家族に会うことは“不要不急”ですか?コロナ禍の国際結婚
「結婚をしたのにまだ一度も、一緒に暮らすことができていないんです」
雪が降りしきる昨年末の北海道。道内の男性から寄せられたあるメールに目が止まりました。男性の妻はアメリカ在住。夫婦一緒に北海道で暮らす計画を立てていましたが、会うことすら叶わないまま3ヶ月が経っているという内容でした。
この夫婦の運命を追って、半年にわたる取材を始めました。
(札幌放送局 カメラマン 前川フランク光)
妻と会いたくても 会えない
旭川市に住む冨田雅史さんから、札幌放送局の取材チームシラベルカに届いたのは以下のような内容でした。
私は今、アメリカ人女性と結婚して、日本に呼び寄せようと考えております。しかし、いくつも壁があり、なかなか思うようにいきません。(中略)なぜこんなに時間がかかるのか。(中略)この事を取り上げていただけると嬉しいです。
文面からは切実な思いが伝わってきました。
他人事にはできない
「家族に会えない」という冨田さんの訴えは、私には他人事とは思えませんでした。カナダ人の父と日本人の母の間に生まれた私も、このコロナ禍で、カナダに住む父とは2年近く会えていません。
「冨田さんが抱える問題は、自分や多くの国際結婚をした家族たちに起きていることの延長線上ではないか」。私は冨田さんに会うために旭川へ向かいました。東京などに2度目の緊急事態宣言が出ていた、2月上旬のことでした。
遠距離で交際・結婚したふたり
冨田さんは旭川市でオートバイのディーラーとして働いています。去年12月、アメリカ東部・ペンシルベニア州に住むケボニア・アントワネット・グラントさん(28)と結婚しました。
ケボニアさんはアメリカ陸軍のヘリコプター整備士を経て、航空機の整備士となるための学校も卒業しています。「機械いじり」という共通の趣味をもつ2人は、SNSで知り合いました。日本文化に深い関心があるケボニアさんに、冨田さんは日本語の勉強の手助けをしたりし、お互いの思いが強まっていきました。1年の交際を経て、去年12月に日本とアメリカと離れたまま結婚しました。
国際結婚の手続きには長い時間がかかります。手続きを始めたのは去年9月。婚姻の成立までおよそ半年の時間がかかっていました。早く一緒に住みたい。新生活は北海道で、と話していました。
いつも さみしい
携帯電話越しにしか話せない冨田さんとケボニアさん。日本とアメリカで13時間の時差がある中、毎日連絡を欠かしませんでした。
冨田さん
「明日は仕事?」
ケボニアさん
「うん、朝5時から」
冨田さん
「そっか…早いね」
ケボニアさん
「はやくとみぞう君に会いたい、いつもさみしい。」
「他の恋人が歩くのをみたら、いつもとみぞう君のことを考える。」
冨田さん
「ビザがとれれば、日本に来れるからね。がんばろうね。」
ケボニアさん
「うん、お互いに頑張ろうね」
”申請してもビザはおりない可能性が高い”
ケボニアさんが冨田さんと日本で夫婦生活を始めるには、大きく分けて5段階の手続きが必要でした。①婚姻届などを提出 ②在留資格認定証明書を取得 ③“配偶者ビザ”の取得 ④出国前PCR検査で陰性確認 ⑤入国後14日間を自宅などで待機 です。
すでに①は提出し、日本人の妻として国内で生活をするための在留資格証明書(②)も受け取っていました。その次に、③の配偶者に発給されるビザを取得する手続きを取ろうとしたところ、壁が立ちはだかりました。
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冨田さん
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ビザの発給を担当するニューヨークの日本総領事館に、日本国内で緊急事態宣言が出ているのでビザを申請しても発給されない可能性が高いと言われました
”日本のどこかで緊急事態宣言が出ているから”
私たちからも、問い合わせをしました。すると、メールで回答が寄せられました。
その趣旨は、「緊急事態宣言に伴い、国際的な人の往来も制限する必要があるため、命に関わることなど緊急性がある場合を除いて、外国に住む家族を呼び寄せることはできない」というものでした。
この頃、宣言が出ていたのは首都圏や関西などの一部で、北海道は対象外でした。それでも、日本のどこかで宣言が出ている以上、総領事館はビザを発給することは難しいと判断したのです。
”愛は観光ではない” 世界に広がる動き
最愛の人と会うことさえ、「不要不急」とされて行き詰まってしまう。取材を進めると、冨田さんとケボニアさんのほかにも、こうした悩みに直面している国際結婚の夫婦や国際カップルが、状況を改善しようと世界中で連携を始めていることがわかりました。
入国規制について、家族を観光客と一緒に扱わないでほしいという意味を込めて「#LoveIsNotTourism」(愛は観光ではない)という言葉をかかげ、当事者同士でつながり、各国に入国規制の緩和を求めているのです。ベルギーやデンマークなどでは実際に緩和のきっかけにもなったといいます。
