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今治の脱走事件から5年 「塀のない刑務所」は今

  • 2023年04月21日

2018年4月、愛媛県今治市の刑務所から受刑者が脱走する事件が起きました。事件が起きたのは生活態度が良好で模範的な受刑者を収容する「塀のない刑務所」。施設には塀はなく受刑者には一定程度の行動の自由が認められています。事件から5年、特別な許可を得て「塀のない刑務所」の1日に密着すると、刑務所側は新たなジレンマに陥っていることが分かりました。

(NHK松山放送局 後藤駿介)

5年前の脱走事件

5年前の4月8日。衝撃的な事件が発生しました。今治市の刑務所から当時27歳の受刑者が脱走したのです。受刑者は瀬戸内海の島などで盗みを繰り返しながら、泳いで本州側に渡ったとみられ、その後、広島市の路上で警察に見つかり逮捕されました。逃走の期間は3週間あまりにおよび、地域は大きな不安に包まれました。

「塀のない刑務所」の1日に密着

脱走事件が起きた松山刑務所大井造船作業場です。施設は民間の造船会社の工場内にあり、一般的な刑務所に設置されているような高い塀はありません。全国でも4か所しかない、いわゆる「塀のない刑務所」です。

今回NHKは特別な許可を得て、刑務所の内部にカメラを入れ受刑者たちの1日に密着しました。まず私が驚いたのはドアに鍵のない受刑者の居室です。鉄格子もなく、私が想像していた刑務所のイメージと大きく違いました。

また日中の刑務作業の様子も大きく異なります。一般の刑務所では外部の人との交流はほとんどありませんが、こちらでは造船所の作業員と会話したり指導を受けたりしながら、一緒に作業に当たっています。

さらに作業を終えた後の過ごし方も、私が抱いていた刑務所のイメージと大きなギャップがありました。実用書や文芸書などが並ぶ部屋で読書にふける受刑者もいればダンベルなどを使って筋力トレーニングする受刑者も。25歳から44歳までの15人の受刑者たちは、それぞれ思い思いに自由時間を過ごしていました。

塀のない刑務所の目的とは

一般的な刑務所とまったく異なる「塀のない刑務所」。なぜ意思が尊重され一定程度行動の自由が認められるのか。理由は一般社会に近い環境で生活することで、受刑者の自律心を高めることにあります。近い将来、受刑者は刑務所を出て自分自身を管理しながら社会生活を送らなければなりません。そのための鍛錬として、自分で物事を考えながら社会常識やコミュニケーション能力を磨くのがこの刑務所での矯正の狙いです。収容されているのは模範的な受刑者たち。入所するには生活態度や性格、それにIQなど、さまざまな基準をクリアする必要があります。

ふだんの生活で感じていることについて受刑者に話を聞きました。

受刑者A

「25歳で逮捕され5年間刑務所で生活しています。同世代の人たちが社会人として頑張っていますが、私は自分自身でそのような機会を奪ってしまいました。そうした中、模擬的ではありますが社会生活を体感できるのは、すごく得がたい経験です」

受刑者B

「一緒に仕事をしている人からも『更生目指して頑張ることが大事』などと声をかけてもらえ、私たちを犯罪者ではなく仲間として迎え入れてもらえていると感じます。そういう人が1人でもいるということは受刑者として、とてもありがたいです」

事件の背景には特殊な人間関係

法務省 開放的施設における処遇及び 保安警備等に関する検討結果報告より

選ばれた受刑者たちを収容する「塀のない刑務所」でなぜ脱走事件が起きたのか。事件後、国の調査報告書では、施設内での特殊な人間関係が背景にあると指摘しました。この刑務所ではかつて受刑者でつくる「自治会」という組織があり、運営は自主性を尊重して受刑者自身に委ねられていました。一方で、刑務所側の目が行き届かず、組織の中で強い上下関係が生まれたとされています。脱走した受刑者も「自治会」の中で、ほかの受刑者に厳しく叱責されるなどして失望感などを抱いたことが脱走の原因の1つと見られています。

脱走対策①「自治会」撤廃 人間関係に目配り

こうしたことから事件後、刑務所は「自治会」の制度を撤廃。そのうえで受刑者の中で過剰な上下関係が生まれないよう対策を強めました。この日の余暇時間の受刑者の会話に耳を傾けていると、新しく入ってきた受刑者に丁寧にアドバイスしている場面が見られました。

受刑者C
「きょう、何か分からないこととかあった?」

新しく入ってきた受刑者
「並び方とかあいさつの仕方が難しかったです」

受刑者C
「この刑務所に来て、まだ日は浅いと思うけど、明日明後日ばちっと決まっていたら、『やるな』って思われるから、そうなるように頑張りましょう」

松山刑務所 大井造船作業場 蓮池茂夫 場長(当時)

