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2022年5月2日(月)
“アスリート 心のSOS” トップ選手に何が?

“アスリート 心のSOS” トップ選手に何が?

テニスの大坂なおみ選手や競泳の萩野公介さんなど、アスリートが「心の危機」を訴えるケースが相次いでいます。苦しめているのは、結果を出せない選手へのSNSによるバッシングや、アスリートに“強さ”を求める社会の目線。萩野さんは引退した今も苦しみ続けていると告白します。10代の頃から過剰な注目に晒(さら)される重圧を語るのはバレーボールの大山加奈さん。“心の呪縛”から解き放たれるには?始まった取り組みを追いました。

出演者

  • 田中ウルヴェ京さん (スポーツ心理学者)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"僕は天才スイマーじゃない" 競泳・萩野公介の告白

東京オリンピックを最後に現役を引退した、競泳・元日本代表の萩野公介さん。これまで言えずにいた、心の問題を明かしてくれました。


元競泳日本代表 萩野公介さん
「練習場に行かなきゃいけないとわかっているけど、とてもじゃないけど足が止まって動かないことも何度もありましたし。なんにもご飯が食べられなくなったり、部屋から出られなくなったりとかもしょっちゅうでしたし。

そういうふうな心の状態をうつ症状と言うのかもしれないですし、病院に通いながら今も治療を続けている段階なので、僕自身もなかなか分からない。

僕自身は現役のころもそうですし、現役を引退してからも、どうしても自分で自分のことを好きになってあげられなかったりとか、自分で『死んでしまったらいいのにな』みたいに思うことも、すごく強くありました」

リオデジャネイロオリンピックで金メダルをつかんだ、萩野さん。心の不調にひどく苦しめられるようになったのは、連覇の期待がかかる東京大会へ向かう日々のことでした。右ひじの手術などで思うような結果を出せなくなると、無期限の休養を宣言。競技から離れざるを得ない状態に陥りました。

なぜ、自分が心の不調に陥ってしまうのか。自問自答の末、行き着いた思いがあるといいます。

萩野公介さん
「僕自身の性格は、正直あまり争いごとを好まないような性格であって、自分では自覚している。

『隣のレーンのやつには絶対に勝とう』とか、『他人を蹴落としてでも絶対に1番になってやる』、そういう気持ちがあるほうがすごく圧倒的有利で。だけど僕自身の性格上、そういった部分はあまり持ち合わせていないので。

自分の持っている性格と競技・スポーツから求められる方向性の不一致みたいなものが、すごく僕自身のなかでは『つらいな』と思うときも多々あって」

さらに萩野さんを苦しめたのは、世間が抱くイメージでした。本来の自分との間に大きなギャップがあると感じていたのです。

萩野公介さん
「よくメディアとかに言われていたのが、『天才・萩野公介』と言われていた。一般の方はそれを見たら思いますよね、『萩野公介は天才なんだ』と。

なにも今まで苦労をしてこなかったんだ、アスリートのメンタルヘルスとかそんなのも全然気にせず、泳いだら自己ベスト、泳いだら大会記録、泳いだら日本記録が出て、泳いだら世界大会でメダルが取れる。だって天才だもんねと思うわけなんですよ。

だけど僕からしてみたら、それは僕じゃないんですよ。僕もそうなれたらいいなと思ったことは何回もありましたけど、なりたい自分、なれたらいいなという自分という、本当の自分じゃない自分にはなれないんですよ」

それでも、抱えた苦しみを誰かに相談することは簡単ではありませんでした。壁は"自分の力で乗り越えなければいけない"と思い込んでいたのです。

萩野公介さん
「そういったことを人に話してはいけないと、やっぱり最初は思うんですよ。そういうふうに思っている自分は、なんてだめなやつなんだみたいな。例えば『教えてもらっている先生に申し訳ない』、『ごはんを作ってもらっている親に申し訳ない』、『サポートをしてもらっている人たちに申し訳ない』という気持ちで。そういったものを、まず認めるということもすごく時間がかかったんですよ。『そんなふうに思っている自分なんているはずがないよ』と、やっぱり最初は思っていて」

いま世界が危機感 トップアスリートがなぜ?