日本でも3800件の署名が集まった
日本でもこの運動が広がっています。東京在住の医師・石井佳奈さんは、当事者が支え合いながら日本の入国規制緩和を求めるサイトを立ち上げました。
石井さん自身も昨年10月にアメリカ人男性と結婚したものの、夫婦離ればなれの生活が続いていました。
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石井佳奈さん
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最初の緊急事態宣言が発令されてから、1年以上たった今でもまだ先が見えない不安というのはみなさんあると思います。お互い愛を持って寄り添うのが一番なんじゃないのかなと。
ネット上で家族や婚約者の入国規制緩和のための署名を呼びかけると、3800件あまりの署名が集まりました。「スペインにいる婚約者と7ヶ月会えていない」「愛は旅行のように娯楽ではありません」など生の声もたくさん寄せられました。
石井さんは、これまで2000人、2500人、3000人と署名が集まる節目ごとに、法務省と外務省、総理大臣に請願書を送ってきました。
愛をもってお互いを支えていきたい
全国で感染が拡大する中、こうした運動を批判する声もあります。
「国際結婚をしたのだから、このぐらいの事は我慢できるでしょ。」 「危険にさらされる他の人のことも考えなさい。」 「そういう人が結局コロナの感染源になりうる。」
周囲の知人や友人からも理解をしてもらえないことも少なくないといいます。そのため石井さんは、署名運動だけでなく、当事者にLINEで相談に乗ったり、事務手続きや会えない期間の過ごし方をアドバイスをしたりするなどの支援も行っています。
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石井さん
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いろんな種類の大変さがこのコロナ禍ではあります。海外との往来が制限されているから愛する人に会えない私たちのような人。飲食店の経営者だったり、経済的に苦しい人。いろんな苦しみがある中で、完全に100%理解できなくても、その人の苦しみを否定する必要はないと思います。
みんなつらい思いをしているからこそ、お互い、どこのどなたであれ、私たちは愛をもってお互いを支え合っていくべきだと思っています
離れていても夫婦の絆を保つコツ
離れて暮らさざるを得ない夫婦が、絆を保つコツは?ケボニアさんと会えない日々が続いていた冨田さんに対し、石井さんからのアドバイスをお願いしました。
石井さん
「日々の日常生活をできるだけ一緒にするということ、あとは共通の趣味とか一緒に料理します」
冨田さん
「あっ!そうなんですか!へーすごい!」
石井さん
「一緒に同じものを料理します。なので、私はブランチタイム、むこうは夕飯タイムとか」
一緒に料理をしたり同じ映画を見たり、同じことをして「なにげない日常をともにすごすこと」を石井さんは勧めました。電話だけだとどうしても、コミュニケーションが長続きしにくいこともあります。強く意識することなくつながっている感覚を持てることが2人の絆につながるといいます。
緊急事態宣言解除 ついにビザ発給
3月下旬、冨田さんとケボニアさん夫婦を取り巻く状況が動き始めました。2度目の緊急事態宣言が解除され、ケボニアさんが来日するために必要なビザが発給されることとなりました。結婚から4ヶ月あまりが経っていました。
ビザを手にしたケボニアさんはアメリカの住まいを引き払い、航空券を予約しました。そして、コロナ対策として日本入国者に課されている手続きに進みました。
PCR検査の陰性証明書の壁
海外から日本へ飛行機で来るには出発までの72時間以内にPCR検査をし、「陰性証明書」を提出する必要があります。これも大きな壁になりました。
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ケボニアさん
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PCR検査を受けて、オンラインでは陰性証明をもらえたのですが、正式な、紙での書類の発行に3日間かかってしまい、“フライトに乗る72時間以内”の陰性証明ができなくなってしまいました。そのため検査とフライト予約をしなおすことになり、日本へ到着する日も先延ばしになってしまいました。
こうしたことからケボニアさんの出国は1ヶ月近く遅れてしまいました。
同じ日本にいても会えない2週間
結婚から5ヶ月。ケボニアさんはようやく日本へたどり着きました。次に待っていたのは14日間の自主隔離です。