「よく誰と話しているかとか、孤立した人間がいないかとか、受刑者の心情面を把握しようと、ふだんの様子をしっかり見ています。事件前にも行っていましたが、いっそう注意するようになりました」

「自治会」に代わって新たに設けられた取り組みがあります。「係活動」です。読書や防災など5つの係に分かれ、受刑者どうし交流を深めながら、学んだことなどを毎朝発表することになっています。主体性などを磨くのが狙いです。

この日、私は「教育図書係」の発表会の様子を取材しました。芸術をテーマにした図書を読んだ受刑者が、得た知識をどのように今の生活に生かしていくべきか自分の考えを述べていました。難しいテーマにも関わらず、図を書いてわかりやすく、真剣な表情で発表する受刑者の様子に驚きました。

発表した受刑者

「レオナルド・ダ・ヴィンチは表現の花を咲かすだけではなく、興味や関心に従い好きなことを掘り下げていったとされています。私たちの造船の刑務作業も、良い製品をつくるためにどうするべきか、探究を重ねることが大切です」

脱走対策②施設面も整備

左:玄関のドア 右:ストッパーを付けた窓ガラス

ハード面でも対策は強化されました。受刑者が生活する寮の窓ガラスは、ストッパーが新たに取り付けられ人の体が通れない幅までしか開かないように仕様を変更。事件前は受刑者も自由に出入りできた玄関のドアには、生体認証システムを導入し、登録された職員のみが鍵を開けられるよう設定しました。

脱走対策③監視態勢強化 しかし現場はジレンマも・・・

監視に当たる刑務官も増員し、受刑者に逃走の気配がないか目を光らせています。一方、刑務所側はジレンマも感じているといいます。

罪を犯すまでの半生、人から信頼された経験が乏しい受刑者も多く「塀のない刑務所」では、受刑者に「認めてもらっている」という実感を持ってもらうことも矯正の一環として大切にしてきました。しかし監視態勢の強化が受刑者の自己肯定感を下げ、矯正に支障を与えないかと感じているのです。

松山刑務所 大井造船作業場 蓮池茂夫 場長(当時)

「脱走は決して起こしてはいけない。しかし、受刑者の自主性を尊重するという相反する価値観と、どうバランスを取っていくか非常に難しいです。開放的な矯正施設の本来の意義を失わない範囲で模索しているというような状況です」

松山刑務所 高野洋一 所長

「事件を受けて『絶対に逃走させない』という部分に比重を置いて対策を取ってきました。一方、監視すればするほど受刑者との信頼感が築きにくくなるというのはあると思います。何が矯正に必要か常にあらゆる角度から検討はしていかなければいけないと思っております」

「塀のない刑務所」は、どうあるべき

事件から5年がたつ中、いまだ答えを見いだせない「塀のない刑務所」のあるべき姿。専門家は「管理する」という発想だけに固執せず、受刑者の矯正のために何が必要か、地域をあげて考える必要があると指摘します。

龍谷大学 矯正・保護総合センター 浜井浩一 センター長

「『逃走させない』という部分だけに関心を持ってしまうと、『できるだけ管理したほうがいい』という考えになる。しかし受刑者にとって考えると、刑務所の中で管理される生活を長期間送ることによって、社会に復帰したとき、自分で自分を管理できなくなって、いろいろな場面で行き詰まり、再犯につながるケースが増える可能性もある。私たち一人ひとりが『受刑者はいずれ社会に戻って、自分たちの隣人になる』という視点に立って、受刑者がどんな隣人になって帰ってきてほしいか、社会全体で考えていくことが大切だ」

取材を終えて

今回取材をしていて刑務所がどうあるべきなのかということを深く考えさせられました。
「塀のない刑務所」では、受刑者たちが造船作業に真面目に向き合い、係活動などにも一生懸命取り組んでいるように見えました。こういった作業が、受刑者の社会復帰につながるのだろうとも感じました。
一方で、地域住民の中には監視態勢を強化してほしいと思う人もいるでしょうし、立場によって考え方が違う人もいるのではないかとも思いました。
ただ、元受刑者が罪を繰り返さないような矯正教育をどう行うかということは、専門家が指摘していたように地域にとっても社会にとっても重要だと思います。私も、日頃の取材の中で、刑務所を出所した人が再び罪を犯すという事件に触れるたびになぜ更生できなかったのかと悔しい思いを感じます。
刑務所がどうあるべきなのかという答えはなかなか見つからないかもしれません。
しかし、多くの人が刑務所の中を知り、話し合えるような機会が必要なのかなと思います。今後も刑務所の取材を行い、多くの人に考えてもらえるような機会を増やしたいと思います。

  • 後藤駿介

    後藤駿介

    2016年入局。前任地は福島県の南相馬支局、震災と原発事故について取材してきました。 これまでの取材で惚れたのは逆境の中、大漁を目指す相馬の漁師。愛媛でも大漁目指して取材に邁進します。

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