となっている鹿。県内で年間におよそ3万頭のニホンジカが捕獲されていますが、その皮はほとんどが捨てられています。皮の使い道を広げるためにも、インパクトのある革製品を作れないか。そんな思いから信州の職人たちが挑戦したのが、鹿革の「本藍染め」です。

(長野放送局 松下周平)

駆除された鹿の皮の使い道

千曲市の革職人 徳永直考さん
鹿革で作られた製品

千曲市の革職人、徳永直考さん。県内で駆除された鹿の皮を使って革製品を作っています。信州の鹿革はほかの地域のものと比べて品質がいいと感じています。

徳永さん

本州でも長野県のような寒い地域の鹿の皮は、少し肉厚で素材もいいです

信州の鹿革の魅力をより多くの人に伝えるためにはインパクトのある革製品が必要。そこで思いついたのが「藍染め」でした。それも全国的に例がない、化学染料を一切使わない「本藍染め」の鹿革製品です。

徳永さん

“信州鹿革”を歴史ある製法で染め上げたいと思いました

鹿革を本藍染めに

徳永さんがこだわったのが“信州ブランド”を前面に押し出すこと。原料の調達から加工まで、すべて県内で完結させようと考えました。そこでまず声をかけたのが、松本市にある明治44年創業の老舗の藍染め工房。3代目の濱完治さんは化学染料を使わず藍の“すくも”だけで染める“本藍染め”の技法を今も守り続けています。

松本市の藍染め職人 濱完治さん
濱さんが染めた布

実は濱さんも以前、別の依頼で鹿革の藍染めに挑戦したことがありました。しかし、染め上げるのに
およそ1か月と予想以上の日数がかかってしまったほか、均一に染まらず、満足のいく仕上がりにはなりませんでした。

うまく染まらなかった鹿革
ムラができてしまう
濱さん

私たちは染め物屋なのでムラができると失敗です。いつも染めている綿などと違って野生動物の革は難しいと感じました

歴史ある飯田の革加工技術

飯田市の皮革製造業者

染まり具合にムラが出てしまう課題をどう解決するか。2人が協力を求めたのが飯田市の皮革製造業者でした。100年以上の歴史を持ち、動物の皮を生地に加工する豊富なノウハウを持っています。

鹿革の製造を行っている
専務の中川優さん

実はこの会社でも過去に動物の革の藍染めに挑戦したことがありました。しかし、濱さんと同じようにムラが出たほか、発色も悪く、製品化は断念しました。協力を求められた専務の中川優さんは、これを機会にもう1度、藍染めに挑戦することを決めました。

中川さん

過去の失敗もありましたし、うまくいくのかどうか分かりませんでしたが、やってみたい気持ちがありました

薬品の量などを調整

中川さんは濱さんと“ムラ”などの課題について意見交換し、解決には、より柔らかく表面がなめらかな鹿革が必要という結論に至りました。加工の際に使う薬品の量などを調整した結果、藍染めに特化した鹿革を完成させました。

中川さん

サンプルを作った段階でかなり手応えがあり、さらにテストを重ねました

複雑な模様をつける型染め

中川さんが仕立てた革を使って、さっそく藍染めに取りかかった濱さん。まず手をつけたのは生地に複雑な模様をつける“型染め”です。

鹿革の上に型紙を乗せ、はけで“のり”を塗る

自身で切り抜いた型紙を鹿革の上に乗せ、生地の色を残すところにもち米などで作った“のり”を塗り込みます。革は布に比べてのりづきが悪いため、通常より粘りけが強い特製の“のり”を使いました。

“のり”がついた部分は染まらない

倍以上の染料で染め上げる

いよいよ鹿革の藍染め
深い藍色に染まる鹿革

次はいよいよ“本藍染め”。染料の吸収が悪い鹿革にしっかりと色をつけるため、濃度は通常の2倍以上にしました。最後に水に浸して“のり”を落とすと、色鮮やかな藍染めの鹿革ができました。これまで悩まされてきた染まり具合のムラは見られず、藍染めの達人・濱さんにとってもようやく納得がいく仕上がりとなりました。

水で“のり”を落とすと模様が浮かび上がる
濱さん

均等に染まりますし、薄さも染めやすい厚さです。まさかできるとは思っていなかったので、うれしかったです

2つの伝統技法で新製品

完成した鹿革を手にする徳永さん

“型染め”と“本藍染め”の2つの技法を両立しているのは、県内では浜さんだけで、全国でもごくわずかだといいます。藍染め職人の伝統の技を詰め込んだ、ほかに類を見ない鹿革の誕生に、革職人の徳永さんも気持ちの高ぶりを隠せません。

徳永さん

本藍染めはともかく、型染めの鹿革ができるとは思っていなかったので、すごいものが完成したと思います。同時に責任の大きさを感じました

“型染め”と“本藍染め”を施された鹿革の財布

徳永さんは、藍色の複雑な模様が施された鹿革を使って財布やかばんなどの新商品を製作しました。使いみちが少なかった信州の鹿の皮が、県内の職人や企業の技術によって、これまでにない革製品に生まれ変わり、脚光を浴びつつあります。

徳永さんはさまざまな商品を製作

ことし74歳を迎えた濱さんも、今回の成功体験を糧に、ますます創作意欲がかき立てられたようです。

濱さん

自画自賛になってしまうけれどいいなと思いますし、新しい伝統工芸になると思います。若い人と一緒に仕事をするのは楽しいですし、今度もいろんなことに挑戦したい

中川さんや徳永さんは、今後も鹿革の有効利用を進めると同時に、“信州”ブランドの価値をさらに高めていきたいと意気込みます。

中川さん

国産の革素材が少ないですが、長野県は駆除された鹿の皮が豊富です。藍染めの鹿革をもっとアピールしていきたい

徳永さん

メイドイン長野というところをもっと伝えて、そのよさを知ってもらいたいです

すでに長野県内のデパートなどで店頭に並んでいるこれらの商品。シンガポールの富裕層などにも販売されていて、海外でも好評を博しています。

  • 松下周平

    長野放送局

    松下周平

    遊軍を担当。今回の鹿革のほか、県産りんごの搾りかすを使った革製品も取材しました。

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