アスリートのメンタルヘルスは、世界のスポーツ界が直面する大きな課題となっています。東京オリンピックの金メダル候補だった体操のシモーネ・バイルズ選手は、メンタルヘルスの問題に集中するためと競技を途中で棄権しました。

「水の怪物」といわれ、23個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプスさんは、活躍の裏側で長年うつ病と闘っていたことを告白。

海外の調査では、トップアスリートのおよそ34%が不安や抑うつ症状を抱えていることが明らかになりました。

ひぼう中傷が心のダメージ フィギュアスケート・鈴木明子

何がアスリートの心を苦しめているのか。

フィギュアスケート元日本代表の鈴木明子さんは、ネットなどでひぼう中傷を受けた心のダメージを明かしてくれました。


元フィギュアスケート日本代表 鈴木明子さん
「例えば容姿のことに関して『フィギュアスケーターなのにスタイルが悪い』とか、『早くやめてしまえ』とか、そういうことがたくさん並んでいて、ことばが。それを見た時に、なんていうか、胃液が上がってくるような、うって、わき上がってしまうものがあって」

応援や励ましのメッセージが多く届いても、ごく一部のひぼう中傷が心に深い傷となって残ってしまったというのです。

鈴木明子さん
「こういうひぼう中傷みたいなことって、真っ白の絵の具に黒いものがたらされたようで、それって一瞬にして広がってしまう。それが白にのまれることではなく、グレーにどんどん広がるような印象があって。うまくいかなかったり、結果が出ないときにそういうのはすごく大きくなっていく」

五輪で増幅 SNSひぼう中傷 徹底分析で見えた"俺理論"

SNSでのひぼう中傷は去年の東京オリンピックでも問題視され、アスリートみずからが被害を訴える異例の事態となりました。

どのような実態があったのか。私たちは専門家と共に、東京と北京のオリンピック期間中のツイートおよそ20万件を分析しました(日本語の投稿のみ)。

ひぼう中傷や批判は、推計で2,200件。中には、たった1人で379件も受けた選手もいました。

今回分析の対象としたのは、ツイッターで直接アスリート本人に送られた投稿のみ。ほかのSNSなどでも送られている可能性があるため、実際の件数はさらに多いはずだと専門家は指摘します。


国際大学 山口真一准教授
「メンションをおくるっていうのは、明確な攻撃の意思があるわけなんですよ。その人を明確に否定したり攻撃する意図がある。そう考えると、 相当ハードルの高い行為にもかかわらず、そこそこの数が見られた。私は思ったより多いという印象を受けました。自分の最高のパフォーマンスを出そうとしているとき、出したときに、ものすごい攻撃が前後にくるというようなことがあったら、精神に与える影響は計り知れない」

具体的な内容について分析を進めると、大半を占めていたのは個人の価値観を押しつけるような投稿でした。「練習不足、オリンピックは甘くない」、「何やってんだ、気を抜くな」など。

こうした投稿をしてしまう心理を専門家は「俺理論」と名付け、危険性を指摘します。

山口真一准教授
「"アスリートは化粧すべきではない"、"あの監督のあの采配はああすべきだった"。要するに俺の中ではこういう決まりがある、こうであるべきだという、これがまさに『俺理論』。普通に応援していたつもりなんだけど、ついつい国どうしの戦いだとなって、その中でヒートアップして攻撃しちゃう。攻撃に転じてしまうということはあり得る」

そして、こういった投稿が増えるもう一つの理由も指摘します。

山口真一准教授
「本人は悪意がない。自分が正しいと思っているからこそ、やっかい。でも人間の争いって全部そうなんですよ。正義を振りかざすとき、人は最も攻撃的になる。それが今回の分析で改めて分かった」

"競技が人生のすべてだった" バレーボール・大山加奈の後悔

アスリートを苦しめる心の不調。

バレーボール元日本代表の大山加奈さんは、幼いころから競技だけに集中させられる環境に原因があったといいます。小学生のときに全国大会で優勝して以来、どの年代でもトップを走り続け、17歳で日本代表となった大山さん。次第に競技で評価されることばかり意識するようになったといいます。


元バレーボール日本代表 大山加奈さん
「小学生のころに『日本一しかない』。私が評価されるのは、そこしかないと思ってしまった。『バレーボールを取ったら本当に自分は何の価値もない』と思い込んでいた。『ミスしないようにしなきゃ』、『メンバーから落とされないようにしなきゃ』というマイナスな感情でバレーボールをしていて、本当に何のためにバレーボールをしているのか分からなかったし、大好きだったはずのバレーボールが嫌いになってしまった」

その後、けがで日本代表メンバーから外れ、所属チームでも結果を出せなくなると、自分に存在価値を見いだせなくなってしまったのです。

大山加奈さん
「『私はチームに必要ない人間なんだな』、『私なんかもう要らないんだな』って。本当にひとりぼっちになってしまったんです。当時、トレーニングルームが4階だったんですよね。ここから飛び降りたら楽になるかなと考えたことは正直あります」

大山さんは26歳で現役を引退。去年、双子の娘を出産しました。競技を離れ、さまざまな経験を重ねる中で、いかにバレーの世界だけの価値観に縛られてきたか気づくことができたといいます。

