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りんごの「革」って何?

  • 2023年01月27日

りんごの「かわ」と聞いたら、普通は「皮」を思い浮かべます。しかし今回取り上げるのは、まぎれもない「革」なんです。その名も「りんごレザー」。開発の最前線に迫ります。
(長野放送局・松下周平)。

植物由来の革


少し赤みがかった財布やバッグ。“りんごレザー”で作られています。素材の一部に信州特産のりんご、それも搾りかすが使われています。このような革は「ヴィーガンレザー」と呼ばれています。肉や魚、乳製品などの動物性食品を一切摂取しない完全菜食主義者「ヴィーガン」に「レザー」をつなぎあわせた造語です。具体的には、動物の皮を使用せず、石油素材の比率も極力抑えた合成皮革を指します。動物愛護や環境保護の機運の高まりから、世界的に注目を集めています。
 


環境問題への意識から
 

伊藤優里さん


りんごレザーの開発を企画したのは、長野市で会社を経営する伊藤優里さんです。大学進学を機に、県外から信州に移り住んだ伊藤さん。フルーツジャムなどを作る工場でおよそ10年間働きましたが、そこで目にしたのが、加工に適さないと判断された多くの果物が捨てられていく食品ロスの問題でした。

伊藤さん

もったいないですし、捨てるのにもお金がかかります。そんな光景を目の当たりにしてきました


伊藤さんは2021年春、東京で開かれた、環境に優しい商品を展示するイベントを訪れました。
そこで目にしたのが、パイナップルやバナナなど植物由来の素材で出来た革や繊維の数々。すべて海外で作られたものでした。伊藤さんは衝撃を受けると同時に、1つのアイデアを思いつきました。
 

伊藤さん

海外製ができるなら、日本でもできると感じました。せっかく長野県で生きているのだから、りんごで革製品を作ろうと


しかし革製品作りは全くの素人。当時は国産のヴィーガンレザーも存在しなかったことから、伊藤さんは海外の文献を読みあさったといいます。さらに県内の研究機関へも足を運び、摘果されたりんごを材料に素材の研究に取り組みました。
 

行政の支援も受けて

飯綱町産業観光課 渋澤陽一農政係長

1人奮闘を続ける伊藤さんに興味を持ったのが、県北部にある飯綱町でした。飯綱町産業観光課の渋澤陽一農政係長は、当時をこう振り返ります。

渋澤さん

りんごから革ができるなんて、本当にびっくりしましたし、目が点になりました

飯綱町のりんご

搾りかすを有効活用


飯綱町は人口およそ1万の小さな町ですが、全国のりんご生産量の1%余りのシェアを占めています。町内では加工品の生産も盛ん。主力はジュースやシードルなどの飲料ですが、果汁を搾ったあとに出るのが、おうど色をした大量の搾りかすです。

りんごの搾りかす


多い日には町内全体で1トンにのぼるという搾りかす。一部を家畜のエサや畑の肥料に使うほかは、捨てるしかなかったといいます。いわば「廃棄物」が伊藤さんに提供されることになったのです。

渋澤さん

使い勝手が悪く十分に活用されていなかったものに付加価値がついて、新しい商品になることに可能性を感じました

乾燥、粉砕、そして革に

 

搾りかすを乾燥機へ


搾りかすを革の材料にするには、いくつかの工程を踏みます。まずは乾燥機に丸2日ほど入れて水分を完全に抜きます。続いて粉砕機にかけて粉々に砕きます。飯綱町は、この粉砕機を約500万円で新たに購入。プロジェクトにかける町の意気込みが伝わります。

乾燥させた搾りかすを粉砕機で粉々に
渋澤さん

りんごレザーを通して、町内産のりんごをアピールし、食べてもらいたいという気持ちがあります。「日本一のりんごの町」を目指す飯綱町として、取り組む価値があると思っています

できあがった粉


粉はこのあと、専門の業者によってさらに細かく砕かれます。そして、県外の企業でウレタンなどと混ぜ合わせて加工され、ようやく「りんごレザー」が完成します。その特徴は、軽量で、水に強く、変色しにくいこと。革特有の匂いもほとんどなく、伊藤さんは仕上がりに自信を見せています。

完成した「りんごレザー」
伊藤さん

本革に比べて軽量ですが、強度もしっかりしています。肌触りもしっとりとしていて、合成皮革にしてはかなりできのいい物になったと思います

製品作りも信州で

髙橋元康さん


信州特産のりんごを使った、全く新しい革。伊藤さんがこの新素材を使った製品作りを依頼しているのも信州に住む職人です。そのひとり、長野市で革製品の専門店を構える髙橋元康さんは、未知の素材との出会いに心を躍らせつつ、バッグの試作品作りに取り組んでいます。

髙橋さん

全く知らない新しい素材で面白さを感じましたし、何かを作ってみたくなりました。表面が丈夫で、耐久性があり、傷や汚れもつきにくそうです

目標は“地域ブランド”


伊藤さんはこの春から、りんごレザーの製品を一般に販売できるよう準備を進めています。その先に見据えているのは、りんごレザーの地域ブランド化です。モデルにしたいのは愛媛県の今治タオル。信州の多くの職人や企業を巻き込んで、さまざまなりんごレザー製品を生み出していきたいと考えています。

伊藤さん

長野県を代表するブランドを目指しています。信州のいいところを、国内だけでなく海外の皆さんにも知ってほしいです


りんごレザーの誕生をきっかけに、搾りかすを加工した粉末は脚光を浴び、プラスチック容器や塗料など、ほかの用途でも活用できないか検討が始まっています。革製品だけでなく、さまざまな商品に形を変えていきそうな信州のりんご。その可能性から目が離せなくなっています。

  • 松下周平

    長野放送局

    松下周平

    2014年入局。和歌山県の実家では両親が柿やみかんをつくっています。

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