みんなでプラス メニューへ移動 メインコンテンツへ移動

みんなでプラス

“地域で給食を支える” その理想と限界

“横浜市の学校給食に出されている油揚げに異変が起きている”

それは、NHKの情報募集サイト『スクープリンク』に寄せられた市民からの声でした。
一体どういうことなのか。取材を始めると、給食という制度が抱える難しさや課題の一面が見えてきました。

(横浜放送局/社会番組部)

“学校給食の油揚げに異変” 背景に地場産業の衰退

どんな油揚げが給食に使われているのか?まず私たちは、横浜市内の学校給食関係者に話を聞きました。

薄く切った木綿豆腐を、最初に温度の低い油でゆっくりと揚げて膨らませ、十分膨らんだところで高温の油に移して表面をカリッと仕上げて作られる油揚げ。油の温度や揚げ具合を見極めなくてはならず、豆腐職人の中では「油揚げが揚げられるようになって一人前」とも言われているそうです。

手揚げによる製造

横浜市では、地域の豆腐店で職人が手揚げで作る油揚げが給食で使われてきました。手間がかかる分、単価は1枚約100円と一般的な小売価格の約2倍の値段です。

横浜市内にある小学校と特別支援学校は約350校。給食用の油揚げについては、「よこはま学校食育財団」と、「横浜豆腐商工業協同組合」が単独随意契約を結び、全市に一括で納入しています。横浜豆腐商工業協同組合とは、市内で経営するいわゆる“町のお豆腐屋さん”が所属する団体です。市の教育委員会によれば、地元企業の振興を目的とした「横浜市中小企業振興基本条例」で地元企業を優先し、経営の革新等のため自主的な取り組みや、地域社会への貢献などを促進するよう決められていることや、一日約19万食もの給食に使用する豆腐製品を、決められた物資規格で製造・納入を行えるのが横浜豆腐組合しかないという理由から競争入札ではなく単独随意契約を締結してきたといいます。

ところが近年、事情が変わってきたといいます。

学校給食関係者

「約10年前から、一部の豆腐店では給食用の食材を自社では作らず、“豆腐組合に所属していない市外の業者”から機械揚げで大量に製造された油揚げを買ってきて、それを給食用として納入している」

私たちは情報公開請求で、今から約8年前に財団と豆腐組合で交わされた2016年度の契約書を入手しました。そこには油揚げの規格として「手揚げ」とだけ明記されていました。もちろん機械揚げで製造された油揚げの味や質が悪いわけではありませんが、機械揚げで製造された油揚げが給食用として納入されれば契約違反にあたります。

(2016年度の契約書 油揚げの規格は「手揚げ」のみとなっている)

また、横浜市の中小企業振興、つまり地元で働く職人たちを守るために地元の豆腐店に発注していたはずなのに、店が自前で製造せず、組合に所属していない市外の業者から買ってきた商品を給食用として納入するというのは、地元中小企業を優先するという市の条例が掲げた本来の目的とずれています。

どうしてこのようなことが起きたのでしょうか。
取材を進めると、横浜市内の豆腐業界に大きな変化が起きていることが分かりました。

関係者に取材すると、組合に所属している市内の豆腐店は、最も多かった平成元年頃には約250店ありましたが、去年は約20店にまで減りました。

『横浜豆腐商工業協同組合』に所属する店舗数

平成元年ごろ  約250(最盛期)
令和5年時点         約20       
                                                                                  (給食関係者への取材に基づく数値)

その分、1つの店が受け持つ学校数が大きく増え、手揚げでは間に合わなくなってしまったというのです。そんな中、一部の店が組合に所属しない業者から機械揚げの油揚げを購入して納入するようになったのです。

かつて、契約違反を承知の上で市外の業者から機械揚げの油揚げを買って、給食に納入していたという豆腐店の男性が当時の事を振り返りました。

機械揚げの油揚げを買って納入していた豆腐店店主

「1店舗で作れる量は決まっているが、最後はそれを超えていた。自前で作るのは手間がかかる上に品質にばらつきが出やすいため、機械揚げの仕入れに頼るようになった。価格も安いから利益も大きい。とにかく穴を開けずに納入することだけを考えていた」

一方、今も自社で一枚一枚手作りした油揚げを納入し続けている豆腐店は。

自社で手揚げの油揚げを製造し納入している豆腐店店主

「地元企業の振興ということで、われわれも給食の仕事があることは助かっています。しかし、それに甘えて、契約で決められた規格に反したものを納入するのは間違っていると思う。豆腐組合もよこはま学校食育財団も、現状を把握した上で製造量に見合った発注・受注をするように円滑に事業を進めて、少なくとも自前で作れなければ出来る範囲内の学校数に減らすとか、そういう対応をとるのが普通だと思っています」

自社で手揚げの油揚げを製造し納入している豆腐店店主

約10年前には始まっていたとされる、こうした動き。今現在の契約はどうなっているのでしょうか。

私たちが手に入れた契約書の物資規格を見ると、2019年度までは手揚げだけが記載されていましたが、2020年4月から機械揚げが手書きで加えられていました。しかし、機械揚げが認められても、町の豆腐店は高齢化や後継者不足に悩んでおり、新たに設備投資することは困難です。つまり財団は、豆腐店が自前で油揚げを作らず、組合に所属していない市外の業者から買って給食用に納入することを実質的に認めた形になります。

