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【内水氾濫】小さなあの川、あの水路が凶器に

  • 2023年07月04日

小さな水路が命取りに…!?

雨の降り方が激しくなる中、毎年のように全国で豪雨が相次いでいます。熊本県では2020年7月4日の未明、線状降水帯が人吉球磨地方を中心に発生。一連の豪雨で球磨川が氾濫するなど、県内で死者・行方不明者が69人出る甚大な被害となりました。

今回、亡くなった人の当時の状況の取材や、専門家の最新研究から、用水路や小さな川の氾濫が命の危険をもたらすリスクが明らかになってきました。

(熊本局ディレクター・大窪孝浩 
 熊本局記者・岸川優也)

被害の実態とは…

人吉市では、球磨川の氾濫で町全体が浸水。逃げ遅れたり、濁流に流されたりして、あわせて20人が犠牲となりました。

当時の被害の状況を取材すると、球磨川が氾濫し、ピークを迎える前に、球磨川からの水ではなく、用水路や小さな川から水があふれる「内水氾濫」によって避難が妨げられたとみられる人がいることが分かってきました。

市内でも特に多くの人が亡くなった下薩摩瀬町では、80代の男性が家の前にあった用水路に流されて亡くなりました。球磨川の氾濫がピークを迎える前の時間帯の出来事でした。目撃した向かいに住む人によれば、家の前は流れのある川のようになっていて、避難が難しい状況だったといいます。

(亡くなった男性が流された場所)

また、人吉市の中心部では飲食店を営んでいた50代の女性が店内で亡くなりました。女性は午前8時すぎ、親戚を通じて消防に「店のドアが開かない」と通報していましたが、消防がたどり着いたとき、すでに店は水に沈んでしまっていました。ドアが開かなくなったとみられる時刻、浸水は球磨川とは反対の方向の小さな支流からの水によって始まっていたとみられます。

(女性が亡くなった建物)

命は助かったものの、逃げ遅れ、屋根に逃れることでなんとか難を逃れた人も相次ぎました。下薩摩瀬町に住む丸山さんも逃げ遅れた1人。朝方、避難所に逃げようとしたところ、目の前の水路からあふれた水で、動くことができなかったといいます。

(住民の丸山さん)

「避難所に行くには目の前のこの道を行くしかないんです。でも、その道が川のようになっていて、逃げ場がなかったんですよ」

結局、丸山さんは近くの家の屋根にのぼり、なんとか助かったといいます。

最新研究から見えてきたリスク

こうした状況を科学的に調べようと、中央大学の福岡捷二教授が現地調査を行いました。

福岡教授が現地でまず注目したのは地形の高低差です。

「わずかながら、地形に高低差があります。私たちにとってはたいした差でなくても、水は必ず低いところへ流れていく。その流れが避難を阻害するんです」

用水路や小さな川が多いことも指摘しました。

「農業用の用水路が張り巡らされています。普段は農業に欠かせないものだが、こういう場所は大量の雨が降ったときには水を流しきれず、あふれることになる」

福岡教授は、詳細な地形データに、用水路や小さな川、下水道なども考慮してシミュレーションを実施。豪雨当日の状況を解析しました。

注目したのは最も多くの犠牲者が出た下薩摩瀬町。球磨川の氾濫が始まったとみられる午前6時ごろより前から、用水路や小さな川で水があふれ始め、すでに避難が難しい状況だったことが分かってきました。 

シミュレーションでは、午前4時ごろには下薩摩瀬町の重要な避難路となっていた道が内水氾濫によってすでに浸水。さらに、流れも伴っていたのです。

流れを伴うと、避難は難しくなると言われています。
福岡教授は、流れを伴う内水氾濫で身動きがとれなくなった人が大勢発生したとみています。

「わずかな傾斜でも、道路には障害物がありませんから、水が速く流れていく。このエリアでは、内水の流れで、避難することが出来ないぐらいの状況だったと考えられます」

その後、午前6時ごろに球磨川が氾濫しました。街はみるみる洪水に飲み込まれ、浸水は最大5メートルにも達しました。

(福岡教授のシミュレーション)

こうして、避難のタイミングを失った人たちが犠牲となったのです。

福岡教授は、この豪雨災害を教訓に、今後は水害に対する考え方を変える必要があると言います。

「人吉市で起こったのは、内水で避難が難しくなった後、川の氾濫で一気に街が飲み込まれて人が亡くなったということです。こうしたことは、雨が激しくなる中で、今後どこでも起こりえると考えています。今までとは考え方を変えて、地域ごとに、内水に引き続く川の氾濫に対応できるような避難計画を作るかということが大事だと思います」

地域専用の避難スイッチを!

 こうしたなか、5人の犠牲者を出した下薩摩瀬町では新たな取り組みが始まっています。 

避難での課題は、町内を流れて球磨川に注ぐ小さな河川からの内水氾濫で避難経路が浸水し、避難が難しくなること。そのため、球磨川の状況だけでなく、避難経路の状況を知ることが必要だと考えたのです。

そこで、簡単に管理ができるカメラを川や水路の近くに設置する研究を進めている大学の研究グループと連携することにしました。

この研究グループが使うのはネットでも手に入れやすく、価格も5000~30000円ほどと安価な機材。導入しやすさと、管理のしやすさにこだわっているといいます。

住民たちは、専門家の協力を得ながらカメラを設置する場所を選定。避難のために重要な避難路にカメラを設置し、リアルタイムで監視できるようにしました。

研究グループの九州産業大学の佐藤辰郎准教授は、こうしたカメラの導入を進めることで、身近な水路や河川の状況に合わせて地域ごとにカスタマイズした避難計画につなげられると話します。

「自分たちが見慣れている場所とか気になるところにつけることで、避難のトリガーになる。『どのくらいまで水が来たら警戒を始めよう』とか、話し合いをしながら地域の防災計画のなかに取り込んでいってほしいです。こうした取り組みは今後全国に広げていきたいと思っています」

下薩摩瀬町の町内会長の赤池さんは、このカメラによって逃げ遅れの防止につなげられると期待しています。

「大雨が降りそうなときには自宅など安全な場所からカメラを見て、避難の判断ができるのでありがたいです。今後住民にも使い方を周知しながら、早め早めの避難につなげられるよう活用していきたいです」

求めらえる新たな備え

これまで、「内水氾濫」とは、住宅や車などには被害をもたらすものの、命の危険にはつながらないというイメージも持たれてきました。しかし、雨の降り方が激しくなる中、人吉で起こったような「内水氾濫で逃げ遅れ、その後の大河川の氾濫で人が亡くなる」ようなケースはこれからも想定されます。

身の回りの水路や小さな河川についても、リスクを認識しておき、それを踏まえた避難の計画をたてておくことが必要です。

この機会に、ぜひご自宅の周りのリスクを改めてして災害への備えを進めてみてください。

  • 大窪孝浩

    熊本局ディレクター

    大窪孝浩

    ディレクター歴約20年、熊本局が初任地。自然番組や地震や水害などの科学ドキュメンタリー番組を制作

  • 岸川優也

    熊本局記者

    岸川優也

    2020年入局
    豪雨災害や事件事故の取材を中心に担当

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