大山加奈さん
「『こうじゃなきゃいけない』、『こうあるべき』に、すごくとらわれてしまっていたなと。指導者たちも指導するんです、『ほかのことに目を向けるな』、『競技のことだけ考えろ』。『そうじゃないよ』と言ってあげたい。競技は本当に人生の一部なんですよ。本当に一部。『その競技でうまくいかなくても大丈夫だよ』と言ってあげたいですね」

アスリート 心のSOS 何が選手を苦しめるのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、スポーツ心理学者で数々のアスリートの心の相談を受けている田中ウルヴェ京さんです。よろしくお願いいたします。


スタジオゲスト 田中ウルヴェ京さん (スポーツ心理学者)
多くのアスリートから心の相談

ウルヴェさん:
お願いします。

桑子:
アスリートたちが追い詰められてしまう背景には、「こうすべきだ」「こうあるべきだ」という意識があるということでしたけど、ウルヴェさんも実際にアスリートたちとお話しをする中でどんなことを感じていらっしゃいますか。

ウルヴェさん:
さまざまなプロ選手だったりオリンピック選手だったりのメンタルに携わる立場なのですが、トップアスリートの共通点として、他者からの、そして全く知らない方からの「こうあるべき」「君はこうあるべきだ」に対して非常に苦しい思いをするということはよくあるケースではあります。

桑子:
そうですか。

ウルヴェさん:
例えば、全くその選手本人の内情を知らないのに、「練習はもっとこうすべきだっただろう」とか、「もっとこんなふうに選手だったら話すべきだ」というような、言っている、批判している方の正論かもしれませんが、そのことをやはりいろんな人から言われても、それを全て聞くわけにもいかず、そういったことはつらいものの1つではありますよね。

桑子:
そうしたつらさ、苦しみを今、アスリートたちが声を上げ始めているわけですよね。このことについてはどのように感じていらっしゃいますか。

ウルヴェさん:
とても大事なことだと思っています。実は私自身も30年前に選手をしていましたから、そのときの私の「べき思考」としては、「悩むべきではない」、「人に自分のメンタルのことなど話すべきではない」、そのこと自体で実は苦しんだりしますよね。

桑子:
ご自身も苦しんでいらっしゃったわけですね。

ウルヴェさん:
でも、やはり私たち当事者の選手が、実はこんなふうな心の課題を抱えているんだということをことばでしっかり発しないと、それがニーズとして残らない。ニーズや課題になれば、スポーツ界や、そして政府が支援対策をせざるをえなくなります。当事者がはっきりとこういう課題を抱えていると言うことは大事ですね。

桑子:
そして周りの人が、この人がこういうことを抱えていると知ることも、何か変化のきっかけにはなりますね。

ウルヴェさん:
はい。例えば、選手ってこんな所で弱くなるんだ、悩むんだ、でもそこだけに終わらず、そういった悩みを選手ご本人がおっしゃったときに、それでもこういう結果を出すためにこのような行動を起こしましたとか、こんなふうに考えるようにしましたというような復原力、あるいはストレスをどのように対処してきたかという力をことばにすることができるので、それはいろいろな方々に対して役に立つことだとは思います。

桑子:
そして、彼らのイメージを作るものの1つとして私たちメディアの在り方もやはり問われているなと感じるのですが、この辺りはどのように感じていらっしゃいますか。

ウルヴェさん:
もちろん簡単な正解はないとは思うのですが、例えばアスリート像の多様性というのは1つです。

桑子:
多様性。

ウルヴェさん:
どういうことかというと、選手でありながらも当然、選手は一人の人間です。人間としてはとてもシャイな方かもしれないし、おおらかな人かもしれない。でも、性格と選手、競技で大事なものは全く違うわけで、人としてはこんな方です、そして選手としてはこんな人ですというような出し方ができると、「アスリートはいろんな人なんだな」ということが示せますね。

桑子:
メンタルヘルスの問題に、どう対処していけばいいのか。アスリートみずからが対応に乗り出した競技もあります。

"心の不調"にどう寄り添う 動き出したアスリートたち

バレーボール元日本代表の益子直美さん。ある競技団体の呼びかけに応じてアスリートとの対話を続けてきました。

その競技は、屈強な体で戦うラグビー。国内リーグの選手を対象に行った調査で、4割の選手が精神的な不調を経験していたことが判明。さらに、1割近い選手が「死にたい」などと考えていたことがあると分かりました。

そこで選手会が始めたのは、競技の枠を超えた対話の場を作ることでした。対話の相手を依頼したのは、所属チームとは関係のない元アスリートたち。他の競技の経験者にも声をかけました。