契約書に手書きで「機械揚げ」が追記された ※赤線は取材班によるもの

給食用として納入される油揚げ1枚あたりの単価は、手揚げも機械揚げも同じで約100円。しかし、今も手揚げの油揚げを製造している男性は、「手揚げのほうが製造コストがかかっている」と話します。

これらの現状について、よこはま学校食育財団を管轄する横浜市教育委員会に尋ねました。

横浜市教育委員会

「横浜豆腐商工業協同組合の組合員は減少しており、存続している場合も製造者の高齢化などにより、油揚げなどの手間のかかる物資の製造は厳しいのが現状です。また、組合員の中には、学校給食用豆腐類の製造のみで生計を立てている者もいます。こうした現状を踏まえ、財団に登録している業者から仕入れる場合については認めています。また、手揚げ、機械揚げともに相応の経費がかかっていると考えます」

自家製から仕入れに・・・ 目が届きにくくなった原材料

ところが、給食用の油揚げを市外などの業者から仕入れて納入することを認めたことで、原材料に目が届かないケースが起きていました。

おととし、市民からの指摘で教育委員会が一部の小学校の給食で出された油揚げのDNA検査を実施したところ、“原料の大豆の産地や品種が分からない”という結果が出たのです。

原料大豆のDNA検査の結果

その後、油揚げを製造した会社などへの立ち入り調査などから、この大豆の商品名が『令和3年産 富山県エンレイ大粒規格外』で、安全性には問題なかったと結論づけられました。

原料大豆の産地証明書

しかし、富山県産の大豆については事前に豆腐組合側から報告されていた産地には含まれていなかったものだとして、横浜市は財団のホームページで公表している給食物資の産地に記載漏れがあったとして富山を追記して訂正しました。

給食用物資の産地(よこはま学校食育財団 ホームページより ※現在は削除)

食育財団は、給食に使用する油揚げの原材料について、大豆は「非遺伝子組み換えのもので、未熟・不良品を除いたもの」としていましたが、こうした経緯を受けて、明確な規格を定めたといいます。

横浜市教育委員会

「財団が定める油揚げの物資規格では、都道府県単位の指定は行っていません。また、当時の物資規格では、品種・等級の指定はありませんでした。なお、疑念を招くことがないように、令和4年11月使用分から、国産の大豆の物資規格を『特定加工用大豆の合格のものまたはこれに相当するもの以上』としています」

自治体アンケートで見えてきたこと

地域振興のために給食事業において地元企業を優先してきたものの、事業を支える地元企業自体の体力が失われて追い付かない現実。取材を進めると、これは横浜市に限った話ではないことが見えてきました。

今回、東京23区と神奈川・埼玉・千葉の政令指定都市に給食の食材調達についてアンケートを実施しました。(28自治体中25自治体が回答)
すると、多くの自治体が地元企業や地元食材を優先していることがわかりました。

しかし、その難しさを訴える声も寄せられました。

「供給量によっては地産地消ができない食材がある」(川崎市)


「給食では、大量かつ安定的に納入可能な食材や業者を選定しなければならない難しさはある」(文京区)


「地元業者は、個人商店が多く、高齢化に伴う今後の事業継続が課題」(豊島区)


「地場の食材については、都心部では品目が限られること、地元業者は多くが小さな商店で、取扱量に限りがあること、国産食材は輸入食材に比べて価格が高い傾向にあることなどが、それぞれを優先・維持する上での課題として挙げられる」(墨田区)

また、食材の安全を守るために取り組んでいることも・・・。

「学校給食用の食品は良質で新鮮なものを選定するとともに、食品衛生法等に基づき適切に表示されたものを選定しています。 業者の選定にあたっては、衛生的な食品の取扱いを適正に行う業者であり、食品衛生法や都条例による営業許可が必要な業種は営業許可の取得についてその確認を徹底しています」(大田区)

専門家は、地元振興は大切としながらも、事前にルールや条件などを決めておくべきだったと指摘します。

大阪樟蔭女子大学 赤尾正 准教授
大阪樟蔭女子大学 赤尾正 准教授

「地元企業の振興は大事だが、随意契約だとしても事前に規格や産地の細かいルール、条件を提示しておくべきだったと思う。豆腐組合加盟店が別の会社に製造を委託する場合、食品衛生の観点からも、委託することや、どんな製造会社であるかも契約時に食育財団側も把握しておくべきだ。また横浜市のような大規模都市であれば給食食材の供給量が増えることは予想できるので、契約時に供給量の確認をし、無理が出れば相談して条件を見直す体制を作るべきだと思う」

食育とは?学校給食のありかたは? ご意見を募集中

人生の基礎を作る時期に、毎日口にする食事。こうした状況について、皆さんはどう思いますか?ぜひコメント欄でご意見をお寄せください。

学校給食についての情報提供はこちら
https://www.nhk.or.jp/gendai/scooplink/
情報提供はこちらへお願いします

首都圏ネットワーク

「シリーズ・第二報」揺れる学校給食のいま(2024年3月5日放送)

この記事のコメント投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。

みんなのコメント(1件)

提言
大津美子
70歳以上 女性
2024年3月19日
学校給食無償化署名に取り組み、昨年議会請願したが、物価高騰などの理由で却下、どころか新年度より給食費は値上げになった。全国的に無償化が進む中、市の方針おかしい