過激化する“私人逮捕系” “世直し系”動画が私たちに投げかけること
ユーチューバーたちの過激化に歯止めがきかず、犯罪行為にまで発展する事例が後を絶ちません。
「待てコラ!オイ!!」動画で配信されていたのは、駅のホームでもみ合う2人の男性の姿。動画配信者の男性が、相手の男性に対して「痴漢行為をした」と疑いをかけています。
いまネットには、盗撮や痴漢といった犯罪が疑われる一般人を追跡したり、拘束して警察に突き出す “私人逮捕系”と呼ばれる動画や、路上喫煙やポイ捨てなど法律やマナーに違反した行為を注意・説教する様子を配信する“世直し系”と呼ばれる動画があふれています。
そうしたコンテンツを支持するという声がある一方で、違法な「おとり捜査」や、「えん罪」などの問題も起きています。正義という名のもとにユーチューバーたちが過激化していく背景とは何なのか?そして、こうした動画を視聴する側が考えなければならないこととは?
(「クローズアップ現代」取材班)
“私人逮捕系”動画、あなたは見たことがありますか?どう感じていますか?コメント欄にご意見をお寄せください。この記事のコメント投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。
「私人逮捕」とは
そもそも「私人逮捕」とは、警察官や検察官などの捜査機関ではない一般人が犯人を逮捕することで、刑事訴訟法で認められています。
ただし、「現行犯」、もしくは「準現行犯」、つまり、
▼犯行を行っている最中
▼犯行後、間もないことが明らかな場合
に限られています。
さらに、
▼「この人は泥棒です」などと呼ばれて追いかけられている場合や、
▼血のついたナイフなど明らかに犯罪に使ったとみられる凶器などを持っている場合、
▼衣服に血が付いているなど犯罪の顕著な証拠がある場合、
▼呼び止められて逃走しようとする場合
などが該当するとされています。
また、一般人が私人逮捕をした場合には、すみやかに警察官や検察官などに引き渡さなければならないと規定されています。警察庁によりますと、刑法犯の私人逮捕は去年1年間におよそ330件あり、その7割は万引きなどの窃盗事件だったということです。
犯罪をみずから探し誘発させる “私人逮捕系” 動画
このように、私人逮捕が成立するには多くのルールが存在し、緊急時など限定的に運用されるべきとされています。しかし、動画配信者の中には犯罪行為をみずから探しにいったり、誘発させたりして、強引に取り押さえるなどし、その様子を撮影して動画投稿サイトに公開する人が出てきています。人を取り押さえる様子を撮影する配信者は“私人逮捕系”、取り押さえまではせず注意などを行う配信者は“世直し系”などと称され、中には行きすぎた行為から、動画を投稿した側が警察に逮捕される例も相次いでいます。
犯罪行為を自ら探しに行ったり、待ち伏せしたりして動画を撮影することは、法律上の私人逮捕からは逸脱しており、警察関係者は「私人が逮捕する場面は、探すものではなく、偶然に巡り合うものだから、探し回って逮捕するという行為は不純で問題を帯びていると思う」「動画を撮ってもうけるために人を逮捕する事案を探し回るのは、明らかに間違っている」「(私人逮捕の規定は)犯罪を誘発してまで、犯罪者をあぶり出して連れてきてください、という規定ではない。それは警察の仕事で、そこまで求めていない」と問題視しています。
過激化する動画 撮影中に逮捕されたユーチューバーも
ことし11月、ひとりのユーチューバーが逮捕されました。「ガッツch」を運営する中島蓮こと今野蓮容疑者です。チャンネル登録者数は26万人を超え(2023年12月11日現在)、盗撮や痴漢などの犯罪が疑われる人を取り押さえる“私人逮捕系”動画などを90本ほど投稿してきました。中には100万回以上再生されるものもあり、多い場合は1本当たり数十万円の収益が発生しているとみられています。
逮捕のきっかけは、覚醒剤のやりとりに関する動画でした。インターネットの掲示板で知り合った人物に女性を装ってアプローチし、「覚醒剤を一緒に使いたい」と伝え、待ち合わせ場所に覚醒剤を買って持ってきた男を警察に引き渡したとして、覚醒剤取締法違反の教唆の疑いで逮捕されました。また、相手の男性を不当に拘束したとして今月(2023年12月)再逮捕されました。
今野容疑者は逮捕前にNHKが行っていたインタビューで、再生回数を意識して内容を過激化させていったことを認めていました。
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今野蓮容疑者
