コロナ禍の孤立を防げ 東京・江戸川区の挑戦
2月9日のクローズアップ現代+で、コロナ禍で相次ぐ心中について放送しました。放送後、番組には多くの声が寄せられました。
「コロナによる環境の変化で、対面で人と会うのが悪いことと思ってしまい、親や兄弟とも会えなくなった」(40代女性)
「グループホームで生活しているが、両親と再会することができない」(40代男性)
ご意見・ご感想、ありがとうございます。
新型コロナウイルスの影響で、人と会わずに過ごすことが増えたという方も多いかと思います。
どうすれば、人との接触が少なくなったコロナ禍でも、家族の孤立を防げるのか。
江戸川区の孤立を防ぐ活動からそのヒントを探ります。
(クローズアップ現代プラス ディレクター 藤原和樹)
生きづらさを感じたら…あなたの話を聞いてくれるところがあります。
相談窓口をこちらにまとめました
全国が注目 孤立を防ぐ「なごみの家」 ところが…
去年12月、私は孤立を防ぐ取り組みを取材するため、東京・江戸川区を訪ねていました。
新小岩駅からバスで20分、住宅街の一角に「なごみの家 松江北」があります。マンションの1階を改装して作られた施設。近くには、行列ができるほどの八百屋さんもあり、人通りが多い場所を意識した立地でした。
「なごみの家」は、区が運営する住民の相談所です。どこに相談していいかわからないことでも、ここに相談すれば、役所の担当の課につないでくれます。また、住民の憩いのスペースでもあり、悩みがなくても、思い思いの時間を過ごせると人気の場所です。
開館日は、月曜日を除く週6日。土日も開館しているのは、役所だけでは対応できない住民の困りごとを拾っていこうという意図があるからです。新型コロナの流行前、多い時には、1日40人~50人が訪れ、孤立を防ぐ取り組みとして、国や自殺防止のNPOなど全国的に注目を集めてきました。
しかし、いま、これまでのやり方が通用しない事態に直面していました。
コロナ禍で「これまでのやり方が通用しない」
「すみません。熱を測らせてもらってもいいですか。手洗いもお願いします」
私が中に入ろうとしたところ、所長の小嶋亮平さんから呼び止められました。
去年の感染拡大以降、感染対策を徹底してきた「なごみの家」。去年4月下旬から5月中旬には、感染対策のため、施設を閉鎖しました。再開後、訪問者には、体温の測定と手洗いなど感染対策を徹底。今も利用時間は60分、利用人数も一度に最大5人と制限しています。
この日、訪ねたのは昼の1時過ぎ。しかし、所内を見渡しても利用者の姿は見当たりません。
「なごみの家」に何が起きているのか?小嶋所長に取材の意図を説明し、その疑問を伝えたところ、悔しさをにじませながら答えてくれました。
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「なごみの家 松江北」所長 小嶋亮平さん
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「コロナの影響は大きいです。(去年の)緊急事態宣言解除後、再開しましたが、人数は戻っていません。元々利用していた方になぜ来られないのか、聞いて回ったんですが、みんな(感染が)怖いと。自分の命が心配という人もいましたし、『おじいちゃん、おばあちゃんにうつしたらだめだから』という方もいました。自主的に外出自粛されている方が多い地域だと思います」
「なごみの家」の開設から5年。「今まで振り返らずに、突っ走ってきた」という小嶋所長。新型コロナウイルスの猛威にさらされたのは、地域の住民やボランティアと信頼関係を築き、ようやく軌道に乗ってきた矢先のことでした。
“制度のはざま”にいる家族
人口約70万の江戸川区。「なごみの家」は5年前に小嶋さんが所長を務める松江北を含む区内3か所に設置したことから始まり、現在は9か所にまで増えています。子どもからお年寄りまで利用しやすいよう、健康のための体操教室や、子ども食堂などを開いてきました。
所長の小嶋さんは、コミュニティソーシャルワーカーと呼ばれる肩書をもっています。コミュニティソーシャルワーカーとは、孤独死や引きこもり、ゴミ屋敷問題といった、既存の法制度では行政が支援することが難しい“制度のはざま”にいる住民に包括的に対応する専門職で、もともとイギリスで広まった考え方です。日本では、2004年に大阪府が導入したことを皮切りに、徐々に全国に広がりつつあります。
小嶋さんは、「なごみの家」を拠点に、さまざまな機関や住民のネットワークを構築してきました。例えば、定期的に開かれる地域支援会議には、医師会や介護事業者、自治会などのメンバーが参加し、地域の課題を話し合います。顔が見える関係を作っておくことで、いざ問題が起きたときの連携に生かされるのです。
住民もネットワークの一員です。「難しいのは、本当に困っている人とつながること」だという小嶋さん。そこで鍵となるのが、住民の“気づき”です。なごみの家を通じて、何でも話せる関係になることで、地域の異変に気づいたら教えてほしいと利用者に伝えています。
これまでに住民の話から、家の外までゴミが溢れてしまう、いわゆる“ゴミ屋敷問題”を解決したほか、子どもの泣き声がするという話を聞いたときには子ども家庭支援センターと連携し、虐待の解決につなげてきました。
コロナ禍で、施設の利用者が減っていることは、住民の居場所が失われただけでなく、こうした異変に気づく機会が失われてしまうのではないか。小嶋さんは、強い危機感を抱いてました。
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小嶋亮平さん
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「住民の方が外に出歩くことも減っていて、問題を把握することが非常に難しい。不要不急の外出は自粛ということで、つながりは希薄になりました。これまでやっていたような地域住民の方に情報を寄せてもらうお願いもやりづらくなっています」
コロナ禍で起きた孤独死
新型コロナの影響が続く中、小嶋さんの恐れていた事態が起こりました。
