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障害者の声を消さない ~ 能登半島地震 支援 特設サイト 

  • 2024年02月02日

1月1日に発生した能登半島地震。
発生の2日後にインターネット上に立ち上がった特設サイトがあります。
掲げられているのは「#障害者を消さない」というメッセージ。
そこに込められた思いを聞きました。
(NHK盛岡放送局 記者 渡邊貴大)

災害のたび”消えてきた”障害者たち

立ち上がった特設サイト

1月3日に開設された能登半島地震で被災した障害者を支援するための特設サイト。
避難所から、障害者が消えた」というメッセージとともに、今回の地震をはじめ、これまで多くの災害で被災した障害者やその家族が、避難所に身を寄せづらかったという現実を訴えかけています。

サイトを立ち上げた松田文登さん

このサイトは、盛岡市を拠点に障害のある作家のアート作品をプロデュースしている「ヘラルボニー」がつくりました。代表取締役を務める松田文登さんにサイトを立ち上げた経緯と思いを聞きました。

松田さん

ヘラルボニー 松田文登 代表取締役
能登半島地震が起きて、一緒にヘラルボニーを運営する双子の兄・崇弥と「何かヘラルボニーで出来ることはないか」と話し合いました。私も東日本大震災が起きた時に学生で東北にいたんですが、そのときに経験した思いというのがすごく頭の中にありました。

松田さんの頭に浮かんでいたのは、母親から聞いていた、障害のある人やその家族の震災時の苦悩でした。日常と大きく異なる状況に放り込まれてしまうことで精神的に不安になり、大きな声を発したり必要以上に動き回ってしまったりといった言動をしてしまうようになった障害者とその家族が、そもそも避難所に行かない、行けないという事態に陥ってしまったというものでした。

松田さん

ヘラルボニー 松田文登 代表取締役
障害があるというのがひとつの理由になって避難所に行けない、転々としちゃうって、多分本当につらくて悲しいことで、そういう状況を解決するためには知るっていうこと自体がすごい大事だと思っているんです。知らないから怖さにつながっていくと考えた時、知るという部分、ゼロから1が埋まるきっかけをヘラルボニーというものを通じて作っていけたらいいなっていうのは根っこにあります。

東日本大震災の被災者「街から障害者が消えた」

これまで表に出ていなかった、目を向けられていなかった部分を「知る」きっかけを作る。松田さんはサイト上でSNSを通じて、今回の能登半島地震や過去に被災した障害のある人やその家族の声を募集しました。寄せられた投稿の中には、「避難所に行きづらかった」とか「気まずくなって避難所を出た」といったさまざまな思いがありました。

陸前高田市の田崎實さんは、こうした経験を見聞きした1人です。東日本大震災による津波で自宅が全壊し、家族人で知的障害を抱える息子の飛鳥さんが通っていた福祉施設に避難を経験。しかし、市内で被災した障害のある家族を持つ知り合いからは、一般の避難所に避難しづらかったり、自宅にとどまることを選択したという話を聞きました。

田崎さん

田崎實さん
街から障害者が消えた、いなくなったということがあったんですね。避難所まで行かずに自分の家に半壊の状態でも留まってしまうという、そんな状態があったんです。障害のある人たちが、生活が一気に変わってしまったために精神的に本当に参ってしまって、落ち着いていた子が奇声を発してしまったり、多動的に動き回ったりっていうことが出てきちゃうんですね。それはしょうがないことなんですよ。でもその家族が周りに迷惑をかけたくない、自分たちが我慢すればいいんだと考えて避難所に行くことを避けたり転々としたりすることを選択してしまっていた。

實さんは、今回の能登半島地震でも、こうした事態は必ずあるはずだと考えています。事態を変えていくために必要なのは、障害のある人とない人の双方が歩み寄っていくこと以外にないと訴えます。

田崎さん

田崎實さん
どうしても障害者と健常者の間にある分厚い何か壁のようなものを感じますよね。健常者の方々が知らないこともいっぱいある。だけど障害者の方々の多くも、いわば1歩引いて生活しているからそれじゃ知ってもらえないことがたくさんある。今まではお互いに知ろうとしない、つながろうとしないという状況がありましたから、そういうところを突き破って、お互いに1歩踏み出してみて繋がっていかなくちゃならない。

障害者の声が届く世界に

ヘラルボニーの松田さんは、こうした状況は災害時の特別なものでなく、普段から存在している問題や関係性があぶり出されているにすぎないと考えています。だからこそ、こうした機会に敢えて投げかけて問いかけることで、社会全体がどう変わっていくべきかを考える1つのきっかけになってほしいと呼びかけています。

今回立ち上げたサイトについても、今後も情報発信を続けた上でより必要とする情報が届きやすくなるよう見直していき、災害時に障害者が活用できる形を目指していくことにしています。

松田さん

ヘラルボニー 松田文登 代表取締役
マジョリティ(=多数派)が前提の社会になっていると思った時に、健常者が前提となると、マイノリティ(=少数派)である障害者の声って、なかなかアクセスされていかないとか、声が外に出ていかないんじゃないかと思うんです。でも、障害のある人は能登半島地震でも必ず存在していて、そういった方々がたくさんいるんだっていうことやその声っていうのは届く必要性がある。彼らの声や権利が届くことによって「こういうものが足りないからこれをやっていく必要性があるよね」とか、「今後はこういうもの自体を整備する必要性があるよね」っていう、今まで全く無関心だったものを関心ごとにしていくっていうことができる。そこがこれから私たちがやるべきことなんじゃないかと思っています。

  • 渡邊貴大

    NHK盛岡放送局

    渡邊貴大

    平成25年入局
    東日本大震災を仙台で経験し記者を志す。
    今回の能登半島地震は発災翌日から石川県に入り、輪島市などで約1週間取材にあたった。

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