みんなでプラス メニューへ移動 メインコンテンツへ移動

みんなでプラス

各家庭でできる水害対策 “雨庭(あめにわ)”とは

ことし6月3日に集中豪雨で川の一部があふれた東京都を流れる一級河川「善福寺川」。

2005年9月には氾濫によって中野区や杉並区で住宅約3000戸が被害を受けるなど、繰り返し浸水被害に悩まされてきた地域です。

その善福寺川沿いで暮らす住民たちが“雨庭(あめにわ)”という新たな水害対策に取り組んでいます。しかも各家庭でもできる対策だというのです。いったいどんな取り組みなのでしょうか?
(報道番組センター 金森誠  熊本局コンテンツセンター 大窪孝浩)

【取材チームが、国・都道府県・市区町村から収集した災害リスクデータを、全国どこでも確認できる地図を期間限定で掲載】

かつては“グレーインフラ”だった わが家

この写真は“雨庭”を導入する前に撮影した渡辺剛弘さんのお宅。

駐車場はコンクリートに覆われていて、雨どいは下水道に直結するなど、いわば“グレーインフラ”でした。
暮らす上では便利で快適で、一般的な構造です。そのため私たちの暮らす街では、駐車場や道路の大部分がコンクリートやアスファルトに覆われています。

ところが水害の視点に変えてみると、その作りそのものが、都市で起きる水害の大きな原因となっているのです。

都市で起きる浸水の仕組みです。

市街地に降った雨水は地面に浸透しにくく、ほとんどが排水口などから下水道に流れ込みます。一般的に下水道は1時間あたり50ミリの雨でも問題なく流せるように設計されていますが、地球温暖化の影響もあって1時間100ミリを超える豪雨が頻繁に降るようになり、下水道で処理しきれない水が市街地にあふれてしまうのです。

また大雨で河川の水位が上がると、下水道から川に水が流れにくくなったり、川から水が逆流したりして、市街地が浸水することもあります。
これらは「内水氾濫」と呼ばれる現象で、毎年のように各地で発生しています。
善福寺川流域の住宅地では繰り返し内水氾濫に悩まされてきました。2023年6月3日の大雨でも、荻窪の住宅地で最大50cm冠水したところがあり、半地下の駐車場で浸水被害を受けた住宅もありました。

(2023年6月3日 東京 杉並区 荻窪の道路の冠水の様子)

“雨庭”で緑あふれる住宅に 水害対策以外のメリットも

こうした水害を防ぐ対策として、善福寺川沿いに暮らす渡辺剛弘さんが2020年に自宅に取り入れたのが“雨庭”です。

玄関前の通路にはセリやユキノシタなど湿った場所を好む植物を植えて緑を増やしました。植物の根が土壌をつなぎ止め、水を浸透する能力も維持できるといいます。雨どいを切ってパイプから雨水を分配する装置を取り付け、屋根に降った雨はこの雨庭に流れ込むようになっています。
雨庭で一時的に水を受け止め、ゆっくりと地下へ浸透させていきます。
住宅の雨どいは下水道に直接つながっていて、屋根に降った雨のほぼすべてが下水道へと流れ込む構造になっています。一般的に雨どいの数は屋根の四方に合計4本ありますが、1本の雨どいを流れる水をこの雨庭で浸透させることで、屋根に降った雨のおよそ25%を処理できます。

その分、下水道に流れる水を減らすことができるのです。この雨庭は“グリーンインフラ”と呼ばれる考え方の一つです。グリーンインフラは自然環境が持つ力を活用して環境の改善や防災に役立てる考え方のことで、世界中で取り組みが進められています。

渡辺さんが雨庭に興味を持ったきっかけには、環境問題も関係しています。

善福寺川沿いの下水道は、合流式下水道と呼ばれるもので、川の水質悪化の原因にもなっています。合流式下水道では、雨水と汚水を一緒の下水管で流し、下水処理施設までつながっていく作りになっています。

しかし、下水管が流せる水の量には限度があるため、大雨が降って下水道で流しきれなくなった水は地上の浸水を防ぐため、善福寺川へ流れ込むようになっています。東京湾の水質が良くならないのも、この構造が関係しているといいます。

雨庭は水害対策になるだけでなく、環境にとってもメリットがあるのです。

雨庭を導入した渡辺剛弘さんは善福寺川の環境保全を考える住民グループ「善福寺川を里川にカエル会」のメンバー。

その活動の中でグリーンインフラに下水の川への流出を抑える効果を知り、個人でも取り組める「雨庭」を4年がかりで実現しました。

雨庭の設計は、専門家とともに渡辺さんの妻や子どもも一緒に家族でアイデアを出してつくりました。コンクリートをはがす作業など業者に頼んだものだけでなく、グループのメンバーなどの手を借りてほとんどDIYで行ったといいます。改修費用は業者への支払いや材料費を含めて100万円ほどだそうです。