去年12月「なごみの家」を訪れた柳橋百合子さんが、同じマンションに暮らしている70代の女性が孤独死していたことを話してくれたのです。
女性は病気で亡くなり、死後2か月は経過していたとみられています。
柳橋さんはその孤独死の発見に立ち会ったそうです。マンションには約180世帯が暮らしており、その4分の1が「1人暮らし」、4分の1が「高齢の夫婦」でした。それぞれの数は年々増えていました。柳橋さんはマンションの住民たちと4年前、「たすけあい委員会」を立ち上げ、孤立しやすい世帯の見守り活動をしてきました。しかし、感染リスクを避けるため、この1年間は十分な活動ができていなかったと言います。
柳橋さんは、後悔を語りました。
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柳橋百合子さん
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「せっかく立ち上げた『たすけあい委員会』があるのに、何もできなかったと本当に悔やまれる部分があるんです。9月、10月、11月とコロナの関係で委員会を休んでいたんです。マンションの中でやるイベントを3つぐらい計画してたんですが、それも全部中止になっています。委員会そのものの参加率も減っていますし、その間に今回のことがあったので、なおのこと悔やまれて。」
所長の小嶋さんは、柳橋さんからの相談にのり、コロナ禍でもできる孤立を防ぐ取り組みを模索したいと考えていました。
この日の話し合いには、地区のケアマネジャーも参加。これまで中心となって見守り活動を引っ張ってきた柳橋さん。「コロナ禍で活動にどうすれば関心をもってもらえるか、わからない」と悩みを吐露していました。
住民同士の呼びかけだけでは、活動を知らない人から不信に思われるかも知れないと不安もありました。
そこで、小嶋さんは、「なごみの家」としての情報提供などサポートをしていきたいと伝えました。その申し出に、柳橋さんは少し前向きになったように見えました。
2週間後、再び行われた話し合い。
小嶋さんは、柳橋さんが作成したアンケートの相談にのっていました。マンションの住民に、「定期的に連絡をとる人はいるか?」「定期的に安否確認の電話をしてほしいか?」「親族に鍵を預けているか」、そして「たすけあい委員会に協力してもらえるか」を聞くことで、柳橋さんは今後の活動に生かしたいと考えていました。
アンケートの用紙の冒頭には、孤独死が起きたことも記し、住民に問題意識を伝えます。
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柳橋百合子さん
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「待ってるんじゃだめなのかも知れないと思って。お節介だけどこっちから何かアタックしなきゃだめかな。もうお節介おばさんで良いかなと思いました」
いつでも声をあげてもらえるように
今年1月、小嶋さんは動き出していました。会えない中でも、気にかけていた住民に定期的に電話をかけ安否確認をします。
さらに「なごみの家」でチラシを作り、これまで見守り支援の対象になっていた各世帯に、配布することにしたのです。「なごみの家 松江北は“なんでも相談”を行っています」と書かれたチラシ。悩みがあれば相談先があることを知っておいてほしいという思いが込められています。
また、住民の家に足を運ぶことで、外側から異変がないか確かめます。気を配るのは、郵便受けに手紙などがたまっていないか、洗濯物が干しっぱなしになっていないか、などほんのささいな変化です。
チラシを見た人から、早速連絡がありました。足の痛みを訴えており、小嶋さんは短時間の面談をすることにしました。一人暮らしの82歳の女性。コロナ禍で、親しい友人にも会えず、誰にも相談できないでいました。
女性
「猛烈に(足が)痛いわけ。夜中も寝られないぐらい。このお薬を飲んで、それを信じて、今それを飲んでいるんだけど、まだ効果はない」
小嶋さん
「私は専門的に健康のことは分からないので、1回うちの保健師から電話をさせましょうか」
女性
「うん、お願い」
面談時間は感染対策を意識して、10分あまり。小嶋さんはすぐになごみの家に戻ると、常駐の保健師にすぐに相談し、電話をかけてもらうことになりました。
保健師のアドバイスによって、女性は、専門の病院を受診することになりました。
心にとどめておいてくれる。そのことを思うだけで、支えになっていると女性は話しました。
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女性
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「言葉を掛けてもらえればそれで十分。何かしてくれというよりも、ちょっと気に掛けていただける、その気持ちだけでありがたい。彼らも一生懸命やっていて忙しいしね。
声を掛けてくれる、心にとどめておいてくれる、それだけでありがたい」
なごみの家は、本来の姿に戻れるのか、見通しは立っていません。
その中でも、できることをやり、住民に一人ではないと伝え続ける。コロナ禍の支援の模索は今も続いています。
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「なごみの家 松江北」所長 小嶋亮平さん
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「ほっとかない。そのままにしない。あそこのあの人に話せばなにかしら動いてくれる。 動いてくれると思ってもらうことが、大事だと思っています。今回は駄目だったけど、これだったらやってもらえるんじゃないかと。まったくアクションを起こさない、返答しないだったら、もう本当に信頼も何もないと思うので、まずは動ける人間だと理解していただきたいです」
生きづらさを感じたら…あなたの話を聞いてくれるところがあります。
相談窓口をこちらにまとめました