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アメリカの“AI医療”開発の最前線

OpenAIによるChatGPTの発売で、一気に世間の注目を集めた生成AI。まるで人間と会話をしているかのように自然な文章を紡いだり、条件を提示すれば実際に撮った写真や動画と見間違うほどの画像を生み出したりする特徴があります。こうした機能を医療分野に応用する動きが活発になっています。生成AIが医療をどう変えようとしているのか。AI開発の先進国であるアメリカの“AI医療”最前線を取材しました。
(「クローズアップ現代」取材班)

【関連番組】NHKプラスで2/13(火) 夜7:57 まで見逃し配信👇

医療AI開発の一大拠点 メイヨークリニック

アメリカの医療AI開発の要と言っても過言ではないのが、ミネソタ州に本拠地を置くメイヨークリニック。従業員数7万8千人、年間収益およそ2兆4千億円(2022年)の医療機関です。

メイヨークリニック

メイヨークリニックは、20年ほど前から匿名化された患者の検査データなどをデジタル化してきました。全米各地の病院の他、カナダ、ブラジル、イスラエルの病院とも提携し、今年中には1億人分ものデータ集積が完了するとしていて、医療AIに学習させるデータベースにするといいます。

こうした厳選された患者データをもち、医療AIの導入に積極的なこの病院には、グーグルやマイクロソフトなどのビックテックのほか、AIベンチャー企業がこぞって共同開発をもちかけ、これまでにさまざまなAI医療機器を世に送り出してきました。

特に力を入れているのが、人間(医師)ではこれまで発見できなかった病気を検知するAI医療機器の開発。現在183件の開発モデルが存在し、そのうち17件がすでに臨床現場で使われています。たとえば、心臓のポンプ機能の低下を検知するAI心電図では、通常の心電図を使うより3割以上多く異常を検知することができるといいます。

生成AI×医療のリスクをいち早く指摘 対策へ

生成AIがどれほど医療に応用できるか。ChatGPTの実験にも取り組み、対策に乗り出しています。

メイヨークリニックの循環器内科の医師が、架空の患者への治療法についてChatGPTに尋ねたときのことです。「心臓手術後の患者に皮下植込み型除細動器(心臓の動きを助ける機器)の埋め込みが行われた報告はありますか」と聞くと、「はい、手術が行われた報告があります。安全で効果的であり、重大な合併症は報告されませんでした」と答えました。続いて「参考文献を教えてください」と問うと、「2017年7月のEuropaceという医学誌の1150ページから1156ページに掲載されています。PMIDは、27614059です」とページ数や論文を検索できるIDまで指定してきたといいます。ところが、安全な報告はおろか、参考文献すら全く存在しなかったのです。しかも、その間違え方が実に巧妙でした。

「Europace」は、英オックスフォード大学出版局が発行する医学誌として2008年12月まで存在していたものの、2009年1月から「EP Europace」に改称されています。そして、2017年7月に「EP Europace」は出版されていて、該当ページを見てみると、タイトルに「植込み型除細動器」のキーワードが含まれる論文が掲載されていました。さらに、ChatGPTが指定してきたPMIDの番号を検索すると全く別の論文がヒットします。つまり、実在する医学誌と、論文のタイトルに「植え込み型除細動器」があるものに、別の実在する論文のPMIDまで紐付けて、架空の論文をうまい具合に「生成」した内容だったのです。

巧妙な“ねつ造”と言えるほどの創造性を発揮する生成AI。こうしたことから、メイヨークリニックでAI開発責任者を務めるジョン・ハラムカ博士は、生成AIの間違いが臨床に影響を与えてはならないと、診断領域に応用することに慎重です。

メイヨークリニック AI開発責任者 ジョン・ハラムカさん
ジョン・ハラムカさん

生成AIに患者の兆候や症状に基づいて診断させるには、間違いをおかす潜在的な問題を抱えています。そのため、私たちは慎重を期しています。問題はおそらく改善できるでしょうし、努力し続けますが、今のところは臨床的な意思決定には使っていません。

また、ChatGPTは分析の元になる情報がインターネット上のありとあらゆる情報のため、間違った情報も含まれています。それが生成AIが間違った出力をする一因であることから、生成AIの元になる情報そのものを厳しく精査するだけでなく、生成AIが出す答えが正しいかどうかをAIでチェックする仕組みも探っています。

ジョン・ハラムカさん

インターネット上の情報はかなり偏っていて信頼できません。もし生成AIの学習データが、すべてこの病院の匿名化された患者の履歴情報だったらもっとうまくいくかもしれません。


循環器科や神経科の情報に特化して学習させたAIモデルを試してみるつもりです。それから、生成AIが出した答えを読み取り、その答えが信頼できる内容かどうかを判断する別の生成AIを作れないかと考えています。


もし生成AIが適切に機能しているかどうかを判定できて、「90%適切です」となれば、その生成AIを使えるかもしれません。

グーグルと進める“予測医療システム” 開発

一方、生成AIがもつ「創造性」が人間の思考からは発見できなかったことを見出してくれるのではないか、という期待もあります。

ハラムカ博士たちは、5年前から予測医療におけるイノベーションの創出を可能にするインフラを構築してきました。さらにことしから、グーグルと共同で鑑別診断の領域に生成AIを応用する実験を始めるとしています。それは、「将来どんな病気にかかるのか」を検知するシステムの開発です。