コンクリートの駐車場は地下の配管を傷つけない位置に複数の穴を開け、端のほうのコンクリートも取り除いて地面を露出させて砂利を敷き詰めました。こうしたところからも地面に水を浸透させます。

理想的にはすべてのコンクリートをはがした方が効率的ですが、地下の配管を守りながら駐車場としての機能を維持するためにこうしたデザインになったそうです。

渡辺剛弘さん

「イメージとしては雨が降ると雨庭に川が出現することを考えてデザインしました。一軒だけではそこまで効果はないかもしれないけれど、少しは汚水が川に流れることを防ぐことができるのかなと思っています。そのおかげで緑が豊かになりました」

(渡辺剛弘さん親子)

ことし3月には善福寺川沿いの住宅に新たな雨庭が誕生しました。

改築に伴って、庭を雨庭に作り替えました。石が敷き詰められていて、雨水を一時的にためてゆっくりと地下へ浸透させていくようなつくりになっています。

(2023年3月にできた雨庭・杉並区)

こうした白い石が敷き詰められたお庭の風景、どこかで見たことがないでしょうか。
京都のお寺で見られる石庭です。

日本の庭園というのは雨水をうまく処理するようにつくられていて、伝統的な技術を使いながら雨水を浸透させていくことができるそうです。

設計した庭師の古山隆志さんは、もともとこの家の庭にあった石や樹木をなるべく残しながら、新たな雨庭にリノベーションしました。

子どもたちのアイデアから生まれたグリーンインフラ

杉並区では子どもたちのアイデアをきっかけに生まれたグリーンインフラもあります。善福寺川上流の都立善福寺公園にある遅野井川親水施設です。

(遅野井川親水施設)
(以前の水路 2017年1月撮影)

かつての公園内の水路は護岸に囲まれて草が生い茂り近づくことのできない水路でした。

そこで地域の小学生が公園内の水路を親しみやすい水辺にしてほしいと区長に呼びかけ、区の事業として水路の改修工事が行われることになったのです。

片側の護岸が撤去され、2018年に川に近づいて遊べる親水施設へと生まれ変わりました。
いま、各地でこうしたグリーンインフラを増やしていく取り組みが広がっていて、公園などの公共事業としてだけでなく、マンション開発などの大手ディベロッパーの事業としても進められています。

個人でできる雨庭、そして公共事業や企業が取り組むグリーンインフラ、こうした取り組みを組み合わせて面的にグリーンインフラを広げていくことで水害対策の効果が生まれてくると期待されています。

洪水を防ぐ グリーンインフラ その驚きの効果

グリーンインフラは、実際どのくらい水害を防ぐ効果があるのでしょうか。
善福寺川流域で定量的に調べた研究があります。
熊本県立大学の島谷幸宏特別教授の研究グループは、浸水シミュレーションで分析しました。

計算したエリアは善福寺川上流の杉並区の住宅街。
戸建て住宅が多く、その屋根と前庭で全体の面積の66.3%を占めていて、ここに降った雨の大部分が下水道へ流れているとみられています。

この場所に非常に激しい雨がふったときの浸水の状況を計算しました。
設定に使った雨は、2017年7月の九州北部豪雨のときに福岡県朝倉市で観測された24時間降水量516ミリの雨。
これは国が想定する関東の想定最大規模の降雨量690ミリに近い雨量です。
浸水深を色分けで表しています。
図の左側が対策をしていないときの浸水深で、広い範囲が浸水し最大80cm以上のところもあります。

一方、建物や道路などでグリーンインフラを導入し、50%を超える雨水の流出抑制効果があった場合はどうなるか計算しました。

右の図がグリーンインフラ導入後の浸水深。浸水面積は約10%へ大きく減少。一部で40cmのところはありますが、おおむね20cm未満まで低くなっているところが多いという結果になりました。とくに戸建て住宅の前庭は全体に占める面積が大きく、雨庭などのグリーンインフラの導入効果が高いこともわかりました。

なぜこれほど効果があるのでしょうか。

善福寺川上流域は火山灰から成る関東ローム層という地層で、1時間あたり最大140ミリ浸透する能力があるとされています。
今回の計算では、1時間あたり100ミリの水が浸透するという条件で計算しているため、グリーンインフラで雨水を浸透させると、劇的に変化が起きると考えられるのです。

