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西予市 美しさにこだわり しめ縄職人 上甲清さん

  • 2024年01月19日

神聖な場所を守るために張られる「しめ縄」。その美しさや完成度の高さから注目を集めている職人が愛媛県西予市にいます。注文は全国から舞い込み、年末が近づくと一日の作業は十数時間に及びます。材料となるワラの1本1本までこだわり抜き、手にした人に幸せが訪れてほしいと心を込めて丁寧にワラを綯(な)う上甲さんの手仕事の現場を取材しました。

(NHK松山放送局 井上佳穂)

しめ縄作りに追われる12月下旬

撮影スタッフが作業場を訪ねたのは、年の瀬も押し迫る12月25日のこと。

上甲さん「おはようございます。ひやいで、きょうは。どうぞー」

事前取材のため私はこれまで何回も上甲さんの元を訪れてきましたが、この日もいつもと変わらない笑顔で快くスタッフを出迎えてくれました。扉を開けると漂ってくるさわやかなワラの香り。草むらで遊んだ幼少期の記憶が一瞬で呼び起こされ、どこか懐かしい気持ちにさせてくれました。

作業場に一歩足を踏み入れると、所狭しと並べられたしめ縄に驚かされます。舞い込む注文は年におよそ600個。そのエリアは県内だけにとどまらず、北は北海道、南は宮崎と全国に及びます。全てが手作業のため、1日に作れるのは10個ほどが限界。作業は早朝から深夜に至るそうです。

「このせわしいときはもう4時起き、3時起きよ。やけん1日長いで。10時間以上あるわな。17~18時間あろう。へへへへ」

どれほど作業に追われていても、上甲さんは「大変」や「つらい」といったネガティブな言葉は決して発さず、ひたすら手を動かし続けます。

手にした人に幸せが訪れるよう 思いを込める

上甲さんの作るしめ縄の特徴が、輪の中央部に施された結び目です。1本1本、丁寧に丁寧に、十字の形を形づくっていきます。

愛媛県新居浜市で毎年10月に開催される「新居浜太鼓祭り」で使用される太鼓台(山車の一種)に施されていた結びなどから着想を得て、しめ縄に取り入れたそうです。「手にした人に多くの幸せが訪れてほしい」そんな上甲さんの願いが込められた結び目です。

「やっぱり、めでたく、新しい年を迎えるには大事な事やと思いますわいな」

本格化したのは20年前
消えゆくワラ文化を後生へと残すため

上甲さんが生まれ育った西予市宇和町を歩くと、一部の田んぼでワラを使った大きな構造物を見ることができます。これは「わらぐろ」と呼ばれ、ワラを乾燥し貯蔵するためのものです。

米農家に生まれた上甲さんにとって、ワラは身近な存在。幼い頃から親の手仕事を見ながら、俵や草履、むしろなど、ワラを使った日用品を作ってきました。18歳になると家のしめ縄づくりを任されるようになったそうです。消えゆくワラ文化を将来に残すため、上甲さんは2002年に「宇和わらぐろの会」を発足。会長として、わらぐろの保存やPRに奔走してきました。活動を進める中で、しめ縄も20年ほど前から本腰を入れてつくるようになりました。

材料にこだわる

上甲さんが使用するワラは全て自分で育てています。それらは食べる目的ではなく、ワラ細工専用の稲。稲穂が紫色のものや、黄色のもの、そして穂先を使用しないものなど、デザインやパーツごとに品種を変えています。こだわりはこんなところにも。

大型の機械は使わず、稲は全て手作業で刈ります。刈り取られたあとの株をご覧いただくと、まるで機械が通ったあとのように全ての切り株の高さが見事にそろっているのがわかります。

さらに、刈り取った稲わらを傷めないよう脱穀も足踏み式で行う徹底ぶりです。手間暇がかかりますが、これも全ては仕上がりの美しさのため。

今は機械の時代じゃけどが、この葉っぱが機械にやったらちりぢりになってしまう。手作業にやらんかったら、ワラがいたんでしまうけんな

ディレクター

その分身体に負担じゃないですか?

そうやなぁ。でも昔はこれがあたり前やけんな

一番美しい状態でワラを刈り取れるように研究を重ね、種類に合わせて肥料を与えるタイミングや量、そして水温などを調整していると言います。

「ワラのよしあしによってできあがりの製品が変わってきますけん。やけんそれにこだわりを持って今までずっとやってきた」

しめ縄の美しさと 
上甲さんの向き合う姿勢に魅了された人々

上甲さんこだわりのしめ縄は少しずつ知られるようになり今では全国に熱心なファンがいるほどです。去年11月に行われた実演販売会には、上甲さんのファンが県内外から集まりました。

年の瀬も押し迫った12月27日。しめ縄を受け取るため、上甲さんの元をひっきりなしに人が訪れます。中には高知県から片道3時間以上かけてやってくる人の姿もありました。

この時期、直接しめ縄を手にするのが何よりの楽しみだそうです。
高知からわざわざ来てくれるお礼にと、上甲さんが餅つきを企画。一緒にお餅をついたり、ゆっくりおしゃべりをしたり、ゆったりとした時間が流れます。

みなさん、上甲さんが作り出す美しいしめ縄はもちろんのこと、そのお人柄にも魅了されているそうです。

八馬さん「度量が広い方」
大住さん「大変なこともあるはずなのにいつも笑顔」
百田さん「癒やされる。みんなに幸せを分けてくださる」

できたばかりのしめ縄を渡す時がきました。田植えから刈り取り、そしてワラを綯(な)う作業。およそ9ヶ月の時間をかけて作り出された上甲さんの情熱と思いのこもったしめ縄です。

八馬さん「紫色のお米の紫がすごい明るいね。きれい」
百田さん「良縁を招くかんきつと上甲さんのしめ縄。最高です」
大住さん「来年も幸せになれそうです、これで」

ワラ文化を未来に

ワラ文化を残すため、そして手に取る人に喜んでもらうため。そんな思いでしめ縄を作り続ける上甲さんにとっての今の願いは、先人たちの築いた文化が未来へと受け継がれることです。

上甲「ここまである程度やってきたのに、だれか後継いでやってもらえたらありがたいがなというのが今の希望するとこやけど、もうこの歳、あと残り少ない人生やけどな、やっぱり残り少ない人生を有意義にいかないけんやないかな」

取材を終えて

しめ縄を受け取った人々が喜ぶ姿を見て、上甲さんの顔に満面の笑みが広がっていくことがとても印象的でした。手間を惜しまず、「人に喜んで欲しい」というその一心でしめ縄を作り続ける姿勢に、深い感動を覚えました。上甲さんのしめ縄が、この先も受け継がれていくことを願っています。

  • 井上佳穂

    井上佳穂

    2021年入局。
    デザインや文化などをテーマにした番組を手掛ける。

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