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「収入面、活動費をまかなうというところで見ても、より多くの再生回数を稼がなければいけないので、ある程度エンタメの要素も追求した動画作りになっていました。編集のしかただったり、見せ方を意識して撮影もしていましたし、過激な要素がかなり多いものになっていました」
過激化の背景には“世間の注目”が収益につながる「アテンション・エコノミー」
こうした“私人逮捕系”動画が生まれ・増えてきた背景にはユーチューバー同士の競争の激化などが関係しています。長年SNSやインターネット上の言説を研究してきた、国際大学GLOCOMの山口真一准教授は、これまでネットの世界を騒がせてきた炎上系動画の流れの中で生まれたものであると指摘します。
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山口真一さん
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「もともとは『いいね』など、人に見てもらいたいという承認欲求から始まり、今はその『注目』が『金』になる世界になった。いわゆる、*アテンション・エコノミーの問題が背景にあると言えます。既に人気のコンテンツがある分野で勝負しても注目を集めることは難しいため、手っ取り早いのは今までにないような過激なコンテンツを作ることです。そうした中で“私人逮捕系”と呼ばれる動画が生まれたと思われます」
*「アテンション・エコノミー」とは
人々の注目・関心が貨幣のような価値を持つという概念。オンライン上のビジネスでは,情報の優劣よりも注目・関心を集めること自体が目的化することで,ユーザーにも社会にもさまざまな課題を引き起こしている。(NHK放送文化研究所「放送研究と調査」より)
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山口真一さん
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「過去には、渋谷のスクランブル交差点にベッドを置いて寝たり、つまようじで商品に穴をあけたりする“迷惑系”と呼ばれる動画が問題になりました。最近では、芸能界の裏話などをテーマにした“暴露系”の動画が注目されたことを覚えている人も多いでしょう。こうした、炎上系動画の流れの中で、 “私人逮捕系”動画も生まれたのだと考えています。
人々の怒りの感情をかき立てるコンテンツが一番拡散されやすいわけです。“私人逮捕系”動画は、人々の正義感に火を付ける、そして怒りに火を付けることによって注目を集めるというのは再生回数を稼いだりするのには非常に向いているのかと」
“私人逮捕系”動画はどんな人が見ているのか?
“私人逮捕系”動画には視聴者から「心から感謝しています」「犯罪者が捕まるのは気持ちがいい」という好意的なコメントが寄せられる一方で、「行きすぎ」「正義感に酔っている」といった否定的な声も数多く書かれています。
今回NHKは、普段からネットで動画を見るという10代~60代の男女1000人にインターネット上でアンケート調査を実施しました。それによると、“私人逮捕系”動画を「見た」「見ている」と答えたのは3割弱、そのうち「日常的に見る」は約1割でした。
また、見たことがあるという人に見る理由を尋ねると「たまたま見た」が6割強、「刺激的だから」が2割でした。
“私人逮捕系”動画、あなたのご意見をお寄せください。この記事の投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。
動画プラットフォームと相性がいい“私人逮捕系”動画
3割以上の人たちが「見たことがある」と答えた“私人逮捕系”動画。街でも話を聞いたところ「おすすめに出てきて見たことはある」という声が数多く聞かれました。
憲法学の見地から、ネット上の言論空間の健全化への提言を行っている慶應義塾大学の山本龍彦教授は、“私人逮捕系”動画と動画プラットフォームのレコメンド(おすすめ)機能がマッチしてしまっていることが、広がりの背景にあると指摘します。
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山本龍彦さん
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「若者に人気のショート動画プラットフォームは、アメリカでは『デジタル・コカイン』とか『究極のスロットマシーン』などと呼ばれています。視聴者の興味を引きそうなコンテンツを複雑なアルゴリズムにより『おすすめ』として表示し、さらに次の動画視聴のために縦スクロール画面を指でスワイプさせます。この仕組みがスロットマシーンに似ていて、中毒状態を作り出すと指摘されているのです。エンゲージメントをとりやすいため、多くのプラットフォームで同様の仕組みが使われています。刺激的な“私人逮捕系”の動画は、この仕組みとある意味で相性がよかったのだと思います。
