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100万キロの車 PARTⅢ~新たなる出会い

  • 2023年12月13日

走行距離100万キロを超えた車。実に16年かけて到達した距離はその後もさらに伸び続けている。

その裏側では度重なるトラブルに見舞われているが、ドラマのような出会いまで生まれているという。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

特集の内容はNHKプラスで配信中の12月11日(月)放送の「ひめポン!」(NHKGTV午後6時10分~)でご覧いただけます。

画像をクリックすると見逃し配信が見られます!見逃し配信は12/18(月) 午後6:59 まで

乗り物酔いする鉄道カメラマン

2023年1月、年明け早々に連絡が入った。「走行距離が99万キロになりました」と。その連絡主は、香川県高松市在住の坪内政美さん(49)だった。坪内さんは、20年のキャリアを持つ鉄道カメラマンで、全国各地の鉄路を追いかけて撮影している。移動手段はすべて車だ。鉄道カメラマンなのに、乗り物酔いするからだという。

刑事ドラマが大好きな坪内さんはいつもスーツ姿に身を包み、望遠レンズを携え、16年前に購入した1997年製の国産車、日産セドリックを相棒にしている。

100万キロ達成!

100万キロの表示を想定していなかったのか、その車のメーターは「999999キロ」の表示のまま固定してしまった。

車のメーター

ワンエンジンでこの驚異的な走行距離を安全走行できたのは、常々メンテナンスをしてくれた香川のディーラーのおかげだと坪内さんは感謝していた。ディーラーもまた、その記録をたたえ、坪内さんに表彰状を送った。

▼100万キロ達成の瞬間の記事はこちら

さらば100万キロのエンジン

それからわずか2か月後、大記録の達成を待っていたかのようにエンジンが故障した。坪内さんはなんとか修理をして同じエンジンを使い続けたかったが、ついにエンジンを交換せざるをえなくなった。

100万キロ走ったエンジン

長年連れ添ったエンジンを手放すことは胸を裂かれるような思いだったと坪内さんは話す。その後、ディーラーが同型のエンジンを手に入れて交換できたものの、不具合が続き、さらにもう一度エンジンを載せ替えて復活を果たした。

▼100万キロのエンジンの記事はこちら

その後もトラブルが…

そして、11月。JR予土線の撮影に出かけた坪内さんは、鬼北町を走っていた時、なにかがおかしいと車を止めた。なんと大量のオイルが漏れていたのだ。

坪内さん

「回転数だけ上がって急に走らなくなったんですよ。すぐこれはなんかあったと停車したところ、止まったらもう動かなくなってしまいました」

しかし、あいにく沿線周辺のディーラーは軒並み対応ができないという。坪内さんはあちこちのディーラーに電話をかけた。

そして、レッカーで運ばれたのが松山市内にあるディーラーだったのだ。すぐさま整備士たちが駆けつけ、ゆっくりと手で押しながらピットに入れる。念入りにエンジンルームを下から見あげ、オイル漏れの原因を突き止めた。

そして出会いが生まれた

ピットには、ひときわ興奮気味に車を眺めている男性がいた。工場長の大下孝次さん(47)だ。実は、大下さんは100万キロ達成のニュースを見ていて、坪内さんの車のことを知っていたという。

大下孝次さん

大下孝次さん
「あっ、これがうわさの車だなと、正直びっくりしました。ちょうど職場のみんなで話をしていたところですから、まさかこの車に出会えるとは夢にも思いませんでした」

大下さんが目を輝かせていたのは理由がある。自身も刑事ドラマが大好きで、1983年製の日産スカイラインを所有しているのだ。かつて子どもたちをとりこにしたあの車である。テレビから飛び出てきたかのような再現ぶりに車への情熱が伝わってくる。

大下さんの愛車

大下さん
「坪内さんと僕、同じにおいがしました。当時は車を使ったテレビ番組も多かったですからね。同世代ですから同じ物をやっぱり好きというのは、すごい親近感が湧きました」

偶然でつながる縁

幸いにも、ホースを交換する程度の軽い故障で翌日には修理が完了。坪内さんも安心した様子だった。

年齢も近いことから、坪内さんと大下さんは車の話で意気投合。

そして、大下さんが坪内さんの車に強い興味を抱いたのはさらに理由があった。実は大下さんの父親が同じ車種に乗っているというのだ。「いつか並べて走りたいですね」とつぶやいた坪内さんに同意する大下さん。

2人の出会いが、2台の車を引き寄せた瞬間だった。

対面した2台の車

12月上旬、大下さんの父親、義朗さん(74)が松山市の道の駅にやってきた。ヘッドライトやフロントグリルなど細かな仕様は異なるものの、まちがいなく同年代の同車種である。

走行距離は8万キロ。週に1、2回買い物に行くときだけ車庫から出すそうで、大切に乗り続けているという。つやつやで黒光りするボディが美しい。

坪内さんも思わず「うわあ、かっこええなあ」と大興奮。義朗さんもまた、あいさつもそこそこに、坪内さんのメーターを見たいとはしゃいでいる。

大下さんの父親、義朗さん
「あのメーターをテレビで見たとき、こりゃあすごいなあと思いました。私もあと何年生きるかわかりませんけど、到底無理ですね。とてつもない数字ですよ」

出会いとともに伸びる走行距離

大下さんの父の義朗さんと坪内さんのセドリック、それに大下さんのスカイラインの3台がそろったところで、海岸沿いをドライブすることに。

エンジンをうならせ、3台が走って行く様は、刑事ドラマのエンディングシーンさながらである。遠くからあの歌声が聞こえてきそうなそのひとときが、坪内さんの今後の走行距離の更新を加速させそうだ。

坪内さん
「まさか、こんな出会いがあるとは。まさに夢の並びが実現しました。うれしいですね。大下さんのように、車を大切に思ってくれる人が愛媛にもいるということは、心強いですし、非常に助かります」

大下さん
「うちのディーラーには、坪内さんのように車を大切に思うお客さんがたくさんいらっしゃいますので、その気持ちに応えたいといつも思っています。いつまでもメンテナンスしますよ。車に何かあったら私らが何とかします」

古い車に故障はつきものだ。しかし、だからこそ直すたびにまた愛着が湧き、自分のものになっていくのかもしれない。そうした車を思う気持ちが人々を引きつけるのだろう。

大下さん親子が坪内さんの気持ちに共鳴するのは、同じ車種に乗っているからというだけでなく、同じ思いを抱いて車を愛しているからだ。

「999999」から先を表示しなくなった坪内さんの車のメーター。その後は手書きで走行距離を記入し続けてるという。そして今、その距離は105万4679キロに。(12月11日時点)

坪内さんは撮影でたびたび全国各地を訪れる。そんなとき、大下さんのような人に出会うことはドラマ以上にドラマチックな瞬間だ。きっとこの先もまた、新たな出会いとともに走行距離は伸び続けるにちがいない。

特集の内容はNHKプラスでも(配信終了後は下の動画で)ご覧下さい。


  • 山下文子

    山下文子

    2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走する日々。 鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中。 実は覆面レスラーをこよなく愛す。

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