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寄せられた情報を取材してわかった“知られざる用水路死亡事故”

全国各地で相次ぐ用水路事故ですが、実態の把握が難しいと言われています。今回、「1ミリ革命」ではみなさんに事故に関する情報の提供を呼びかけました。届いた情報を実際に取材してみると、自治体も認識していない死亡事故があったことがわかりました。

詳しい実態がわかっていない用水路事故

世の中で起きている事件・事故がすべて表に出ているかといえば、決してそうではありません。通常、警察、消防、自治体など、公の機関が詳細を発表し、マスコミが報道することで世間に知れ渡っていきます。しかし、そもそも事故として認識されてなかったり、統計が取られていなかったり、マスコミが報道しなかったり、さまざまな理由で表に出てこない事件や事故もあります。そのひとつが用水路で起きている事故です。

NHKが4年前、用水路での死亡事故が特に多い全国15の道府県の消防本部に取材したところ、2018年に死亡した人は154人にのぼりました。これは、警察が統計した47人の3倍以上に上っていたのです。警察庁は用水路での溺死事故に限って「水難事故」として記録し、頭を打って死亡したり、けがをしたりしたケースも含めた「用水路事故」という分類では統計を取っていなかったのです。用水路事故は今も、警察、消防、自治体で統計の取り方は別々で、詳しい実態はわかっていません。
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情報提供でわかった3件の死亡事故

今回、用水路事故の実態を少しでも明らかにしようと、情報提供を呼びかけました。すると、
奈良市在住の瀧谷昇さんから情報が寄せられました。

「奈良市の用水路は非常に多くて危険です。
死亡事故が数年前にありましたが、何の安全策も取られていません」

奈良市在住の瀧谷昇さん

実際に瀧谷さんを訪ね、詳細を取材することにしました。瀧谷さんが住んでいるのは、奈良市南部の西九条地区。昭和30、40年代に開発が進み、宅地造成で農地を転用し、住宅地が作られました。近くには大手住宅メーカーの工場やショッピングセンターなどが建ち並び、まさに「郊外の住宅街」として住みやすさを感じました。
地区を歩くと、農地用として作られ、今は使われなくなった用水路が住宅地に沿って張り巡らされていました。瀧谷さんによれば、用水路は雨が降ると増水するときもありますが、普段、水はほとんど流れていない状態だといいます。

事故現場を案内する瀧谷昇さん

「『こんなところで事故が起きるのか?』っていう場所で起きているので、情報を送らせてもらいました」と話す瀧谷さん。まず案内してくれたのは、家族で経営している会社の目の前にある用水路です。瀧谷さんによれば、7年ほど前、近所に住む男性が転落して死亡したといいます。

瀧谷昇さん

「朝、出勤したときに、警察が現場検証していました。『何があったの?』って聞いたら、人が亡くなったと聞いて、本当に驚きました」

事故があった用水路

死因は、用水路のコンクリートに頭を殴打したからだと考えられています。さらに去年秋にも、瀧谷さんの会社から400mほど離れた用水路でも死亡事故が起きました。実際に救助活動に当たった人に話を聞くと、亡くなったのは60代の男性で、午前8時ごろに自宅前の用水路で倒れているところを通りかかったトラックの運転手が発見したそうです。その後、警察が現場に駆けつけ、死亡が確認されました。

瀧谷昇さん

「この辺りの用水路でけがをする人は多かったりするんですが、『人が死ぬの?』っていうところなんですよね・・・」

地域に張り巡らされた用水路

この事故のことを知って、瀧谷さんは30年ほど前にとなりの東九条地区で起きた用水路事故を思い出したといいます。亡くなったのは、瀧谷さんの娘の同級生の父親でした。

瀧谷昇さん

「そのときも『こんなところで人が死ぬんだ』って思いました。でも、その後も亡くなる人が出て、やっぱりこれはちょっといかんなって思うようになりました。落ちた人が悪いという見方もあるけど、何か対処されてもいいんじゃないかな」

用水路

死亡事故にも関わらず、行政に把握されていない

瀧谷さんの会社から1㎞圏内のエリアで用水路への転落による死亡事故が過去に3件も起きていたといいます。

用水路への転落による死亡事故が起きた場所

事故防止の対策を担う奈良県や事故があった用水路を管理している奈良市に、去年の事故に関して把握しているかを確認したところ、どちらからも「把握していない」という回答を得ました。この状況について、用水路事故の実態に詳しい水難学会理事の斎藤秀俊さんに話を伺いました。