アメリカから羽田空港に到着したあと、冨田さんのいる北海道へ渡る前には14日間の自主隔離期間が必要です。この期間は、指定された空港近くの宿泊施設のほか、マイカーなどで自宅まで移動して自主隔離をすることが認められています。
しかし、北海道にマイカーで渡るためのフェリーは、新幹線や飛行機と同様に公共交通機関に該当するため、利用することができないことがわかりました。
結局、ケボニアさんは10万円あまりを自己負担し、羽田空港近くのホテルで1人過ごすことになりました。ようやく日本にたどり着いたのに、会えない14日間。
(※ケボニアさんは自力で来日をしましたが、手続きが困難な人のためには、日本への渡航をサポートし、タクシー、隔離先の宿泊、食べ物の手配などを請け負う民間企業も存在します。)
1年5か月ぶりの再会
取材をはじめておよそ半年が経った5月中旬。 北海道の長い冬もようやく終わり、旭川の街は穏やかな春の日差しに包まれていました。 ついに夫婦が再会を果たす日がやってきました。
私(前川カメラマン)は小さなビデオカメラを片手に、妻と再会するために空港へ向かう冨田さんの車に乗せていただきました。
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冨田さん
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結婚の手続きを始めてからだともう1年弱になるのかな。入籍してからはざっと5ヶ月ですかね。本当は雪がある時期にこっちに来る予定でずっと組んでいたので、時間がやっぱりかかったなというのが正直な感想ですね。もう少し来日が早ければ、桜がきれいだったんですけれどね。彼女もそれを見たがっていて、それが少し残念ですね。
コロナ禍の国際結婚。夫婦で歩んできた道のりは平坦なものではありませんでした。
5月18日13時、羽田からケボニアさんを乗せた飛行機が旭川空港に到着しました。 冨田さんは到着した飛行機をじっと見つめていました。
続々と飛行機からお客さんが到着ロビーへ降りてきます。 冨田さんは静かに、けれども、どこか落ち着かない様子でケボニアさんを待ちます。
そして再会の瞬間。
冨田さん
「やっと着いた、やっと来れた」
ケボニアさん
「はい」
1年以上、長い困難のなか夫婦が求め続けた瞬間でした。
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ケボニアさん
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たしかに日本に来るまでに時間がかかりました。
でも毎日彼のことを考えて、頑張るよと思っていました。
本当に最高の気分です。ここで私の人生が始まるんだと感じています
ケボニアさんは、いま北海道で航空関係や英語教師などの仕事を探しています。
愛する人を求めれば きっとたどり着く
25組に1組。
いま、日本で1年間に結婚するカップル50万組のうち2万組以上が国際結婚に該当するとされています。冨田さんとケボニアさんのような家族の形は決して珍しいものではありません。
ケボニアさんは同じ境遇にある人に向け、こうメッセージを寄せてくれました。
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ケボニアさん
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愛する人がいるのに、決して会うことができない。これは言葉に言い表せない辛さです。私たちにできることは自分を信じること。そして家族の無事を信じることです。
”求めよ、さらば与えらえん、(You shall seek, you shall find)”ともいうでしょ?心から求めれば、きっと見つけることができる。私は日本を、愛する人を求めて、きっとたどり着く、と思っていました
まだ会えない人たちも
現在、3回目の緊急事態宣言中ですが、日本政府は、ケボニアさんのような、日本人や国内に永住する資格を持つ人の配偶者に対しては、順次、ビザの発給を行っています。
一方で、結婚を前提とした交際をしている国際カップルや、仕事や研究などで日本に長期滞在している外国人がパートナーや家族を呼ぶことは、原則として認められていません。
ビザの審査を担当する出入国在留管理庁に取材したところ、長期化するコロナ禍のなか、大切な人に会えない当事者たちの事情を考慮し、政府は渡航を希望する個人の事情を一件ずつ審査するという対応を取っている、ということでした。
コロナ禍において、家族や大切な人に会えないさみしさや辛さは、きっと、多くの方が感じていることではないでしょうか。ささくれた気持ちに心が飲み込まれてしまいそうなこともあるかもしれません。
でも、そんなときこそ愛する人や困難に直面している人を思い、ともに歩む。
コロナ禍を生きる夫婦の歩みから、大切なメッセージを受け取った取材でした。