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復興ツーリズム 被災地の「決断」から学ぶ|東日本大震災

  • 2023年12月28日

復興ツーリズム 被災地の「決断」から学ぶ

2023年10月。東日本大震災で大きな被害を受けた陸前高田市や大槌町などで”復興ツーリズム”が行われました。参加したのは関東地方や東海地方などさまざまな企業で将来のリーダーとして期待されれている約30人。被災地をまわり復興の過程で、地元のリーダーたちがどのような「決断」をしたのか学ぶのがねらいです。
2泊3日の日程で行われた“復興ツーリズム”に密着しました。
(NHK盛岡放送局 記者 天間暁子)

未曽有の大災害を“教材に”

今回の復興ツーリズム。参加者のほとんどが、被災地を訪れるのは初めてでした。
最初に訪れたのは、陸前高田市内にある被災当時の無残な姿をそのまま残す震災遺構のビル。
あの日、迫る津波から逃れ、高さ15mのビルの煙突の上で一晩しがみついて、命が助かった男性の体験談を聞きました。
男性は直前まで一緒にいた両親と弟は、避難した先の建物が津波に襲われて亡くなったといいます。
参加者は、その時の男性の恐怖と悲しみ、そして命の尊さを訴える思いを受け止めました。

希望者は煙突に上って津波の高さを実感

参加者
「これまで震災はテレビの中の出来事のようだったが、その時の恐怖を感じ、防災意識が高まった」

“復興”を自分たち置き換えて

今回の復興ツーリズムは、被災地を見るだけが目的ではありません。
リーダーシップ研修として、実際に復興に携わった人たちの話を聞くなどし、自分たちの仕事にどう生かせるかを考えるのが目的です。
盛岡市の旅行会社が企画し、新しい復興ツーリズムの形としてことしから本格的に始めました。

みちのりトラベル東北 宮城和朋さん
「津波の発生直後か、復興の現場で、いろいろな人がさまざまな意思決定をしてきているので、ビジネスの現場で働く人たちの、組織をよりよく導くためのヒントが隠されているのではないかと思います」

私が注目したのは都内のIT企業から参加した岡田重博さんです。
今回、被災地を訪れるのは初めて。
人事部で会社の組織改革を進めていて、“決断力”を磨きたいと参加しました。

NECソリューションイノベータ 岡田重博さん
「どんなところに配慮し、最終的にその決断に至ったのかというところをしっかり知ることによって、私自身の価値観だとか、判断の軸みたいなものをしっかりと固めていく機会になればいいと思います」

“奇跡の一本松” 保存の理由

研修初日。
講師を勤めたのは戸羽太さん、震災当時に指揮を執った陸前高田市の前の市長です。
多額の費用をかけて、復興のシンボルとして「奇跡の一本松」の保存を決めた理由を話しました。

陸前高田市 前市長 戸羽太さん
「東日本大震災が起こって始めて陸前高田という所にスポットが当たった。いずれ陸前高田は忘れられていく、他の被災地と混同されていく。そうしたら、商売をもう一度頑張ろう、工場を建て直そうと頑張っている人の気持ちからすると絶対にマイナスなんです。従って私は、例えば陸前高田という名前が分からなくなったって、奇跡の一本松があるところですねと言ってもらうだけで全然違うだろうと思っています。当時市民の皆さんも生活が大変な中で、どうしても理解出来ない納得いかないという方もいましたけれど、時間がたつにつれて、その決断は良かったのではないかと私は思っています」

批判もある中で、リーダーとして何を基準に判断するのか。
葛藤して決断に至るまでの考え方を探ろうと、参加者からは多くの質問が投げ掛けられました。

NECソリューションイノベータ 岡田重博さん
「いま、現時点ではなくて、やっぱり先を見据えてしっかりと決断していくということの重要性というのが理解できたように感じました」

“残す” “残さない” 前例のない決断

今回の研修では、最終日に参加者たちが、自分がリーダーだったなら復興に向けてどんな決断をするのか、その理由なども含めてひとりひとり発表することになっていました。
そのテーマとなったのは、当時の町長をはじめ多くの職員が犠牲となった大槌町の旧役場庁舎を「保存」するのか「解体するのか」という議論です。