長岡技術科学大学大学院教授・水難学会理事 斎藤秀俊さん
長岡技術科学大学大学院教授・水難学会理事 斎藤秀俊さん
斎藤秀俊さん

「農業用として使われなくなった用水路に関しては、死亡事故が起きても報告してくれる人がいないというケースがあります。奈良の件も、誰がどういう理由で管理するかが曖昧になって、事故としてなかったものになってしまっているのではないでしょうか」

自治体が用水路事故の実態を把握するのが難しいのは、奈良に限ったことではありません。
詳しくはこちらの記事をご覧下さい。
【用水路事故】47都道府県の担当部署への実態調査から課題と解決策に迫る

用水路事故は個人の責任?それとも・・・

瀧谷さんによると、この3件の死亡事故はマスコミであまり報道されることなく、地域住民でも知る人は少ないといいます。実際に話を聞いても、用水路は生活圏に当たり前にあるもので、危険と感じている人はほとんどいませんでした。中には、「落ちてしまった人が悪いのでは?」と話す人もいました。確かに酒を飲んで酔っ払って、用水路に誤って転落し、亡くなるというケースもあります。
用水路の事故は、個人の責任なのか。しかし、全国各地の用水路で人が亡くなっている以上、事故を未然に防ぐために対策を進める必要があるのではないでしょうか。そのためにも、まずは用水路の危険性を社会で広く認識することが大切だと感じました。

瀧谷昇さん

「用水路事故はあまり目立たない話だけど、誰かが声を上げないと、防ぐことはできないですよね」

瀧谷昇さん

NHKでは引き続き、全国各地で起きている用水路事故について取材していきます。
みなさんの周りにも実際に事故があったり、危険だと感じていたりする用水路がありましたら、ぜひ情報をお寄せください。

この記事のコメント投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。

担当 阿部 公信の
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この記事の執筆者

第2制作センター ディレクター(「1ミリ革命」プロジェクト・クローズアップ現代)
阿部 公信

福島県いわき市出身。福井局や大分局での勤務経験などをいかし、地域課題の解決を目指すコンテンツを制作。みなさんからの情報提供をいかした“エンゲージドジャーナリズム”に力を入れている。

みんなのコメント(6件)

オフィシャル
「1ミリ革命」プロジェクト
2024年3月19日
みなさん、ありがとうございます。本来は事故前に注意喚起することが大事ですが、事故の情報も地域で認識されていないため、また次の事故が起きてしまっています。対応が後手後手にならないためにも、用水路で事故が起きている事実を広く社会で認識することが重要であるとあらためて感じました。課題解決に向けて、これからもみなさんの声を聴かせてください。
提言
kazu301248582
50代 男性
2024年1月22日
死亡事故もある中でその実態が把握できないというのは大問題ではないのだろうか。但し書きを添えればいいものを、本質的でない規則に縛られてざっくりとした数字も出せないという何とも情けない実態だ。
水路の整備や管理について「管轄が?」と言ってる場合ではない。東京一極集中のために、地方のインフラ整備が疎かになっていることが要因の一つとなって、移住も積極的に進まない。このような特集記事をどんどんアップしていっていただきたい。
提言
nao85hisa
30代 男性
2023年7月13日
関東の方の複数の自治体にある、「すぐやる課」のような部署が市役所や役場にあれば、こういうたぐいの事故などをもっと未然に防げたのではないか、と思う。職員や首長の方々には設置を検討していただけないかと感じる。
感想
amutyuu
70歳以上 男性
2023年7月12日
子供目線で。
用水路の形状にもよりますが、子供にとっての用水路は冒険の場所、ともなるように思います。
自然の中の“用水路”は遊びの場にもなる、のではないでしょうか。
大人よりも目線が低いので危険を感じる度合いは大人より低いと思われます。
用水路には、そこで遊ばせない、と云う工夫と対策が必要かと思います。
体験談
たんママ
40代 女性
2023年7月12日
加須市民です。田植えの前に、ホームページから市長へメールをしました。内容は「蓋をされていない用水路が家の周りを通っていて、その家の周りの用水路に一歳の子どもが落ちたので、田植えの時期になると水が大量に流れて、昨年の事故のようなことがまた起こりかねないので、蓋をして欲しい」というものです。
しかし、市からは返信もありません。
感想
ゆう
50代 男性
2023年7月12日
道路排水や農業用排水路も深くてあぶない場所がある。用水路だけではない。