例えば、患者のデータを入力すると、AIが「3年後に心不全で突然死を引き起こす」といった兆候を検知し、予防策を含めた医療を提供しようとするものです。患者個別の事情をAIが分析し、医師がオーダーメイドの予防医療を提供できるようになる未来が訪れるかもしれません。

グーグルでAI医療部門の責任者を務めるグレッグ・コラドさんも、その可能性に期待しています。

グーグル AI医療部門責任者 グレッグ・コラドさん
グレッグ・コラドさん

私たちは常に、次にどんな病気になるのかを知りたがっています。この行動をとった場合と、あの行動をとった場合では、どちらが病気になりやすいかということです。AIは、統計的手法を使って予測することができます。

コラドさんは、今後医師がAIを活用することで、患者に提供する医療の質が高まるとも指摘しています。

グレッグ・コラドさん

AIを活用する医師は、そうでない医師よりも、人間や医療の実践、自分が大切にしていることに、より多くの注意を払うことができると信じています。新しいツールを正しい方法で活用することで、医療にもっと喜びを取り戻せると思いますし、すべての医師が最高の医師になるための手助けができると思います。

グーグルVS マイクロソフトの覇権争い

いま医療用の生成AI開発を巡っては、グーグルとマイクロソフトが熾烈な覇権争いを始めています。マイクロソフトは去年、生成AIを使って、医療従事者らの事務的な仕事の効率化に貢献するシステムをIT企業と共同開発。医師と患者の会話音声を文書(カルテ)化するもので、医師がパソコンに向かう時間を減らし、患者と顔を合わせたコミュニケーションを向上させるのに役立つとしています。その他、医療専門用語を簡単な言葉に変換し、患者が読んでも理解できるレポートの作成をサポートする生成AIも手がけています。

医療部門責任者でヘルスケア部門の副社長も務めるデイヴィッド・リュウさんは、医療現場に生成AIを導入する意義を次のように語ります。

デイヴィッド・リュウさん

医師の事務作業の負担を減らすことで、患者一人ひとりに寄り添った質の高い医療提供につなげたい。

AIに学習させる質の高いデータをAIで作り出す!? 新進気鋭の創薬ベンチャー

生成AIをより大胆に積極的に医療に応用するベンチャー企業も現れ、投資家たちの注目を集めています。6年前に生まれた創薬ベンチャー、インシトロ(Insitro)。創業者であるダフニー・コラーさんは、長年AIを使ったゲノム研究をしてきた研究者です。18歳でエルサレムにあるヘブライ大学で修士号を取得し、26歳の頃にはスタンフォード大学の教授に就任して機械学習を教えていたというテック業界のスター的存在。彼女が満を持して創業した会社ということもあってか、すでに累計約1千億円の資金が集まっています。

事業の柱の一つが、生成AIを活用したがん治療薬の開発です。遺伝子の異常によって発生するがん細胞。この遺伝子変異を正確に把握できれば、特定のがん細胞の特定の分子にアプローチする治療薬をつくることができ、がん細胞の増殖や浸潤を阻害することができます。しかし、これまでがん細胞は、患者から採取してもすぐに遺伝子情報が失われてしまうため、正確な分析が十分にできませんでした。この壁を打破しようと、コラーさんたちは、生成AIにがん細胞の画像400枚を学習させ、がんの原因となる遺伝子情報を予測させるという奇抜な策に出たのです。その結果、10万の遺伝子情報を生成することに成功しました。この大量の遺伝子情報を別のAIに学習させ、これまで人間による研究ではたどり着けなかったがん細胞のターゲットをみつけ、それに対応する薬をつくろうとしています。AIに学習させるデータの質と量が足りなければ、生成AIでつくってしまおう、というユニークな発想でこれまでの科学の限界を突破しようとしているのです。

製薬会社インシトロ 代表 ダフニー・コラーさん
ダフニー・コラーさん

私たちは、これまで見えなかった遺伝子の共通点を大量の遺伝子情報から認識できるようになると信じています。


人は遺伝子情報から読みとれる共通点を理解する能力が不足しています。そこで、AIが目に見えない遺伝子情報の共通点を見つけ出し、「この患者集団のこのターゲットに介入すれば症状や疾患を改善したり、対処したりするのに役立つ」という洞察を与えてくれるのです。

リスクと裏腹に未知の可能性を秘めた生成AI。アメリカでは、間違いをおかすリスクをどこまで克服できるか、という視点だけではなく、リスクをはらんだままでもどの領域であれば可能性を生かせるか、という発想を突き詰め、決して開発の手を緩めない姿勢が印象的でした。医師と生成AIがお互いの長所を補完し合い、個々人の人生をより豊かにできるような医療の実現を夢見たいものです。

この記事のコメント投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。

みんなのコメント(2件)

感想
ヒステリシスループ
50代 男性
2024年2月6日
AIは幅広い情報、特にインターネット上の情報よりアノテーションする。
もし、悪意のあるデマやウソ情報を機械的に学習して答えを導くのであれば、今やAIは終わってる。
情報源の信憑性を判断するのはあくまで人間なのであれば、もはや先祖返り。
提言
kai4425
70歳以上 男性
2024年2月6日
近くの病院でどれくらいAIが取り入れられているかいまは分からないが是非とりいれて診察の精度を上げてもらいたいと考えます。