現役時代、みずからも周囲に悩みを打ち明けられずに苦しんだ益子さん。今回、その経験を生かしたいと相談相手を引き受けました。

元バレーボール日本代表 益子直美さん
「ここ(脳)からここ(口)までの10センチがすごく遠い。脳から口に出るまでが。何でも話を聞いてくれる、受け止めてくれる方がいたら、どんなに心強かったかと思う」

本音を話してもらうためにはどうすればいいのか。選手がけがをしたり、落ち込んだときにかけることばには特に気を配ったといいます。

益子直美さん
「すごく悩んだ。どういうことばをかけていいのか。自分自身もアスリートのとき、けがをしたときに落ち込みすぎて、どんな声をかけられても、私の気持ちなんて分からないと殻に閉じこもったことがあった」

10回に及ぶ面談を行う中で、個人的な相談も受ける関係になったという益子さん。対話の中で大切にしていたことを教えてくれました。

益子直美さん
「自分の価値観を押しつけないということを常にいつも気をつけて。あとは知った気にならない。『わかる、わかる』ということばを使わないことを、セッション(面談)の前に言い聞かせて準備をしていた。一番は、やっぱり知った気にならない」

弱音を吐ける環境 必要なことは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
この対話の取り組み、実際に選手たちの満足度は高かったそうで、ウルヴェさんはどう評価されますか。

ウルヴェさん:
すごく大事なことです。諸外国でもこういったことは行われていて、他競技の、そして同じ競技の先輩の選手などがただただ聞くということ。それをやるだけでも全く違いますよね。

桑子:
他競技の人が話を聞く良さというのはどんなところなのでしょうか。

ウルヴェさん:
例えば、競技のこと自体は全く分からないので、「なぜそのディフェンスで、その思いになるんですか」とか、基本的な質問を他競技の人は聞くわけです。

桑子:
確かに。

ウルヴェさん:
そうするとご本人は、「えーと、えーと、なんでだろう」って思う中で、そもそもどうして僕はそんなふうに思ってたんだろうという、自分の「べき」に気づいたりすることもできるという良さもあります。

桑子:
なるほど。考えながら話すことが、自分にとっていいことになっているという。こうした弱音を吐ける場は、スポーツの世界はもちろんですが、職場や家庭など、いろんな場所で大事だと思うんです。そういう場を作ってあげるにはどうしたらいいとお考えですか。

ウルヴェさん:
弱音を吐かれた相手、例えばそれが親だったり上司という方だったりがしっかり聞くためには、まずその上司や親という立場の方々が「自分はきっと何かこうあるべきという正論があるはずだ」と考えることは大事です。考えてはいけないではなくて、どんな正論を私は持ってるだろうと。例えば「女性はこうあるべきだ」とか、「新入社員ならこのことを考えるべきだ」というようなことを書いていただいて、あたかもそれの反論があると一生懸命考えて。

桑子:
なるほど。まずは実際に書き出してみて、その反論をさらに考えるわけですか。

ウルヴェさん:
はい。自分でできなかったら、ほかの人からの力も借りてというようなことをすると、「こうあるべき」って持っているなということを知るだけでも対策が変わってきます。

桑子:
まず気づくことができるわけですね。ウルヴェさんはその対話をするときに、ひとつ気をつけていることとすると何が挙げられますか。

ウルヴェさん:
一生懸命聞く。自分は何も相手のことが分からない。これもいちばん大事なことですね。

桑子:
そうですね。私も「分かる、分かる」と言ってしまうのですが、言わないように気をつけようと今回本当に思いました。

続いてご覧いただくのは、心の不調に悩んできた萩野さんです。今、新たな1歩を踏み出そうとしています。

"みずからの経験を伝えたい" 萩野公介 踏み出した一歩

引退後の今も通院を続けている萩野さん。4月、大学院に進学し、スポーツ人類学を学び始めました。栄光と苦しみをみずからに与えた、競技人生。人間がスポーツをする意味について深く学びたいと考えたのです。


萩野公介さん
「現役のころは『何で泳いでるんだろう』と考えながら、でもスポーツに助けてもらったところが大きかった。そういったものを引退したうえで、もう一度学び直したいと考えています」

そして、現役時代に苦しんだ心の問題についても積極的に伝えていこうとしています。
自分の強さも弱さも認めてあげてほしい、萩野さんのメッセージです。


<大学のセミナーで話す萩野さん>
「何ができなかったかというところばかりに目を向けてしまうと、苦しくなってしまうときもある。ここはできなかったけれど、ここができたなというのを同時に見つけることが大事」
萩野公介さん
「経験してきたことを誰かに伝えられたりしたら、少しでもそれがいい方向に向かってくれればいいなと思っています」

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