
『俺理論』『価値観の押しつけ』 選手へのひぼう中傷はなぜ起きる? #アスリート心のSOS
いま、世界のスポーツ界が「アスリートのメンタルヘルス」を問題視しています。海外の調査ではトップアスリートの約3割が、不安や抑うつ症状を抱えていることが明らかになっています。
その原因のひとつが、ネット上の「ひぼう中傷」や「過度な批判」。2021年東京五輪でも、選手自らが次々と被害を打ち明ける異例の事態となりました。
専門家の協力を得て、ツイッターのビッグデータを分析したところ、ある傾向が見えてきました。
(取材:「クローズアップ現代」取材班 餌取慎吾ディレクター)
<関連番組> クローズアップ現代「“アスリート 心のSOS” トップ選手に何が?」
五輪大会期間中のツイート20万件を徹底分析

今回、分析の対象としたのは2021年東京五輪と2022年北京五輪の日本代表選手のツイッターアカウントに対して、大会期間中に直接「メンション」(本文中に@をいれて宛先を指定すること)をしたツイートです。
ツイッターアカウントを持っていた選手は、東京五輪の代表選手583人中364人、北京五輪の代表選手124人中61人で、大会期間中のメンションツイートの総数は約20万件でした。
分析には、ネット上の情報拡散について研究している国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の山口真一准教授の研究チームにご協力いただきました。
【分析対象を「メンション」のみに絞った理由】
ひぼう中傷や批判のツイートはメンションされたものに限りませんが、たとえば選手の名前で検索をかけた場合、全く別人を指したツイートも検索結果に表示される可能性があります。
そこで、今回は以下の3点を満たすことから、メンションツイートのみに絞り分析しました。
① その投稿を本人が目にする可能性が高いもの
② 明らかにアスリートに向けて発信されたもの
③ 私たちがデータ抽出可能なもの
“氷山の一角” 推計2200件

約20万件のツイートの中から1割をランダムに選び、「ひぼう中傷」や「過度な批判」にあたる内容を、山口准教授の研究チームがひとつひとつ目視で分類しました。
その結果、「ひぼう中傷」や「過度な批判」を含んだメンションツイートは、東京五輪と北京五輪あわせて推計2200件でした。そのうち、たった一人で379件を受け取った選手もいました。
これ以外にも、メンションではないツイートやダイレクトメッセージ、さらには他のSNSなどで送られている可能性もあるため、実際の被害件数はさらに多いはずだと山口准教授は指摘します。

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山口真一准教授
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「メンションを送るということは明確な攻撃の意志があるわけです。そう考えると、相当ハードルの高い行為なんです。それでもそれなりの件数が見られたということは、直接送っていないオープンな発信(単純なツイートなど)では、はるかに多く投稿されていたのではと考えています」
内容の大半は「価値観の押しつけ」「俺理論」
さらに、投稿の具体的な内容についても分析しました。大半を占めていたのは、「個人の価値観を押しつける」ような投稿でした。

『練習不足、五輪は甘くない』『なにやってんだ、気を抜くな』といったアスリートへの理想像を強要するものや、『多くの税金を使っているんだ。謝罪すべきでは?』といった責任を追及するようなものが見られました。
こうした投稿をしてしまう心理を、山口准教授は“俺理論”と名付け、危険性を指摘します。
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山口真一准教授
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「『アスリートは化粧するべきではない』『あの監督のあの采配はああすべきだったんだ』など、俺の中ではこういう決まりがある/こうであるべきだという個人の価値観の強要、これを私は『俺理論』と呼んでいます。普通に応援していたつもりが、国同士の戦いだということで、ついついヒートアップして攻撃に転じてしまうわけです。それが“批判”でとどまるならいいんですが、批判のつもりが“ひぼう中傷”になっていることがあるんですね」
さらにこうした投稿が増えるには、もうひとつの理由もあると指摘します。
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山口真一准教授
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「本人は悪意がないんです。だから『自分は正しいことを言っている』と思っていることがひぼう中傷の実態でして、『自分が正しい』と思っているからこそ厄介なんです。でも人間の争いって全部そうですよね。やはり正義を振りかざすとき、人は最も攻撃的になるのだと私は思っています」
3割超が「競技とは関係ない内容」

その他にも、選手を攻撃するツイートには以下のようなものがありました。
・『日本の恥 消え去れ』『出来損ない』などといった罵声・脅迫・・・26%
・選手のアイデンティティを否定するような差別・・・5%
・『調子に乗るなブス』といった容姿に関する内容・・・1%
実に3割以上が、競技とは関係のないひぼう中傷や批判でした。
“アスリートだから”は攻撃の理由にならない

たとえ個人の価値観や正義感からであっても、ひとつの投稿が、選手の心に取り返しのつかない傷を負わせてしまいかねません。
元フィギュアスケート日本代表の鈴木明子さんは、見知らぬ人たちからの「ひぼう中傷」に深く思い悩んだ経験を明かしています。
「真っ白な絵の具に黒いものが垂らされた感覚」鈴木明子さんのインタビュー記事はこちら
山口准教授は、こうした現状に警鐘を鳴らすと同時に、加害者にならないよう誰もが注意する必要を呼びかけています。
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山口真一准教授
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「批判の声をあげること自体は、表現の自由です。しかし、大会に出ているアスリートも同じ人間です。プロフェッショナルだからと言って責めたてていい理由にはなりません。私たちが仕事でミスをした時に、全員で寄ってたかって公の場所で攻撃していいわけないですし、他人が急にやってきて公然と批判していたら明らかにおかしいはずです。
いま私たちはその強すぎる発信力を握っているんだということを認識して、それが時に人の命を奪うくらい攻撃力の高いものになる、“刃”になるということを忘れてはいけないんじゃないかと思います」
アスリートへのひぼう中傷を防ぐには何が必要だと思いますか?
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