熊本県立大学 特別教授 島谷幸宏さん

「グリーンインフラは欧米で積極的に取り入れられています。ニューヨークでは、もともとは海の水質をよくするためにグリーンインフラが発達して、気候変動に伴って徐々に洪水を防ぐための取り組みとして広がってきています。東京の場合は大雨が降ると下水処理場で処理ができない汚水が川に流れて、それが東京湾まで流れていき、水質が良くならない原因の一つになっています。洪水の流出抑制ができるだけでなく、川や東京湾の水質も良くなる、景観も良くなる、ヒートアイランド現象を緩和するなど複合的な効果が期待できるのがグリーンインフラなのです。国も含めてグリーンインフラを進めていこうという気運が高まっています。」

(駐車場の一角に作られたグリーンインフラ ポートランド)

雨水を生活用水に活用 雨水利用実験住宅の試み

面的に広まっていけば水害対策の効果が期待される雨庭。
ただ、植物の手入れなど維持管理が必要になることもあり、自分の家で導入すべきか悩まれる方もいると思います。
福岡大学教授の渡辺亮一さんは雨水を浸透させるだけでなく、利用する方法がないか、自宅をつかって実験を進めてきました。

緑豊かな庭が印象的なこちらの住宅。
2012年に新築した際に、屋根に降った雨を地下にためる構造を設けました。

基礎部分に設置されているのは41.8トンの水を貯められるコンクリート製のタンク。

雨はこのタンクに蓄えられ、ゆっくりと地下へ浸透させながら、一部はトイレの洗浄や洗濯、風呂などの生活用水や庭の水やりに使用しています。
水道代は同じ規模の住宅と比べて半額程度に抑えられているそうです。

もしも、タンクがいっぱいになると下水道に流すような構造になっていますが、設置してから10年間で下水道に水が出たのはわずか3回。九州北部豪雨など災害級の雨が降ったときだけです。

タンクからあふれた水が下水道に流れ出る場合でも、屋根に降ってから30分以上のタイムラグが生じるため、屋根から直接下水道へ流すよりも時間をかせぐことができるため流出抑制効果があるといいます。

2012年から2022年までに屋根に降った雨は2325トン、そのうちの1465トンを生活用水として使い、1221トンを地下に浸透させていて、降った雨をほとんど下水道に流出させることがありませんでした。メンテナンスもこれまでは必要がないそうです。

福岡大学 渡辺亮一教授

「コンクリート製のタンクのため最初のころはpHが基準を超えていましたが、いまは水道の水質と変わらないきれいな水が利用できます。外部分析機関の検査で水道水質基準のほぼすべての項目について問題ないことが分かっています。ろ過などもしていませんが、そのまま飲めるレベルの水質です。始めたころはあまり注目されませんでしたが、最近は環境意識の高まりもあって、ハウスメーカーから問い合わせもありました。水害対策だけでなく地震で断水しても1か月半くらいは水に困りません。持続可能な街作りにもつながる取り組みだと思います」

雨庭をつくるにはハードルがあると感じる方には、まずは雨水貯留タンクから始めてみるのも良いと思います。自治体によっては購入に補助金を出しているところもあります。

雨どいを切って雨水貯留タンクにつなぐだけなら、DIYでも簡単にできるといいます。水害から命と暮らしを守るために、私たちの足下から見直してみませんか。

報道番組センター(社会番組部)ディレクター 金森誠

2006年入局 鳥取放送局、盛岡放送局などを経て現所属 NHKスペシャルやクローズアップ現代などの報道番組を担当

熊本局 コンテンツセンター ディレクター 大窪孝浩

2005年入局 熊本放送局 科学環境番組部 NEP自然科学番組部を経て現所属 ダーウィンが来た!・NHKスペシャル・クローズアップ現代など自然・科学番組などを制作

担当 地球のミライの
これも読んでほしい!

みんなのコメント(2件)

感想
まちゃ
40代 女性
2023年7月1日
利便性 庭の維持をめんどくさがる現代人の考えた家の作り、ライフスタイルが環境悪化に直結してたとわかる良い例ですね。以前からわかっていた事ですが子供達が提案する事でインパクトになって昔ながらの庭のある家が復活していくと良いなと思います。建て替えすると多くの場合庭はなくなりコンクリートに覆われてますので。わかりやすいそして示唆を与える記事でした。市街地の生き物も戻ってくることを期待します。
体験談
フランクはやて
70歳以上 男性
2023年6月12日
22年9月静岡市を襲った大雨は、私の近隣の戸建家屋を床上浸水にしました。我が家は幸い床下で収まりました。家屋の土台を少し高くして建て替えていた効果と思っていました。この「雨庭」の記事を知って去年の災害で床下で収まった理由がここにもあったと想像します。
我が家の庭は盛り土にして松、桂、シマトネリコ、椿、サザンカ、サツキ等々を植えコンクリートが少ない。我が家が例外的に被害から免れた要因は「雨庭」にあったかも。
ただ、庭の剪定にお金がかかります。これ 悩み!