大槌町の旧役場庁舎は、保存するかで町民の意見が分かれるなか、2019年に解体されました。
研修では、考え方や立場が異なる町民から、それぞれの意見を聞きました。

1人目は、役場職員だった娘を亡くした男性。旧役場庁舎の保存を望んだ理由を話しました。

小笠原人志さん
「遺族にとっては自分の家族が生きたあかしだという部分でも残してほしかったし、津波の恐ろしさを後世に伝える、この庁舎で何があったのか伝えるということは、現物があることがすごく重要だ」

一方、3人の家族を亡くした男性。「解体すべきだ」という考えを訴えました。

倉堀康さん
「この建物が無くても伝承できるだろうというのが私の意見です。なぜ、旧役場庁舎だけを残して伝えようとするのか。町全体が被災しているのだから、これに特化しなくてもいいのではないか」

今でも町民の間に禍根が残っているという“正解が無い問題”を突きつけられた参加者たち。
自分だったらどういった答えを導き出せるのか、葛藤していました。

研修の参加者
「すべての人が満足する回答が出せる問題ではないと感じています。ただやはりリーダーとして決めなければならない時はあると思うので、何か基準を、はっきりした軸を持たなければいけないというのは感じています」

研修の参加者
「考えなければならないことが本当に多くて難しいです。実際住んでいる方にはいろんな感情があって、どれも正解だと思います。それを全部合わせて、町としてどうしていくのか決めるのは至難の業だと思います。まだ答えは出ません」

発表の日。岡田さんは、ぎりぎりまで自分の考えを整理していました。

NECソリューションイノベータ 岡田重博さん
「僕は1人目の方の話を聞いた時にそうだよなと思ったし、2人目の話を聞いた時もそうだなと思ったんですね。ただ、解体と保存の間に無数の答えがあるように感じたので、その辺を突き詰めて考えていきたい」

発表会場には、前日に意見を聞いた町民や大槌町の前の町長の姿も。
参加者の考えに疑問があればその場で質問し、意見を交わしたいと訪れました。
参加者にとっては大きなプレッシャーですが、実際に町民らを前にして、なぜそう考えるのか分かりやすく論理的に説明し、相手とコミュニケーションを取って説得するのもリーダーに求められるといいます。

岡田さんは発表で、「建物は取り壊し」という答えを提示しながら、自分の考えを説明しました。

「建物は取り壊しとしたいと思います。本質的な目的は何だろうと考えた時に、やっぱり震災の恐ろしさをしっかりと伝えていく、伝承していく所にあるんだなと思いました。ただ、建物を残すこと自体だけではそれはすべて叶わないことではないかと同時に思いました。建物自体に嫌悪感を抱く方もいるようにお聞きしています。その目的を両立できるところは何かないのか考えました」

そのうえでどうすべきかも考えていました。

解体したあと、その場を使って大槌町の魅力と、震災でどんな辛い思いをしたのか、両面で伝えていけるような発信施設を造っていくのがよいのではないか。施設を造って終わりでなく、住民の皆さんを巻き込んだ施設をうまく活用するイベントを継続的に検討し展開していけたらと考えます」

発表した参加者が出した結論は、「保存」が2人。「解体」が24人。
つらい経験や思いを語ってくれた町民に感謝を伝えて、研修を終えました。

NECソリューションイノベータ 岡田重博さん
「この研修に参加する前の自分より、思考のレベルが変わりました。深く、広く物事を見ていかなくては判断できない問題があるということに気付けたことが、一番の収穫だったと思います。今後、何か物事を決定していく時に、大きく生かせるのではないかと思いました」

震災からの復興の過程で迫られたさまざまな決断。
その決断のひとつひとつが、いま震災の教訓として生かされようとしています。

  • 天間暁子

    NHK盛岡放送局

    天間暁子

    2001年入局
    仙台局 函館局 生活情報部などを経てふるさと盛岡へ

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