不安を彫る
- 2023年11月29日
1990年から3年に一度開催される世界的な版画のコンクール展「高知国際版画トリエンナーレ展」が、高知県のいの町で開催されています。
第12回目の今回は、53の国と地域から1359点の応募がありました。
30年以上の歴史を持つこの版画展で、今回初めて高知県の作家が大賞を受賞しました。
作品に刻まれたのは「不安」です。
(NHK高知放送局 山本青カメラマン)
積み重ねてきた挑戦
高知県出身の版画作家、徳廣秀光さん(72)。
大賞を受賞した「聖域 A-Ⅱ 『物言わぬ大衆』」の作者です。
徳廣さんが版画を始めたのは20代前半のころ。
とある展示会で見た版画作家・棟方志功の作品に魅了され、自分でもやってみたいという思いから版画を始めました。
当時、高知では版画を教えてくれる人が見つからなかったため、数週間に一度、京都の彫り師や刷り師のもとに通いながら、京都で見て覚えたものを高知に帰ってきてから実践するなど、ほぼ独学で技術を磨いてきました。
以来、高知を拠点に50年以上作品を作り続けてきました。
1990年から開催されているトリエンナーレ展にはこれまでも作品を応募してきた徳廣さん。
大賞を受賞した感想を伺うと。
驚きました。
出品するからには大賞を取りたいという希望はありましたが、若い作家もどんどん出ててきているので、まさか自分が取れるとは思いませんでした。
目まぐるしく変わる世の中への不安
トリエンナーレ展に出品する作品のテーマを考えていた時、徳廣さんが目を向けたのは世界で起きているさまざまな社会情勢に対する自分の中の不安な気持ちでした。
大国による軍事侵攻、それに伴う核の脅威、コロナウイルス、地球温暖化による異常気象、激変するデジタル社会、それに伴うAIの普及。
そういったものが未来になったときにどのように変化していくのか。
一つの警鐘という意味でも制作しました。
「見てもらうことが大事」
作品を見て最初に目に飛び込んでくるのがモノクロの世界と黒色の面積の広さです。
刷り上がった時に黒と白の対比がはっきりと出る技法を用いることで、作品全体に迫力を持たせ、人の目をより引きつけるようにしました。
黒色の面積を増やすことで暗い世界観を強調しています。
インパクトは絶対に必要やと。まず見てもらおうと、それから感じてもらおうと。
“見る人の視点”によってさまざまな不安が表れる
徳廣さんは自分が抱くあらゆる「不安」をこの作品に彫りました。
“同じ方向を向いて進む群衆”
群衆が一見するとこちらの方に押し寄せてきているようにも見えるんですけど、視線を変えると逃げてきているようにも見える。
迫ってくるようにも、逃げてくるようにも見える群衆。
危機的な状況が自分の身の近くに迫ってくるような不安を想像させます。
“群衆には口がない”
言いたくても「言えない」。
それでも言うといろいろな障害が起きますので、初めから「言わない」と決め込んでいる民衆が非常に多いのではないかと。
しゃべることを放棄したさまを描いた無口の群衆。
その危機感も訴えたいと言います。
一人一人が考える時間みたいなものがどこかで必要。
“怒りの目をした群衆”
目元は鋭くつり上がり強い怒りを感じさせます。
怒りに満ちた群衆が迫ってくる様子が恐怖と不安を与えます。
徹底的に「不安」を凝縮させた作品。
誰もが心に抱く「不安」と向き合い、世の中の事象に目を向けてほしいと徳廣さんは考えています。
作家はことばで言えない部分、感覚的な部分を表現しているわけです。
作品を見ていただく、そこから自分が何かをそこで考えていただく。
そこで作家の私と見る側のお客様との会話もできるだろうし、同じ感覚を共有できるのではないかと思っています。
人の数だけ生まれ続ける「不安」。
あなたはこの絵を見て何を感じますか?
”対照的な世界”を見つめて
版画を制作している際は、時が経つのを忘れ、気づくと深夜になっていることもあるといいます。
表情は真剣そのもので、どこか張り詰めた空気を感じました。
版画のかたわら、趣味として畑で野菜を育てています。
版画を制作している時とは対照的に、畑にいる時は「何も考えなくてよい時間」と徳廣さんは話します。
植物や生き物とふれあいながら過ごす、畑に流れる平和な時間。
この対照的な2つの光景が、自分が過ごしている平和な世界と、一方で不安を感じずにはいられない別の世界があることを表しているようにも感じました。
徳廣さんの作品が展示されている「高知国際版画トリエンナーレ展」は、いの町紙の博物館で12月3日まで開催されています。