人間の認知には『システム1』と『システム2』があると言われています。『システム1』は反射的で動物的な思考のモードで、逆に『システム2』は熟考的で人間的な思考モードです。“私人逮捕系”をはじめとした刺激的な動画は、人間の『システム1』を非常に強く刺激して、どんどんクリックさせようとします。ある意味でユーザーは思考を奪われていると言ってもいい。『システム2」を働かせて自律的・主体的に情報を選び取る機会を奪われているとも言える。本当に大切な情報が刺激的なコンテンツに埋もれていく。民主主義を支える言論空間がどんどん失われていくのではないかと危惧しています」
動画で名前や顔をさらされた人のその後とは・・・
投稿する側も、視聴する側も、過激さを追い求めた中で生まれた“私人逮捕系”や“世直し系”動画。そこには、一度の過ちが動画コンテンツの標的にされ、ネットにさらされることで私生活に大きな支障がでている人もいます。
路上ライブが禁止されている場所でライブをしていたとして“世直し系”ユーチューバーに動画で顔や名前をさらされた男性。ひぼう中傷が、多い日で1日100件以上届いたり、ライブを行う予定だったライブハウスにクレームが入ったことで出演キャンセルになったりと、私生活に多大な影響があったと言います。
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ユーチューバーに顔や名前をさらされた男性
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「禁止されていた場所でライブをして、道路交通法に違反してしまったことは悪かったと思っています。でも、あんなふうに明らかに悪者、犯罪者のように編集されてネット上に動画が出されるとは思っていませんでした。『死ね』『きもい』『人生終わったなお疲れ様』とか、自分の存在価値を否定されるのでやっぱりきつい、きついというか言葉に表せないですね、あの感覚は。自分は存在しない方が良いのかなと思って、もう本当に死んでしまおうかなって思って…」
ゆがんだ正義感 その先に待つ「窒息社会」とは
感情心理学が専門の学習院女子大学の澤田匡人教授は、「犯罪を減らす」と主張している“私人逮捕系”動画の広がりにみられるように、正しさの押し付けが過ぎれば、かえって私たちの社会が窮屈で生きづらいものになりかねないと指摘します。
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澤田匡人さん
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「いま多くの人が社会に閉塞感を抱いているのではないかと思います。コンプライアンスによるガチガチの管理体制、コロナ禍に端を発した制限、物価上昇の中での低賃金など、日本社会に明るい未来が想像できにくい状況にあるからです。そうした閉塞感も“私人逮捕系”動画を楽しむことを後押ししているのかもしれません。しかも、SNSの発達で人の不幸や不条理がより見える化し、かつてよりも人々が飛びつきやすくなっています。もちろん、自分の利益だけを優先した犯罪や他人に迷惑をかける行為は忌避されてしかるべきですが、人間や社会にはグレーな部分も存在し、それでうまく回っている局面もあるわけです。そこにハッキリと白黒、境界線をつけることをよしとすると、曖昧を許容しない社会、失敗を許さない社会、言うなれば「窒息社会」に向かっていくように思えてならないのです。
個人や団体が正義を振りかざすことが過ぎれば、『お前は気に入らないから罰を受けてしかるべきだ』といった、一方的な主張がまかり通る世界になりかねません。『世直し』とは名ばかりの行動によって、平穏な日常が壊されていく懸念もあります」
NHKが行ったアンケートでは、7割の人が“私人逮捕系”や“世直し系”の動画の投稿について「投稿すべきではない」と答えたのに対して、「投稿が増えてほしい」と答えたのが3.7%、「増えてほしいとは思わないが必要だと思う」が26.3%でした。
「犯罪抑止など社会に必要だと思う」という声も数多く寄せられました。
もちろん、法律に違反する行為は許されないものです。しかし、本来違法行為をした人を逮捕し、刑を下すためには多くの手続きが存在します。それはえん罪を防ぎ、犯した犯罪の重さに合わせた刑が適切に下されるためです。こうした“私人逮捕系”動画が横行することは、社会として健全だと果たして言えるでしょうか。
あなたは、この“私人逮捕系”“世直し系”動画をどう考えますか?また、“私人逮捕系”動画をはじめとした刺激第一のコンテンツがあふれるネット社会をどう感じていますか?